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第四章 闇と踊る薄幸の少女

第36話 教会の女性騎士シュルマは探訪す

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 パイユ村――ここは魔王アルラがカリンに案内され、訪れた村。その後、畑仕事に貫太郎を貸し出し、村を襲った火龍を退治した。


 白銀の鎧を纏い白いマントを羽織る教会騎士シュルマは単独でこのパイユ村に訪れ、聞き取り調査を行った。
 彼女は村長セタンの一室を借り、宿主を遠ざけて、一人、古びた机に向かいその結果をまとめている。
 複雑に編み込まれた黒のテール髪を揺らし、星の煌めきを内包したかのような美しき黒の瞳を書類へ落とす。

「太った魔族が人間の振りをして、龍を引き連れてきたと聞きましたが、どうも違うようですね。魔族は村に手を貸して、さらに龍退治までした。というのが、正しい見解でしょう。食い違いが生まれたのは、魔族に助けられたという事実を我々に知られ、咎められるのを村人たちが恐れた……そんなところでしょうか」

 彼女は席を立ち、窓から村を見渡す。
「虚偽の報告。しかし、咎めても仕方がありません。魔族に救われたなど言えないでしょうし。情勢も悪い。それに、彼らも知らずに協力を求めたこと。報告書は彼らの希望に添えるものしておきましょう」

 
 窓の向こう側では子どもたちが走り回っている。
 その姿に微笑みかけて、意識を魔族へと移す。
「うふふ、龍に襲われて大変だったでしょうに、元気ですね。さて、問題は魔族。何のために彼らに手を貸したのか? 連れに少女がいると聞きましたが、その子も魔族? あ、牛もいましたね」
 
 机に戻り、村の者が望むとおりの報告書を封筒に入れる。
「村の者に使いを頼みましょう。私は魔族を追う。炎を司る火龍を火に焼いたという報告は脅威。はぁ、さっさと魔族を刈り取って前線に戻るつもりでしたが、思ったより時間がかかりそうですね」



――数日後

 ルシアン村――ここは盗賊退治を餌に、村人たちがツキフネを騙し、命を奪おうとした村。だが、影の民の力を解放したカリンにより彼らの企みは崩れ、盗賊のかしらの振りをしていた村長の息子はツキフネに討ち取られ、村は約束通り金を払うことになったという愚か末路を描いた。


 パイユ村から最も近いルシアン村へ訪れたシュルマは広場で青年に声をかけて、魔族と少女と牛について尋ねようとしたのだが……その広場で唾液を垂れ流しながら狂った拍子の踊りを踊っている全裸の中年男性を見かける。
「ひひゃははは、ひっひゃっひゃっひゃ~。ふぎがぁああぁあ、ごごっごご、ぶみびみ~」

「なんですか、あれは?」

 この問いに、村の青年が答える。
「あの人は村長です。実はオーガリアンが村長の息子を殺害してしまい、それでおかしくなっちゃいまして」
「オーガリアン?」
「あの、あなたは教会騎士様でございますよね? どうか、オーガリアンへ罰を!」
「罰ですか……そもそも、なぜそのようなことに?」

「え~っと、オーガリアンに盗賊退治を頼み、約束通り報酬を渡したのですが、もっと寄越せと怒りだして、それを拒否すると村長の息子を……ひどい連中ですよ」
「私の知るかぎり、オーガリアンは戦士としての心得を知る者が多いはず……本当にそのような無体な真似を?」
「え、ええ、本当ですよ! 教会騎士様はオーガリアンなんかを信じるんですか!?」


 青年は必死さを見せてシュルマに訴えてくるが、彼女の目には到底、彼が真実を訴えているようには見えない。
 しかし、確証のないことを追及しても無意味。
 彼女は自分の目的に意識を合わせた。

「何を信じる信じないは私が判断することです。あなたが判断することではありません」
「あ、はい、も、申し訳ありません!」
「それよりもです、さきほど、『ひどい連中』と言いましたが……それは、魔族と少女と牛のことでしょうか?」

「少女と牛はいましたが、もう一人は魔族ではなく太った男でした」
「太った? なるほど、パイユ村同様、人間に偽装しているようですね」
「はい?」
「こちらのことです。盗賊退治の現場はどこでしょうか? 一応、見ておきたいので」


――ツキフネと盗賊の振りをした村長の息子たちが戦った場所

 青年に案内されて、シュルマは森の細道を抜けた先にある広場に訪れた。
 両脇は崖。背後は森に挟まれた細い道。待ち伏せしやすい場所。

 青年は何十人もの死体が転がって片づけるのに一苦労したなどと苦労話を口にしているが、シュルマはその声に意識を向けずに現場を検分していく。

(複数の足跡。青年の言う何十人は事実のようですが、地面の小石に弓らしき傷の跡。背後にある細道の両脇の草むらは荒らされて……これは待ち伏せされていたようですね。退治に来て待ち伏せされたとなると……)

「盗賊たちはオーガリアンが来ることを知っていたようですね」
「え!? ええ!? そんなはずはないですよ!」
「あら、何故そう思うのですか?」
「だって、オーガリアンに盗賊退治を頼んですぐに向かったんですよ。盗賊が知る由もない!」
「すぐに向かった、ですか? それならば、余計に待ち伏せなどできようはずがないでしょうが……」

「待ち伏せなんてありませんって!」
「何故、そう断言できるのです? そもそも、強く否定するような話ではないでしょう。待ち伏せがあったとしてもあなたに何の不都合があります?」
「え、えっと、そ、それは~……」

 しどろもどろになる青年。
 そんな彼に呆れた表情を見せるシュルマ。
(はぁ、盗賊と内通してオーガリアンを罠に嵌めたといったところでしょうか。オーガリアンを良く思わぬ者は多いですからね。ままあることとはいえ、何とも醜い。この村は浄化対象でしょう。審問官の査察が必要と中央に文を届けないと)


 そんなことを考えながら歩き、周囲を検分していく。
 その途中で……。

(魔力とは違う力の痕跡が残っている。これは…………影の民!?)
「あなた! ここに影の民がいたのですか!?」
「え、いえ、それはわかりません。ここにいた者たちは全員殺されてて、生き残ってた奴らも気を失ってたそうですから。ただ、盗賊退治を終えたオーガリアンと太った男と少女と牛だけが村へ戻って来ただけですし」

 話を聞いたシュルマは今の人物を反芻する。
(太った男は魔族。となると、連れの少女が影の民? 魔族と影の民が共に旅を? それも牛を連れて? 何が目的?)

「その後、太った男と少女と牛はどこへ向かいました?」
「オーガリアンと一緒に西の方へ向かいました。おそらく、オーヴェル村らへんを経由していくんじゃないですかね」
「オーガリアンと共に? その者は元々、彼らの仲間ではないのですよね?」
「ええ。まぁ、太った男たちもヤバい連中っぽいし、残虐なオーガリアンと馬が合ったのかもしれませんね」

 シュルマは頭を悩ませる。
(なぜ、オーガリアンが共に? オーガリアンは人間側にくみする種族。それが魔族と影の民の旅に同行? わからない。何が起こっているんでしょうか?)

 彼女は小さなため息を吐いて、遠く西を見つめる。
「ふぅ、影の民となれば、異端廓清かくせい専門の星天騎士団である私の本分。いよいよ放ってはおけません。これは長丁場になりそうです。部下たちには苦労を掛けると報告しておかねないと……」

 影の民の存在という思いもよらぬ情報にシュルマの瞳には殺気が宿った。
 その様子に気づかぬ村の青年は過ちを口にする。
「あの、オーガリアンですが、気をつけてくださいね。凄腕ですから」
「凄腕?」
「はい、ツキフネと言う賞金稼ぎで凄腕なんで――」
「待ちなさい。今、ツキフネと言いましたか?」
「は、はい、そう言いましたが?」


 シュルマは瞳に殺気を宿したまま、光宿らぬ冷たき黒の瞳で青年を見つめる。
 その冷たさに心を射抜かれた青年は短い悲鳴を上げた。
「ひっ」
「……ツキフネは私の友人です」
「え?」

「彼女は誇り高き戦士。共にくつわを並べ、幾度も死線をくぐってきた友。そのような方が、貴様が口にしたような真似などするはずないでしょう……」
「あ、いや、それは……」
「彼女を罠に嵌めて、命を奪おうとしたのですね」
「ち、ちがいます! 俺たちはツキフネに――がっ!?」
「穢れた口で、友人の名を語らないでください」


 シュルマの槍は青年の胸を穿ち、鋭い穂先は背中を貫き飛び出す。
 槍を引くと、青年はどさりと音を立てて地面へ倒れ込み、土色を鮮血に染めていく。
 シュルマはまるで汚物を目にするかのように血に染まる槍の先を見つめ、さっと振るい血を落とす。
 そして、西を見つめた。
「ツキフネ、どうしてあなたが影の民と同行を? おそらくあなたのこと、何かしらの借りを作ってしまい、同行しているのでしょうが……その義理堅さは過ちですよ、ツキフネ」
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