上 下
34 / 85
第四章 闇と踊る薄幸の少女

第34話 お前は魔王……

しおりを挟む
――――河原
 

 青い月の光が川面かわもに反射して、小さな光の揺らめきが辺りを照らす。
 光は河原に佇む私とツキフネの姿を亡霊のように浮かび上がらせている。
 
 ツキフネは今しがたの私の言葉に問いを被せた。

「王? たしかにカリンは国を興して王になることを目指しているが、お前は彼女に何かを望んでいるのか?」
「彼女は実に興味深い。十六という歳で世界の理不尽を受け入れながらも、まっすぐ道を歩むことを諦めていない。彼女は私とは別種の存在。そのような女性がいただきに立った時、どのような世界を産み出すのか、興味深い」

 私は理不尽を知り、理不尽を避けるために歪んだ道を歩み、時に目を瞑り歩いた。だが、カリンは理不尽を避けることなく道を歩み、目を閉ざすことなく歩む。
 そのようなことをすれば、心が擦り切れてしまう。
 しかし、彼女は歩む。
 

 心に傷を負おうと、信念を曲げることはない。

「しかしだ、如何せん必要な経験や教育や物の見方が不足している。それを私は補助したいと思っている。なるべく、私の思想が入り込まぬよう努力してな」
「まるで指南役のような振る舞いだが、その実はカリンをおもちゃにしているだけだな」

「それは否定しない。そしてそれはカリンも知っている。知っている上で彼女は私を利用しようとしている」
「なんだと?」

「ふふ、ツキフネ。あの子はただの良い子ではないぞ。青臭い理想に盲目に寄り添うだけではなく、闇をしっかり見つめ消化できる子だ。まったく、リディと言い、今時の若者は末恐ろしい。私が十代の頃は近所の盗賊を狩って、彼らが掻き集めた盗品で女遊びに興じる程度だったが」


「それもまた、まともな十代ではないと思うが……魔族の十代と言えば、人で言えば一桁歳ではないのか?」
「いや、私たち長命種は君たち短命種と同じで二十代までは普通に年を取り、精神年齢もさほど変わらない。ただ、そこからゆっくり年を取り、心を磨いていく」

「オーガリアンである私も二百年は生きるが、千年を生きるお前たち魔族からすれば短命種扱いか」
「ふふ、なにせ君は、私の五分の一程度しか生きられないからな。さて、話もここまでにして、私たちも戻ろう」

 そう言って、残った食器類を拭き上げて戻る準備をしようしたのだが……ツキフネは意外な名前を口にする。

「話はまだ終わっていないぞ、アルラ。いや、魔王アルラ=アル=スハイル」


 私は今の言葉にさほど反応を見せずに、鍋の中に食器類を詰め込み、立ち上がる。
 そして、ツキフネに問い掛ける。

「一度は否定した名を、何故出す?」
「最初は悪い冗談だと思った。しかし、影の民の話……教会関係者でも上位の者しか知らぬであろう裏話をお前は知り過ぎている。まほろば峡谷についてもそう」
「ふむ、続けたまえ」

「あの峡谷に関しては近づくこともままならず、誰一人として詳しいことを知る者はいない。教会関係者も、国家の中枢も。だがもし、その内部について知っている者がいるとすれば、それは、訪れたことがある者のみ」
「で、私をいぶかしんだ?」

「ああ、そうだ。そして、今回の洞察力。また時折見せる、常人とは思えぬ価値観。到底、一介の魔族とは思えない」
「それらが、私が魔王であると断定せしめたと」
「これらもあるが、強く確信に至ったのは流行り病――あれを真っ先にお前は死斑病しはんびょうと疑った。それで確信に至った」
「ん? 何故、それが確信なんだ?」



 ツキフネは小さな声で、とある町の名を唱え、私はそれに眉をひそめて答える。
「百年前に魔王アルラ=アル=スハイルがおこなった、国境の町ファリサイの虐殺」
「それは……」
「この虐殺にはまことしやかな噂がある。あれは虐殺なのではなく、伝染病を抑え込むためにおこなったのではないかと言うな。そして、その伝染病の名は――死斑病しはんびょう
「そうか、そんな噂が人間族側に。少々驚きだな」

「この村の連中の症状は風邪の症状に似通っている。通常ならば死斑病など疑いはしない。だというのに、真っ先に死斑病を懸念したということは、それに関する苦い記憶を持っている人物なのではと疑った」

「そういうことか。そして、今まで並みの魔族ならぬ様子を見せていた私と結びつけて、魔王と確信した。どうりで、君が妙な態度を見せていたはずだ。私を魔王だとずっといぶかしんでいたのだな」

「そのとおりだ。それで答えは?」
「正解だ。如何にも私は魔王アルラ=アル=スハイルだ。もっとも、すでに、一度は名乗っている名だけどな」


 そう言って、両肩を軽く上げておどけた様子を見せる。
 その魔王らしからぬ態度にツキフネは鼻からため息のような息を抜いた。
「ふ~、高潔で王の中の王であり、また美の魔王と称されていたが、あれは虚飾だったのか?」
「いや~、そういうわけではない。百年前はそうだったが、ま、なんだ。この百年で、やる気が、な。それに引きずられるように体重も……」

「はぁ~、信じられない王だ。これがの有名な魔王アルラとは」
「あはは、酷い言われようだな。言われても仕方はないが」
「しかしだ、何故魔王がこんなところにいる?」
「……まぁ、いろいろあってな」

 民から見限られました~。とは、さすがに言いにくい。
 いろいろ失ったとはいえ、味噌っかすなプライドくらいはまだ持ち合わせている。
 だから誤魔化したつもりだったのだが……。


「先ほどリディに三億の民に見限られたと言っていたのは本当なのか?」
「うぐっ! そうか、聞いていたんだったな君は……」
「信じられん。これが暴虐と恐怖の象徴とまで呼ばれた成れの果てとは……」
「け、結構ボロカス言うな、君は……」
「まぁ、いい。そのような話よりも尋ねたいことがある。ファリサイの虐殺。真実はなんだ?」
「何故、尋ねる?」

「大元は興味本位だが……教会の連中が広めている魔王の悪逆にしては、納得のいかぬ部分が前々からあった。ゆえに、真実を知りたい」
「当事者の私の言葉が信用に足るか?」

「判断するのは私だ。話せ」
「横暴だな。だが、そのはっきりしているところは君の長所かもな。話すのは構わないが、長々と話しても下らぬ話。簡素に語ろう」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【12/29にて公開終了】愛するつもりなぞないんでしょうから

真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」  期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。    ※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。  ※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。  ※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。 ※コミカライズにより12/29にて公開を終了させていただきます。

【完結】勇者学園の異端児は強者ムーブをかましたい

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】  ゼルトル勇者学園に通う少年、西園寺オスカーはかなり変わっている。  学園で、教師をも上回るほどの実力を持っておきながらも、その実力を隠し、他の生徒と同様の、平均的な目立たない存在として振る舞うのだ。  何か実力を隠す特別な理由があるのか。  いや、彼はただ、「かっこよさそう」だから実力を隠す。  そんな中、隣の席の美少女セレナや、生徒会長のアリア、剣術教師であるレイヴンなどは、「西園寺オスカーは何かを隠している」というような疑念を抱き始めるのだった。  貴族出身の傲慢なクラスメイトに、彼と対峙することを選ぶ生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉、さらには魔王まで、西園寺オスカーの前に立ちはだかる。  オスカーはどうやって最強の力を手にしたのか。授業や試験ではどんなムーブをかますのか。彼の実力を知る者は現れるのか。    世界を揺るがす、最強中二病主人公の爆誕を見逃すな! ※小説家になろう、pixivにも投稿中。 ※小説家になろうでは最新『勇者祭編』の中盤まで連載中。 ※アルファポリスでは『オスカーの帰郷編』まで公開し、完結表記にしています。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

【完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

処理中です...