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第四章 闇と踊る薄幸の少女

第33話 私が見ているぞ

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 私は語る。
 リディの用意周到な殺意を。
 まず、リディの目的。カリンと共に旅をすること。
 そのためには連れて行かざるを得ない状況を生む必要がある。
 
 次に、村人たちへの復讐。リディは彼らへの憎しみを忘れたわけではない。
 それらを同時に完遂するための伏線を彼女は張り巡らせた。

「君は貫太郎とカリンと共に水を汲みに行く。しかし、水瓶に蓋をしていたはずなのに外れて悪路による振動で水が零れていた。その蓋は意図的に外されていた。君の手によってな」
「ええ、その通りです」

「次に、貫太郎の水が足りないという話が出る。君はこの話が出ることを見越して蓋を外した。そして、君は私に思いつめた表情を見せる。それは貫太郎の水を用意するために井戸へ向かうための伏線」
「それも、見抜かれていたんですね」

「そして、深夜。井戸へ向かう。ここで君は最後の毒を投げ入れた。前々から磨り潰していた大量のモイモイの実をな。君が水浸しだったのは何も水桶から水を汲み損ねたわけじゃない。モイモイの実の痕跡を消すために、自分の手足を洗い、貫太郎のためと称した水甕に入っていたモイモイの実を洗い流すためだ。間違っているかな?」
「いえ、間違っていません」

「最後に水甕を割って、甕を泥で汚してモイモイの実の痕跡を完全に消し去った。その後、派手に音を立てて村人を呼び寄せる。数度殴られることは覚悟して」
「ふん、あの程度、いつものことですから」


 リディはらしからぬ様子で言葉を吐き捨てた。
 彼らに対する恨みは骨髄と言ったところのようだ。
 
「騒ぎを聞きつけた私たちがやってくる。カリンが君に同情して、ツキフネもまた怒る。しかしそこで、君は大声を上げて二人を止めた。余計なことをしないように」
「お二人が村人に手を出したら、役人が出てきてしまいますから」
「なかなか良い読みだ。同じことを、カリンが刀のつかに手を掛けた時も行っているな」
「それにも気づいて……」

 燃え盛るリディの家の前で、激情に駆られたカリンは刀のつかに手を置いた。
 だが、突如体をびくりと跳ね上げてそれを降ろしている。
 降ろしたのは、背後にいたリディがそっとカリンの衣服を引っ張ったからだ。
 そう、リディはカリンの凶行を止めた。行えば、騒動が大きくなり、役人の追手が掛かるからだ。
 カリンの方はリディの存在を思い出し、彼女の前で悲惨な光景を見せたくなくて踏み留まった。


「話を続けよう……君は罰を受け入れると言って覚悟を決めるが、恐怖に負けて逃げ出した振りをする。その際、少年らにわざとぶつかっていった。あの少年らは?」

「いつも私をいじめている人たちです。私がああいった行動に出れば追いかけてくるとはわかっていたから」
「なるほど……逃げ出した君は貫太郎に気づかれないように裏手から自分の家に入り、纏めていた財産の中から油を取り出し撒いて、火をつけた。そうして、あとからやってきた彼らを放火犯に仕立て上げようとした。村人に信じてもらえなくても、カリンにはそう感じてもらえるようにな」

「何でもお見通しなんですね……」

「私は君よりも遥かに長く生きて、多くを経験しているのでな。さて、家は焼け落ち、君は全てを失った。残ったのは村人からの迫害のみ。こうなってしまえば、自分を連れて行かざるを得ないと踏んで。これで、カリンと共に旅をするための準備と村への復讐を成し遂げたわけだ」

 
 目の前いる少女はゆっくりとした頷きを見せた。
 全ての財産を火に投じてまで行った覚悟。
 これは並大抵の覚悟ではない。

「これは蛇足だが、もう一つ加えよう。君はよそ者には『絶対に』井戸は使わせてくれないと言い、さらにその後の『嫌がらせ』を示唆した。私たちにモイモイの実を摂取させたくなくて出た一言だろうが、ここは踏み込み過ぎだ。実際は、金さえ払えば使わせてもらえたわけだからな」
「たしかに、そうかもしれません……」

「これにはカリンも少々違和感を覚えていたぞ。だが、銭金の話が出れば使わせてもらえるんだろう、で納得したがね。ツキフネの方はタイミング悪く、別のことでご立腹だったので気づかなかったようだが」
「やっぱり、私なんかが立てた計画だと穴だらけなんですね」

 細かいところまで看破されていたことにリディは気落ちする。
 しかし、リディはまだ十一歳の少女。
 そんな少女が、ここまで緻密に計算された復讐と生への渇望を見せて、それを手に入れようとする姿には恐ろしさと共に尊敬すら覚える。
 

 だが、最後に意地悪な問いをしたい。

「モイモイの実……あれは火を通すと毒性が無くなるため、井戸水に投げ入れたとしても、そのまま水を飲まない限り効果がない。蓄積型と言えど、便によって多少は排出するため、効果が出るのに時間がかかる」
「はい、二か月経っても熱が出始めるだけ。なかなか思うようには……だからと言って、あまり多く入れすぎると気づかれるかもしれませんし」

「しかし、今宵はそのようなことお構いなしに大量のモイモイの実を井戸へぶち込んだはずだ。すでに蓄積し、熱を出している者は死ぬかもしれん。すぐに気づけばいいが、場合によっては数十人単位の死者が出るぞ」


「……それが、それが……それが…………」
「ん?」
「それがどうしたって言うんですか!?」


 先ほどまで、淡々と状況を受けれていたリディが一気に口調を強めた。
 そして、今まで隠していた感情を吐き出していく。

「あの人たちは、ずっと私をいじめていた! 私はいないものと無視され、歩けば罵倒され、声を出せば殴られた。私はあの人たちに何もしていないのに! ただ、半分魔族の血が流れているというだけで、あの人たちは!!」

 彼女は首にかけた紐付きの指輪――母の形見である赤い魔石が収まる指輪を握り締めて、涙を流す。

「お母さんにだって、あんなひどいことを!! 私のために、お母さんは、お母さんは!!」


 彼女は最後まで言葉を出せずに、しゃくり声を上げ始める。
 リディは知っていた。 
 母が生きるために何をしていたのか? 自分を食べさせていくために村人を相手に何をしていたのかを……。

 彼女は何度も涙を拭きながら、こう訴える。
「復讐の何が悪いんですか!? 私が、お母さんが、あんなにつらい目に遭ったのに。それを黙って受け入れろと言うんですか?」


 私はこの彼女の悲痛な叫びに……問題ないとあっさり答えた。

「別に構わんぞ。まったくもって悪いとは思わん」
「……え?」
「大体、誰を殺した殺されたという話をするなら、それを私は数千、数万単位で行っている。時には無辜の民を焼き払ったこともある。それなのに、君を責められんよ」
「……え?」

「最近だと三億の民を見捨てた。いや、見限られたのか? ともかく、私の油断のせいでいったい何十万人が路頭に迷い、死んだのやら。まぁ、私から言わせてもらえば、百年間の平和で十分にお釣りがくると思っているが」
「……え?」


「なんだ、さっきから反応が鈍いが?」
「えと、何を仰っているのか意味がわからなくて」
「そうか? ともかく私が言いたいことは、私の方が君の何倍も罪を背負っているから気にするなということだ。それに、責めるどころか今回の君の立ち回り、評価に値する」
「……え?」

「また、その反応か。正直、その若さでここまでのことができようとは驚きだ。いくら復讐心に駆られたからと言っても、毒を井戸に投げ入れるなどそうそうできるものではない。君は将来、大物になる」
「それって、褒めてるつもりですか?」
「そのつもりだが?」


 純粋に評価したのだが、彼女は瞳をきょろきょろとして、心ここにあらずと言った態度を取る。
 毎度思うことだが、人間族というのは大胆な行動をとる割には、命に対する割り切り具合の境界があいまいだ。もっとも、彼女は半魔だが。

「まぁいい。ここからが本題だ」
「今までは、本題じゃなかったんですか?」
「あれは今回の騒動の答え合わせに過ぎないんよ。私は君に伝えたいことがある。それが本題」
「伝えたいこと? それは?」


 私は拭き終えた鍋を地面に置き、鋭い眼光を見せて彼女の瞳を射抜く。
「いいか、安易に今回のような選択肢を選ぶな。君のように道を踏み外した人間は、再び道を踏み外す。自分の邪魔者を排除しようと命を奪いにかかる」
「わ、わたしは、村の人だけを……」

「いや、必ず君は道を踏み外した選択肢を浮かべる。それはこういった選択肢があると知ったからだ。盗みを例に出そう。欲しいものがある。金が足りない。ここで通常は諦める。しかし、盗むことを覚えた者は欲しいものを手にするために、盗むという選択肢を思い浮かべる」


 普通に生きていれば、生まれない選択肢。
 だが、普通に生きられなかった人間。生きることを許してもらえなかった人間は普通では及びもしない選択肢を持つことになる。
 そしてそれは、心深くに根付き、いざという時に生み出してはいけない選択肢を考えてしまう。


「そのような危険な選択肢を選べるような者と旅をする以上、ここでしっかり釘を刺しておく。君の愚かな選択肢のせいで、私たちが窮地に立たされないようにな。たしかに君は賢い。だが、私はもっと賢い。私の瞳からは決してのがれられん。だから、私が常に、君を見ているぞ」

 そのために長々とした答え合わせを行った。
 リディに、私という存在が居る以上、勝手な振舞いはできないと知らしめるために。

 私は洗い終えた一部の食器類をリディに差し出す。
「話は終わりだ。これを持ってカリンのところへ行け。私はここに残り、君が手を止めてしまったために洗い残った食器類を片付ける」
「え、はい、その、すみません」
「気にするな。君を連れてきたのはこの話をするためで、元々一人で洗い物をするつもりだったからな」

「は、はい。あの、この話は……」
「安心しろ、カリンにはしない」
「ありがとうございます」
「別に君のためではない。さぁ、行け」


 リディは何度か会釈を繰り返してから、河原より立ち去った。
 風に揺られて、水が揺らめく。
 その揺らめきが何度か波紋を生んだところで、河原近くの森から大きな人影が現われた。

「リディは行ったか?」
「ツキフネ、すまないな。森に潜むのは大変だっただろう」
「多少虫に食われたが、夏から比べればマシだ。アルラ……なぜ、今の話を私には聞かせて、カリンに話さない?」
「君に聞かせたのは私だけでは手に負えないからだ」
「なに?」

 すでに影もないリディが立ち去った闇夜を見つめる。
「私が見ている、と言ったが、リディはまだ十一歳。あの年でこれだけの立ち回りができるとは、天才の部類だ。今後、どう成長していくわからない。また、子どもであるため行動の予測が付きづらい」

「お前だけの監視では不安を拭いきれず、私も彼女を見張る目にしようと?」
「そういうことだ」
「では、何故カリンには? 彼女の性格を併せ見れば、言わぬほうがよいと思っているのか?」
「う~~~~~~ん、それもないことはないが……」

 私は両腕を組んで大いに悩ましげな声を生んだ。
 それをツキフネは訝し気な目で見てくる。
「なんだ? 他に理由でもあるのか?」
「できればだ、この程度のこと、カリンには見抜いてもらいたいと思ってな。だから、彼女への宿題としておくことにした」
「なぜ、そのような真似を?」

 私はツキフネの問いに、自然と笑みが零れる。
 それは月夜に浮かぶ悪魔のような微笑み。

「それはもちろん、カリンを王にしたいと思っているからだ」
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