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第四章 闇と踊る薄幸の少女
第31話 円環の罪道
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――リディの家までの道中
私はあっさりスタミナが尽きたため、風の魔法で背中を押しながら走る。
「はぁ、はぁ、きつい」
「もう、おじさんは! 体力つけようね!!」
「魔法の助けを借りてこれとは……」
「うるさい、なんとか君たちの足についてこれているだけでもマシだろうが、はぁはぁはぁ。うん? ふんふん、ふん?」
私は何か匂いを感じ取り、鼻を鳴らす。
リディとツキフネも匂いに気づいたようで鼻を鳴らし、さらにツキフネがリディの家の方角を指差した。
「焦げ臭い?」
「カリン、リディの家を見ろ!!」
リディの家から煙が立ち上り、夜の空を赤く染めている。
「そんな、うそ……」
「カリン、行くぞ! アルラも!」
二人はさらに速度を上げて行ってしまった。
「ま、待て、こちらもう、限界なんだが……」
――リディの家
私は二人から十秒ほど遅れてリディ宅へ到着。我ながら頑張った方だと思う。
先行していた二人はリディを見つけたようで、カリンが彼女を抱きしめて、ツキフネと共に燃え盛る炎を見つめていた。
貫太郎はリディを追いかけて来た三人の男の子の前で、彼らがおかしなことをしないように見張っている様子。
「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ。貫太郎は無事だな。リディも、無事なようだな。しかし……」
リディの家から激しく炎が噴き上がり、全てを燃やし尽くしていく。
貧しくも母と共に過ごした家。そこにあった辛い思い出も暖かい思い出も、何もかもを炎に包み、消し去っていく。
カリンは自分の胸の中で小さな嗚咽を漏らし続ける少女をぎゅっと抱きしめて、たいまつを手にしている少年三人に低く怒気の籠る声を向ける。
「あなたたち……なんてことを……」
「はぁあぁぁ!? なんで俺たちなんだよ!?」
「決めつけんなよ!」
「へんっ、俺たちが来た時にはすでに燃えてたんだぜ!!」
「じゃあ、どうしてリディの家が燃えてるの!? あなたたちがそのたいまつで火をつけたんでしょ!」
「し、知らねぇよ。そんなの? なぁ?」
「ああ、そうだぜ。俺たちが来た時には燃えてる家の前でリディが泣いてただけだしな」
「そうそう、俺たちも何が何だかだぜ」
「もう、話にならない。リディ?」
「ひっく、ひっく、俺たちが罰を与えるって……そう言って追いかけられて……」
「――――っ! やっぱりあなたたちが!!」
「だから、なんでそうなるんだよ。証拠あんのかよ!」
「そうだよ、証拠出せよ! 証拠をよぉ!」
「そうだそうだ、俺たちのせいにしてんじゃねぇ!!」
「じゃあ、誰が火をつけるって言うの!!」
「さ、さぁ……リディ、じゃねぇの?」
「そんな馬鹿なことあるわけ――」
「おい、子どもたちに何をしてるんだ!?」
遅れてやってきた村人たちが追いついてきた。
彼らは燃え盛るリディの家を目にして、次に貫太郎に見張られ、カリンに罵声を浴びせられていた少年たちを見ると、棒を持っている男がカリンへ荒げた声を掛けた。
「あんた、村の子どもたちに何をしてるんだ!?」
「何って!? この子たちがリディの家に火をつけたから!!」
「お前たち、本当か?」
「し、知らねぇよ!」
「俺たちそんなことしてねぇもん」
「そうそう、勝手に家が燃えただけだし~」
「そうか……そういうことだ。この子たちは関係ない」
「はぁ? ちゃんと調べてよ! リディからもちゃんと話を聞いて――」
「この子たちがそうだと言うならこれ以上調べる必要ない。それにリディの話は信用できない。もちろん、よそ者のお前らの話もな」
彼の声に村人たちが続く。
「そうだぜ、なんで子どもたちの言葉よりも化け物の言葉の方が信用できるんだって話」
「どうせ、自分がやらかしたのを子どもたちに擦り付けようとしてるんだろうよ」
「手癖の悪い水泥棒の考えそうなこった」
「あ、あなたたち……」
カリンはリディを抱きしめていた手をほどき、彼らへ向き直り、睨みつける。
しかし、村人たちは止まらない。
「まったく、どこまでも迷惑な子だよ」
「あばずれ女が死んで清々したかと思ったら、これだし」
「いっそのこと、リディも燃えてしまえばよかったんだ」
この声に、カリンは刀の柄に手を置いた――が、突如びくりと体を跳ねて、柄から手を降ろし、背後に立つリディをちらりと見た。
そして、彼女は抑揚のない声を生む。
「おじさん、この村を出よう。リディも一緒に……貫太郎ちゃん」
「……ぶも」
彼女は荷台を貫太郎につけると、リディの手を引いて村の外へと歩いていく。
貫太郎もそれに続く。
村人たちは残された私とツキフネに対して、愚かにも罵詈雑言を浴びせてくる。
「おい、待てよ。勝手に村の人間を。おい、あんたらあいつを止めろよ」
「そうだそうだ! これは誘拐だぞ!」
「この人攫いめ! 村の人間を!」
「いい加減にしろ!!」
叫んだのはツキフネ。
彼女は背負う大剣の柄に手を掛ける。
「村の人間だと? 井戸さえまともに使わせず、母の尊厳を踏みにじっていた者たちが何を!!」
ツキフネの太陽のようにぎらつく瞳に宿った激情と殺気に村人たちは怯え押し黙る。
それでも、一部の人間はぶつぶつと管を巻いてツキフネを苛立たせていた。
私はこれ以上彼女が踏み込まぬよう、声をかける。
「ツキフネ、私たちも行くぞ」
「アルラ……こいつらをこのまま放っておく気か?」
「ああ、放っておく。カリンがそうした。だから、それに従う」
「私は……こいつらを撫で斬りしてやらんと気が済まん!」
「ふふ、それは随分と優しいことだ」
「なんだと?」
「まったく、カリンも君も優しすぎる」
そう言葉を残して、私はカリンを追い、歩き始める。
ツキフネは軽い戸惑いを見せるが、私を追って歩き始めた。
それを村人たちはボーっと見つめていたが、途中で我に返ったのか、出て行けだの、化け物だの、無法者だのと好き勝手に罵っている。
ツキフネはそれらに意識を向けずに、私に近づき、先程の言葉について尋ねてくる。
「私やカリンが優しいとはどういう意味だ?」
「それか? 踏み留まりはしたが、カリンも君も村人の行為に腹を立てて何らかの制裁を加えようとした。それは私から見れば非常に優しい行為だ」
「何故だ?」
「彼らに罵倒しても意味がない。殴っても意味がない。切り捨てても意味がない……それでも、万が一の可能性として、意味が生まれるやもしれん」
「可能性? 意味?」
私は立ち止まり、口角を捻じ曲げて微笑む。
「フフフ、そんなことをすれば、気づいてしまう可能性があるだろう。自分たちの過ちに……」
「アルラ……お前……」
「私はそんな可能性を彼らに与えたくない。正しき道を歩む可能性をな。彼らにはこれからも同じ道を歩んで欲しい。腐れ切ったなんら変わらぬ出口無き円の道をぐるぐるとぐるぐると……」
彼らは自分たちが正しいと思い込んでいる。
自分たちが持つ下らぬ価値観こそが素晴らしいと思い込んでいる。
だが、そこに強い思いをぶつければ、彼らは気づいてしまうかもしれない。
自分たちが抱いている価値観は過ちなのではないかと……。
「彼らはこの閉鎖的な村の中で、狭量で馬鹿げた価値観を子に伝え、孫へと伝えていくだろう。たとえ、外に大きな変化が起きても変わらずにな。彼らは世界に取り残され、仮に世界を知っても村の価値観を捨てきれず、ずっと同じ場所をぐるぐると回ることになるだろうよ」
「それが、お前の考える彼らへの罰か?」
「いやいや、私は彼らに罰を与えるような立場でもなければそんな権利もない。ただ、僅かでも救いとなる可能性を与えたくない。与えるほどの価値はないと思っただけだ」
私は笑みを消して冷めた顔で前を見る。
もはや、私の中に彼らの存在はない。
それを目にしたツキフネが何故か笑う。
「フッ、常人には思い及ばぬ考え方だな……やはり……」
「どうした、ツキフネ?」
「いや……お前がそう考えても、私は何発か殴ってやりたかった、と思ってな」
「ふふ、気持ちわかる。しかし、君が殴らなくても、早晩彼らには罰が下るだろう」
「ん?」
私は消え失せた後ろではなく、前を歩む者たちを見据え、それに薄く笑う。
「クス、すでに彼らには罰が下っている。それが数人か、数十人か、それとも壊滅で終わるかはわからないが……」
私はあっさりスタミナが尽きたため、風の魔法で背中を押しながら走る。
「はぁ、はぁ、きつい」
「もう、おじさんは! 体力つけようね!!」
「魔法の助けを借りてこれとは……」
「うるさい、なんとか君たちの足についてこれているだけでもマシだろうが、はぁはぁはぁ。うん? ふんふん、ふん?」
私は何か匂いを感じ取り、鼻を鳴らす。
リディとツキフネも匂いに気づいたようで鼻を鳴らし、さらにツキフネがリディの家の方角を指差した。
「焦げ臭い?」
「カリン、リディの家を見ろ!!」
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「そんな、うそ……」
「カリン、行くぞ! アルラも!」
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先行していた二人はリディを見つけたようで、カリンが彼女を抱きしめて、ツキフネと共に燃え盛る炎を見つめていた。
貫太郎はリディを追いかけて来た三人の男の子の前で、彼らがおかしなことをしないように見張っている様子。
「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ。貫太郎は無事だな。リディも、無事なようだな。しかし……」
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「あなたたち……なんてことを……」
「はぁあぁぁ!? なんで俺たちなんだよ!?」
「決めつけんなよ!」
「へんっ、俺たちが来た時にはすでに燃えてたんだぜ!!」
「じゃあ、どうしてリディの家が燃えてるの!? あなたたちがそのたいまつで火をつけたんでしょ!」
「し、知らねぇよ。そんなの? なぁ?」
「ああ、そうだぜ。俺たちが来た時には燃えてる家の前でリディが泣いてただけだしな」
「そうそう、俺たちも何が何だかだぜ」
「もう、話にならない。リディ?」
「ひっく、ひっく、俺たちが罰を与えるって……そう言って追いかけられて……」
「――――っ! やっぱりあなたたちが!!」
「だから、なんでそうなるんだよ。証拠あんのかよ!」
「そうだよ、証拠出せよ! 証拠をよぉ!」
「そうだそうだ、俺たちのせいにしてんじゃねぇ!!」
「じゃあ、誰が火をつけるって言うの!!」
「さ、さぁ……リディ、じゃねぇの?」
「そんな馬鹿なことあるわけ――」
「おい、子どもたちに何をしてるんだ!?」
遅れてやってきた村人たちが追いついてきた。
彼らは燃え盛るリディの家を目にして、次に貫太郎に見張られ、カリンに罵声を浴びせられていた少年たちを見ると、棒を持っている男がカリンへ荒げた声を掛けた。
「あんた、村の子どもたちに何をしてるんだ!?」
「何って!? この子たちがリディの家に火をつけたから!!」
「お前たち、本当か?」
「し、知らねぇよ!」
「俺たちそんなことしてねぇもん」
「そうそう、勝手に家が燃えただけだし~」
「そうか……そういうことだ。この子たちは関係ない」
「はぁ? ちゃんと調べてよ! リディからもちゃんと話を聞いて――」
「この子たちがそうだと言うならこれ以上調べる必要ない。それにリディの話は信用できない。もちろん、よそ者のお前らの話もな」
彼の声に村人たちが続く。
「そうだぜ、なんで子どもたちの言葉よりも化け物の言葉の方が信用できるんだって話」
「どうせ、自分がやらかしたのを子どもたちに擦り付けようとしてるんだろうよ」
「手癖の悪い水泥棒の考えそうなこった」
「あ、あなたたち……」
カリンはリディを抱きしめていた手をほどき、彼らへ向き直り、睨みつける。
しかし、村人たちは止まらない。
「まったく、どこまでも迷惑な子だよ」
「あばずれ女が死んで清々したかと思ったら、これだし」
「いっそのこと、リディも燃えてしまえばよかったんだ」
この声に、カリンは刀の柄に手を置いた――が、突如びくりと体を跳ねて、柄から手を降ろし、背後に立つリディをちらりと見た。
そして、彼女は抑揚のない声を生む。
「おじさん、この村を出よう。リディも一緒に……貫太郎ちゃん」
「……ぶも」
彼女は荷台を貫太郎につけると、リディの手を引いて村の外へと歩いていく。
貫太郎もそれに続く。
村人たちは残された私とツキフネに対して、愚かにも罵詈雑言を浴びせてくる。
「おい、待てよ。勝手に村の人間を。おい、あんたらあいつを止めろよ」
「そうだそうだ! これは誘拐だぞ!」
「この人攫いめ! 村の人間を!」
「いい加減にしろ!!」
叫んだのはツキフネ。
彼女は背負う大剣の柄に手を掛ける。
「村の人間だと? 井戸さえまともに使わせず、母の尊厳を踏みにじっていた者たちが何を!!」
ツキフネの太陽のようにぎらつく瞳に宿った激情と殺気に村人たちは怯え押し黙る。
それでも、一部の人間はぶつぶつと管を巻いてツキフネを苛立たせていた。
私はこれ以上彼女が踏み込まぬよう、声をかける。
「ツキフネ、私たちも行くぞ」
「アルラ……こいつらをこのまま放っておく気か?」
「ああ、放っておく。カリンがそうした。だから、それに従う」
「私は……こいつらを撫で斬りしてやらんと気が済まん!」
「ふふ、それは随分と優しいことだ」
「なんだと?」
「まったく、カリンも君も優しすぎる」
そう言葉を残して、私はカリンを追い、歩き始める。
ツキフネは軽い戸惑いを見せるが、私を追って歩き始めた。
それを村人たちはボーっと見つめていたが、途中で我に返ったのか、出て行けだの、化け物だの、無法者だのと好き勝手に罵っている。
ツキフネはそれらに意識を向けずに、私に近づき、先程の言葉について尋ねてくる。
「私やカリンが優しいとはどういう意味だ?」
「それか? 踏み留まりはしたが、カリンも君も村人の行為に腹を立てて何らかの制裁を加えようとした。それは私から見れば非常に優しい行為だ」
「何故だ?」
「彼らに罵倒しても意味がない。殴っても意味がない。切り捨てても意味がない……それでも、万が一の可能性として、意味が生まれるやもしれん」
「可能性? 意味?」
私は立ち止まり、口角を捻じ曲げて微笑む。
「フフフ、そんなことをすれば、気づいてしまう可能性があるだろう。自分たちの過ちに……」
「アルラ……お前……」
「私はそんな可能性を彼らに与えたくない。正しき道を歩む可能性をな。彼らにはこれからも同じ道を歩んで欲しい。腐れ切ったなんら変わらぬ出口無き円の道をぐるぐるとぐるぐると……」
彼らは自分たちが正しいと思い込んでいる。
自分たちが持つ下らぬ価値観こそが素晴らしいと思い込んでいる。
だが、そこに強い思いをぶつければ、彼らは気づいてしまうかもしれない。
自分たちが抱いている価値観は過ちなのではないかと……。
「彼らはこの閉鎖的な村の中で、狭量で馬鹿げた価値観を子に伝え、孫へと伝えていくだろう。たとえ、外に大きな変化が起きても変わらずにな。彼らは世界に取り残され、仮に世界を知っても村の価値観を捨てきれず、ずっと同じ場所をぐるぐると回ることになるだろうよ」
「それが、お前の考える彼らへの罰か?」
「いやいや、私は彼らに罰を与えるような立場でもなければそんな権利もない。ただ、僅かでも救いとなる可能性を与えたくない。与えるほどの価値はないと思っただけだ」
私は笑みを消して冷めた顔で前を見る。
もはや、私の中に彼らの存在はない。
それを目にしたツキフネが何故か笑う。
「フッ、常人には思い及ばぬ考え方だな……やはり……」
「どうした、ツキフネ?」
「いや……お前がそう考えても、私は何発か殴ってやりたかった、と思ってな」
「ふふ、気持ちわかる。しかし、君が殴らなくても、早晩彼らには罰が下るだろう」
「ん?」
私は消え失せた後ろではなく、前を歩む者たちを見据え、それに薄く笑う。
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