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第三章 寡黙な女戦士
第19話 依頼の完遂
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――森・アルラ
私は横たわる男たちと、瞳に白く輝く歯車の文様を浮かべ、背に黒の片羽根を背負ったカリンへ瞳を振った。
そして、ため息漏らす。
「はぁ~、影の民としての力を行使してしまったか。一体、何が起こった、カリン?」
「え、それは……ツキフネさんが毒矢にやられて大変だから助けようとしたけど、すっごい数の戦士が出てきて……」
「なるほど、それでこの状況か」
「おじさんこそどうしてここに? しかも、先にある茂みから出てくるなんて」
「間道を通って来ただけだ」
「間道?」
「そうだな、こちらの事情を簡素に渡そう」
――小一時間前・ルシアン村
カリンと別れた私は村の様子を観察していた。
「どうも村長の様子が気に食わん。何かを隠しているようだ。そう思わないか、貫太郎?」
「も~」
「ともかく、適当な人物に話を聞くとしよう。スマートにな」
「ぶも」
私は村の奥へ行く振りをして、村長たちの様子を窺う。
そして、村長の傍にいた青年に目を付けて、彼が皆から離れ、人気のない道を歩いているところで貫太郎と協力して狭い路地へ追いやった。
貫太郎がドンと青年を押して、袋小路へ追い詰める。
「ひっ!? な、なんだよ、この牛は?」
「ぶも!!」
貫太郎は二本足で立ち上がり、前右足を勢い良く突き出して、青年の顔近くの壁にドンッとおいた。
その様子を少し後ろから見ていた私が声を上げる。
「ふむ、一昔に聞いた壁ドンというやつか」
「ち、ちがうだろ、これは! あんた、何のつもりだ?」
「何やら君たちが企んでいるようだから、それを尋ねようとな」
「た、企む? 一体何を言ってんだ?」
「ほ~、貫太郎。そいつの顎をフルパワーで打ち抜いてやれ」
「ぶもぶも」
貫太郎は前右足を壁に添えたまま。前左足を上げて力を籠め始める。
あまりの力の籠め様に、前左足はキシキシと鳴く。
青年はそれを目にして怯えた声を漏らした。
「ちょ、ちょ、ちょ、や、やめてくれよ」
「やめてほしければ素直に答えることだ。でなければ顎が砕かれ、その若さで流動食しか楽しめなくなるぞ」
「そ、そんな……でも……」
「いや、顎を砕いてしまったら喋れなくなるな。砕くのは下の玉の方が良いか」
この声に応え、貫太郎は潤んだ美しい黒の瞳を下へ降ろす。
男は内股になり、背を少し屈めた。
「それは勘弁!」
「素直に話した方がいいぞ。そうじゃないと、話すまで痛めつけることになるからな」
――――森
「と、言った感じで青年と平和的な話し合いを行い、村の者たちがロイシン男爵とやらにオーガリアンの剥製を売りつけようとしていることを知り、ツキフネを罠に嵌めようとしていたことがわかった」
「おじさん、全然平和的じゃない……」
「何を言う、暴力を振るったわけじゃない。話を聞き出したあとは、魔法でスヤスヤ夢心地だしな」
「いやいや、脅迫は暴力だよ……」
「まぁ、細かいことはいいじゃないか。ともかく、彼から計画を教えてもらい、ついでにここまでの近道を聞き出して、貫太郎にまたがり間道を抜けて、背後に回ったというわけだ。しかし……」
私は周囲に首を振る。
三十名ほどいた戦士たち全員が地面に倒れ、永遠の沈黙を友にしているか、小さな呻き声を漏らしている者ばかり。立っているのは纏め役っぽい男だけ。
「少々、遅れてしまったようだ」
そう唱え、私は中指と親指をこすり合わせてパチリと跳ねる。
すると、空に氷の槍が生まれ、それらは呻き声を漏らしていた戦士たちに降り注ぎ、彼らへ永遠の沈黙を与えた。
これにカリンが驚きの声を上げる。
「お、おじさん!?」
「どうした、大声を上げて」
「だって、その人たちはもう戦える状態じゃ!」
「彼らは君の姿を見たのだぞ。影の民としての姿を。ならば、しっかりと止めを刺しておかないと」
「そ、それは……」
「彼らが教会にでも報告すれば、影の民専門の狩人が派遣される。そうなれば、かなり厄介だ。わかるな?」
「……うん」
「それとだ、大勢の敵の前で、影の民の姿を見せるのは良いとは言えない。今回は取り逃がしはなかったが、次もそうとは限らない。もう少し考えるべきだ。自分がどういった立場なのかを……」
「それは、その……」
後先を考えなかった浅慮な力の開放を責める口調に、カリンは瞳を地面へと逸らして申し訳なさの籠る声を漏らす。
すると、彼女を擁護する声がツキフネから上がる。
「か、彼女を責めないで、やってくれ。わ、私を助けるために、リスクを冒したのだ。せ、責は私にある」
体に毒が回っているようで、痺れが舌先にまで回り、ツキフネの呂律が怪しい。
それでも、カリンのために声を上げる。
「わ、わ、悪いのは、油断をした、わたしなのだ」
「なるほど。カリン、やはり君は他者の痛みには耐えられない人物なのだな」
「あ、うん。ごめんなさい」
「いやいや、悪いことではない。難儀ではあるが……それよりもツキフネ。カリンは影の民だ。そうであっても庇い立てするとは、実に興味深い」
「命の恩人に、種族は、関係ない」
「フフ、武骨そうに見えるが優しい女性だな、君は」
再び、パチリと指を跳ねる。
その音の広がりに合わせて、ツキフネの足元から緑色の風が螺旋を舞い、吹き上がる。
「毒を浄化しておいた。ついでに傷の方も治癒した」
「なっ!?」
ツキフネは先ほどまで震えに疲れていた指先を見つめ、何度か開け閉めを繰り返して、ぐっと握り締めた。
「信じられん。浄化魔法は毒の種類によって選定が必要だというのに、調べもせず、こうもあっさり浄化できるとは。お前は魔法使いなのか? それも一流の? いや、だが、それにしては古風な魔法を使用しているように見えるな」
「私は魔法使いではない。魔法が使えるだけだ。しかし、古風か。やはり私の魔法は遅れた魔法のようだな。さて、崖上にいる者は……」
左右にある崖の上へ視線を投げる。
気配はあるものの気を失っている様子。
瞳をカリンへ向ける。
「彼らに君の姿は?」
「見られてない」
「そうか、ならば放置で良いか。無用に命を奪う必要もない。だが……」
私は黄金の瞳を纏め役の男へと合わせる。
「彼をどうするかだ」
すると、男は悲鳴のような嘆願を口にしながら、地へひれ伏して、額を地面に擦りつけた。
「ゆ、許してくれ! 誰にも話さないから! 金だって渡す!! だから頼む! み、見逃してくれ!!」
「だそうだが、どうするカリン?」
「え? それは……」
カリンの空色の瞳に映るのは、体中を大きく振るわせて、命乞いをする哀れな男の姿。
しかし、彼を見逃せば、教会にカリンのことが伝わり、討伐隊がやってくるかもしれない。
彼女は眉をひそめて、判断に迷う。
私はそれを不思議そうに見ていた。
一度、戦士たちの遺体に瞳を振ってから、カリンへ戻す。
「戦いへの気構えができているというのに、迷うのか?」
「悪意と殺意を持って襲い掛かってくる相手だと割り切れるけど、こんな風に懇願されると、どうしても……」
「それは半端な優しさであり、過ちだと思うが……まぁ、気持ちはわからないでもない。どのような相手でも無抵抗な者は切り捨てにくいもの。ということで、私たちはこの男を見逃すとしよう」
「いいの、かな?」
「その答えはこれからの旅で導き出せばいい」
ひれ伏したまま少しだけ頭を上げてこちらを窺う男へ、私は瞳を落とす。
「というわけで、私たちは去る」
「あ、ありがとうございます! 絶対に、絶対に、そちらのお嬢さんが影の民だと誰にも――」
「私たちは去るが……ツキフネ、君は依頼を完遂しなければならないのだろう?」
「ああ、そうだな、賞金稼ぎとして契約を守らなければならぬ」
そう言って、彼女は大剣を手に取り、纏め役へと近づいていく。
纏め役はツキフネに顔を向けて、次に私の方へ顔を向けた。
「ど、どういう意味だ? た、助けてくれるんじゃ? なぁ、あんた?」
「私たちはな。だが……」
「ルシアン村の村長より、盗賊の頭の首級を挙げろという契約を結んでいる。故に、その首、貰い受ける」
「ちょちょちょちょちょ、ちょっと待て! 俺は盗賊なんかじゃねぇ!! その村長の息子だぞ!」
「証拠がない」
「ふざけんなよ! 待て、近づくな! こっちくんなよ! おかしいだろ! なぁ、やめてくれ! た、頼む! お願いだから!! なんで、近づいてくるんだよ!? なんで、剣を振りかざすんだよ!? やめ、やめ、た、たすけてくれええぇぇえぇえぇえぇぇ!!」
私は横たわる男たちと、瞳に白く輝く歯車の文様を浮かべ、背に黒の片羽根を背負ったカリンへ瞳を振った。
そして、ため息漏らす。
「はぁ~、影の民としての力を行使してしまったか。一体、何が起こった、カリン?」
「え、それは……ツキフネさんが毒矢にやられて大変だから助けようとしたけど、すっごい数の戦士が出てきて……」
「なるほど、それでこの状況か」
「おじさんこそどうしてここに? しかも、先にある茂みから出てくるなんて」
「間道を通って来ただけだ」
「間道?」
「そうだな、こちらの事情を簡素に渡そう」
――小一時間前・ルシアン村
カリンと別れた私は村の様子を観察していた。
「どうも村長の様子が気に食わん。何かを隠しているようだ。そう思わないか、貫太郎?」
「も~」
「ともかく、適当な人物に話を聞くとしよう。スマートにな」
「ぶも」
私は村の奥へ行く振りをして、村長たちの様子を窺う。
そして、村長の傍にいた青年に目を付けて、彼が皆から離れ、人気のない道を歩いているところで貫太郎と協力して狭い路地へ追いやった。
貫太郎がドンと青年を押して、袋小路へ追い詰める。
「ひっ!? な、なんだよ、この牛は?」
「ぶも!!」
貫太郎は二本足で立ち上がり、前右足を勢い良く突き出して、青年の顔近くの壁にドンッとおいた。
その様子を少し後ろから見ていた私が声を上げる。
「ふむ、一昔に聞いた壁ドンというやつか」
「ち、ちがうだろ、これは! あんた、何のつもりだ?」
「何やら君たちが企んでいるようだから、それを尋ねようとな」
「た、企む? 一体何を言ってんだ?」
「ほ~、貫太郎。そいつの顎をフルパワーで打ち抜いてやれ」
「ぶもぶも」
貫太郎は前右足を壁に添えたまま。前左足を上げて力を籠め始める。
あまりの力の籠め様に、前左足はキシキシと鳴く。
青年はそれを目にして怯えた声を漏らした。
「ちょ、ちょ、ちょ、や、やめてくれよ」
「やめてほしければ素直に答えることだ。でなければ顎が砕かれ、その若さで流動食しか楽しめなくなるぞ」
「そ、そんな……でも……」
「いや、顎を砕いてしまったら喋れなくなるな。砕くのは下の玉の方が良いか」
この声に応え、貫太郎は潤んだ美しい黒の瞳を下へ降ろす。
男は内股になり、背を少し屈めた。
「それは勘弁!」
「素直に話した方がいいぞ。そうじゃないと、話すまで痛めつけることになるからな」
――――森
「と、言った感じで青年と平和的な話し合いを行い、村の者たちがロイシン男爵とやらにオーガリアンの剥製を売りつけようとしていることを知り、ツキフネを罠に嵌めようとしていたことがわかった」
「おじさん、全然平和的じゃない……」
「何を言う、暴力を振るったわけじゃない。話を聞き出したあとは、魔法でスヤスヤ夢心地だしな」
「いやいや、脅迫は暴力だよ……」
「まぁ、細かいことはいいじゃないか。ともかく、彼から計画を教えてもらい、ついでにここまでの近道を聞き出して、貫太郎にまたがり間道を抜けて、背後に回ったというわけだ。しかし……」
私は周囲に首を振る。
三十名ほどいた戦士たち全員が地面に倒れ、永遠の沈黙を友にしているか、小さな呻き声を漏らしている者ばかり。立っているのは纏め役っぽい男だけ。
「少々、遅れてしまったようだ」
そう唱え、私は中指と親指をこすり合わせてパチリと跳ねる。
すると、空に氷の槍が生まれ、それらは呻き声を漏らしていた戦士たちに降り注ぎ、彼らへ永遠の沈黙を与えた。
これにカリンが驚きの声を上げる。
「お、おじさん!?」
「どうした、大声を上げて」
「だって、その人たちはもう戦える状態じゃ!」
「彼らは君の姿を見たのだぞ。影の民としての姿を。ならば、しっかりと止めを刺しておかないと」
「そ、それは……」
「彼らが教会にでも報告すれば、影の民専門の狩人が派遣される。そうなれば、かなり厄介だ。わかるな?」
「……うん」
「それとだ、大勢の敵の前で、影の民の姿を見せるのは良いとは言えない。今回は取り逃がしはなかったが、次もそうとは限らない。もう少し考えるべきだ。自分がどういった立場なのかを……」
「それは、その……」
後先を考えなかった浅慮な力の開放を責める口調に、カリンは瞳を地面へと逸らして申し訳なさの籠る声を漏らす。
すると、彼女を擁護する声がツキフネから上がる。
「か、彼女を責めないで、やってくれ。わ、私を助けるために、リスクを冒したのだ。せ、責は私にある」
体に毒が回っているようで、痺れが舌先にまで回り、ツキフネの呂律が怪しい。
それでも、カリンのために声を上げる。
「わ、わ、悪いのは、油断をした、わたしなのだ」
「なるほど。カリン、やはり君は他者の痛みには耐えられない人物なのだな」
「あ、うん。ごめんなさい」
「いやいや、悪いことではない。難儀ではあるが……それよりもツキフネ。カリンは影の民だ。そうであっても庇い立てするとは、実に興味深い」
「命の恩人に、種族は、関係ない」
「フフ、武骨そうに見えるが優しい女性だな、君は」
再び、パチリと指を跳ねる。
その音の広がりに合わせて、ツキフネの足元から緑色の風が螺旋を舞い、吹き上がる。
「毒を浄化しておいた。ついでに傷の方も治癒した」
「なっ!?」
ツキフネは先ほどまで震えに疲れていた指先を見つめ、何度か開け閉めを繰り返して、ぐっと握り締めた。
「信じられん。浄化魔法は毒の種類によって選定が必要だというのに、調べもせず、こうもあっさり浄化できるとは。お前は魔法使いなのか? それも一流の? いや、だが、それにしては古風な魔法を使用しているように見えるな」
「私は魔法使いではない。魔法が使えるだけだ。しかし、古風か。やはり私の魔法は遅れた魔法のようだな。さて、崖上にいる者は……」
左右にある崖の上へ視線を投げる。
気配はあるものの気を失っている様子。
瞳をカリンへ向ける。
「彼らに君の姿は?」
「見られてない」
「そうか、ならば放置で良いか。無用に命を奪う必要もない。だが……」
私は黄金の瞳を纏め役の男へと合わせる。
「彼をどうするかだ」
すると、男は悲鳴のような嘆願を口にしながら、地へひれ伏して、額を地面に擦りつけた。
「ゆ、許してくれ! 誰にも話さないから! 金だって渡す!! だから頼む! み、見逃してくれ!!」
「だそうだが、どうするカリン?」
「え? それは……」
カリンの空色の瞳に映るのは、体中を大きく振るわせて、命乞いをする哀れな男の姿。
しかし、彼を見逃せば、教会にカリンのことが伝わり、討伐隊がやってくるかもしれない。
彼女は眉をひそめて、判断に迷う。
私はそれを不思議そうに見ていた。
一度、戦士たちの遺体に瞳を振ってから、カリンへ戻す。
「戦いへの気構えができているというのに、迷うのか?」
「悪意と殺意を持って襲い掛かってくる相手だと割り切れるけど、こんな風に懇願されると、どうしても……」
「それは半端な優しさであり、過ちだと思うが……まぁ、気持ちはわからないでもない。どのような相手でも無抵抗な者は切り捨てにくいもの。ということで、私たちはこの男を見逃すとしよう」
「いいの、かな?」
「その答えはこれからの旅で導き出せばいい」
ひれ伏したまま少しだけ頭を上げてこちらを窺う男へ、私は瞳を落とす。
「というわけで、私たちは去る」
「あ、ありがとうございます! 絶対に、絶対に、そちらのお嬢さんが影の民だと誰にも――」
「私たちは去るが……ツキフネ、君は依頼を完遂しなければならないのだろう?」
「ああ、そうだな、賞金稼ぎとして契約を守らなければならぬ」
そう言って、彼女は大剣を手に取り、纏め役へと近づいていく。
纏め役はツキフネに顔を向けて、次に私の方へ顔を向けた。
「ど、どういう意味だ? た、助けてくれるんじゃ? なぁ、あんた?」
「私たちはな。だが……」
「ルシアン村の村長より、盗賊の頭の首級を挙げろという契約を結んでいる。故に、その首、貰い受ける」
「ちょちょちょちょちょ、ちょっと待て! 俺は盗賊なんかじゃねぇ!! その村長の息子だぞ!」
「証拠がない」
「ふざけんなよ! 待て、近づくな! こっちくんなよ! おかしいだろ! なぁ、やめてくれ! た、頼む! お願いだから!! なんで、近づいてくるんだよ!? なんで、剣を振りかざすんだよ!? やめ、やめ、た、たすけてくれええぇぇえぇえぇえぇぇ!!」
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