牛と旅する魔王と少女~魔王は少女を王にするために楽しく旅をします~

雪野湯

文字の大きさ
上 下
19 / 85
第三章 寡黙な女戦士

第19話 依頼の完遂

しおりを挟む
――森・アルラ

 私は横たわる男たちと、瞳に白く輝く歯車の文様を浮かべ、背に黒の片羽根を背負ったカリンへ瞳を振った。

 そして、ため息漏らす。
「はぁ~、影の民としての力を行使してしまったか。一体、何が起こった、カリン?」
「え、それは……ツキフネさんが毒矢にやられて大変だから助けようとしたけど、すっごい数の戦士が出てきて……」
「なるほど、それでこの状況か」
「おじさんこそどうしてここに? しかも、先にある茂みから出てくるなんて」
「間道を通って来ただけだ」
「間道?」
「そうだな、こちらの事情を簡素に渡そう」



――小一時間前・ルシアン村

 カリンと別れた私は村の様子を観察していた。
「どうも村長の様子が気に食わん。何かを隠しているようだ。そう思わないか、貫太郎?」
「も~」
「ともかく、適当な人物に話を聞くとしよう。スマートにな」
「ぶも」

 私は村の奥へ行く振りをして、村長たちの様子を窺う。
 そして、村長の傍にいた青年に目を付けて、彼が皆から離れ、人気ひとけのない道を歩いているところで貫太郎と協力して狭い路地へ追いやった。

 貫太郎がドンと青年を押して、袋小路へ追い詰める。
「ひっ!? な、なんだよ、この牛は?」
「ぶも!!」

 貫太郎は二本足で立ち上がり、前右足を勢い良く突き出して、青年の顔近くの壁にドンッとおいた。
 その様子を少し後ろから見ていた私が声を上げる。
「ふむ、一昔に聞いた壁ドンというやつか」
「ち、ちがうだろ、これは! あんた、何のつもりだ?」
「何やら君たちが企んでいるようだから、それを尋ねようとな」
「た、企む? 一体何を言ってんだ?」

「ほ~、貫太郎。そいつの顎をフルパワーで打ち抜いてやれ」
「ぶもぶも」

 貫太郎は前右足を壁に添えたまま。前左足を上げて力を籠め始める。
 あまりの力の籠め様に、前左足はキシキシと鳴く。
 青年はそれを目にして怯えた声を漏らした。

「ちょ、ちょ、ちょ、や、やめてくれよ」
「やめてほしければ素直に答えることだ。でなければ顎が砕かれ、その若さで流動食しか楽しめなくなるぞ」
「そ、そんな……でも……」
「いや、顎を砕いてしまったら喋れなくなるな。砕くのは下の玉の方が良いか」

 この声に応え、貫太郎は潤んだ美しい黒の瞳を下へ降ろす。
 男は内股になり、背を少し屈めた。
「それは勘弁!」
「素直に話した方がいいぞ。そうじゃないと、話すまで痛めつけることになるからな」


――――森

「と、言った感じで青年と平和的な話し合いを行い、村の者たちがロイシン男爵とやらにオーガリアンの剥製を売りつけようとしていることを知り、ツキフネを罠に嵌めようとしていたことがわかった」

「おじさん、全然平和的じゃない……」
「何を言う、暴力を振るったわけじゃない。話を聞き出したあとは、魔法でスヤスヤ夢心地だしな」
「いやいや、脅迫は暴力だよ……」
「まぁ、細かいことはいいじゃないか。ともかく、彼から計画を教えてもらい、ついでにここまでの近道を聞き出して、貫太郎にまたがり間道を抜けて、背後に回ったというわけだ。しかし……」


 私は周囲に首を振る。
 三十名ほどいた戦士たち全員が地面に倒れ、永遠の沈黙を友にしているか、小さな呻き声を漏らしている者ばかり。立っているのは纏め役っぽい男だけ。

「少々、遅れてしまったようだ」
 そう唱え、私は中指と親指をこすり合わせてパチリと跳ねる。
 すると、空に氷の槍が生まれ、それらは呻き声を漏らしていた戦士たちに降り注ぎ、彼らへ永遠の沈黙を与えた。
 これにカリンが驚きの声を上げる。

「お、おじさん!?」
「どうした、大声を上げて」
「だって、その人たちはもう戦える状態じゃ!」
「彼らは君の姿を見たのだぞ。影の民としての姿を。ならば、しっかりと止めを刺しておかないと」
「そ、それは……」

「彼らが教会にでも報告すれば、影の民専門の狩人が派遣される。そうなれば、かなり厄介だ。わかるな?」
「……うん」

「それとだ、大勢の敵の前で、影の民の姿を見せるのは良いとは言えない。今回は取り逃がしはなかったが、次もそうとは限らない。もう少し考えるべきだ。自分がどういった立場なのかを……」
「それは、その……」


 後先を考えなかった浅慮な力の開放を責める口調に、カリンは瞳を地面へと逸らして申し訳なさの籠る声を漏らす。
 すると、彼女を擁護する声がツキフネから上がる。


「か、彼女を責めないで、やってくれ。わ、私を助けるために、リスクを冒したのだ。せ、責は私にある」
 体に毒が回っているようで、痺れが舌先にまで回り、ツキフネの呂律が怪しい。
 それでも、カリンのために声を上げる。
「わ、わ、悪いのは、油断をした、わたしなのだ」
「なるほど。カリン、やはり君は他者の痛みには耐えられない人物なのだな」
「あ、うん。ごめんなさい」

「いやいや、悪いことではない。難儀ではあるが……それよりもツキフネ。カリンは影の民だ。そうであっても庇い立てするとは、実に興味深い」
「命の恩人に、種族は、関係ない」
「フフ、武骨そうに見えるが優しい女性だな、君は」
 
 再び、パチリと指を跳ねる。
 その音の広がりに合わせて、ツキフネの足元から緑色の風が螺旋を舞い、吹き上がる。
「毒を浄化しておいた。ついでに傷の方も治癒した」
「なっ!?」


 ツキフネは先ほどまで震えに疲れていた指先を見つめ、何度か開け閉めを繰り返して、ぐっと握り締めた。
「信じられん。浄化魔法は毒の種類によって選定が必要だというのに、調べもせず、こうもあっさり浄化できるとは。お前は魔法使いなのか? それも一流の? いや、だが、それにしては古風な魔法を使用しているように見えるな」

「私は魔法使いではない。魔法が使えるだけだ。しかし、古風か。やはり私の魔法は遅れた魔法のようだな。さて、崖上にいる者は……」

 左右にある崖の上へ視線を投げる。
 気配はあるものの気を失っている様子。
 瞳をカリンへ向ける。

「彼らに君の姿は?」
「見られてない」
「そうか、ならば放置で良いか。無用に命を奪う必要もない。だが……」


 私は黄金の瞳を纏め役の男へと合わせる。
「彼をどうするかだ」
 すると、男は悲鳴のような嘆願を口にしながら、地へひれ伏して、ひたいを地面にこすりつけた。
「ゆ、許してくれ! 誰にも話さないから! 金だって渡す!! だから頼む! み、見逃してくれ!!」
「だそうだが、どうするカリン?」
「え? それは……」

 カリンの空色の瞳に映るのは、体中を大きく振るわせて、命乞いをする哀れな男の姿。
 しかし、彼を見逃せば、教会にカリンのことが伝わり、討伐隊がやってくるかもしれない。
 彼女は眉をひそめて、判断に迷う。
 私はそれを不思議そうに見ていた。
 一度、戦士たちの遺体に瞳を振ってから、カリンへ戻す。


「戦いへの気構えができているというのに、迷うのか?」
「悪意と殺意を持って襲い掛かってくる相手だと割り切れるけど、こんな風に懇願されると、どうしても……」
「それは半端な優しさであり、過ちだと思うが……まぁ、気持ちはわからないでもない。どのような相手でも無抵抗な者は切り捨てにくいもの。ということで、私たちはこの男を見逃すとしよう」
「いいの、かな?」
「その答えはこれからの旅で導き出せばいい」


 ひれ伏したまま少しだけ頭を上げてこちらを窺う男へ、私は瞳を落とす。
「というわけで、私たちは去る」
「あ、ありがとうございます! 絶対に、絶対に、そちらのお嬢さんが影の民だと誰にも――」
「私たちは去るが……ツキフネ、君は依頼を完遂しなければならないのだろう?」
「ああ、そうだな、賞金稼ぎとして契約を守らなければならぬ」


 そう言って、彼女は大剣を手に取り、纏め役へと近づいていく。
 纏め役はツキフネに顔を向けて、次に私の方へ顔を向けた。

「ど、どういう意味だ? た、助けてくれるんじゃ? なぁ、あんた?」
「私たちはな。だが……」

「ルシアン村の村長より、盗賊のかしらの首級を挙げろという契約を結んでいる。ゆえに、その首、貰い受ける」
「ちょちょちょちょちょ、ちょっと待て! 俺は盗賊なんかじゃねぇ!! その村長の息子だぞ!」
「証拠がない」

「ふざけんなよ! 待て、近づくな! こっちくんなよ! おかしいだろ! なぁ、やめてくれ! た、頼む! お願いだから!! なんで、近づいてくるんだよ!? なんで、剣を振りかざすんだよ!? やめ、やめ、た、たすけてくれええぇぇえぇえぇえぇぇ!!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

Hしてレベルアップ ~可愛い女の子とHして強くなれるなんて、この世は最高じゃないか~

トモ治太郎
ファンタジー
孤児院で育った少年ユキャール、この孤児院では15歳になると1人立ちしなければいけない。 旅立ちの朝に初めて夢精したユキャール。それが原因なのか『異性性交』と言うスキルを得る。『相手に精子を与えることでより多くの経験値を得る。』女性経験のないユキャールはまだこのスキルのすごさを知らなかった。 この日の為に準備してきたユキャール。しかし旅立つ直前、一緒に育った少女スピカが一緒にいくと言い出す。本来ならおいしい場面だが、スピカは何も準備していないので俺の負担は最初から2倍増だ。 こんな感じで2人で旅立ち、共に戦い、時にはHして強くなっていくお話しです。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!

どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入! 舐めた奴らに、真実が牙を剥く! 何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ? しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない? 訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、 なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト! そして…わかってくる、この異世界の異常性。 出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。 主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。 相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。 ハーレム要素は、不明とします。 復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。 追記  2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。 8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。 2024/02/23 アルファポリスオンリーを解除しました。

フェル 森で助けた女性騎士に一目惚れして、その後イチャイチャしながらずっと一緒に暮らす話

カトウ
ファンタジー
こんな人とずっと一緒にいられたらいいのにな。 チートなんてない。 日本で生きてきたという曖昧な記憶を持って、少年は育った。 自分にも何かすごい力があるんじゃないか。そう思っていたけれど全くパッとしない。 魔法?生活魔法しか使えませんけど。 物作り?こんな田舎で何ができるんだ。 狩り?僕が狙えば獲物が逃げていくよ。 そんな僕も15歳。成人の年になる。 何もない田舎から都会に出て仕事を探そうと考えていた矢先、森で倒れている美しい女性騎士をみつける。 こんな人とずっと一緒にいられたらいいのにな。 女性騎士に一目惚れしてしまった、少し人と変わった考えを方を持つ青年が、いろいろな人と関わりながら、ゆっくりと成長していく物語。 になればいいと思っています。 皆様の感想。いただけたら嬉しいです。 面白い。少しでも思っていただけたらお気に入りに登録をぜひお願いいたします。 よろしくお願いします! カクヨム様、小説家になろう様にも投稿しております。 続きが気になる!もしそう思っていただけたのならこちらでもお読みいただけます。

役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !

本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。  主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。 その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。  そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。 主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。  ハーレム要素はしばらくありません。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

処理中です...