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死の予感、死への渇望
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ぼくはカウンターを乗り越えて女に掴みかかった。女は怒声を上げてカウンターの上に置いてあったウィスキーの酒瓶に手を伸ばし、ぼくの頭頂部目がけて振り下ろしてきた。辛うじて避けたぼくの肩口を叩いた酒瓶は、カウンターの端に激突して砕け散り、狭い店の中に濃密なウィスキーの匂いを撒き散らした。
女の右手を捻り上げ、割れた酒瓶を床にはたき落とした。獣じみた呻きを上げながら暴れる女を力尽くでカウンターに押し付けると、女の足が跳ね上がり、ぼくの股間を蹴りつけてきた。かろうじて躱しはしたものの、バランスを崩して狭いカウンターの床に倒れ込んだ。
倒れ込んだぼくの前で女がカウンターから持ち上げたのは、彼女の遺骨が入った骨壺だった。静止する暇もなく、女はぼく目掛けて骨壺を投げ落とした。彼女の骨を詰めた白磁の壺はぼくの側頭部に激突し、派手な音を立てて砕け散った。狭い店の中が舞い散る粉塵で白く濁り、店の天井に設置された火災感知器が作動し鋭い警告音を発した。
側頭部を強打されたぼくの意識は束の間消失していたようだが、女もまた舞い散る粉塵のせいで激しく咳き込んでいた。かび臭いこの粉塵こそが、現世に唯一残った彼女の証だった。
「いきなり襲われたんだから、お前が悪いんだ。正当防衛なんだから、お前が悪いんだよ」
粉塵に塗れた女の手には、刃渡り20㎝はありそうな柳葉包丁が握られていた。立ち上がろうと足掻くぼくに、女は柳葉包丁を逆手に構えて近づいてくる。
「仕方ないんだよ。悪いのはあんたなんだからさ。あたしは自分を守っただけだ。正当防衛なんだよ。正当防衛」
譫言のように繰り返しながら、女は距離を詰めてくる。女の目にはもう、ぼくは映ってはいない。下卑た笑みと、血に飢えた獣の興奮だけが女の行動を支配しているようだった。
女が包丁を振り下ろすのと、ぼくが立ち上がったのはほとんど同時だった。女の振り下ろした刃がぼくの左耳を掠め、鎖骨の皮膚を切り裂いた。ぼくは両手で女を抱きしめ、その乾いた唇に自分の唇を重ねていた。
腕の中で抗う女の体を押さえつけながら、ぼくは貪るように女の唇を吸い続けた。腕の中で暴れる女の体から不意に抵抗が消え、強張っていた全身が砂のように力を失っていく。硬く乾いた女の唇が開き、狂暴なヘビを連想させる長い舌がぼくの口蓋に侵入し、煙草の臭いと長年の不摂生で痛めた胃に溜まったガスがぼくの口の中に広がっていく。吐き気を催して女から離れようとしたが、いつの間にかぼくは女の腕に全身を絡めとられていた。
糸を引く唾液を舐めとりながら、女が卑猥に笑った。血と暴力に酔ったのか、完全に開いた女の瞳孔が薄暗い部屋の灯りを反射して輝いていた。
「なんだよ。やりたいのかよ、こんなおばちゃんと。だったら最初からそう言えばいい」
ぼくは女から身を離し、距離を取った。女の手にはあいかわらず包丁が握られていて、その切先はぼくの心臓に向いていた。
「恥ずかしがらなくていいんだよ、ぼく。おいでよ。あいつよりあたしの方が上手いんだから。年季の違いを教えてやるよ」
嗄れた喘ぎを口から漏らしながら、女は自らの股間を左手でまさぐり出した。なまじ彼女の面影があるだけに、女の姿は耐えきれないほど悍ましい。
にじり寄る女に、カウンターの端まで追い詰められた。もう後には下がれなかった。女がぼくの胸を刺し貫いてくれれば、何もかもが終わる。地獄があるのなら、ぼくはおそらくそこで彼女と過ごすことになる。それは幸せな幻想だった。彼女と一緒ならどこにでも行ける。もちろんその前に、沙織と茉奈に詫びなければならないけれど、それすらも今となっては微かな喜びに変わっていた。
女の右手を捻り上げ、割れた酒瓶を床にはたき落とした。獣じみた呻きを上げながら暴れる女を力尽くでカウンターに押し付けると、女の足が跳ね上がり、ぼくの股間を蹴りつけてきた。かろうじて躱しはしたものの、バランスを崩して狭いカウンターの床に倒れ込んだ。
倒れ込んだぼくの前で女がカウンターから持ち上げたのは、彼女の遺骨が入った骨壺だった。静止する暇もなく、女はぼく目掛けて骨壺を投げ落とした。彼女の骨を詰めた白磁の壺はぼくの側頭部に激突し、派手な音を立てて砕け散った。狭い店の中が舞い散る粉塵で白く濁り、店の天井に設置された火災感知器が作動し鋭い警告音を発した。
側頭部を強打されたぼくの意識は束の間消失していたようだが、女もまた舞い散る粉塵のせいで激しく咳き込んでいた。かび臭いこの粉塵こそが、現世に唯一残った彼女の証だった。
「いきなり襲われたんだから、お前が悪いんだ。正当防衛なんだから、お前が悪いんだよ」
粉塵に塗れた女の手には、刃渡り20㎝はありそうな柳葉包丁が握られていた。立ち上がろうと足掻くぼくに、女は柳葉包丁を逆手に構えて近づいてくる。
「仕方ないんだよ。悪いのはあんたなんだからさ。あたしは自分を守っただけだ。正当防衛なんだよ。正当防衛」
譫言のように繰り返しながら、女は距離を詰めてくる。女の目にはもう、ぼくは映ってはいない。下卑た笑みと、血に飢えた獣の興奮だけが女の行動を支配しているようだった。
女が包丁を振り下ろすのと、ぼくが立ち上がったのはほとんど同時だった。女の振り下ろした刃がぼくの左耳を掠め、鎖骨の皮膚を切り裂いた。ぼくは両手で女を抱きしめ、その乾いた唇に自分の唇を重ねていた。
腕の中で抗う女の体を押さえつけながら、ぼくは貪るように女の唇を吸い続けた。腕の中で暴れる女の体から不意に抵抗が消え、強張っていた全身が砂のように力を失っていく。硬く乾いた女の唇が開き、狂暴なヘビを連想させる長い舌がぼくの口蓋に侵入し、煙草の臭いと長年の不摂生で痛めた胃に溜まったガスがぼくの口の中に広がっていく。吐き気を催して女から離れようとしたが、いつの間にかぼくは女の腕に全身を絡めとられていた。
糸を引く唾液を舐めとりながら、女が卑猥に笑った。血と暴力に酔ったのか、完全に開いた女の瞳孔が薄暗い部屋の灯りを反射して輝いていた。
「なんだよ。やりたいのかよ、こんなおばちゃんと。だったら最初からそう言えばいい」
ぼくは女から身を離し、距離を取った。女の手にはあいかわらず包丁が握られていて、その切先はぼくの心臓に向いていた。
「恥ずかしがらなくていいんだよ、ぼく。おいでよ。あいつよりあたしの方が上手いんだから。年季の違いを教えてやるよ」
嗄れた喘ぎを口から漏らしながら、女は自らの股間を左手でまさぐり出した。なまじ彼女の面影があるだけに、女の姿は耐えきれないほど悍ましい。
にじり寄る女に、カウンターの端まで追い詰められた。もう後には下がれなかった。女がぼくの胸を刺し貫いてくれれば、何もかもが終わる。地獄があるのなら、ぼくはおそらくそこで彼女と過ごすことになる。それは幸せな幻想だった。彼女と一緒ならどこにでも行ける。もちろんその前に、沙織と茉奈に詫びなければならないけれど、それすらも今となっては微かな喜びに変わっていた。
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