三つの異能と魔眼魔術師

えんとま

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第7章 絶対強者

内なる葛藤

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「くぅっ!」



悔しさを拳に込めドンと強く床を殴る。ワックスできれいに仕上げられた、早朝の少し冷えた道場の木の床はキッときしむ音を返すだけであった。



設楽ユウマ。当時12歳。


中学生へと進学し、設楽家当主となるため本格的に剣の指導を受けるようになって半年たつ。ユウマは己の非力さ、そしているかもわからない自分の運命を定めた神様への恨みを募らせていた。




がらがらと引き戸を開ける音が響く。




朝の陽ざしが窓から差す道場の中、入ってきたのはユウマの父親である設楽堂真しがらきどうまだ。鍛えられた太い腕に短く切りそろえられた角刈りの頭、整えられた顎鬚。その辺りのチンピラなら顔だけで撃退できるかもしれない強面だ。





「また朝からここにいたのか。練習熱心なのはとてもいいことだが、度を越えては成長を阻む毒となる。自分の体を常に気にすることも剣士の務めだ」






「父さん…わかってる。分かってるけど」





ギュッと竹刀を持つ手に力を籠める。




「俺は次期当主なんでしょう?設楽家の当主は長男が担う掟。でもこのままじゃ俺当主になんてなれないよ。使…!」




「そんなに焦るな。血統魔術が開花するのには個人差がある。お前には類稀なる剣術の才があるんだ。血統魔術が開花しようものなら歴代の当主を上回れる。今はその時をまて」




「で、でも…」




ユウマは見上げるように父に訴える。




「カンナはもう2つ目の武刃漆門が使えるんだよ。剣術は時間を掛ければ努力で補える。いっそカンナが当主になった方が…」




「それはだめだ」





ユウマの訴えを父はバッサリと切り伏せる。






「当主とは設楽をまとめ上げる頂点、代表だ。女である妹のカンナに務まりはしない。たとえ血統魔術が使えても体のつくりに男女で限界があるのだ。今はカンナの方が強くても成長するにつれてどんどん差が開いていく。お前の他に当主になれる者はいないんだ」





父の言葉にも未だ納得のいかないユウマ。




(男だの女だのがいったい何の関係があるっていうんだ。確かにカンナは剣の才が俺よりないけど、そんなものは努力でどうにでもなる。掟がどうこうって、いったい何の根拠があって…)





文句の一つも言いたそうなユウマだったが、その口から言葉が飛び出る前に父は無理やり会話を終わらせる。




「母さんが朝食の準備をして待っている。片づけをして戻ってきなさい」





足ばやとその場から退散する父。


そしてこの日ユウマはすべてあきらめたのだ。




自分が当主になる他何も道はない。ならせめて剣の腕を磨き上げ、血統魔術に頼らなくてもよいほどの剣士になると心に誓った。






~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~





1年後、ユウマは前と比べ口数が減るようになった。ただ剣を磨くことに固執した結果、勉学も剣の修行も黙々とこなすようになり自然と口数が減っていったのだ。



対照的に妹のカンナは以前にも増してうるさくするようになった。家族、特に父とはよくケンカをしている。




反抗期なのだと母は軽く流していたが、兄のユウマは唯一カンナの本心をよくわかっていた。

妹は認められたいのだ。一人の剣士として、一人の娘として。




だが父は女だからという理由でカンナに剣の道、当主の道をあきらめるようしつこく叱り、納得のいかないカンナは反抗するようになった。




父は父で成長とともに現れる限界に打ちのめされ絶望し剣を手放すくらいなら、最初から剣の道に固執せず周りの女子達と同じように時間を使ってほしいという思いがあることもユウマは知っていた。





(素直になればよいものの、全く不器用だな。口も開かぬ俺が言うのもなんだが。やはり親子か)



二人の喧嘩する姿を尻目に、ユウマはふっと笑うのだった。






時がたち、ユウマは15歳を迎える。いまだ血統魔術の開花は尻尾も見せないままだ。



逆にカンナといえば、父の想いとは裏腹に三つ目の武刃漆門を開花させる。当時カンナは12歳。この歳で武刃漆門の参刄を開花させるのは歴代でも初めてのことだ。だがそれでもやはり父はカンナを剣士として認めようとはしなかった。



ユウマはというと、剣技だけで戦えば勝てない相手などいないほどその腕を磨き上げていた。扱いが未熟とはいえカンナの武刃漆門を使った状態でも、ユウマは魔術の一つも使わず勝つことができる。まさに神童だ。




まるで一人の完璧な剣士を魔術の妹、剣技の兄に分けたようだとよく母は例えていた。






相変わらず寡黙なユウマは口にはしていなかったが、内心はとても焦っていた。いくら剣技がすごいといっても設楽流は魔術あっての剣術、このままではいずれ妹は自分を超えるだろう。




父の言うように、当主たるもの一族の頂点でなければならない。妹に負けているようではとても当主とは認めてもらえないかもしれないし、何より自分で自分のことを認められない。




だが自分ではどうしようもないのだ。体に宿る魔術回路は血統魔術のせいでほかの魔術がろくに使えない。肝心の血統魔術は開花できない。


気持ちばかり焦るが、だからといって自分ではどうにもできない、行き場のない不安をかき消すようにユウマはひたすら剣を振っていた。





そんなある朝のこと。いつものように道場を掃除したのち特訓のため竹刀を握るユウマだったが、その日は何かが違っていた。



何やら肌寒く悪寒が走る。日差しが照り付ける道場がこんなに寒いわけがない。

それに何か空気が淀んでいるようだ。暗い穴の底の空気だけかき集めたような重苦しい雰囲気があたりに立ち込めている。





(薄気味の悪い、なんだこの感じは。あまり長居をしたくないな。さっさと終わらせて切りあげよう)




思わず竹刀を握る力が強くなる。いざ振り上げようとしたその時、明確に何者かの気配を感じた。






「誰だ!」




柄にもなく大きな声で気配の方へと向き直り竹刀を構える。道場に入った時、だれもいなかったはずのその場所には不思議な格好をした人物がたっていた。



全身スーツに身を包んでいるのだが、靴もズボンもジャケットも、ネクタイもシャツもかぶっているハットもすべて真っ黒だ。手にも黒い手袋をしているため、唯一黒くない顔がとても強調されている。







着ている黒に対して顔は病人の様に真っ白であり、なんとその面はだったのだ。






不気味な見た目をした目の前のに、ユウマの体を恐怖が駆け巡る!






(なんだこいつは!いつからここにいた!見た目、放っている気…俺の知らない異質な何かだ!)





「驚かせてしまったな。そう構えないでくれ。私は君に話が合ってきたのだ」




口もないのに男の声がその顔から発せられる。





「私はアザフセ。君たち魔術師とは理の外れたところに生きるものだ。あぁ、今は理解しようとしなくてもいい。ただ私の話を聞いてくれさえすれば」




(抑揚のない無機質な声、それに命を感じられない。まるでカカシだ)





アザフセと名乗る黒づくめの男は帽子を深くかぶる。





「君は魔術師でいながら魔術がろくに使えないのだろう。特殊な魔術回路に生まれてきたがためにその人生を縛られている。そして一族の次期当主という未来と責任がその縄をさらにきつく締め上げている。さぞ辛かろう?そんな人生は。縛りなど、すべて引きちぎりたくはないかね?」





「…何が言いたい」





「私にはね、できるのだよ。君の魔術回路を犠牲にして新たな、もっと自由な力を与えられる」





「そんな都合のいい話があるか!そもそも魔術回路がなくては魔術が使えないだろう!」




まるで馬鹿にされている気分だ。見透かすような態度で不可能なことをべらべらとしゃべる目の前のアザフセに腹を立てたユウマは、持っていた竹刀を武器にアザフセへ攻撃する。





強烈な踏み込みで、一歩でアザフセの前へ近づくと、そのままの勢いを竹刀に乗せ一突き。設楽流一心を放つ。





「!?」





竹刀がアザフセに触れた。いや、ふれたどころか!しかしユウマの手には全くその手ごたえがない。




目の前のアザフセは次第にゆらゆらと形を崩すと煙の様に霧散し姿を消した!







「どうだい?初めて見る古術という力は」







突如背後から声がする。振り返るとそこには先ほどと様子の変わらないアザフセが立っていた。







「なんだ今の魔術は」




緊張からユウマの額からは汗が一筋流れる。




姿を見えなくする魔術なら知っているが、体を切りに変える魔術などあっただろうか。





それに詠唱もトリガーも、目の前の男は口にしていない!だとすれば考えられるのは固有性質か、それこそ血統魔術くらいなものだが…




「言っただろう。魔術ではない、古術という全く異質な力だよ。魔術回路などに頼らない、自分の生命エネルギーや大地に宿る力を転用し術となす力。この力なら君は血統魔術に縛られることなく自由に術が使える。一族にふさわしい当主になれるんだ」






「…」









(確かに今、魔術以外の力を目の前で披露されては信じるしかない。魔術以外の力というものを。だがなんだ?この男から漂う悪意…)





アザフセの話は今のユウマにとって見ればかなり魅力的な話だ。

正直血統魔術の開花などといういつ来るかもわからないものを当てにするよりは、使えない魔術回路を捨て古術とかいう力を得た方がいいに決まっている。




だが、うますぎる。そんなうまい話があるわけがない。





まず誰も知らない、聞いたこともない得体のしれない力に頼るなど何が起こるかわからない。手っ取り早く強くなれるなら誰だってそうするに決まっているのだ。




いきなり現れた相手にこんな怪しい話を持ち掛けられ『はいそうですか』と返事をするほど、15歳のユウマはガードが甘くなかった。





「断る。お前のような怪しい奴から得体のしれない力を与えてもらうなど、ご免被る」





表情がないため感情がわからないが、くくくという無機質な笑い声がアザフセから漏れる。





「残念、だがあきらめはしない。君には素質があるんだ。普通の魔術師では古術師に転身などできはしないが、君たち一族は特殊だからね。そして君の持つ魔術回路と剣術一家の次期当主に挟まれた葛藤という感情はとてもいい起爆剤だ」





アザフセの足元が次第に輪郭を失いぼやけてくる。先ほど同様また煙の様に姿が消えていく!






「また会おう、設楽ユウマ。次は魔術師ではなく古術師になった君に会えることを期待しているよ」





姿が消えるとともに、あたりを制圧していた重苦しい嫌な気も晴れていく。窓から日が差し小鳥の声が聞こえる、いつもの早朝の道場が返ってきた。






まるで何事もなかったかのように戻ったいつもの情景だが、ユウマの心のうちに深く刻まれた古術という存在は消えることはなかった。

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