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第6章 孤独な復習者
重なる不安と不穏
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すーっと自動ドアが開く音がする。部屋の中ではアンリが本を読んでいる最中だった。
「あれ、ハルトさん?今日はこっちに寄らないで家に帰るものだと思ってましたよ」
部屋のドアを開けたのは、久しぶりにネガル魔専に登校していたハルトだった。アンリは本から目線をハルトに移す。その顔はどこか不安な気持ちがにじみ出ていた。
「アンリ、お前確かカンナと仲良かったよな」
「仲がいいか・・・微妙なところですが、何かあったんですね」
ハルトの様子、そしてヴァルミリアたちが教会本部に呼ばれているという不測の事態。アンリの中にも不安の芽が小さく芽吹いてきている。
「今日久しぶりに登校してみればカンナが学校に来ていなかった。一条の話だと『長期研究休学』っていって魔術の研究をするため長期休学する制度を使っていてしばらくこないらしい。だが俺の知るカンナは魔術の研究で休学なんてしそうにないし・・・」
「帰り道の途中、一緒にいた一条がカンナの姿を見たといったんだ。研究休学なら外部機関に出張っているからこのあたりで見るはずもない。アンリ、何か聞いてたりしないか?」
少し考え込むアンリ。カンナのことは初耳で、情報は何も知らない。ただひとつ、このタイミングでヴァルミリアやクラウスたちが何か大きな問題のため動員されていることを今ここで話してしまっていいのか悩んでいた。
もちろん関連性は今のところまったくない。小耳に挟む程度で言っておいてもいいのだが、わざわざ不安にさせる必要もない。
「・・・いえ、私は何も。そういう話なら私より付き合いの長いハルトさんにまずすると思いますよ」
とりあえず教会のことはハルトには伏せておくことにした。
「そうか、わかった」
そう短く返事をするハルト。
そこへ空気をぶち壊すがごとく、この魔導省訓練施設に住んでいる人と狐の妖怪の半人半妖、コンが部屋へと乱入する。
「やぁはる君、ずいぶんと難しい顔をしているじゃないか。僕ならいつでも話を聞くぜ」
コンの姿を見るなり、ハルトはゲッと気持ちをそのまま顔に出す。
金髪に黄色の長耳、数本生えたふっくらとした狐の尻尾。大妖怪・飯綱が混ざった彼女はつい数日前まで、その身を蝕む飯綱の存在と体に刻まれた呪印から自害という方法で逃れようとしていたところをハルトの魔眼で救われてからというもの、ハルトにべったりなのだ。
特に飯綱との戦闘後、全身の魔術回路が焼け痛みに動けない数日間はずーっとハルトに付きっ切り。過剰な看病と接触でハルトはウンザリきていた。しかしそれをたとえ本人に伝えても一向に治まる気配がない。
何でも彼女いわく、この性格は感情が捨てられない呪いにより精神が崩壊し、身を守るため感情を殺しきるという選択をした時に、彼女の本能が奥底へしまいこんだ人であったときの性格らしい。
「お前のその過剰な接触が少しでも減ったら考えてやる」
「つれないなぁハル君、僕はただ恩返しがしたいだけだって」
そういいながら抱きつこうとしてくるコンをでこピンで反撃するハルト。こんな具合にツンけんしたところでまったく効果がないのだ。
そんな二人の様子に、わざとらしく大きなため息をつくアンリ。
「まったく、コンさんはもう少し歳相応の落ち着くを持ってほしいものです。ヴァルミリアさんを見習ってください」
「仕方ないだろう、千年のうち殆どの間僕の感情は死んでしまっていたんだからな!」
「そんな堂々といわれても・・・」
どうやらアンリもまだコンの扱いに慣れていないようだ。
ふと、思い出したようにアンリが口を開く。
「そういえばハルトさん、二階堂さんが1時間ほど前にここに来ましたよ。ハルトさんに用があったみたいですが、いなかったのでまた後日来るそうです」
「二階堂が?俺に話っていったい…」
久しぶりに登校してみればなにやら各所でいろいろな動きがあるようだ。散っている不安の芽が成長し絡み合い、ひとつの大きな樹木へと成長しないことを祈るハルトであった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(やっぱ、今日も来ないのか)
翌日、学校へ来たハルトは誰も座っていないカンナの机を眺める。そろそろ中間テストの時期だ。いくら制度で休学しているとは言えテストはテスト、当日にしろ後日にしろ受けなくては0点になってしまうというのに。
やはり何かよからぬことが起きているのではないだろうか。さまざまな憶測が頭の中をめぐる中、ハルトはひとつの決心をする。
「一条、この後少しいいか?」
ハルトが一条をつれてやってきたのはネガル魔専の応接個室だ。
「一条、やっぱり気にならないか」
「信楽のことじゃな?」
一条はその一言でハルトの言わんとしていることを察してくれたみたいだ。
「ワシも気になっていたんじゃ。テストの近いこの時期にわざわざ制度を使って休学など研究とはいえ意味がない。それに昨日見たのはやっぱり信楽じゃ。あいつは制度を理由に学校にこないで何かやっておる」
一条も考えはハルトと同じようだ。ならば話は早い。
「あいつは昔から相談とかしないで自分の中に溜め込んじまうからな。家のことだってそうだし、見つけだして助けてやれないかな」
幼馴染で昔から付き合いのあるハルトはカンナを取り巻く状況をよく知っていた。彼女の性格も、そして最後に頼るはずの家族がもう誰もいないことも。
「いつもなら人の事情に首を突っ込むものじゃないというところじゃが、確かに信楽の場合は余計なお世話くらいがちょうどいいのかも知れんな」
情報通である一条はもちろんのこと、当時は少し話題になっていたため二人以外にも記憶に残っている人は何人もいるだろう。
剣術家でもある信楽家の人間は、カンナを残して全員この世を去っている。
ハルトたちが中学生のころ、その事件は起きた。学校から帰ってきたカンナが扉を開けて目にしたのは血の海に倒れこんだ両親だった。
本人から詳細を聞くほど当時のハルトも無神経ではなく、そのときのことは報道されている内容でしか知らないが、最初に発見されたカンナの両親だけでなく、信楽一家は全員殺されている。
家にいた家族だけでなく、そのとき学校から帰宅途中だった兄まで殺害されていることから、『信楽家』に対して並々ならない恨みを持った人物の犯行とされているが、凶器が刃物であること以外は一切わからず、犯人や犯行の理由、そしてなぜ信楽家の中でカンナだけが生かされたのか、いくつもの謎はわからないまま事件の真相は闇へと消えた。
この悲惨な事件からしばらくふさぎ込んでしまったカンナだが、ある日を境に一変、悲しみをぶつけるように剣術に打ち込むようになってからは次第に回復をみせ、今では以前の明るさを取り戻して入る。
だがまだ自分で抱え込んでしまう癖が残っていて、今回のようにハルトや一条が世話を焼く事はこれが初めてではなかった。
しかしいざ行動を起こそうにも今の二人には毛ほども情報がない。とりあえず一条がカンナを目撃した場所を尋ねることを約束し、二人は応接室を後にした。
そして授業は終わり放課後、俗に言う帰宅部である二人はすぐに学校を飛び出し昨日のあの場所へと足を速める。徐々に目的の場所に近づくに連れ、二人は昨日とは違う違和感を覚え始めていた。
なにやら騒がしくやたら人が多い。そして警察や魔導省の警護部隊が使う特殊車両がちらほらと見える。
ハルトの中にまかれていた各所の不安の芽は最悪の事態を脳内によぎらせる。
きっとどこか違う場所で事件があったのだ、これはカンナの件とはまったく関係がない、不安が高まる自分の胸のうちにそう言い聞かせながらついに目的の場所にやってきた二人だが、現実は彼らの気持ちなど微塵も考慮などしない。ただただある事実をその目にたたきつけてくる。
「四宮…これは信楽には関係がない、たまたま…じゃろ」
「当たりまえだろ、あってたまるかよ!」
赤いランプが嫌になるほど光を辺りにちらつかせる。自己主張の強い『立ち入り禁止』と書かれたテープに囲われた中には、選ばれたもののみが入ることができるある種の結界が張られている。
間違いなくここで事件が、それも大きな事件が起きたのだ。
ふとハルトの目に、かの結界の中に知っている人物の姿が飛び込んできた。自分でも驚くほど反射的にその名を呼ぶ。
「二階堂!」
魔導省の上層部に所属する二階堂 凛。ハルトの呼び声に反応すると、黒と黄色が折り重なるテープをまたぎこちらへと近づいてきた。
「ハルトさん!どうしてここに…」
「そんなことはいいんだ、教えてくれ、ここで何があった!」
ハルトの焦りように驚く二階堂。その剣幕に半ばこぼす様に口から転がる言葉は、今一番聞きたくない言葉だった。
「さ、殺人ですよ、この近くで殺人事件があったんです」
「あれ、ハルトさん?今日はこっちに寄らないで家に帰るものだと思ってましたよ」
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「アンリ、お前確かカンナと仲良かったよな」
「仲がいいか・・・微妙なところですが、何かあったんですね」
ハルトの様子、そしてヴァルミリアたちが教会本部に呼ばれているという不測の事態。アンリの中にも不安の芽が小さく芽吹いてきている。
「今日久しぶりに登校してみればカンナが学校に来ていなかった。一条の話だと『長期研究休学』っていって魔術の研究をするため長期休学する制度を使っていてしばらくこないらしい。だが俺の知るカンナは魔術の研究で休学なんてしそうにないし・・・」
「帰り道の途中、一緒にいた一条がカンナの姿を見たといったんだ。研究休学なら外部機関に出張っているからこのあたりで見るはずもない。アンリ、何か聞いてたりしないか?」
少し考え込むアンリ。カンナのことは初耳で、情報は何も知らない。ただひとつ、このタイミングでヴァルミリアやクラウスたちが何か大きな問題のため動員されていることを今ここで話してしまっていいのか悩んでいた。
もちろん関連性は今のところまったくない。小耳に挟む程度で言っておいてもいいのだが、わざわざ不安にさせる必要もない。
「・・・いえ、私は何も。そういう話なら私より付き合いの長いハルトさんにまずすると思いますよ」
とりあえず教会のことはハルトには伏せておくことにした。
「そうか、わかった」
そう短く返事をするハルト。
そこへ空気をぶち壊すがごとく、この魔導省訓練施設に住んでいる人と狐の妖怪の半人半妖、コンが部屋へと乱入する。
「やぁはる君、ずいぶんと難しい顔をしているじゃないか。僕ならいつでも話を聞くぜ」
コンの姿を見るなり、ハルトはゲッと気持ちをそのまま顔に出す。
金髪に黄色の長耳、数本生えたふっくらとした狐の尻尾。大妖怪・飯綱が混ざった彼女はつい数日前まで、その身を蝕む飯綱の存在と体に刻まれた呪印から自害という方法で逃れようとしていたところをハルトの魔眼で救われてからというもの、ハルトにべったりなのだ。
特に飯綱との戦闘後、全身の魔術回路が焼け痛みに動けない数日間はずーっとハルトに付きっ切り。過剰な看病と接触でハルトはウンザリきていた。しかしそれをたとえ本人に伝えても一向に治まる気配がない。
何でも彼女いわく、この性格は感情が捨てられない呪いにより精神が崩壊し、身を守るため感情を殺しきるという選択をした時に、彼女の本能が奥底へしまいこんだ人であったときの性格らしい。
「お前のその過剰な接触が少しでも減ったら考えてやる」
「つれないなぁハル君、僕はただ恩返しがしたいだけだって」
そういいながら抱きつこうとしてくるコンをでこピンで反撃するハルト。こんな具合にツンけんしたところでまったく効果がないのだ。
そんな二人の様子に、わざとらしく大きなため息をつくアンリ。
「まったく、コンさんはもう少し歳相応の落ち着くを持ってほしいものです。ヴァルミリアさんを見習ってください」
「仕方ないだろう、千年のうち殆どの間僕の感情は死んでしまっていたんだからな!」
「そんな堂々といわれても・・・」
どうやらアンリもまだコンの扱いに慣れていないようだ。
ふと、思い出したようにアンリが口を開く。
「そういえばハルトさん、二階堂さんが1時間ほど前にここに来ましたよ。ハルトさんに用があったみたいですが、いなかったのでまた後日来るそうです」
「二階堂が?俺に話っていったい…」
久しぶりに登校してみればなにやら各所でいろいろな動きがあるようだ。散っている不安の芽が成長し絡み合い、ひとつの大きな樹木へと成長しないことを祈るハルトであった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(やっぱ、今日も来ないのか)
翌日、学校へ来たハルトは誰も座っていないカンナの机を眺める。そろそろ中間テストの時期だ。いくら制度で休学しているとは言えテストはテスト、当日にしろ後日にしろ受けなくては0点になってしまうというのに。
やはり何かよからぬことが起きているのではないだろうか。さまざまな憶測が頭の中をめぐる中、ハルトはひとつの決心をする。
「一条、この後少しいいか?」
ハルトが一条をつれてやってきたのはネガル魔専の応接個室だ。
「一条、やっぱり気にならないか」
「信楽のことじゃな?」
一条はその一言でハルトの言わんとしていることを察してくれたみたいだ。
「ワシも気になっていたんじゃ。テストの近いこの時期にわざわざ制度を使って休学など研究とはいえ意味がない。それに昨日見たのはやっぱり信楽じゃ。あいつは制度を理由に学校にこないで何かやっておる」
一条も考えはハルトと同じようだ。ならば話は早い。
「あいつは昔から相談とかしないで自分の中に溜め込んじまうからな。家のことだってそうだし、見つけだして助けてやれないかな」
幼馴染で昔から付き合いのあるハルトはカンナを取り巻く状況をよく知っていた。彼女の性格も、そして最後に頼るはずの家族がもう誰もいないことも。
「いつもなら人の事情に首を突っ込むものじゃないというところじゃが、確かに信楽の場合は余計なお世話くらいがちょうどいいのかも知れんな」
情報通である一条はもちろんのこと、当時は少し話題になっていたため二人以外にも記憶に残っている人は何人もいるだろう。
剣術家でもある信楽家の人間は、カンナを残して全員この世を去っている。
ハルトたちが中学生のころ、その事件は起きた。学校から帰ってきたカンナが扉を開けて目にしたのは血の海に倒れこんだ両親だった。
本人から詳細を聞くほど当時のハルトも無神経ではなく、そのときのことは報道されている内容でしか知らないが、最初に発見されたカンナの両親だけでなく、信楽一家は全員殺されている。
家にいた家族だけでなく、そのとき学校から帰宅途中だった兄まで殺害されていることから、『信楽家』に対して並々ならない恨みを持った人物の犯行とされているが、凶器が刃物であること以外は一切わからず、犯人や犯行の理由、そしてなぜ信楽家の中でカンナだけが生かされたのか、いくつもの謎はわからないまま事件の真相は闇へと消えた。
この悲惨な事件からしばらくふさぎ込んでしまったカンナだが、ある日を境に一変、悲しみをぶつけるように剣術に打ち込むようになってからは次第に回復をみせ、今では以前の明るさを取り戻して入る。
だがまだ自分で抱え込んでしまう癖が残っていて、今回のようにハルトや一条が世話を焼く事はこれが初めてではなかった。
しかしいざ行動を起こそうにも今の二人には毛ほども情報がない。とりあえず一条がカンナを目撃した場所を尋ねることを約束し、二人は応接室を後にした。
そして授業は終わり放課後、俗に言う帰宅部である二人はすぐに学校を飛び出し昨日のあの場所へと足を速める。徐々に目的の場所に近づくに連れ、二人は昨日とは違う違和感を覚え始めていた。
なにやら騒がしくやたら人が多い。そして警察や魔導省の警護部隊が使う特殊車両がちらほらと見える。
ハルトの中にまかれていた各所の不安の芽は最悪の事態を脳内によぎらせる。
きっとどこか違う場所で事件があったのだ、これはカンナの件とはまったく関係がない、不安が高まる自分の胸のうちにそう言い聞かせながらついに目的の場所にやってきた二人だが、現実は彼らの気持ちなど微塵も考慮などしない。ただただある事実をその目にたたきつけてくる。
「四宮…これは信楽には関係がない、たまたま…じゃろ」
「当たりまえだろ、あってたまるかよ!」
赤いランプが嫌になるほど光を辺りにちらつかせる。自己主張の強い『立ち入り禁止』と書かれたテープに囲われた中には、選ばれたもののみが入ることができるある種の結界が張られている。
間違いなくここで事件が、それも大きな事件が起きたのだ。
ふとハルトの目に、かの結界の中に知っている人物の姿が飛び込んできた。自分でも驚くほど反射的にその名を呼ぶ。
「二階堂!」
魔導省の上層部に所属する二階堂 凛。ハルトの呼び声に反応すると、黒と黄色が折り重なるテープをまたぎこちらへと近づいてきた。
「ハルトさん!どうしてここに…」
「そんなことはいいんだ、教えてくれ、ここで何があった!」
ハルトの焦りように驚く二階堂。その剣幕に半ばこぼす様に口から転がる言葉は、今一番聞きたくない言葉だった。
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