三つの異能と魔眼魔術師

えんとま

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第5章 月狐

藪蛇

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「アンリ!ヴァルミリア!さっきの月狐げっこの行方を追うことはできるか!」


魔導省の訓練施設を飛び出したハルトは、追いかけてくるアンリとヴァルミリアに半ば叫ぶように聞いた。


「あれだけの妖気を放っているもの。痕跡をたどることはできるけど…」


「えぇ、まずは説明をしてくださいよハルトさん!いったい何に気づいたんですか!」


ハルトのあとを追いかけるように走りながら二人は説明を求めた。



「月狐という言葉、どこかで俺は聞いたんだ!そして思い出した…口にしていたのはリカルド、リカルド・フォードだ!」




ヴァルミリアは月狐の妖気の残り香をかぎ分けると、アンリとハルトに道を指示した。今度はヴァルミリアを先頭に二人が後を追い走る。




「リカルドは月狐のことを気にしていた、恐らく知っていたんだ。この魔学区に月狐が来ていることをな。警戒する理由はさっきも言った通り、月狐が古術師に対して並々ならなない憎悪を抱えていて、敵対していることを知っているからだ」




「そしてもう一つ、一度相対した俺たちのことをあの二人が放っておくとは考えにくい。何かしらの形で監視されていると思って間違いないだろう!」



ここまでハルトの話を聞いて、アンリとヴァルミリアの二人もハルトの言わんとしていることに気が付いたようだ。




「…なるほど、ハルトさんは『ノラ』の二人が月狐と私たちの接触を知り、互いの利害の一致から手を組んだと勘違いしている。そういいたいんですね」




「月狐が一人でここを去ったタイミングを、あのリカルドが放っておくはずがないわね。二人は月狐を排除しようとしている…すでにしているのかもしれないわね」



3人は月狐の後を追いながら次第に人通りの多い街中へと入っていく。それと同時にハルトの不安、焦りも徐々に募っていった。




(俺の予想、月狐の暴走のトリガーが古術師だとするとまずい!こんな街中で暴走なんてしようものならどれだけの被害が出るか…くそっ!間に合えよ!)








モノクロの世界、月狐はうごめく黒い群の中央にいた。



低級悪魔の小猿魔が成す軍勢の輪は次第に月狐へと詰め寄ってくる。これだけ大量の悪魔に詰め寄られてもなお月狐に焦りや不安の色はうかがえない、変わらずの無表情だ。



小猿魔たちは月狐の攻撃が及ぶギリギリのところで距離を詰めるのをやめた。互いが互いに開戦のタイミングをうかががう。




風もなく、音もなく、ただただ殺風景な白黒の世界に静寂が訪れる。











そしてついに、月狐の背後にいる小猿魔の一匹が飛び出した!




続くようにして次々と飛び掛かる小猿魔たち。しかしその鋭い牙、鋭利な爪は月狐を傷つけることができない。叩き落とすように月狐が小猿魔たちを切り伏せているからだ。



月狐の振るう妖刀:蒼月は光の尾を引きながらあたりを鮮血で染め上げていく。所詮は寄せ集めの衆でしかない小猿魔たちに連携を取るような様子はなく、ただただ飛び込んできては切られていく。こうなればただの消耗戦だ。



しかしそれでもこれだけの量、今の様に近いものから切り伏せていくだけでは気が遠くなるような時間がかかりそうだ。月狐もそれを察してか、一番近くにいた小猿魔を一匹両断すると一度構えを変える。


ふぅっと小さく息を吐くと低く構える。それに呼応するようにより一層輝きだす蒼月の刀身。


「飯綱流・下弦の月」




スンと風を切る音がわずかに聞こえる。月狐の前方に青白い光が小猿魔たちの上半身と下半身を両断するように突き抜ける。まるで巨大な刀を薙いだようだ。残光が刀に追いつくころにはすでに振り切った後だった。



光が消えた後も、小猿魔たちの体を通過した跡は青白い一筋の光となって残っていた。



小猿魔達は確かに体の内を何かが突き抜けた感覚はあるものの、痛みも何も感じない事に動揺していた。




そしてすぐ数秒後異変に気がつく。自分の意図と反し体が倒れていくのだ。



みな一様に腕をバタつかせ体勢を立て直そうとする小猿魔たち。しかしその行為も虚しく体は地面に向かい沈んでゆく。




地に体が打ち付けられたその時、彼らはようやく理解した。落下して行ったのは、下半身は今目の前に置き去りになっている事に。



バタバタと一刀両断され絶命していく小猿魔。月狐が剣を振り切った時すでにことは済んでいたようだ。



そのままぐるっと月狐は剣を一周させると、あたり一帯の小猿魔達は消滅した。





「…聞こえるか!古術師共!」




月狐はこの状況を作り出した犯人、今もこちらを観察し続けているであろう見えない敵に向け声を張る。



「いくら数を募ろうが無駄な事だ、今ならまだ見逃してやる。僕をここから出すんだ!」




響く声も虚しく、この状況を作り上げた犯人は姿を現さない。小猿魔達も以前変わらぬ敵意を向ける。




「愚かな。忠告はしたぞ」




小さく独り言のようにそう呟く月狐。





「一掃するぞ蒼月!下弦の月!!」













「…だそうよ?」



月狐の想像通り、この状況を作り出した張本人であるロイズとリカルドの二人はこの様子をビルの上から眺めていた。





姿の見えない月狐を探し当てるのは至難の業だったので、リカルドは次元結界門の鍵ディメンションゲートを展開するときに月狐を取り込む対象に定め広域展開したのだ。

一度目視で月狐を確認している二人。次元結界を展開する際に鍵に対象を思い浮かべて念じる事で取り込む事に成功した。



展開した結界の範囲にいた月狐は二人の目論見通り次元の狭間へ取り込まれてしまう。


リカルドが次元結界を展開するときに課したルールは三つだ。



一つ、閉じ込めた対象の妖気を発散させ古術の源である『気』に変換、それをそのまま召喚術へ転じて小猿魔を召喚する。



相手の力が大きければ大きいほど小猿魔の数は増えていく。この軍勢の量はそのまま月狐の妖気の量を表しているのだ。




そして二つ、ロイズとリカルドがこの小猿魔を倒した場合に限り、小猿魔は元の気に変わり二人に吸収される。



これにより月狐の力をそのまま自分たちの力とし古術を扱える事になる。




しかしこれは度の超えたルールだ。本来ならリカルドの力でこれまでのルールを課すことはできない。なので三つ目のルールで自分たちに不利になるように設定してバランスを取った。



それは二人の最終奥義である『転身』の封印。



この空間において二人は転身を行うことができない。逆に使えれば隠れるような必要もなく転身して小猿魔達を屠りながら力を吸収し一方的に叩くことができるが、それでは次元結界を展開できなかったのだ。





「まだだ、まだそのときじゃない」





リカルドは月狐の戦闘をじっと観察している。





「あれだけ大量の小猿魔が一瞬にして出現したのだ。やつの蓄えている力はこんなものではない。やつの力の底を見て初めて俺たちは奴の前へ出ることができる」





(リカルドの言う通り、今のところ噂ほどの強さは感じられない…まぁ小猿魔相手に本気も出さないか)





ロイズは月狐の様子を伺いながら頭を回転させる。実力もあるロイズだが、どちらかと言えば戦況を的確に判断し次の一手を考える方が得意だ。



斬られては消滅し、またどこかで湧き出る小猿魔達をいくら向わせようが引き出せる力などたかが知れている。



しかし今からルールを変えることもできない、となるとできるのは小猿魔達に指示を与え連携させるしか…











「まだ姿を現す気はないか、なら実力行使だ」











月狐はまるで鞘に刀を収めるように刀身を腰辺りに収め、抜刀術の構に入った。次第に刀身に集まり凝縮する妖気。より一層光り輝く妖刀蒼月。




「飯綱流・上弦の月」





カッと一瞬月狐を中心に光が飛び出していく。走り出した光は数十mほどで次第に細くなり消える。






光が消えあたりに元の情景が戻ってきた時には全ての小猿魔は斬り伏せられ地面を埋めるように倒れているばかりだった。





「…あれはただの光ではない、斬撃を飛ばしたようだな」





これくらいのことはもとより想定していたリカルドだが、実際に目の当たりにするとやはり動揺が隠せない。




「あれだけいた小猿魔を全滅させたんだ。一度や二度じゃないね。あの一瞬でいくつもの斬撃を四方八方に放ったってわけかい」






ロイズの頬にも冷や汗が走る。







しかし、これで終わる月狐ではなかった。





「飯綱心眼!」





すうっと月狐の黒目にあたる部分の色が抜けていく。やがて虹彩は薄いグレーに色が変わり、瞳孔は細く猫のように鋭くなった。





その目で再び湧き出てくる小猿魔を睨みつける月狐。







「…なるほど、やはりそうか。これは僕の妖力だな?」




どうやらこの目は何かを捉えているようだ。そのまま辺りを見回す月狐。






「結界だと思っていたが、次元の狭間に閉じ込められているのか。僕の力を悪魔に換えて消耗したところで叩くつもりだったのか?なら術者は…」





ロイズとリカルドが立つビルの屋上に目線をやる月狐。









「やっぱり見える所にいたか」





「!?」




ロイズとリカルドの背筋に君の悪い悪寒が走る!明らかに月狐はこちらに気づき、その凶悪な妖気をぶつけてきている!






「これはまずいわね、存在ごと隠蔽してるのにどう言う訳かバレちまったみたいだよ!」





「急いでここを離れるぞ!見えも感じもできない今なら距離さえ置けば…」






「それは無駄な足掻きだよ。僕の飯綱心眼の前では全てが露わになる」






二人は同時に、そして一瞬で声の主へと向き直り臨戦体勢をとった。そこにはさっきまでビルの下にいた月狐の姿がある。





「…これは驚いた、アンタやっぱり化け物だよ」




ロイズの言葉が癪に触ったのか、月狐は大きく舌打ちをする。





「その化け物を作り出したのはどこのどいつだ?お前ら古術師達だろう。そのくせよくもまぁそんな言葉が吐けるものだな」





古術師に対する怒りが次第に漏れ出している事に気がついた月狐。月夜の晩だと言うのに感情が抑え切れなくなっている。



それ程までに好みに刻まれた古術師達に対する怒りは深く強いものなのだ。






が、この感情を流れに任せ解放したら最後、理性が崩壊しどうなるかわからない。



なんとか感情の放出を抑えようとしながら、月狐は二人の前へ剣を向ける。






「善意で今一度警告してやる。僕をここから出して二度と関わるな。さもなくば命の保証はしないし?」






その凶悪な妖気と月狐の凄みに若干気圧された二人だが、伊達にノラを長くやってはいない。



すぐに平常を取り戻すと、武器を手に待ち構える。





「悪いが引き返すつもりはない。それに仕事の障害は絶っておかねばならないしな」




「アンタにゃデカイ懸賞金がかかってるからね。悪いけどその首はもらっていくよ」










「…本当に愚かだよ」






そう一言呟く月狐。こうして互いの姿を捉え本当の勝負が始まった。
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