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第4章 月夜にたたずむ囚われの狐
二階堂との共闘(?)
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「それにしてもすんなり入れたな。あれだけ厳重そうなゲートの割には大したことがない」
そう話すのはひげを蓄えた彫りの深い男。街道で二階堂とハルトを襲った古術師二人のうちの一人だ。
時間は二階堂が二人に接触する前まで巻き戻る。二階堂の予測通り、潜伏していた古術師は根城を後にし行動を進めていた。すでに魔学区へと侵入を果たしていたのだ。
「そりゃそうさ。不可視の魔術は引っかかるが古術や奇跡は反応しようがないからね。透過でも変化でもすりゃどうにでもなる」
そう話すのは二人組のもう一人、長身の少しきつい目つきをした女性。
「今回の仕事は破格の報酬だ。噂には聞いていたが三合会はよほど闇喰らいの魔眼を手に入れたいらしい。あれだけありゃ一生金には困らないんだ、本腰入れるよリカルド」
女性の言葉にリカルドと呼ばれた男も答える。
「分かっているロイズ。俺は仕事に手を抜いたことなどない、安心しろ。そんなことより心配すべきは『月狐』の方だろう」
「心配、ねぇ。本当にあの狂人がアタシらと敵対するつもりなのか…」
「そこの二人、止まりなさい」
背後から聞こえる声に足を止める二人。
「両の手を上にあげ、ゆっくりこちらへ向き直りなさい」
ロイズとリカルドは言われた通り、手を上げ180度体を回転させる。二人の先には銃先をこちらに向ける二階堂がたっていた。
「魔導省です。いきなりですが身柄を拘束させてもらいます」
二階堂は片手で身分証を提示する。
「ふむ、どうやら誤解されているようだ」
リカルドは余裕の笑みを見せる。
「そのようね。あたしたちはただの観光客、買い物に来ただけよ?」
二人がそう話すも、二階堂が狙いを外す様子はない。
「何を言っているのですか、調べはついていますよ。リカルド・フォード、それにロイズ・ヴァレンタイン」
「フッ、可愛げのない子」
そう言い放つと、ロイズは不自然に視線を泳がせた。その瞬間、どこからとも無く風を切る音が聞こえる。ふっと二階堂はその音の聞こえる方へ顔を向けた。
(あれは式神!取り付けられているのは…!)
こちらへ凄い速度で向かってくる小さい鳥のようなソレは、足につかんだ筒のようなものを二階堂の頭上に落下させた。
(小型爆弾!)
咄嗟に自由落下する筒形の爆弾を綺麗な回し蹴りで弾き飛ばす!
蹴り飛ばされた小型の爆弾はちょうど二階堂とロイズ、リカルドの間の位置で閃光を放ち爆発する!
ドォォォォオオオオオ!!
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「広いところだが罠はなさそうだな。誘い出された様子もない、ただ迎撃する気になっただけのようだ」
辺りを見渡しながらそう分析するリカルド。
「ソレは好都合、教会の奴らは部下に任せて、アタシらは魔眼をいただくとしようか」
「そうすんなりと渡すかよ!!」
先手必勝、素早くリカルドの目の前まで距離を詰めると顔面目掛けて回し蹴りで威嚇するハルト。
「ほぉ」
一言呟くとリカルドは一撃目をバックステップでかわす。
「うおぉぉぉ!!」
しかしハルトはそれを逃さない。続け様に掌底、ミドルキック、肘打ちと、流れるようなコンボで息つく暇を与えず畳みかけた!
「面白い!非力な少年だと聞いていたがなかなかどうしていい打ち込みだ!」
どこか楽しそうな顔をするリカルドだが、その様子を見ていたロイズはリカルドにむけ声を張り上げた!
「バカ!こいつはアタシらを分離したいだけだ!」
「もう遅いですよ?」
一手、気がつくのが遅かった。ロイズの目の前には既に二階堂が迫ってきている。
「ちぃ!」
こうなればハルトと二階堂の思惑通り、分断されるしかない。ロイズは舌打ちをするとリカルドに合流するのを諦め目の前の敵に集中する。
「最初の一手、してやられたけど次はないわ」
ロイズが取り出したのは二本の小刀だった。柄に鎖がついて二本は繋がっている、奇妙な武器だ。そしてどこか禍々しい雰囲気を醸し出している。
「珍しい武器、呪具でしょうか。見た目によらず武闘派なんですね」
その異形の武器を目の前にし淡々と述べる二階堂。
呪具とは古術によりなんらかの特殊能力が備わった道具、又は武器を指す。
呪という字が如く、ただ強力な力を持つ武器ではない。
古術の性質でもある体内の気を使う力、この上位にあたる『魂の使用』を強制される、故に『呪具』。
一時的な魂の消費であればさほど問題はないが、大量の消費や長期にわたる連続的呪具の使用は己の魂を呪具食い散らかされ、最期は異形の者へと変貌してしまう。
それほどまでに危険な武器なのだ。
「逆にアナタはガチガチの魔術師って感じね?まぁ可愛がってあげるわよ」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(ほぉ、この少年)
ハルトの猛攻を体術で裁くリカルド。
(相手の動きにあわせ常に形を変えてくる不思議な型だ。まるでつかめない雲のよう・・・いや、そのくせこちらにまとわりついてくるこの感じは底なしの闇に近い。こんな動きをするやつは他に一人しか知らない)
不意打ちのつもりでさっと姿勢を低くし足払いを放つリカルドだが、軽快なジャンプでそれを交わすと少し距離を離すハルト。
「お前の背後にちらつく影、そうか。お前の師はあの狂犬か」
(だが見たところ付け焼刃といった雰囲気。果たしてどこまで・・・!)
「おっと、ゆっくり話もさせてもらえないか」
ステップで一気に幅をつめ再び連撃に持ち込むハルト。
「ᚠᛚᚨᚱᛖ ᛒᛟᛗ!」
「何!?」
連撃の最中、リカルドの背後でちょうど攻撃をよける逃げ道となっていたスペースは炎の球体が塞いでいた。次第に強い赤い光を溜め込んだ球体は、内からその力を爆発させる。
炎の球体を一目見ただけでその効果を見抜いたリカルドは、爆発が始まるまでの短い時間で印を結んだ。
「陰導召喚術式 猿魔ノ盾!」
カッと光を放つと激しい熱風と炎を放出する魔術。突然リカルドの前に出現した抽象的な猿の紋様が描かれた雰囲気のある盾は、最初は攻撃を防いでくれていたが突然その形を崩し始めた。
「ちぃっ!闇喰らいめ!」
闇喰らいが盾が完全に崩壊する前に、盾が作ったわずかな逃げ道に転がり込むリカルド。何とか消え去る前に退避する事ができた。しかし、そこは唯一の安全地帯。当然ハルトはそのタイミングを狙っていたしリカルドも感づいている。
「陰導付与術式 猿魔ノ右腕!」
どす黒く気味の悪いもやに包まれた右腕はその姿を変貌させる。たくましく毛の生えた大猿を思わせる右腕だ。人間の姿のまま右腕だけ変化したその姿はなんとも違和感のある姿だった。
爆発で起きた噴煙に紛れ接近するハルトに気がついたリカルドは、その腕をハルト目掛けて振りかぶる。がしかし…
ハルトが変化したその腕をキッと睨み付ける。するとどうだ、途端に腕は形を歪ませながら揺らいでいくではないか。
形が安定しなくなった腕は次第に渦に飲まれるように消えてゆき、ハルトの赤く染まった右目へと吸収される。
元に戻ったリカルドの腕が放つパンチを受け流すように防いだハルトは次の攻撃へと転じる。
(多少息が切れてきたがまだいける)
攻撃を続けながら思考を巡らせるハルト。訓練の効果はしっかり出ているようだ。それにしても、とハルトは先ほどの魔術を思い返す。
(発動時間が格段に違う。それに使った魔力量に対していあの威力、これが一級品の魔術媒介か!)
闇魔術にも対応した媒介をもつ今なら闇魔術を使うこともできるが、いきなりの使用は想定外の事態と隙を生むのでここではやめておくことにした。
(クラウスさんの教えどおりなら、古術は吸収され近接も圧倒、すばやい戦闘展開の中で次に相手が考えることは・・・!)
ギィイイイン!
鋼と鋼、金属のぶつかり合う音。両者の間に散った火花。
(そう、武器を使ってくる!)
不意打ちのつもりで懐から出したリカルドのダガーは、ハルトが用意していた警棒で防がれてしまった。ここで初めて驚きの表情を見せたリカルド。今の不意打ちまで読まれていたとは思っても見なかったのだろう。
「フッ、フハハハハハハハハ!」
口の端をゆがませ愉しそうに笑うリカルドは、ダガーを逆手に持ち替えもう片方の手にもダガーを持った。
「いいぞ少年!そうでなくては、そうでなくてはならん!ただ高い報酬をもらう楽な仕事など求めていない、苦難の末手に入れてこそこの仕事は価値がある!あがけよ少年、俺を満足させてくれ!!」
(くっ、何だこいつ!いきなり攻撃速度で圧倒してきやがる、浅見と同じサイコキラーか!?)
リカルドの手足は平均と比べ長い。持った獲物こそ刃渡りの短いダガーだが、その手足の長さが加われば刃渡りなどさほど問題ではない。
軽快な動きと踊るような二刀のダガーによる連撃。いくら訓練をつんだハルトでも熟練の二刀連撃を裁ききれるはずなどなかった。
何とか流れを変えようとバックステップで距離をとるハルトだが・・・
(何!)
ここでもリカルドの長い足が効力を発揮する!たとえ離れようと一歩が大きいリカルドは一瞬で距離を詰めてしまう。
(こうなったらもう腹をくくるしかないな!)
「ᛋᚺᛁᚺᛟ ᛏᛖᚾᚷᛖ」
「ᚲᚣᚢᛃᛟ ᛒᛟᚢᚺᛖᚲᛁ!」
ハルトがトリガーを放ったその直後、リカルドのダガーは硬いゴムの壁にぶつけたような感触をその手に残してはじかれる。
最初は正体の見えなかったそれは、ダガーの当たった部分から次第に波紋が広がるように光を反射させその姿をあらわにする。
「これは…なるほど、全方位を護るバリアのようなものか」
手でその壁をコンコンとたたくリカルド。見た目はガラスのように透き通っていて太陽の光を受け薄い青色にきらめいている。だが触れた感じは硬いガラスというよりは硬いゴムのようだ。
「ᛋᚨᛉᛁᚾ ᚺᚨ ᚲᚢᚱᚨᚢ ᚲᚨᚾᚨᛏᚨ ᚺᛖ」
囲まれた防壁の中、ハルトは詠唱を開始する。言葉が紡がれていくにつれ胸にぶら下がる媒介の石は深い青色に発行し始める。
「ᛋᛟᚾᛟᚣᚢ ᚲᛁᛋᚨᚲᛁ ᚺᚨ ᛞᚨᚱᛖᛗᛟ」
(詠唱が長い!防壁に護られている間に上位の魔術を放つつもりか!)
「好きにはさせん!陰導付与術式 猿魔ノ右腕!」
再び右腕を物の怪へと変化させ防壁を破壊しようとするリカルド。ハルトは詠唱を休めず右腕をにらみつける。しかし…
パァアアアアアアアン!
破裂音とともに半球状の防壁が砕け散った!
「まさか破れるとはな!」
リカルド自身途中で魔眼に吸収されるだろうと思いつつ使ったのだろうが、まさかそのまま防壁を砕こうとは予想外だったようだ。
しかし防壁が割れると同時にその腕は魔眼に吸収されもとの腕へと戻る。
想定外の事態にハルトもやむを得ず詠唱をやめ回避の姿勢をとった。
(どういうことだ、確かに防壁を割る前に魔眼を使ったはずなのに…吸収限界?だがまだ魔術容量には余裕があるし結果的には吸収できている。するともしや…!?)
「その闇喰らいの魔眼、たとえ相手が見えていても障害物に挟まれると効力を失うのか。初めて知ったぞ」
ハルトが今まさに考えていたことをリカルドが代弁する。どうやら敵にも察しが着いたようだ。そう、この魔眼は対象を視認していたとしても対象との間に障害物があると吸収されないのだ。
防壁が割れた瞬間に効力を発揮したのが何よりの証拠だ。
「少年、お前との戦いは実に面白いな。古術師相手では手の内が分かってしまうが、魔術師となればそうはいくまい。私は戦闘狂ではないが仕事にやりがいを求めるタイプでな、なかなか愉しかったがここまでのようだ」
どうやら一足先にリカルドは気がついたらしい。ハルトの目の前に現れた黒い影の水溜り。そこからずぅっと姿を現したヴァルミリア。
「誰かと思えばあなただったのね。悪いけど足止めしてきたあなたの部下は全員奈落へ落としてしまったわ」
「久しいな、ヴァルミリア・サーベルブラッド・アンチェスター。ずいぶんと愛らしい服装じゃないか」
先ほど『狂犬』という言葉をリカルドは口にしていたことを思い出すハルト。おそらくはヴァルミリアのとおり名でもある『神に仕える狂犬』のことだろう。どうやら二人は知り合いだったようだ。
「悪いが今お前とやりあう気はない。『月狐』のこともあるしな、確実に魔眼を奪える期を狙うとする。ではな、少年。わが名はリカルド・フォード、また会おう」
そういうとリカルドは向こうで戦っているロイズのほうへ声を張り上げた。
「ロイズ、ここはいったん出直すぞ!」
するとロイズは眉をひそめ見るからにいやそうな顔をする。
「まったく、教会の邪魔がなければこの子を始末できたのに。ま、仕方ないね」
どうやら二階堂のほうはかなり苦戦をしてらしく、力なくその場に座り込んでしまっている。割って入ったアンリに助けられる形になったようだ。
「二階堂!大丈夫か!」
二階堂の元へ走り寄るハルト。
ひとまずの難は去ったようだ。
そう話すのはひげを蓄えた彫りの深い男。街道で二階堂とハルトを襲った古術師二人のうちの一人だ。
時間は二階堂が二人に接触する前まで巻き戻る。二階堂の予測通り、潜伏していた古術師は根城を後にし行動を進めていた。すでに魔学区へと侵入を果たしていたのだ。
「そりゃそうさ。不可視の魔術は引っかかるが古術や奇跡は反応しようがないからね。透過でも変化でもすりゃどうにでもなる」
そう話すのは二人組のもう一人、長身の少しきつい目つきをした女性。
「今回の仕事は破格の報酬だ。噂には聞いていたが三合会はよほど闇喰らいの魔眼を手に入れたいらしい。あれだけありゃ一生金には困らないんだ、本腰入れるよリカルド」
女性の言葉にリカルドと呼ばれた男も答える。
「分かっているロイズ。俺は仕事に手を抜いたことなどない、安心しろ。そんなことより心配すべきは『月狐』の方だろう」
「心配、ねぇ。本当にあの狂人がアタシらと敵対するつもりなのか…」
「そこの二人、止まりなさい」
背後から聞こえる声に足を止める二人。
「両の手を上にあげ、ゆっくりこちらへ向き直りなさい」
ロイズとリカルドは言われた通り、手を上げ180度体を回転させる。二人の先には銃先をこちらに向ける二階堂がたっていた。
「魔導省です。いきなりですが身柄を拘束させてもらいます」
二階堂は片手で身分証を提示する。
「ふむ、どうやら誤解されているようだ」
リカルドは余裕の笑みを見せる。
「そのようね。あたしたちはただの観光客、買い物に来ただけよ?」
二人がそう話すも、二階堂が狙いを外す様子はない。
「何を言っているのですか、調べはついていますよ。リカルド・フォード、それにロイズ・ヴァレンタイン」
「フッ、可愛げのない子」
そう言い放つと、ロイズは不自然に視線を泳がせた。その瞬間、どこからとも無く風を切る音が聞こえる。ふっと二階堂はその音の聞こえる方へ顔を向けた。
(あれは式神!取り付けられているのは…!)
こちらへ凄い速度で向かってくる小さい鳥のようなソレは、足につかんだ筒のようなものを二階堂の頭上に落下させた。
(小型爆弾!)
咄嗟に自由落下する筒形の爆弾を綺麗な回し蹴りで弾き飛ばす!
蹴り飛ばされた小型の爆弾はちょうど二階堂とロイズ、リカルドの間の位置で閃光を放ち爆発する!
ドォォォォオオオオオ!!
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「広いところだが罠はなさそうだな。誘い出された様子もない、ただ迎撃する気になっただけのようだ」
辺りを見渡しながらそう分析するリカルド。
「ソレは好都合、教会の奴らは部下に任せて、アタシらは魔眼をいただくとしようか」
「そうすんなりと渡すかよ!!」
先手必勝、素早くリカルドの目の前まで距離を詰めると顔面目掛けて回し蹴りで威嚇するハルト。
「ほぉ」
一言呟くとリカルドは一撃目をバックステップでかわす。
「うおぉぉぉ!!」
しかしハルトはそれを逃さない。続け様に掌底、ミドルキック、肘打ちと、流れるようなコンボで息つく暇を与えず畳みかけた!
「面白い!非力な少年だと聞いていたがなかなかどうしていい打ち込みだ!」
どこか楽しそうな顔をするリカルドだが、その様子を見ていたロイズはリカルドにむけ声を張り上げた!
「バカ!こいつはアタシらを分離したいだけだ!」
「もう遅いですよ?」
一手、気がつくのが遅かった。ロイズの目の前には既に二階堂が迫ってきている。
「ちぃ!」
こうなればハルトと二階堂の思惑通り、分断されるしかない。ロイズは舌打ちをするとリカルドに合流するのを諦め目の前の敵に集中する。
「最初の一手、してやられたけど次はないわ」
ロイズが取り出したのは二本の小刀だった。柄に鎖がついて二本は繋がっている、奇妙な武器だ。そしてどこか禍々しい雰囲気を醸し出している。
「珍しい武器、呪具でしょうか。見た目によらず武闘派なんですね」
その異形の武器を目の前にし淡々と述べる二階堂。
呪具とは古術によりなんらかの特殊能力が備わった道具、又は武器を指す。
呪という字が如く、ただ強力な力を持つ武器ではない。
古術の性質でもある体内の気を使う力、この上位にあたる『魂の使用』を強制される、故に『呪具』。
一時的な魂の消費であればさほど問題はないが、大量の消費や長期にわたる連続的呪具の使用は己の魂を呪具食い散らかされ、最期は異形の者へと変貌してしまう。
それほどまでに危険な武器なのだ。
「逆にアナタはガチガチの魔術師って感じね?まぁ可愛がってあげるわよ」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(ほぉ、この少年)
ハルトの猛攻を体術で裁くリカルド。
(相手の動きにあわせ常に形を変えてくる不思議な型だ。まるでつかめない雲のよう・・・いや、そのくせこちらにまとわりついてくるこの感じは底なしの闇に近い。こんな動きをするやつは他に一人しか知らない)
不意打ちのつもりでさっと姿勢を低くし足払いを放つリカルドだが、軽快なジャンプでそれを交わすと少し距離を離すハルト。
「お前の背後にちらつく影、そうか。お前の師はあの狂犬か」
(だが見たところ付け焼刃といった雰囲気。果たしてどこまで・・・!)
「おっと、ゆっくり話もさせてもらえないか」
ステップで一気に幅をつめ再び連撃に持ち込むハルト。
「ᚠᛚᚨᚱᛖ ᛒᛟᛗ!」
「何!?」
連撃の最中、リカルドの背後でちょうど攻撃をよける逃げ道となっていたスペースは炎の球体が塞いでいた。次第に強い赤い光を溜め込んだ球体は、内からその力を爆発させる。
炎の球体を一目見ただけでその効果を見抜いたリカルドは、爆発が始まるまでの短い時間で印を結んだ。
「陰導召喚術式 猿魔ノ盾!」
カッと光を放つと激しい熱風と炎を放出する魔術。突然リカルドの前に出現した抽象的な猿の紋様が描かれた雰囲気のある盾は、最初は攻撃を防いでくれていたが突然その形を崩し始めた。
「ちぃっ!闇喰らいめ!」
闇喰らいが盾が完全に崩壊する前に、盾が作ったわずかな逃げ道に転がり込むリカルド。何とか消え去る前に退避する事ができた。しかし、そこは唯一の安全地帯。当然ハルトはそのタイミングを狙っていたしリカルドも感づいている。
「陰導付与術式 猿魔ノ右腕!」
どす黒く気味の悪いもやに包まれた右腕はその姿を変貌させる。たくましく毛の生えた大猿を思わせる右腕だ。人間の姿のまま右腕だけ変化したその姿はなんとも違和感のある姿だった。
爆発で起きた噴煙に紛れ接近するハルトに気がついたリカルドは、その腕をハルト目掛けて振りかぶる。がしかし…
ハルトが変化したその腕をキッと睨み付ける。するとどうだ、途端に腕は形を歪ませながら揺らいでいくではないか。
形が安定しなくなった腕は次第に渦に飲まれるように消えてゆき、ハルトの赤く染まった右目へと吸収される。
元に戻ったリカルドの腕が放つパンチを受け流すように防いだハルトは次の攻撃へと転じる。
(多少息が切れてきたがまだいける)
攻撃を続けながら思考を巡らせるハルト。訓練の効果はしっかり出ているようだ。それにしても、とハルトは先ほどの魔術を思い返す。
(発動時間が格段に違う。それに使った魔力量に対していあの威力、これが一級品の魔術媒介か!)
闇魔術にも対応した媒介をもつ今なら闇魔術を使うこともできるが、いきなりの使用は想定外の事態と隙を生むのでここではやめておくことにした。
(クラウスさんの教えどおりなら、古術は吸収され近接も圧倒、すばやい戦闘展開の中で次に相手が考えることは・・・!)
ギィイイイン!
鋼と鋼、金属のぶつかり合う音。両者の間に散った火花。
(そう、武器を使ってくる!)
不意打ちのつもりで懐から出したリカルドのダガーは、ハルトが用意していた警棒で防がれてしまった。ここで初めて驚きの表情を見せたリカルド。今の不意打ちまで読まれていたとは思っても見なかったのだろう。
「フッ、フハハハハハハハハ!」
口の端をゆがませ愉しそうに笑うリカルドは、ダガーを逆手に持ち替えもう片方の手にもダガーを持った。
「いいぞ少年!そうでなくては、そうでなくてはならん!ただ高い報酬をもらう楽な仕事など求めていない、苦難の末手に入れてこそこの仕事は価値がある!あがけよ少年、俺を満足させてくれ!!」
(くっ、何だこいつ!いきなり攻撃速度で圧倒してきやがる、浅見と同じサイコキラーか!?)
リカルドの手足は平均と比べ長い。持った獲物こそ刃渡りの短いダガーだが、その手足の長さが加われば刃渡りなどさほど問題ではない。
軽快な動きと踊るような二刀のダガーによる連撃。いくら訓練をつんだハルトでも熟練の二刀連撃を裁ききれるはずなどなかった。
何とか流れを変えようとバックステップで距離をとるハルトだが・・・
(何!)
ここでもリカルドの長い足が効力を発揮する!たとえ離れようと一歩が大きいリカルドは一瞬で距離を詰めてしまう。
(こうなったらもう腹をくくるしかないな!)
「ᛋᚺᛁᚺᛟ ᛏᛖᚾᚷᛖ」
「ᚲᚣᚢᛃᛟ ᛒᛟᚢᚺᛖᚲᛁ!」
ハルトがトリガーを放ったその直後、リカルドのダガーは硬いゴムの壁にぶつけたような感触をその手に残してはじかれる。
最初は正体の見えなかったそれは、ダガーの当たった部分から次第に波紋が広がるように光を反射させその姿をあらわにする。
「これは…なるほど、全方位を護るバリアのようなものか」
手でその壁をコンコンとたたくリカルド。見た目はガラスのように透き通っていて太陽の光を受け薄い青色にきらめいている。だが触れた感じは硬いガラスというよりは硬いゴムのようだ。
「ᛋᚨᛉᛁᚾ ᚺᚨ ᚲᚢᚱᚨᚢ ᚲᚨᚾᚨᛏᚨ ᚺᛖ」
囲まれた防壁の中、ハルトは詠唱を開始する。言葉が紡がれていくにつれ胸にぶら下がる媒介の石は深い青色に発行し始める。
「ᛋᛟᚾᛟᚣᚢ ᚲᛁᛋᚨᚲᛁ ᚺᚨ ᛞᚨᚱᛖᛗᛟ」
(詠唱が長い!防壁に護られている間に上位の魔術を放つつもりか!)
「好きにはさせん!陰導付与術式 猿魔ノ右腕!」
再び右腕を物の怪へと変化させ防壁を破壊しようとするリカルド。ハルトは詠唱を休めず右腕をにらみつける。しかし…
パァアアアアアアアン!
破裂音とともに半球状の防壁が砕け散った!
「まさか破れるとはな!」
リカルド自身途中で魔眼に吸収されるだろうと思いつつ使ったのだろうが、まさかそのまま防壁を砕こうとは予想外だったようだ。
しかし防壁が割れると同時にその腕は魔眼に吸収されもとの腕へと戻る。
想定外の事態にハルトもやむを得ず詠唱をやめ回避の姿勢をとった。
(どういうことだ、確かに防壁を割る前に魔眼を使ったはずなのに…吸収限界?だがまだ魔術容量には余裕があるし結果的には吸収できている。するともしや…!?)
「その闇喰らいの魔眼、たとえ相手が見えていても障害物に挟まれると効力を失うのか。初めて知ったぞ」
ハルトが今まさに考えていたことをリカルドが代弁する。どうやら敵にも察しが着いたようだ。そう、この魔眼は対象を視認していたとしても対象との間に障害物があると吸収されないのだ。
防壁が割れた瞬間に効力を発揮したのが何よりの証拠だ。
「少年、お前との戦いは実に面白いな。古術師相手では手の内が分かってしまうが、魔術師となればそうはいくまい。私は戦闘狂ではないが仕事にやりがいを求めるタイプでな、なかなか愉しかったがここまでのようだ」
どうやら一足先にリカルドは気がついたらしい。ハルトの目の前に現れた黒い影の水溜り。そこからずぅっと姿を現したヴァルミリア。
「誰かと思えばあなただったのね。悪いけど足止めしてきたあなたの部下は全員奈落へ落としてしまったわ」
「久しいな、ヴァルミリア・サーベルブラッド・アンチェスター。ずいぶんと愛らしい服装じゃないか」
先ほど『狂犬』という言葉をリカルドは口にしていたことを思い出すハルト。おそらくはヴァルミリアのとおり名でもある『神に仕える狂犬』のことだろう。どうやら二人は知り合いだったようだ。
「悪いが今お前とやりあう気はない。『月狐』のこともあるしな、確実に魔眼を奪える期を狙うとする。ではな、少年。わが名はリカルド・フォード、また会おう」
そういうとリカルドは向こうで戦っているロイズのほうへ声を張り上げた。
「ロイズ、ここはいったん出直すぞ!」
するとロイズは眉をひそめ見るからにいやそうな顔をする。
「まったく、教会の邪魔がなければこの子を始末できたのに。ま、仕方ないね」
どうやら二階堂のほうはかなり苦戦をしてらしく、力なくその場に座り込んでしまっている。割って入ったアンリに助けられる形になったようだ。
「二階堂!大丈夫か!」
二階堂の元へ走り寄るハルト。
ひとまずの難は去ったようだ。
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親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。
俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。
母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。
なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな?
なら、出ていくよ!
俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ!
これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。
カクヨム様にて先行掲載中です。
不定期更新です。
異世界に追放されました。二度目の人生は辺境貴族の長男です。
ファンタスティック小説家
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科学者・伊介天成(いかい てんせい)はある日、自分の勤める巨大企業『イセカイテック』が、転移装置開発プロジェクトの遅延を世間にたいして隠蔽していたことを知る。モルモットですら実験をしてないのに「有人転移成功!」とうそぶいていたのだ。急進的にすすむ異世界開発事業において、優位性を保つために、『イセカイテック』は計画を無理に進めようとしていた。たとえ、試験段階の転移装置にいきなり人間を乗せようとも──。
実験の無謀さを指摘した伊介天成は『イセカイテック』に邪魔者とみなされ、転移装置の実験という名目でこの世界から追放されてしまう。
無茶すぎる転移をさせられ死を覚悟する伊介天成。だが、次に目が覚めた時──彼は剣と魔法の異世界に転生していた。
辺境貴族アルドレア家の長男アーカムとして生まれかわった伊介天成は、異世界での二度目の人生をゼロからスタートさせる。
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毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
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書いてくださいね
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