三つの異能と魔眼魔術師

えんとま

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第2章 鮮血の奇術師ヴァルミリア

鬼導禁忌術式・怨嗟の刃

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アンリと、巻き込まれた柑奈は目をパチクリさせる。先ほどまで街の中にいたはずなのだが、辺りが光って風が少し肌を撫でたかと思えばやたらと広い掘削場のような場所にいた。辺りには人もおらず、重機もないところを見ると、今はもう掘削はしていないようだ。


(天衣の奇跡は自身にしか作用しないし、そもそも反応が違う。どちらかというとトラップ寄り、転送…いや、入れ替えの方か)


アンリは瞬時に状況を把握、弾かれた結果は、それしかない。


それ自体はなんとかなる問題かも知れないが、まずいのはこっちだ。


「え?あれ?ここはどこ?確かに街にいたのに…」


どうやらたまたま居合わせ襲撃に気づいた柑奈が助けに飛び込んで巻き込まれたようだ。


(まずいですね、柑奈の前で奇跡を使うわけには…)


「おや、予定外の人が一名紛れ込んでいますね」



アンリの思考を女性の声が遮る。現れたのは黒髪の女性、千石だった。


「あ、この人よ!アンリの背後から襲い掛かっていた人!」



「あなた、いったい何者ですか?」


大体見当はついているが、あえて知らないふりをしてシラを切るアンリ。



「あなた方教会の人間はおおよそ把握されてるものと思いましたが…まぁいいでしょう。私は元百鬼会の残党組に所属する古術師の一人、千石と申します」


(百鬼会の残党、やはり浅見のところの古術師ですか)


「教会?古術師?あなた一体何を言ってるの?」


「あぁ、そちらのお嬢さんは気になさらないください」


千石は両手を背後に回す。



「本来は正体を明かさないのですが…今から死にゆくものになら何を言っても構わないでしょう」



背後に回った両の手がふっと残像を残し何かをこちらへ投げつけた!


それは空を切り、すごい速度で二人の眉間をまっすぐにとらえている。



キィイイイインと金属同士がぶつかり合う音が鋭く響いた。投げつけられた武器は真っ二つに割れ後方へと吹っ飛んでいる。


「…ただ巻き込まれに来ただけのお嬢さんだと思ったけど、あなた武術の心得があるのね」



どこから取り出したのか、柑奈は鞘から刀身を少しのぞかせ投擲物を切って見せたのだ。



「あなたこそ、クナイだなんて渋いもの使ってるじゃない。このご時世にマニアックな方ね」



キィンと刀身を鞘に納めると、くるんとひと回しし腰のあたりに据え付ける。腰を低く構え、片方の手は鞘を強く握り、もう片方は柄の部分を軽く握る。



「アンリは下がってて。千石さん、ていったわね。信楽流剣術の後継者、信楽柑奈が相手をするわ」


「魔術師が剣士の真似事とは面白い、いいでしょう。叩き潰して差し上げます」




お互いじりじりと距離を見極めながら、動向を探る。張り詰めた空気があたりを侵食し、今にも刺し違えないばかりの勢いだ。



(驚きました、あの柑奈さんが侍の生き残りだとは…。それにハルトさんと同じ学生というのに殺気にあてられて動揺する様子がない。こういう場面に慣れているのでしょうか)



侍の生き残りかどうかは知らないが、ひとまずのところ柑奈が相手をしてくれるおかげで奇跡を披露しなくてもよさそうだ。


アンリは魔術も使えるが固有性質に頼ってばかりでほとんど知識がないため、魔術の面ではあまり役に立たない。



そもそも魔術の媒介となるものをいつも携帯していないので使えない。



今は敵の力量を測るためにも一歩身を置いて観察に徹することにした。



ᛋᛏᚱᛖᚾᚷᛏᚺᛖᚾᛁᚾᚷ ᛏᚺᛖ ᛒᛟᛞᚣ魔力活性 身体向上付与!」
「気功導付与術式・流走り!」


身体強化の術を放つのはほぼ同時であった。そして同じタイミングで攻撃を仕掛けた二人は、クナイと刀による激しい剣撃を展開する。


当たりにはまばゆい火花が飛び散り、高く鋭い音は互いの刃だけでなく空気さえ切り裂くようだ。



(この刀女…魔術師のくせに実践慣れしている!?)

(千石さん、速さを追求した一点戦術…強い!)


このままでは埒が明かないと踏んだ千石はいったん間合いから離れ懐から符を取り出した。


「陰導隠遁術式・月影」



すぅっとまるで月の光がさすように、柔らかな光とともに千石の姿が消える。




「消えた!?…いえ、これは」



柑奈は目を閉じ集中する。かすかな風の吹く音に交じり、隠してはいるがその息遣いと足の裏を転がる砂利の音が聞こえる。


(姿が消えたのね)



状況を理解した柑奈は一度刀を鞘に納める。再び深く構えると、居合の構えで目を閉じ微量の魔力の膜をゆっくりと張り巡らせる。



信楽流剣術・魔陣界閃しがらきりゅうけんじゅつ まじんかいせん


構えたまま微動だにしない柑奈。その張り巡らせた魔力の網に伝わるかすかな動きを見極め、じっくりとその時を待つ。








(かかった!)



恐ろしいスピードで抜刀する柑奈。光のごとくまっすぐに伸びた剣筋は、千石の上半身と下半身を切り離した。



(手ごたえが全くない!)




「残念、幻影よ」




想定とまるで違うところから現れた千石は、柑奈に向けてクナイを振り下ろす。振り切った刃はまだ幻影を切りつけたまま、どうやっても防ぐことわかなわない。


さすがにアンリも手を出そうとしたその時だった。




再び金属の打ち合う高い音が響き、千石のクナイは何もない空間に突如としてはじかれた。



あっけにとられた千石のすきを柑奈は逃さない。意識の外をついた柑奈の一振りは、見事千石の右肩に切創を作った。



追撃を食らうまいと離れる千石。柑奈も深追いはしない。




千石の手に残る感触は、確かに柑奈と打ち合った時のそれと全く同じであった。しかし柑奈は刀を振ってはいない。



「あなたの剣術、純粋な武道によるものではないわね?おそらくは魔術との融合剣術。武道というには少し邪道ね」


「邪道だなんて言ってくれるわね。今時魔術ばかり世にあふれて剣術は時代遅れなんていわれてるのよ。剣術も進化しなくちゃいけない時なんだから」



柑奈は柄を高く持ち牙突の構えに移行する。



「さぁ、タネは分かるかしら?まぁわかる前に倒し切るけどね」




強く踏み込みまっすぐに向かってくる柑奈。その剣先をクナイではじく千石だが、はじいた後に再び切りつけられ切創が増える。


「チッ、こざかしい!」



どういうわけか柑奈の刀が一撃ふるうと見えない剣撃が時間を一瞬おいてやってくる。先ほどと剣速は変わらないのにさばき切れない千石は、徐々に体に傷を作っていく!



「くそっくそくそくそくそくっそぉおおおおおおお!」





募るいらだちに、次第に千石の捌きが乱雑になっていく。





大雑把な振りはすきを生み出す。その一瞬を逃さず、柑奈はがら空きになった千石の左腕めがけて刀を振った。



気づけば千石の左腕は2,3度回転しながら宙を舞い、どさっと生々しい音を立てて地面へと転がった。自身の切り離された腕を目視し状況が理解できた千石。



「あ…あぁああああ…」



「あぁああああああああああぁぁあああああ!!!」



それは怒りによるものか、はたまた左腕を失った焦燥、痛みによるものか。完全に切れてしまった千石は片腕でクナイをでたらめに投げまくる。しかし狙い定まらないクナイなど柑奈にとっては恐ろしくもなんともない。容易にはじき、じわじわと距離を詰めていく。




「終わりね。これ以上続けるようならあなたの命をいただくわ。できることならおとなしく投降してくれないかしら」






なくなった左の肩から下を抑える千石。下を向き、その表情は見ることができない。



「う…くぅ…」



「おとなしくしてくれるのね。じゃあ武器を捨てて…」





「あぁあっはははははぁあははははははははあははは!」



柑奈の言葉にかぶせるように、突然空を仰ぎ笑い出す千石。最初の大人びたクールな印象などもはや面影も残さない、狂気に満ちた笑みを満々と浮かべている。



その気味の悪さに、優位な戦況にありつつもつい数歩下がり構えてしまう柑奈。




「ついにやけになったのかしら。これ以上の抵抗は無駄だと思うのだけれど」



「無駄ぁ?投降?だれが、だれに、どうするってぇ?」



がくんっと千石の首が力なく下がり、目だけがこちらを除いていた。狂気の光をともしたその眼光は人の域を脱している。



「お前ら魔術師に屈する?わたしがか?ふざけるな!」




先ほどの笑みから一転、憎しみを深く彫り込んだ怒りの表情で柑奈をまっすぐににらみつける!




「何も知らないできゃあきゃあと。私が貴様ら魔術師を殲滅するためどれだけ血反吐をはいて己を鍛えてきたと思っている!来る日も来る日も殴られながら、罵倒されながら、死に物狂いで生きてきた!」



「しまいには…友を…この手で殺めてまで…!!」



千石の発する怨念のこもった強い殺気にあてられたか、気づけば柑奈の握る刀は小刻みに震えていた。



(恐れている、左腕を失ってなお戦意を失わないどころか、より強い殺意を放つこの人に!)



ここでただ呆けているだけではいけない、早急にとどめを刺さねば後戻りできなくなる。


そう感じた柑奈はすぐに刀を強く握り、千石めがけて走り出した!




「あんたの剣は衝撃を飛ばしているのか、それとも二撃の剣なのか。まぁもう、どうでもいい。すべてなくなれ、すべて壊れろ。私の積年の怨嗟をもってお前ら魔術師に引導を渡してやるよ」



片腕になった右手で懐から一枚の札を出す千石。まるで血に染まったように赤黒くなったその札を、千石は自分の両眼を隠すように当て最期の言葉を唱える。















「鬼導禁忌術式・怨嗟の刃」




禍々しい気の衝撃波が千石を中心にあたり一帯に放たれる。柑奈は後方に吹き飛ばされるも、地面に踏ん張りながらなんとかブレーキをかける。



辺りは砂煙に巻かれ視界が悪い。




(千石はどこに…!?)




柑奈はおなかのあたりに熱を感じた。やがてその熱は鋭い痛みに変わる。視線を移すと、ちょうどみぞおちの下のあたりから




ズっと刃が引き抜かれる。柑奈はそのまま失神し、力なく地面に崩れ去った。


背後に立つ、先ほどまで千石という名前の女性だったそれは…












もはや人の形はしておらず、その姿はまるで鬼であった。

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