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第1章 闇喰らいの無能魔術師
この世界の日陰の一端
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男の放つ炎を遮り突如として現れた3人は、今なおすさまじい殺気を向ける男の前に立ちはだかった。確実に目標を始末したと確信した矢先、予想外の妨害を受け怒りに歯を鳴らす男。
「教会?教会だと!そうか、お前らが…。だが納得いかねぇな、お前ら傍観者が何の権限があって俺に退けというんだ」
どうやらこの男は『教会』について何か知っているようだ。男の問いに対し、3人のうちの一人が答える。初老に差し掛かるくらいの白髪の男だ。
なによりも目を引くのは持っている刀、長さから察するに太刀にあたる武器だと思われるが、そんな凶悪なものを担いでいるにもかかわらず穏やかな、不思議と安堵するような声で語りかけるように問いに答える。
「傍観者ではありません、我々は中立なのです。今あなた方にこちらの少年を奪われることは、世界があなた方に傾くことを意味します。それは我々の目指す中立という状態ではないのです」
その通り!と今度は髪で目を覆った大男が口の端をニィっと持ち上げケラケラと暗殺者の男に言う。
「正直こっちはお兄さんの都合は知らないんスよ、うちらはうちらの筋を通すだけ。今ここで選択権はお兄さんにしかない。選ぶ結末は退くか無駄死にっすよ。ここは賢く行きましょうヨ。ねぇ、浅見のダンナ」
「!?」
浅見と呼ばれた暗殺者の男は初めて驚愕の顔を見せる。
チッと舌打ちをすると、苦い表情でくるりと一同に背を向けた。どうやらこの場から退くことを選択してくれたようだ。
「命拾いしたな少年、だが忘れるなよ。いついかなる時も俺はお前の命を狙っている。せいぜい短い余生を楽しんでおけ」
そう言い残すと浅見は去っていった。
その場の空気が和らぐ。先ほどまで満ち満ちていた浅見の殺気が消えたせいだ。いなくなった人たちもどうやら戻ってきたようだ。浅見が燃やした道路のあたりで騒いでいるのが聞こえてくる。
(たすかった…のか?)
「ちょっと!大丈夫ですか!」
ついさっきまでキリキリと張りつめていた空気から解放されたハルトは、どっとなだれ込む安堵と疲れからその場に崩れ落ちた。昨日のシスターが何やらしゃべっているが、聞き取るよりも早くハルトの意識のほうが早く切れてしまった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「あれだけ追い詰められていても......発現...」
「恐らく...条件の成立が...」
うっすらと深いまどろみから引き上げられたハルトの耳にうすぼんやりと会話する声が聞こえてくる。次第にはっきりしてくる意識と共に目を開けると、そこはいつもの自室の天井だった。いつもと違うところと言えば、ろくに知らない男女が二人自分の部屋に居座っていることだろう。
「うわぁああああああああああ!」
「きゃぁああああああああ!」
ハルトの声につられてビックリするシスターの少女。もう一人は先程現れた初老の男性だ。はっはっはと年相応に落ち着いた様子である。
「いきなり大きな声を出さないでくださいよ!目覚めとは静かに行うものです!!」
「起きたら自分の部屋に知らない人がいたら静かに目覚められるやつなんかいるか!」
「知らないなんてことはないでしょう、私昨日自己紹介しましたよね?」
まぁまぁと初老の男性は少女をなだめつつ、やはり落ちついた柔らかい物腰でこちらに語るように話しかける。
「驚かせてしまって大変申し訳ない、あの浅見と言う男が去ってから四宮様は倒れてしまったので、勝手ながら自室に運ばせていただきました」
歳は遥かにハルトより上だろうに、言葉遣いが恐ろしく丁寧でまるで執事のようだ。申し遅れましたと軽く頭を下げながらその男性は自己紹介をする。
「わたくし、クラウス・リーン・レイズベルトと申します。クラウスとお呼びください」
「あ、どうも。四宮ハルトです…」
クラウスの自己紹介につられ、ハルトも自身の名を名乗る。クラウスは存じ上げておりますと穏やかな微笑みを浮かべる。
「昨日今日と普段はあり得ぬ出来事に巻き込まれ、混乱されていることでしょう。我々に聞きたいことがたくさんあるのではないですか?」
クラウスの言葉にハッとするハルト。つい先ほどまで目の当たりにした異常な状況の数々。これまで詰め込んだ知識を全て否定し理外の外で行われた戦闘が鮮明に思い起こされる。
「そうだ!あれはいったい何です!?なぜAMSSが通用しなかったんだ。どうして俺は命を狙われる?あの男は、教会ってのは何なんですか!?」
「うるさいです!いっぺんに質問されたって答えられません!」
「あんたは確か…アンリ…アス…」
「アンリ・マユ・アステラ・バーミティアです!アンリでいいですよ」
そう不機嫌そうに名乗る少女。昨日はフードをかぶっていたため顔がよくわからなかったが、こうしてみるとハルトよりよっぽど幼く見える。長く伸びた金髪にきれいな蒼い瞳。中学生といわれても信じてしまいそうだ。
「昨日の時点でご存知かと思いますが、アンリは四宮様の監視と護衛を担当しております。詳しい話についてはアンリから説明を受けてください」
そういうとクラウスは立ち上がる。
「では私はほかの用事がありますのでここで退散させていただきます。四宮様、またいずれお会いしましょう。アンリ、四宮様をお願いしますね」
するとクラウスはどこからか取り出した分厚い本を手に取ると、ぱらぱらとめくりだした。
あるページで本を開くと、なんと本は輝きだし開いたページから金色の羽のようなものがぶわっと舞い上がる。
ハルトが声を上げるよりも早く、金色の羽はクラウスの体を包みこみ、完全に姿が覆われた瞬間パッと光が散った。そこにはすでに誰もいなかった。
ハルトは目を白黒させながら口をパクパクしてアンリのほうに視線を送る。
脳みそがオーバーヒートし間抜け面をさらすハルトに若干引いているアンリ。
「あれは天衣の奇跡といって…あー、先に説明始めた方がスマートかもしれませんね」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ハルトが落ち着いたころ、アンリはうーんと唸りながらどう説明したものかと頭を悩ませていた。
「ん~~~そうですね…。まぁまずは大前提から行きましょうか」
ようやく話す内容がまとまったようだ。アンリは人差し指を立て、こちらをまっすぐ見ながら口を開く。
「まず、この世に存在する人が持つ能力は魔術だけではありません。全部で三つの異能が存在しそれぞれ魔術、奇跡、そして古術という三つの分類があります」
ここで間を開けるアンリ。謎の沈黙がしばらく続く。
「あれ?続きは?」
ハルトは次の話を催促したがアンリはなんだか面を食らっている様子だ。
「いや、ええええ!とかなん…だと…的なリアクションを待っていたんですけど、思いのほか普通に受け止めましたね」
「まぁ、なんかもう実際に起こってることを考えると、驚くことより受け止めることのほうが合理的かなって」
「おぉぅ、いいんですけどね?説明する側としてはすんなり行くんで、それはいいんですけど、なんかこうつまらないですね」
(だんだんこいつのキャラみたいなのがわかってきたな…)
アンリはコホンと咳ばらいを一つすると、再び話を続ける。
「ざっくりいうと魔術は世の表に出ている力、対する裏で身をひそめていた力というのが古術になります。そして私たち奇跡を扱う勢力は陰ながら中立を維持する役目を担い、教会という組織に属しているものがほとんどです」
(なるほど、それで浅見とかいう男は教会だの傍観者だのと言っていたのか)
うんうんと頷きながらアンリの言葉で己の中にあった疑問を少しづつ解消していくハルト。
「しかし本来、裏だの表だのといったものはなく、皆当たり前のように知っている力だったのですが、魔術勢力が武力をもってしてこれを完全隠蔽。争いがあったことは当然のこと、その存在まるごとを歴史から抹消しました。なので今の魔術界で古術や奇跡を知るものは一部の上層部のほかに誰一人としていません。またこのことから古術勢力の人間は魔術側に対して強力な敵意を持っています」
「おいおいおいちょっとまて!今の言葉の中にいろいろ突っ込みたいポイントがあったぞ!」
思わず身を乗り出すハルトをビシッと手のひらで抑制するアンリ。
「はいストップ!まず大筋を話した後に細かい説明をするので、とりあえず黙って聞いていてください」
仕方なくハルトは吐き出す予定だった疑問をぐっと飲みこんでおとなしく元の場所に座る。
「えー、ハルトさんがいうAMSSが通用しなかったってのは、そもそも魔術とは根本から違う古術という能力だから、あと襲われたりあの男がどうこう言っていたのはこの三つの勢力が関係するところがあります」
「そしてハルトさんが狙われる理由ですが、ハルトさんは魔術師が古術に対抗するための『魔眼』を宿してるからです」
「は?マガン?」
ハルトは思わずその単語を繰り返す。
「おや、勉強だけはできるハルトさんが魔眼のことを知らないとは」
「しってるわ!俺が聞きたいのはそこじゃない。魔眼も何も俺にその特徴が全く出てないじゃないか」
魔眼はかなり珍しい部類の固有性質の一つである。常時発動型のもので、生まれながらにして目の色が普通でなかったり、魔術回路が眼球に浮き出ているものもいる。
体外に特徴が表れるため、生まれた瞬間から固有性質がわかるのも大きな点だ。
「その通りです。いわゆる新世代の固有性質だとそうなんですが、ハルトさんのそれは固有性質ではありません」
「固有性質じゃ…ない?どういうことだ?」
ハルトの問いになぜかアンリのトーンが少し暗くなる。
「ちょっと気味の悪い話になるんですが……」
「ハルトさんの魔眼は先天的なものではなく後天的なものになります。かつて魔術師たちが古術勢力との争いを有利にするため生み出した魔術回路を刻印した眼球、いわゆる魔導臓器が…
移植されていると推測されます」
「い、移植ぅ!」
ぞわぞわとハルトの背に悪寒が走る。急に自分の目玉が自分のものじゃなくなった気がしてきて、今にも両目がずれ落ちてきそうな不安さえ感じるほどの嫌気を感じた。
「だ、大丈夫だと思いますヨ、もう移植されて長いこと経っているはずですし…」
「経っているはずってお前…あれ、そういえばさっき移植されたと推測って言ったな?」
はいそうです、とアンリはうなずいて見せる。
「先ほども言った通り、魔術師たちは古術の存在を隠蔽しましたからね。対古術の秘法が現代に残っていては大問題ですから、すべて臓器は抹消されたと記録に残っています」
「だとしたらどうして俺にそんなもんが移植されているなんて話につながるわけよ」
「それは今なお行方が分かっていないあなたのお父様が、あなたに抹消されたはずの魔導臓器の最後の1つを移植した、という疑惑が最近になって浮上しているからです」
「今…なんて言った?」
驚愕の事実に耳を疑う。行方が分からない?父親が?まるでまだ生きているみたいな言い方じゃないか。
「ハルトさんはお父様が亡くなったと聞かされていると思いますが、お父様は非常に優れた大魔術師でこれらの事実を知る数少ない魔術界の上層部の人間です。魔術界に復讐を果たそうと画策する古術勢力にいち早く気づき、ハルトさんに魔眼を託して身をくらませたという情報が残っています」
よかったですね、とアンリは一言付け加える。まるでキツネにつままれたような気分だ。うれしいような、ずっと騙されてきて腹立たしいような、いろんな感情が混ざって乾いた笑いさえ出てくる。
「は、はは、そうか。まだ生きてたんだな。親父は」
(人をだまし続けた挙句に勝手に臓器移植なんてしやがって。あったら一発ぶんなぐってやる)
「そんなわけで、現代の魔術界を侵略する上でハルトさんの魔眼は古術勢力にとってひっっじょーに邪魔な存在になります。おそらく命のを狙われるのは今日限りではありません。今後も続くと思うので覚悟しておいてくださいね!」
「え…えぇえええぇえええ!!」
本日二度目の衝撃。どうやら今まで当たり前のように過ごしてきた平穏という生活はもう帰ってはこないらしい。
「まぁ安心してください。特異点であるあなたの警護、そして監視するための私ですから!」
(あ…安心できねぇ…)
魔術はだめでも自分には能力がある。それがわかっただけでもうれしい気持ちはあったが、それを上回る不安を目の前の少女が果たして払拭できるのか。
ハルトの悩みの種はまた一段と大きなものになっていったのであった。
「教会?教会だと!そうか、お前らが…。だが納得いかねぇな、お前ら傍観者が何の権限があって俺に退けというんだ」
どうやらこの男は『教会』について何か知っているようだ。男の問いに対し、3人のうちの一人が答える。初老に差し掛かるくらいの白髪の男だ。
なによりも目を引くのは持っている刀、長さから察するに太刀にあたる武器だと思われるが、そんな凶悪なものを担いでいるにもかかわらず穏やかな、不思議と安堵するような声で語りかけるように問いに答える。
「傍観者ではありません、我々は中立なのです。今あなた方にこちらの少年を奪われることは、世界があなた方に傾くことを意味します。それは我々の目指す中立という状態ではないのです」
その通り!と今度は髪で目を覆った大男が口の端をニィっと持ち上げケラケラと暗殺者の男に言う。
「正直こっちはお兄さんの都合は知らないんスよ、うちらはうちらの筋を通すだけ。今ここで選択権はお兄さんにしかない。選ぶ結末は退くか無駄死にっすよ。ここは賢く行きましょうヨ。ねぇ、浅見のダンナ」
「!?」
浅見と呼ばれた暗殺者の男は初めて驚愕の顔を見せる。
チッと舌打ちをすると、苦い表情でくるりと一同に背を向けた。どうやらこの場から退くことを選択してくれたようだ。
「命拾いしたな少年、だが忘れるなよ。いついかなる時も俺はお前の命を狙っている。せいぜい短い余生を楽しんでおけ」
そう言い残すと浅見は去っていった。
その場の空気が和らぐ。先ほどまで満ち満ちていた浅見の殺気が消えたせいだ。いなくなった人たちもどうやら戻ってきたようだ。浅見が燃やした道路のあたりで騒いでいるのが聞こえてくる。
(たすかった…のか?)
「ちょっと!大丈夫ですか!」
ついさっきまでキリキリと張りつめていた空気から解放されたハルトは、どっとなだれ込む安堵と疲れからその場に崩れ落ちた。昨日のシスターが何やらしゃべっているが、聞き取るよりも早くハルトの意識のほうが早く切れてしまった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「あれだけ追い詰められていても......発現...」
「恐らく...条件の成立が...」
うっすらと深いまどろみから引き上げられたハルトの耳にうすぼんやりと会話する声が聞こえてくる。次第にはっきりしてくる意識と共に目を開けると、そこはいつもの自室の天井だった。いつもと違うところと言えば、ろくに知らない男女が二人自分の部屋に居座っていることだろう。
「うわぁああああああああああ!」
「きゃぁああああああああ!」
ハルトの声につられてビックリするシスターの少女。もう一人は先程現れた初老の男性だ。はっはっはと年相応に落ち着いた様子である。
「いきなり大きな声を出さないでくださいよ!目覚めとは静かに行うものです!!」
「起きたら自分の部屋に知らない人がいたら静かに目覚められるやつなんかいるか!」
「知らないなんてことはないでしょう、私昨日自己紹介しましたよね?」
まぁまぁと初老の男性は少女をなだめつつ、やはり落ちついた柔らかい物腰でこちらに語るように話しかける。
「驚かせてしまって大変申し訳ない、あの浅見と言う男が去ってから四宮様は倒れてしまったので、勝手ながら自室に運ばせていただきました」
歳は遥かにハルトより上だろうに、言葉遣いが恐ろしく丁寧でまるで執事のようだ。申し遅れましたと軽く頭を下げながらその男性は自己紹介をする。
「わたくし、クラウス・リーン・レイズベルトと申します。クラウスとお呼びください」
「あ、どうも。四宮ハルトです…」
クラウスの自己紹介につられ、ハルトも自身の名を名乗る。クラウスは存じ上げておりますと穏やかな微笑みを浮かべる。
「昨日今日と普段はあり得ぬ出来事に巻き込まれ、混乱されていることでしょう。我々に聞きたいことがたくさんあるのではないですか?」
クラウスの言葉にハッとするハルト。つい先ほどまで目の当たりにした異常な状況の数々。これまで詰め込んだ知識を全て否定し理外の外で行われた戦闘が鮮明に思い起こされる。
「そうだ!あれはいったい何です!?なぜAMSSが通用しなかったんだ。どうして俺は命を狙われる?あの男は、教会ってのは何なんですか!?」
「うるさいです!いっぺんに質問されたって答えられません!」
「あんたは確か…アンリ…アス…」
「アンリ・マユ・アステラ・バーミティアです!アンリでいいですよ」
そう不機嫌そうに名乗る少女。昨日はフードをかぶっていたため顔がよくわからなかったが、こうしてみるとハルトよりよっぽど幼く見える。長く伸びた金髪にきれいな蒼い瞳。中学生といわれても信じてしまいそうだ。
「昨日の時点でご存知かと思いますが、アンリは四宮様の監視と護衛を担当しております。詳しい話についてはアンリから説明を受けてください」
そういうとクラウスは立ち上がる。
「では私はほかの用事がありますのでここで退散させていただきます。四宮様、またいずれお会いしましょう。アンリ、四宮様をお願いしますね」
するとクラウスはどこからか取り出した分厚い本を手に取ると、ぱらぱらとめくりだした。
あるページで本を開くと、なんと本は輝きだし開いたページから金色の羽のようなものがぶわっと舞い上がる。
ハルトが声を上げるよりも早く、金色の羽はクラウスの体を包みこみ、完全に姿が覆われた瞬間パッと光が散った。そこにはすでに誰もいなかった。
ハルトは目を白黒させながら口をパクパクしてアンリのほうに視線を送る。
脳みそがオーバーヒートし間抜け面をさらすハルトに若干引いているアンリ。
「あれは天衣の奇跡といって…あー、先に説明始めた方がスマートかもしれませんね」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ハルトが落ち着いたころ、アンリはうーんと唸りながらどう説明したものかと頭を悩ませていた。
「ん~~~そうですね…。まぁまずは大前提から行きましょうか」
ようやく話す内容がまとまったようだ。アンリは人差し指を立て、こちらをまっすぐ見ながら口を開く。
「まず、この世に存在する人が持つ能力は魔術だけではありません。全部で三つの異能が存在しそれぞれ魔術、奇跡、そして古術という三つの分類があります」
ここで間を開けるアンリ。謎の沈黙がしばらく続く。
「あれ?続きは?」
ハルトは次の話を催促したがアンリはなんだか面を食らっている様子だ。
「いや、ええええ!とかなん…だと…的なリアクションを待っていたんですけど、思いのほか普通に受け止めましたね」
「まぁ、なんかもう実際に起こってることを考えると、驚くことより受け止めることのほうが合理的かなって」
「おぉぅ、いいんですけどね?説明する側としてはすんなり行くんで、それはいいんですけど、なんかこうつまらないですね」
(だんだんこいつのキャラみたいなのがわかってきたな…)
アンリはコホンと咳ばらいを一つすると、再び話を続ける。
「ざっくりいうと魔術は世の表に出ている力、対する裏で身をひそめていた力というのが古術になります。そして私たち奇跡を扱う勢力は陰ながら中立を維持する役目を担い、教会という組織に属しているものがほとんどです」
(なるほど、それで浅見とかいう男は教会だの傍観者だのと言っていたのか)
うんうんと頷きながらアンリの言葉で己の中にあった疑問を少しづつ解消していくハルト。
「しかし本来、裏だの表だのといったものはなく、皆当たり前のように知っている力だったのですが、魔術勢力が武力をもってしてこれを完全隠蔽。争いがあったことは当然のこと、その存在まるごとを歴史から抹消しました。なので今の魔術界で古術や奇跡を知るものは一部の上層部のほかに誰一人としていません。またこのことから古術勢力の人間は魔術側に対して強力な敵意を持っています」
「おいおいおいちょっとまて!今の言葉の中にいろいろ突っ込みたいポイントがあったぞ!」
思わず身を乗り出すハルトをビシッと手のひらで抑制するアンリ。
「はいストップ!まず大筋を話した後に細かい説明をするので、とりあえず黙って聞いていてください」
仕方なくハルトは吐き出す予定だった疑問をぐっと飲みこんでおとなしく元の場所に座る。
「えー、ハルトさんがいうAMSSが通用しなかったってのは、そもそも魔術とは根本から違う古術という能力だから、あと襲われたりあの男がどうこう言っていたのはこの三つの勢力が関係するところがあります」
「そしてハルトさんが狙われる理由ですが、ハルトさんは魔術師が古術に対抗するための『魔眼』を宿してるからです」
「は?マガン?」
ハルトは思わずその単語を繰り返す。
「おや、勉強だけはできるハルトさんが魔眼のことを知らないとは」
「しってるわ!俺が聞きたいのはそこじゃない。魔眼も何も俺にその特徴が全く出てないじゃないか」
魔眼はかなり珍しい部類の固有性質の一つである。常時発動型のもので、生まれながらにして目の色が普通でなかったり、魔術回路が眼球に浮き出ているものもいる。
体外に特徴が表れるため、生まれた瞬間から固有性質がわかるのも大きな点だ。
「その通りです。いわゆる新世代の固有性質だとそうなんですが、ハルトさんのそれは固有性質ではありません」
「固有性質じゃ…ない?どういうことだ?」
ハルトの問いになぜかアンリのトーンが少し暗くなる。
「ちょっと気味の悪い話になるんですが……」
「ハルトさんの魔眼は先天的なものではなく後天的なものになります。かつて魔術師たちが古術勢力との争いを有利にするため生み出した魔術回路を刻印した眼球、いわゆる魔導臓器が…
移植されていると推測されます」
「い、移植ぅ!」
ぞわぞわとハルトの背に悪寒が走る。急に自分の目玉が自分のものじゃなくなった気がしてきて、今にも両目がずれ落ちてきそうな不安さえ感じるほどの嫌気を感じた。
「だ、大丈夫だと思いますヨ、もう移植されて長いこと経っているはずですし…」
「経っているはずってお前…あれ、そういえばさっき移植されたと推測って言ったな?」
はいそうです、とアンリはうなずいて見せる。
「先ほども言った通り、魔術師たちは古術の存在を隠蔽しましたからね。対古術の秘法が現代に残っていては大問題ですから、すべて臓器は抹消されたと記録に残っています」
「だとしたらどうして俺にそんなもんが移植されているなんて話につながるわけよ」
「それは今なお行方が分かっていないあなたのお父様が、あなたに抹消されたはずの魔導臓器の最後の1つを移植した、という疑惑が最近になって浮上しているからです」
「今…なんて言った?」
驚愕の事実に耳を疑う。行方が分からない?父親が?まるでまだ生きているみたいな言い方じゃないか。
「ハルトさんはお父様が亡くなったと聞かされていると思いますが、お父様は非常に優れた大魔術師でこれらの事実を知る数少ない魔術界の上層部の人間です。魔術界に復讐を果たそうと画策する古術勢力にいち早く気づき、ハルトさんに魔眼を託して身をくらませたという情報が残っています」
よかったですね、とアンリは一言付け加える。まるでキツネにつままれたような気分だ。うれしいような、ずっと騙されてきて腹立たしいような、いろんな感情が混ざって乾いた笑いさえ出てくる。
「は、はは、そうか。まだ生きてたんだな。親父は」
(人をだまし続けた挙句に勝手に臓器移植なんてしやがって。あったら一発ぶんなぐってやる)
「そんなわけで、現代の魔術界を侵略する上でハルトさんの魔眼は古術勢力にとってひっっじょーに邪魔な存在になります。おそらく命のを狙われるのは今日限りではありません。今後も続くと思うので覚悟しておいてくださいね!」
「え…えぇえええぇえええ!!」
本日二度目の衝撃。どうやら今まで当たり前のように過ごしてきた平穏という生活はもう帰ってはこないらしい。
「まぁ安心してください。特異点であるあなたの警護、そして監視するための私ですから!」
(あ…安心できねぇ…)
魔術はだめでも自分には能力がある。それがわかっただけでもうれしい気持ちはあったが、それを上回る不安を目の前の少女が果たして払拭できるのか。
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