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ヒイラギ監督は優勝したい
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「もう四月も終わりか…」
エイトは廊下の窓から空を見上げる。まだ二年生になって一ヶ月しかたっていないのに、とても長かったように感じる。それもそのはず、去年のエイトの一年を凝縮したってこの一ヶ月に起こった出来事のほうがよっぽど濃い時間だった。
(これがまだ一年の始まりだって言うんだから笑えるよな)
自嘲気味に苦笑いするエイトは自分の教室に向かって足を運ぶ。
(そういや球技大会の種目が決まったんだっけ。後でヒイラギさんに聞いてみよ)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
キーンコーンカーンコーン
(くぅ~、今日の授業もようやっと終わったか)
大きく伸びをするエイト。明日は土曜日で学校は休み、一段と開放された気分になる。ほかのクラスメイトも部活に行く準備を始めるものや帰り支度をするものでざわつき始めた。
「みんな、ちょっといいかな」
そんなざわつきを一刀両断するように、教室に祭壇に立つヒイラギさんの声が響く。
(あれ、ヒイラギさん?)
先ほどまで騒がしかった教室は一瞬にして静まり返り、立ち上がっていたものはみな自分の席に着席する。
いつから軍隊になったんだと突っ込みを入れたい気持ちを抑え、祭壇に立つヒイラギさんに注目するエイト。
「来月の球技大会だけど、種目はソフトボールに決まりました」
(あ、ソフトボールになったんだ)
ちょうど気になっていたエイトにはタイムリーな話題だ。それにあの約束のこともある。できれば優勝したくないエイトにとっては、今年の球技大会の種目はマークしておきたい情報である。
「いつもだったら『チームを考えて当日がんばりましょう』で済ますのですが、今回は私から提案があります」
(…)
「考えてみてください、球技大会は一年に一回。2年生の私たちは今年含めあと二回しかない。数少ない2回のうち、私たちは果たしてどれほど優勝に近づけるでしょうか」
ヒイラギさんの話を一字一句聞き漏らすまいと真剣に聞くクラスメイト。エイトはなにやらいやな予感がしてきた。
「この間のバドミントン大会、私はとても驚きました。このクラスはみんなが一丸となって物事に取り組むことができる、本当にチームワークに優れたクラスだと確信しています」
「そしてこれから始まる球技大会、私はこのクラスなら十分に優勝を狙えると感じている。みんなで優勝という頂にたどりつけて、ともに喜びを分かち合う貴重な経験ができるんです。こんな機会、きっとめったにありません」
「皆さん、本気で優勝を狙いませんか?ほかのクラスに私たちの力を見せ付けてやりませんか?」
『うおおぉおおぉおおおおおぉおおお!!』
ヒイラギさんの演説にたきつけられ、気づけばみな立ち上がりこぶしを高く掲げていた。今この瞬間、クラスはひとつになったのだ!
いや、一人を除いては。
(うそだろ…これプロパガンダじゃん!)
そこまでして優勝したか、と驚愕を通り越して感嘆さえしてしまうエイト。ヒイラギさんの人望とカリスマ性を持ってすれば、クラスメイトの左右など意図も簡単に導いてしまう。もはや委員長という枠に収まらず、果ては政治家までなり得るのではと恐々とする。
「委員長!早速みんなで練習をしよう」
「あぁ、部活があるから平日じゃなく土日に集まってやるのがいいんじゃないか?」
「待ってよ、まずはチーム編成とポジションを決めなきゃよ。みんながどれだけできるのか測らなきゃ!」
クラスメイトはもうノリノリである。挙句には休みである土日すら練習に割くのをいとわないというから驚きだ。しかしエイトは知っている。ヒイラギさんはただ単に優勝を目指しているのではなく、エイトに約束を守ってもらうためにけしかけていることを。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「まじかよ…」
土曜日の午後、市民グラウンドにてエイトの眼前には信じられない光景が広がっている。クラスメイトが誰一人として抜けることなく練習に参加していたのだ。
(誰かしら来ないやつがいるかと思ったが…いや、そもそもヒイラギさんの招集に来ないほうがおかしいと考えるべきか)
エイトの関心をよそに早速ヒイラギ監督は集合をかける。
「みんな、今日は集まってくれてありがとう。早速だけどチームの編成に際してみんなの実力を測る必要があります。まず、野球部やソフトボール部の部員、経験者、まったくの未経験者で別れて、それぞれこれからいうメニューをこなしていきます」
なにやら部活動のような本格的な練習が始まった。今日は分かれたグループ別に走りこみやピッチング、バッティングをやりながらチーム編成を考えるところまで行い、後日各チームのための練習を行っていくようだ。
エイトは未経験者のグループでヒイラギさんのいう測定メニューを行う。測定メニューとはいえそこそこしっかりした練習だ。運動部側気味のエイトは息を切らしながら休憩に入る。
「大槻君、お疲れ様」
背後から水の入ったペットボトルを差し出してくれたのはヒイラギさんだった。
「あ、ありがとう」
エイトはキャップをあけ勢いよく水を飲む。
(ふぅー、ただの水だがうまい…運動した後の水がこんなにうまいの久しぶりに思い出したよ…ん?)
水を飲みながらエイトはヒイラギさんが手に何か持っていることに気づく。
「あれ、ヒイラギさんの持ってるそれ…」
「あぁ、これ」
そういうとヒイラギさんが差し出したのは、ソフトボールについて書かれた本だった。
「恥ずかしい話だけど、私もソフトボールをしっかりやろうっていうと自身がなくて。練習方法やルールの勉強と、ついでにマネジメントなんかも本を読みつつ勉強しなきゃってね」
監督としては頼りないけどね、と一言加えながら隠すように本を持つ手を後ろに回す。さすがにヒイラギさんといえど未経験のソフトボールの監督がいきなりできるわけもないので、前もって勉強していたようだ。
(なんかこう、意外といじらしいというか…とりあえず本気度は十分わかった)
ヒイラギさんの熱の入り具合に、背中を押されるエイト。ペットボトルを置いて、再び練習の輪に戻っていく。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
最初の練習から数週間がたった。あれからチームの強さをある程度そろえつつ、バランスを考慮したチームを3つ作り、それぞれチームに適した練習方法で毎週のように練習に励んだ。
驚くことに誰一人として練習に参加しない日はなく、全員が本気で優勝するという目標にむけ特訓を重ねて言った。いつの間にか今まで以上に団結したクラスメイトはもはやひとつの部活のようだ。この練習そのものを楽しんでさえいる。
生徒たちのがんばりに感心した担任の先生も最近差し入れをしてくれるようになり、士気はさらに上がっている。このまま行けば優勝も十分に手が届く…のだが
(…ヒイラギさん)
ほかのクラスメイトは気づかないようだが、1ヶ月以上一緒にいたエイトは気づいた。練習を重ねチームが力をつけていく一方で、だんだんと表情に影を落としているヒイラギさんに。
「皆さんお疲れ様でした。本番の球技大会まであと1週間、次の練習で最後になります。最後の練習は最終確認みたいなものなので実質本腰を入れての練習は今日が最後です。くれぐれもコンディションに気をつけて、しっかり体を休めてください」
ヒイラギ監督の練習後のミーティングを終え各自解散していく中、エイトは一人ヒイラギさんの元へ駆け寄る。
「ヒイラギさん、この後ちょっといいかな」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「珍しいね、大槻君のほうから私の事呼び出すなんて」
「はは、茶化さないでくれよ」
普段どおりを装うヒイラギさんだが、やはりどこか表情が暗い。覚悟を決めエイトはヒイラギさんに話しかける。
「ヒイラギさん、球技大会の練習を重ねるごとにどこか表情が暗くなってる気がするんだ…。来週に迫った今日は特にそんな気がする。何か、何か悩んでいるんじゃないか?」
エイトの言葉にはっと目を見張るヒイラギさん。すると少し自嘲気味に微笑んだ。
「そっか、大槻君にはばれちゃったか」
ヒイラギさんはグランド脇のベンチに腰掛ける。
「私の話、聞いてくれる?」
もちろん、とエイトはヒイラギさんの隣に座る。
「大槻君は知ってるよね。何で私がこんなに球技大会の優勝に固執してるか」
(…やっぱりそれか)
実はエイトはヒイラギさんの暗い表情の理由に大方見当がついていた。
「あぁ、あの約束のためだろ」
「うん。私ね、何でもできて当たり前って思われているところがあるみたいで、並大抵の事じゃ褒めてもらえなくって…だから大槻君にほめて貰えるのは私にとって結構重要なことなんだよ」
大槻君はそんなふうに思ってないかもしれないけどね、と付け加えるヒイラギさん。
「だけど球技大会は私一人じゃ優勝できないから、みんなと練習してその結果優勝に手が届くまでになった。なったけど…」
「本番が近づくにつれて思ったんだ。私がしたことって自分のためにみんなを扇動して練習に巻き込んで、みんなは本気で優勝するために頑張ってくれてるのに、私はその後の事しか考えてない。全部私のわがままで、みんなを振り回してるんじゃないかって…」
そういってうつむくヒイラギさん。大方エイトが予想したとおり、一時は自身の目標のためちょっとした暴走を始めたヒイラギさんだったが、相変わらずドがつくほどの真面目さが災いし、こうして自責の念で己を苦しめている。
(まったく、この人は)
ここまでくるとどことなく可愛らしくさえ思ってしまう。エイトは立ち上がりヒイラギさんの前に立つ。
「確かに、ヒイラギさんの言うとおりだよ。客観的に見てもヒイラギさんは自分のためにクラスを巻き込んで優勝しようとしているのは間違いないさ」
ストレートなエイトの言葉にうっと言葉を詰まらせるヒイラギさん。
「だけど、だからといってクラスのみんながヒイラギさんに対して怒っているわけじゃない。むしろ球技大会を優勝するって言う目的に向かって練習に励むこの時間を楽しんでるってのも事実だよ」
ふと、顔を上げるヒイラギさん。
「だって、それは私が自分のために優勝したがってるのをみんな知らないから…」
「そう、俺は知ってるけどみんなは知らない。だけどそれでいいんじゃないかな」
エイトは言葉を続ける。
「ヒイラギさんが先頭に立って行動しなきゃ、ここまで団結して本気で練習なんてできなかったんだ。ヒイラギさんのおかげでみんな楽しむ事ができるし、ヒイラギさんは優勝という目的が達成できる。結果としてみんなにとってプラスなんだから、その事実だけでいいだろ?」
それに、とエイトはニッと笑ってみせる。
「俺がヒイラギさんだったら『いつも私がみんなのためにいろいろしてやってるんだから、ちょっとくらい私欲を持ち出したっていいだろ!』って思っちゃうよ」
「大槻君…」
エイトの言葉に、ヒイラギさんの影は少しずつ消えていく。
「ヒイラギさんはさ、いつも回りのことばっかり気にかけて自分自身は一番最後に持ってきちゃうだろ?いいことかもしれないけど、ずっとそんなんじゃ疲れちゃうよ。だからさ…」
エイトはしゃがみこんでヒイラギさんの顔をまっすぐと見据える。
「ヒイラギさんはもっとわがままでいいと思うよ。自分の欲に素直になっても、いいと思う」
でも、素直になりすぎても駄目だなといいながら笑うエイト。つられてヒイラギさんにも笑顔が戻る。
「大槻君、ありがとう。大槻君も流花と同じこというんだね」
ふふっと笑うヒイラギさん。
「でも、なんだかいろいろ考えてたのが馬鹿らしくなっちゃった。今考えるのはどうやって優勝するか、そうだよね」
「あぁ、そのとおりだよ。ようやっと調子が戻ってきたね」
どうやらヒイラギさんはやる気を取り戻してくれたようだ。が、それは同時に優勝により近づいた事であり、エイトが『頭をなでてほめてあげる』という約束を果たさなくてはならないという事になる。
(俺もお人よしだよなぁ、結果として自分の首を絞めてるわけだからな)
もともとヒイラギさんと距離を置くことで本来の『平穏な高校生活』を取り戻す気でいたのに、自分のやっている事はまったくの逆であり、ヒイラギさんとの距離はどんどん近くなる。
心の晴れたヒイラギさんとは対象に、エイトの心は矛盾を抱えながらいまだその霧が晴れる事はない。
エイトは廊下の窓から空を見上げる。まだ二年生になって一ヶ月しかたっていないのに、とても長かったように感じる。それもそのはず、去年のエイトの一年を凝縮したってこの一ヶ月に起こった出来事のほうがよっぽど濃い時間だった。
(これがまだ一年の始まりだって言うんだから笑えるよな)
自嘲気味に苦笑いするエイトは自分の教室に向かって足を運ぶ。
(そういや球技大会の種目が決まったんだっけ。後でヒイラギさんに聞いてみよ)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
キーンコーンカーンコーン
(くぅ~、今日の授業もようやっと終わったか)
大きく伸びをするエイト。明日は土曜日で学校は休み、一段と開放された気分になる。ほかのクラスメイトも部活に行く準備を始めるものや帰り支度をするものでざわつき始めた。
「みんな、ちょっといいかな」
そんなざわつきを一刀両断するように、教室に祭壇に立つヒイラギさんの声が響く。
(あれ、ヒイラギさん?)
先ほどまで騒がしかった教室は一瞬にして静まり返り、立ち上がっていたものはみな自分の席に着席する。
いつから軍隊になったんだと突っ込みを入れたい気持ちを抑え、祭壇に立つヒイラギさんに注目するエイト。
「来月の球技大会だけど、種目はソフトボールに決まりました」
(あ、ソフトボールになったんだ)
ちょうど気になっていたエイトにはタイムリーな話題だ。それにあの約束のこともある。できれば優勝したくないエイトにとっては、今年の球技大会の種目はマークしておきたい情報である。
「いつもだったら『チームを考えて当日がんばりましょう』で済ますのですが、今回は私から提案があります」
(…)
「考えてみてください、球技大会は一年に一回。2年生の私たちは今年含めあと二回しかない。数少ない2回のうち、私たちは果たしてどれほど優勝に近づけるでしょうか」
ヒイラギさんの話を一字一句聞き漏らすまいと真剣に聞くクラスメイト。エイトはなにやらいやな予感がしてきた。
「この間のバドミントン大会、私はとても驚きました。このクラスはみんなが一丸となって物事に取り組むことができる、本当にチームワークに優れたクラスだと確信しています」
「そしてこれから始まる球技大会、私はこのクラスなら十分に優勝を狙えると感じている。みんなで優勝という頂にたどりつけて、ともに喜びを分かち合う貴重な経験ができるんです。こんな機会、きっとめったにありません」
「皆さん、本気で優勝を狙いませんか?ほかのクラスに私たちの力を見せ付けてやりませんか?」
『うおおぉおおぉおおおおおぉおおお!!』
ヒイラギさんの演説にたきつけられ、気づけばみな立ち上がりこぶしを高く掲げていた。今この瞬間、クラスはひとつになったのだ!
いや、一人を除いては。
(うそだろ…これプロパガンダじゃん!)
そこまでして優勝したか、と驚愕を通り越して感嘆さえしてしまうエイト。ヒイラギさんの人望とカリスマ性を持ってすれば、クラスメイトの左右など意図も簡単に導いてしまう。もはや委員長という枠に収まらず、果ては政治家までなり得るのではと恐々とする。
「委員長!早速みんなで練習をしよう」
「あぁ、部活があるから平日じゃなく土日に集まってやるのがいいんじゃないか?」
「待ってよ、まずはチーム編成とポジションを決めなきゃよ。みんながどれだけできるのか測らなきゃ!」
クラスメイトはもうノリノリである。挙句には休みである土日すら練習に割くのをいとわないというから驚きだ。しかしエイトは知っている。ヒイラギさんはただ単に優勝を目指しているのではなく、エイトに約束を守ってもらうためにけしかけていることを。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「まじかよ…」
土曜日の午後、市民グラウンドにてエイトの眼前には信じられない光景が広がっている。クラスメイトが誰一人として抜けることなく練習に参加していたのだ。
(誰かしら来ないやつがいるかと思ったが…いや、そもそもヒイラギさんの招集に来ないほうがおかしいと考えるべきか)
エイトの関心をよそに早速ヒイラギ監督は集合をかける。
「みんな、今日は集まってくれてありがとう。早速だけどチームの編成に際してみんなの実力を測る必要があります。まず、野球部やソフトボール部の部員、経験者、まったくの未経験者で別れて、それぞれこれからいうメニューをこなしていきます」
なにやら部活動のような本格的な練習が始まった。今日は分かれたグループ別に走りこみやピッチング、バッティングをやりながらチーム編成を考えるところまで行い、後日各チームのための練習を行っていくようだ。
エイトは未経験者のグループでヒイラギさんのいう測定メニューを行う。測定メニューとはいえそこそこしっかりした練習だ。運動部側気味のエイトは息を切らしながら休憩に入る。
「大槻君、お疲れ様」
背後から水の入ったペットボトルを差し出してくれたのはヒイラギさんだった。
「あ、ありがとう」
エイトはキャップをあけ勢いよく水を飲む。
(ふぅー、ただの水だがうまい…運動した後の水がこんなにうまいの久しぶりに思い出したよ…ん?)
水を飲みながらエイトはヒイラギさんが手に何か持っていることに気づく。
「あれ、ヒイラギさんの持ってるそれ…」
「あぁ、これ」
そういうとヒイラギさんが差し出したのは、ソフトボールについて書かれた本だった。
「恥ずかしい話だけど、私もソフトボールをしっかりやろうっていうと自身がなくて。練習方法やルールの勉強と、ついでにマネジメントなんかも本を読みつつ勉強しなきゃってね」
監督としては頼りないけどね、と一言加えながら隠すように本を持つ手を後ろに回す。さすがにヒイラギさんといえど未経験のソフトボールの監督がいきなりできるわけもないので、前もって勉強していたようだ。
(なんかこう、意外といじらしいというか…とりあえず本気度は十分わかった)
ヒイラギさんの熱の入り具合に、背中を押されるエイト。ペットボトルを置いて、再び練習の輪に戻っていく。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
最初の練習から数週間がたった。あれからチームの強さをある程度そろえつつ、バランスを考慮したチームを3つ作り、それぞれチームに適した練習方法で毎週のように練習に励んだ。
驚くことに誰一人として練習に参加しない日はなく、全員が本気で優勝するという目標にむけ特訓を重ねて言った。いつの間にか今まで以上に団結したクラスメイトはもはやひとつの部活のようだ。この練習そのものを楽しんでさえいる。
生徒たちのがんばりに感心した担任の先生も最近差し入れをしてくれるようになり、士気はさらに上がっている。このまま行けば優勝も十分に手が届く…のだが
(…ヒイラギさん)
ほかのクラスメイトは気づかないようだが、1ヶ月以上一緒にいたエイトは気づいた。練習を重ねチームが力をつけていく一方で、だんだんと表情に影を落としているヒイラギさんに。
「皆さんお疲れ様でした。本番の球技大会まであと1週間、次の練習で最後になります。最後の練習は最終確認みたいなものなので実質本腰を入れての練習は今日が最後です。くれぐれもコンディションに気をつけて、しっかり体を休めてください」
ヒイラギ監督の練習後のミーティングを終え各自解散していく中、エイトは一人ヒイラギさんの元へ駆け寄る。
「ヒイラギさん、この後ちょっといいかな」
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「珍しいね、大槻君のほうから私の事呼び出すなんて」
「はは、茶化さないでくれよ」
普段どおりを装うヒイラギさんだが、やはりどこか表情が暗い。覚悟を決めエイトはヒイラギさんに話しかける。
「ヒイラギさん、球技大会の練習を重ねるごとにどこか表情が暗くなってる気がするんだ…。来週に迫った今日は特にそんな気がする。何か、何か悩んでいるんじゃないか?」
エイトの言葉にはっと目を見張るヒイラギさん。すると少し自嘲気味に微笑んだ。
「そっか、大槻君にはばれちゃったか」
ヒイラギさんはグランド脇のベンチに腰掛ける。
「私の話、聞いてくれる?」
もちろん、とエイトはヒイラギさんの隣に座る。
「大槻君は知ってるよね。何で私がこんなに球技大会の優勝に固執してるか」
(…やっぱりそれか)
実はエイトはヒイラギさんの暗い表情の理由に大方見当がついていた。
「あぁ、あの約束のためだろ」
「うん。私ね、何でもできて当たり前って思われているところがあるみたいで、並大抵の事じゃ褒めてもらえなくって…だから大槻君にほめて貰えるのは私にとって結構重要なことなんだよ」
大槻君はそんなふうに思ってないかもしれないけどね、と付け加えるヒイラギさん。
「だけど球技大会は私一人じゃ優勝できないから、みんなと練習してその結果優勝に手が届くまでになった。なったけど…」
「本番が近づくにつれて思ったんだ。私がしたことって自分のためにみんなを扇動して練習に巻き込んで、みんなは本気で優勝するために頑張ってくれてるのに、私はその後の事しか考えてない。全部私のわがままで、みんなを振り回してるんじゃないかって…」
そういってうつむくヒイラギさん。大方エイトが予想したとおり、一時は自身の目標のためちょっとした暴走を始めたヒイラギさんだったが、相変わらずドがつくほどの真面目さが災いし、こうして自責の念で己を苦しめている。
(まったく、この人は)
ここまでくるとどことなく可愛らしくさえ思ってしまう。エイトは立ち上がりヒイラギさんの前に立つ。
「確かに、ヒイラギさんの言うとおりだよ。客観的に見てもヒイラギさんは自分のためにクラスを巻き込んで優勝しようとしているのは間違いないさ」
ストレートなエイトの言葉にうっと言葉を詰まらせるヒイラギさん。
「だけど、だからといってクラスのみんながヒイラギさんに対して怒っているわけじゃない。むしろ球技大会を優勝するって言う目的に向かって練習に励むこの時間を楽しんでるってのも事実だよ」
ふと、顔を上げるヒイラギさん。
「だって、それは私が自分のために優勝したがってるのをみんな知らないから…」
「そう、俺は知ってるけどみんなは知らない。だけどそれでいいんじゃないかな」
エイトは言葉を続ける。
「ヒイラギさんが先頭に立って行動しなきゃ、ここまで団結して本気で練習なんてできなかったんだ。ヒイラギさんのおかげでみんな楽しむ事ができるし、ヒイラギさんは優勝という目的が達成できる。結果としてみんなにとってプラスなんだから、その事実だけでいいだろ?」
それに、とエイトはニッと笑ってみせる。
「俺がヒイラギさんだったら『いつも私がみんなのためにいろいろしてやってるんだから、ちょっとくらい私欲を持ち出したっていいだろ!』って思っちゃうよ」
「大槻君…」
エイトの言葉に、ヒイラギさんの影は少しずつ消えていく。
「ヒイラギさんはさ、いつも回りのことばっかり気にかけて自分自身は一番最後に持ってきちゃうだろ?いいことかもしれないけど、ずっとそんなんじゃ疲れちゃうよ。だからさ…」
エイトはしゃがみこんでヒイラギさんの顔をまっすぐと見据える。
「ヒイラギさんはもっとわがままでいいと思うよ。自分の欲に素直になっても、いいと思う」
でも、素直になりすぎても駄目だなといいながら笑うエイト。つられてヒイラギさんにも笑顔が戻る。
「大槻君、ありがとう。大槻君も流花と同じこというんだね」
ふふっと笑うヒイラギさん。
「でも、なんだかいろいろ考えてたのが馬鹿らしくなっちゃった。今考えるのはどうやって優勝するか、そうだよね」
「あぁ、そのとおりだよ。ようやっと調子が戻ってきたね」
どうやらヒイラギさんはやる気を取り戻してくれたようだ。が、それは同時に優勝により近づいた事であり、エイトが『頭をなでてほめてあげる』という約束を果たさなくてはならないという事になる。
(俺もお人よしだよなぁ、結果として自分の首を絞めてるわけだからな)
もともとヒイラギさんと距離を置くことで本来の『平穏な高校生活』を取り戻す気でいたのに、自分のやっている事はまったくの逆であり、ヒイラギさんとの距離はどんどん近くなる。
心の晴れたヒイラギさんとは対象に、エイトの心は矛盾を抱えながらいまだその霧が晴れる事はない。
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