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壁ドンってどんな感じ?

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(なるほど、これがいまどき女子の恋愛なのね)

自室の勉強机で真剣な顔で少女マンガを読んでいるヒイラギさん。漫画そのものを楽しんで読んでいるというよりは、少女マンガを通して少女の青春とはなんぞやを勉強しているといったほうが近いだろう。

ぱらぱらとページをめくっていくヒイラギさん。

(髪の毛について気づかない柿の種を男の人が取って食べるのが…胸きゅん?)

もはやまじめに読みすぎてギャグパートをギャグと捕らえられず情報として取り込んでいるあたり、この勉強方法が正しいのかは疑問である。
ぱらぱらとめくっていたヒイラギさんだが、ふとあるページでその手がとまる。

(これはっ!)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(なんか毎日仕事してねぇかな俺。図書係ってこんなめんどくさい仕事だったっけか)

(あ、違うわ。学級委員の掛け持ちしてるせいだ)

脳内で文句をたれつつ本を斜め読みするエイト。当然目の前には同じように静かに本を読むヒイラギさんの姿が。
図書係の仕事の一環で、毎月お勧めの本を一冊紹介する『今月の一冊』を決めるべく図書館に足を運んだ二人。
エイトだけであれば適当に手に取った一冊をざっと呼んでテキトウに済ますのだが、ヒイラギさんが一緒となるとそうは行かない。
まじめな彼女は「新しく入った本を中心に読んでいってその中から紹介しましょう」といい始め、結果数冊の本を読み漁る結果となった。

まったくやる気の出ないエイトだが、ただ本を黙々と読んでいくだけならヒイラギさんと無理に会話する必要もないし、ラブコメの波が押し寄せてくる心配もない。めんどくさい作業とは裏腹に、エイトの心はそこまで重くはなかった。

(しっかし面白い本ないな。今回入ってきた本って参考書ばっかじゃないか)

そう入っても一冊は推薦しなきゃならないのだからと、速読していくエイト。
気づけば人も減り、時刻は夕方。ほとんどの生徒は部活やら帰宅で、こんな時間に図書館にいるような物好きもおらず、いつの間にか二人だけになっていた。

そんなタイミングを狙ってかどうかは知らないが、ここでいきなりヒイラギさんが口を開いた。

「大槻君」

本を読むのに集中していたこともあってか、いきなり呼ばれてエイトはびくっと体を震わせる。

「…どうしたの」

(なんだろう、なんかすごいいやな予感がする)

エイトの勘は的中するわけで、ラブコメの海は今日も大荒れなのである。

「大槻君は、『壁ドン』ってしってる?」

「……は?」

(うお、いっけね!声が出てしまった!)

普段は脳内で毒づくエイトだが、予想をはるかに上回る一言につい聞き返してしまう。

「あ、ごめんね急に」

どうやらエイトの反応に自分の問いのぶっ飛び具合が多少伝わったようだ。

「今ね、妹から少女マンガを借りて読んでるんだけど、その中に壁ドンって言うのがあったの」

(え、ヒイラギさん少女漫画なんか読むの!?っていうか壁ドン??)

気になるワードがありすぎてまったく会話が頭に入らないエイト。思いっきり突っ込みたい気持ちを抑え次の言葉を待つ。

「妹に聞いたら今の若者界隈ですごいはやってて、壁ドンしてもらうために女の子たちが並ぶって言ってたの」

「私、そういうのすごい疎いから気になっちゃって。ね、大槻君は知ってた?」

「…」

「大槻君?」

「!?あぁ、ごめん!壁ドンね」

(いかん、ヒイラギさんの口から出そうもないワードが飛び交ってフリーズしてしまった。誰かに操られたりしてんじゃねぇよな、人格アカウントのっとられたか?)

「壁ドン、多少は知ってるよ。一時期ブームでニュースでも取り上げられてたしね」

「!やっぱり!みんな知ってるんだね。私は乗り遅れちゃってるのかな」

なにやらぶつぶつとつぶやくヒイラギさん。そして何かを決心したのか、エイトを見据えて衝撃の一言を放つ。

「大槻君、私に壁ドンしてみてくれない?」

「うえぇええ!?」

(やっべ、また変な声出ちゃった!)

あまりの一言に動揺を隠せないエイト。

(いやいやいやいや、なに言っちゃってんだこの人!)

(壁ドンってお願いされてするもんなの!?ていうかしていいの!?)

(仮にしてもいいってなっても俺の対女性耐久度が持つはずがねぇ!)

「ヒイラギさん、さすがにそれは…」

「ダメ、かな?」

聞き返すその顔はいつものクールな表情である。どうやら知的好奇心からくるお願いのようで、壁ドンがいかなる相手にいかなるタイミングで行われるものなのかは知らないことを察するエイト。

「ヒイラギさん、こういうのは簡単にやったりしちゃいけないんだよきっと」

ちゃんと断言できないあたり、エイトのほうも経験の薄さが伺えるのが悲しいところだ。

「そう、そういうものなのね。だとしたら大槻君には迷惑かけちゃうかな」

「ごめんね、今の話は忘れて」

そういうとまるで今の話がなかったかのように再び本に目線を移すヒイラギさん。

(今の会話があってまた作業にすぐ戻れる鋼のメンタル、さすがはヒイラギさん)

なぞの感心をしつつヒイラギさんの顔を見ると、心なしか残念そうな表情を浮かべているように見えた。

(! いや、ダメだ。情に流されるな!俺の高校生活がかかっているんだぞ!)

エイトも再び作業に戻ろうとする。しかし…

ぱら… … …

(あぁあああああ!無理!気になって手がつかない!)

先ほどのことが気がかりで内容がまったく頭に入ってこない。このままではいくらかけても作業が終わりそうにない。

「わかった、ヒイラギさん。わかったよ。一回だけだけど『壁ドン』するよ」

ばっと顔を上げるヒイラギさん。

「え!いいの!ほんとに!」

(といっても俺もやり方なんぞよく知らないんだけどな)

「俺は、どうしたらいいのかな?」

~~~~~~~~~~~~~~~

「それでね、大槻君はこの壁に手をついてくれればいいから」

「お、おぉ。わかった」

ヒイラギさんが読んでいたという少女マンガの内容をもとにスタンバイする二人。

(仮にやり方があっていたとしてシチュエーションは絶対間違ってるよな…それでいいのかヒイラギさん!)

ヒイラギさんは壁を背に向けてこちらに向く。二人はちょうど向かい合った。
これからするとわかっていて壁ドンするのは返って緊張してしまう。
今から起こるであろう出来事に二人の心臓は大きく跳ねていた。
どれほどの時間がたっただろうか。数分もたっていないだろうがまるで永遠のように感じる。
しかしいつまで硬直していても始まらない。覚悟を決めたエイトは一歩、前へと近づく。

「それじゃあ、するからね」

「うん、お願い」

心臓はさらに早く脈打つ。

少しずつ、体重を前へと寄せながら手を前に出すエイト。

ゆっくりゆっくりと近づいていくが、思ったよりなかなか手が壁につかない。さらにもう一歩前へと進む。

(やばい、想像してたより距離が近いぞこれ!)



ようやくエイトの手はヒイラギさんの肩のそばへたどり着いた。
これだけ近いと自分の鼓動が相手にも聞こえてしまいそうだ。

緊張のあまり目をそらしてしまうエイト。

しかし視覚が失われたことによって返ってほかの感覚がさえてしまう。
ヒイラギさんの吐息がすぐ脇のエイトの腕を掠めるのを感じる。

(うぉおおおおおおお!落ち着け俺、落ち着け俺!)

まるで地震でも起きているんじゃないかというくらい、激しくめぐる血流のせいで体が揺れる。

そこでエイトはふっと正面を向いてしまう。

少しうつむき加減でほほを赤らめ、普段見ることのできないしおらしいヒイラギさんがそこにはいた。
あれだけクールで笑顔すらめったに見せないヒイラギさんはどこにもいない。この状況にただただ心ときめかせる少女がいるだけであった。

(あ、もう無理だ)

これがギャップ萌えだろうか。衝撃のあまりついクラクラしてしまうが後少しでも近づけば体が接触してしまいそうなので、ここでようやく後ろへ離れるエイト。

「も、もういいかな?」

しかし返事はない。

「ヒイラギさん?」

「はい!あ、ごめん、その、ありがとう」

(なぜかお礼言われた。本来の壁ドンってこうじゃいないと思うけど、本人がいいなら別にいっか)

ヒイラギさんの反応が面白かったせいか、意外とすぐ冷静になれたエイト。しかし心臓はまだ収まってはくれない。

結局その後も後を引いてしまい作業どころではなくなった二人は『また明日にしよう』と図書室を後にした。

「私は教室にかばん置いてきちゃってるから、寄ってから帰るね」

そういうと教室に続く階段へ上ろうとするヒイラギさん。

「あ、ちょっと待ってヒイラギさん」

エイトにはひとつ、先ほどから気になっていることがあった。

「こういうこというのもあれだけどさ、ヒイラギさんは何でもできて、その…きれいだし、人気者だしさ。きっとお願いすれば誰だって壁ドンくらいやってくれると思う」

「自惚れてるわけじゃないんだけど、俺でよかったのかな」

足を止め、こちらに向き直るヒイラギさん。エイトの問いに少し考えるそぶりを見せるが、すぐに笑顔を見せてこう答えた。

「たぶんね、お願いしたんだよ。だからそんなこと気にしなくていいと思う」

それだけ言い残すと、すぐにヒイラギさんは階段を上って言ってしまった。

「俺、だから?」

いまいちピンとこない答えにしばらく立ち止まって考えるエイトだったが、その日は結局わかるわけもなくその場を後にするのだった。
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