忘れられた手紙

空道さくら

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第48話:勝敗の行方は

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 冬の夕闇が校舎を包み込み、放課後の文芸部の部室は緊張した空気に包まれていた。机の上には、投票結果の集計が終わったばかりの数字が並んでいる。暗い窓の外からは、時折冷たい風の音が微かに聞こえるだけで、部屋の中は静まり返っていた。

 その静寂を破るように、遠藤が冷静な声で口を開いた。

「結果が出たようね」遠藤の声は冷静そのもので、部屋の中に響いた。「投票数の結果は……僅差で文庫愛好会の勝ち、ということね」

 その言葉に、文庫愛好会のメンバーは顔を見合わせ、喜びが一気に広がった。

「やった!私たち、勝ったんだ!」河西が思わず声を上げる。平山も嬉しそうに頷き、「本当に……すごいよ!みんなで頑張った甲斐があったね」と感慨深げに語った。

 一方、文芸部のメンバーは無言だった。遠藤は数字をじっと見つめながら、ふと顔を上げた。そして冷たい視線を文庫愛好会に向ける。

「少し待って。その結果、本当に公平だったの?」その一言に、文庫愛好会のメンバーは一瞬言葉を失った。

「え……?」結衣が困惑した表情を浮かべる。河西はすぐに立ち上がり、「何それ?文句があるって言うの?」と声を張り上げた。

 遠藤は余裕たっぷりに肩をすくめる。「いいえ、ただ確認しているだけ。投票用紙の感想を見る限り、文庫愛好会の票は、感情に流されたものが多いように思えたの。『可愛い表紙だったから』とか『手作り感がいい』とか……それで本当に内容が評価されたと言えるのかな?」

「はあ?正々堂々と勝負して、ちゃんと票を集めたのに、何が不満なの?」河西が一歩前に出て、遠藤に食ってかかる。

「私はただ、公平性に疑問を持っただけ」遠藤は冷静を装いながらも、目には鋭い光を宿していた。「結果が僅差だったからこそ、感想だけでなく、投票者の属性や基準を精査すべきじゃないかと思うの」

「そんなの失礼すぎる!」河西が拳を握りしめ、怒りをあらわにする。平山が「落ち着いて」と小声で制するが、河西はそれを振り払うように首を振った。

 部屋の中の緊張が一気に高まりかけたその時――部室の扉が開いた。



「どうしたの?ずいぶん騒がしいね」落ち着いた女性の声が響き、全員が振り返ると、そこには文庫愛好会の3年生、石山と北原の姿があった。

 石山は肩までの黒髪をさらりと揺らしながら、部室に足を踏み入れた。「何があったの?」

「石山さん!」結衣が目を輝かせた。

 北原も後ろから部室を見渡し、「結果発表中みたいだけど……なんだか険悪な雰囲気だね」と穏やかに微笑んだ。

 遠藤が冷たい視線を二人に向けた。「ここは文芸部の部室です。部外者が勝手に入ってきて口を挟むなんて、失礼だと思わないの?」

 その声には怒りを抑えた冷静さが漂い、部屋全体に緊張感が広がった。

 石山は一瞬だけ遠藤を見据えた後、落ち着いた声で答えた。「後輩たちが困っているって聞いてきたの。文庫愛好会の先輩として助けに来るのは当然でしょ?」そう言うと、石山は河西に視線を向け、少し優しい表情を浮かべた。「それで、どうしたの?何があったのか教えてくれる?」

 河西は石山の視線を受け止め、少し息をついてから言葉を選ぶように答えた。「結果は文庫愛好会の勝ちって出たんですけど……遠藤さんが、それに納得できないって言い出して。それで、文芸部と文庫愛好会のやり方の話になっちゃって……」

 河西はちらりと遠藤の方を見ながら、眉をひそめた。「私たち、ちゃんと正当にやったのに、結果に文句つけられるなんて納得できなくて。それでちょっと言い合いに……」

 その声には、悔しさと困惑が混じっていた。納得のいかない状況に対する苛立ちが、その表情からも滲み出ていた。

 遠藤は河西の言葉を聞き、冷たい笑みを浮かべながら口を開いた。「納得がいかない?それなら、あなたたちがちゃんとした結果を示せばいいだけよ。でも、それができないからこうして感情的になっているんじゃない?」

 河西は顔を真っ赤にしながら、机を叩きそうになる手をぐっと握り締めた。「結果はちゃんと出てるでしょ!文句をつけてるのは、むしろあなたたちの方じゃないの!」

 その声には、怒りとともに、正当性を訴えようとする必死さが滲んでいた。

 石山が軽く肩をすくめながら、二人の間に割って入るように言った。

「はいはい、ちょっとストップ。河西も遠藤さんも、もうそれ以上やり合うのはやめようよ。せっかくの勝負なんだから、最後はカッコよく終わらせたいじゃない?」

 北原も苦笑いを浮かべて続ける。「そうそう。ここで言い争っても、疲れるだけだって。遠藤さん、結果が気に入らないのはわかるけど、投票した人たちの気持ちを尊重するのも大事なんじゃない?」

 石山が遠藤に優しい笑みを向ける。「文芸部だって頑張ったの、ちゃんと伝わってるよ。引き際を考えるのもリーダーとしての器ってやつでしょ?」

 北原が河西の肩に手を置いて軽く笑う。「河西も、勝ったんだからもっと余裕持とうよ。なんか、負けた方みたいになってるよ?」

 部屋に一瞬の沈黙が訪れた後、石山が明るく両手を叩いた。「さ、これで終わりにして、みんなで次の目標を考えた方が建設的だと思うな!」

 小林が静かに立ち上がり、二人のやり取りを見つめていた表情を和らげながら口を開いた。

「石山さんと北原さんの言う通りだと思うよ。どちらも一生懸命やってきたんだから、その結果を認め合うのが一番いい形じゃないかな?」

 彼は遠藤に視線を向け、穏やかに続けた。「遠藤、文芸部が積み上げてきたものも、投票した人たちにちゃんと伝わってると思う。結果が僅差だったことが、その証拠だよ」

 そして、河西にも微笑みながら一言添えた。「河西さんも、勝ったんだから胸を張っていい。でも、勝ち負け以上に、この経験を次にどう活かすかを考えるのが大事じゃないかな」

 部屋の空気が少し和らぐのを感じながら、小林は両手をポケットに突っ込み、軽く肩をすくめた。「まあ、こんなこと言う僕が一番部外者っぽいかもしれないけどね」最後にそう付け加えると、場に小さな笑いが広がった。

 小林の言葉に促されるように、部屋の空気が少しずつ和らいでいった。遠藤はしばらくの間、無言で机の上の投票用紙を見つめていたが、ふと顔を上げた。

「……認めるよ。今回の結果は、文庫愛好会の勝ちでいい」声は冷静さを保っているものの、不本意な色が微かに滲んでいる。

 河西はその言葉に驚きつつも、ふっと笑みを浮かべた。「まあ、納得してもらえてよかったよ。お互い、全力でやったんだから、それでいいじゃない?」

 遠藤は肩をすくめながら、河西に視線を向ける。「文芸部も、これで終わりじゃないから。次の勝負は文化祭で、覚悟しておいてね」

 河西は思わず目を丸くして応じた。「またやるの?こんな大変なこと、もういいんじゃないの?」

 遠藤は微かに笑みを浮かべて答える。「文芸部が負けたままでいいわけないでしょ。次こそは、必ず勝たせてもらうから」

 その言葉に河西は少し呆れたような表情を浮かべながらも、「そっちがその気なら、私たちも負けないよ!」と力強く答えた。

 遠藤がにっこりと微笑み返し、部屋には微妙な緊張感とともに、新たな挑戦への予感が漂った。石山と北原はそのやり取りを見守りながら、微笑ましそうに顔を見合わせる。

「まったく、どっちも負けず嫌いね。でも、それがいいところかもね」と石山が笑いながら呟くと、北原も軽く肩をすくめた。「これからも賑やかになりそうだね」


 冬の冷たい夜風が部屋の窓をかすかに揺らし、次の戦いに向けての静かな幕引きとなった。

 結衣は胸に湧き上がる喜びを感じていた。今回の勝利は、自分たちがこれまで努力してきた成果そのものだと実感できたからだ。配布を頑張った日々、仲間たちと声を合わせた瞬間、そして今日の出来事。それらすべてが、自分たちの成長の証になった。

 さらに、石山と北原が来てくれたおかげで、部室の緊張した空気も和らぎ、最後には文芸部とも健闘を称え合う形で終えられた。先輩たちの存在が、どれだけ自分たちにとって心強かったか。改めて感謝の気持ちが湧き上がる。

「私たち、やり遂げたんだ」

 結衣はそっと微笑み、窓越しに見える冬の夜空を見上げた。満天の星々が、今日という特別な日の終わりを祝福してくれているようだった。仲間たちと共に紡いだ物語が、どこかで誰かの心に届いたことを思うと、その光がより一層温かく感じられた。

 この勝利を胸に、次はもっと素敵な物語を――結衣は仲間たちと共に描く新しい挑戦への期待に心を膨らませた。
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