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第43話:合宿の余韻、挑む視線
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翌朝、結衣は学校の校門をくぐり、部室へ向かった。見慣れた景色のはずなのに、昨日までの合宿の思い出が心に鮮やかに残っていて、どこか新鮮に感じる。賑やかな笑い声、夜遅くまで語り合ったこと、一緒に見た星空……。まるでその一瞬一瞬が、まだ心の中で生き生きと輝いているかのようだった。
結衣が部室の扉を開けると、河西と平山が机に向かいながら話をしていた。「おはようございます!」と結衣が声をかけると、河西が「おはよ、結衣!」と振り返り、平山も「おはよう、結衣ちゃん!」とにっこり笑った。
「今日は早いね、結衣ちゃん」と平山が尋ねると、結衣は「昨日早く寝たら、自然と早く起きちゃって」と微笑む。
「いいなあ、私なんて、朝起きるのが辛すぎて何回アラーム止めたことか」と河西が大きく伸びをしながら言うと、結衣が「それ、河西さんあるあるですよね」と笑った。
島倉が扉を開けて「おはようございます!」と元気よく入ってきた。「みんな早いですね。僕、最後かな?」
「そうだよ、島倉君、もっと早く来ないと!」と河西が軽く冗談を飛ばすと、島倉は「いや、まだ始まる前ですよね?」と慌てたように返し、全員がクスッと笑った。
結衣が鞄を置きながら「昨日の合宿、楽しかったですね!」と話題を切り出すと、平山が「ほんとだよね。帰り道、寂しくなっちゃったもん」としみじみ言う。
「うん、もう少し続けばよかったのになあ。特に星空とか、あんな綺麗なの、なかなか見れないよね」と河西が頷く。
島倉が椅子に座りながら、「僕、庭園がすごく印象に残ってますよ。あの古い建物とか池とか、ほんと素敵でしたよね!」と話すと、結衣も頷きながら、「だよね!あの雰囲気、なかなか味わえないよね!」と嬉しそうに答えた。
「庭園といえば、陽斗君が伝説の石灯籠を本気で探してたの、面白かったよね」と河西がクスクス笑い出すと、平山も「あの真剣な顔!可愛かったなあ」と追い打ちをかける。
そこへ生田先生が部室に入ってきた。「おはよう、お!みんな揃ってるね」と声をかけると、全員が「おはようございます!」と明るく返した。
「合宿、どうだった?」と先生が尋ねると、河西が「最高でしたよ!特に観光の計画、先生のおかげですっごく楽しめました!」と笑顔で答える。
平山も「うん、先生がいなかったら、あそこまで充実した旅にはならなかったです」と感謝を口にする。
「そうか、それならよかった。よし、その経験を活かして、続きを進めていこう」と先生が提案すると、島倉が「はい!自然の豊かさや星空の輝き、どれもアイデアにできそうでワクワクしてます!」と意気込む。
「じゃあ、私も歴史を感じる建物のシーンをもっと深く描きたいな」と河西が提案すると、平山も「いいね。私も陽斗君の話を活かして、新しいシーンを作りたい」と微笑んだ。
「そうですね!私たちだけの物語をしっかり形にしましょう!」と結衣が元気よく言い、全員が頷きながら作業を始めた。
部室には、合宿で得た新しいインスピレーションと、それを形にしようとする熱意が溢れていた。
「ここ、この描写もう少し具体的にしたほうが良くない?」と河西が意見を出すと、平山が頷きながら「そうだね、情景が浮かぶ感じにしたいよね」と応じる。
「じゃあ、あの温泉で感じた雰囲気を思い出して、もっと具体的に描写してみましょうか?」と結衣が提案し、島倉も「いいですね!湯気が立ち込める感じとか、あの静かな夜の空気を入れると雰囲気が出るかも」と賛同する。
和気あいあいと進む作業の中、部室の扉が突然開いた。全員の手が止まり、顔を上げると、そこには文芸部の遠藤が立っていた。
「お邪魔してもいい?」と言いながら、冷たい視線を周囲に投げかける遠藤。その表情に笑顔の影はなく、鋭い声が部屋に響いた。
「ねえ、文庫愛好会の皆さん、何日も学校に来なかったけど、どこ行ってたの?まさか、遊びに行ってたんじゃないでしょうね?」その声には冷たい笑いが含まれており、遠藤の目は挑発するように細められていた。「急に戻ってきて、まるで何事もなかったみたいに振る舞うなんて、ちょっとありえないんだけど。私たちを馬鹿にしてるわけじゃないよね?」
その言葉に、河西が書類を手に取りながら軽く笑った。「いやいや、馬鹿になんてしてないよ。ただ、私たち、合宿に行ってたんだよね。それも、温泉旅館で!」
「温泉旅館で合宿?」遠藤の目が一瞬見開かれるが、すぐに冷静な表情に戻る。「へえ、随分いいところで合宿してたんだ。さぞ楽しかったんでしょうね」と言葉を絞り出すように言ったが、微妙に声のトーンが揺らいでいる。
平山が焦ったように手を振りながら、「ちょっと!秘密にしようって言ってたじゃん!」と小声で抗議するように言う。
河西はしまったという表情を浮かべながら、「ごめん、つい言っちゃった……」と頭をかく。
遠藤は机に手をつき、無表情を装いながら「それで?その豪華な環境で、どれくらい進んだのかな?成果がなければ、ただの遊びと変わらないんじゃないの?」と切り返す。
河西が余裕の笑みを浮かべて、「それがね、すっごくいいアイデアがいっぱい出たんだ。景色も刺激的だったし、みんなで集中して作業できたよ。むしろ、今まで以上に進んだくらい!」と胸を張った。
「ふうん。そう…」遠藤は机から手を離し、少し後ろに下がる。「まあ、そういうやり方もあるんだ。私たちは毎日ここで地道に進めてるから、特に羨ましいとかはないけど」と言いながらも、その瞳には僅かな嫉妬心が揺れていた。
結衣が遠藤の様子を見て、「でも、こうして一緒に作業を進められるのは良いことですよね。素敵な作品に仕上げられるよう、頑張りましょう」と柔らかい笑顔で言うと、遠藤は一瞬言葉を詰まらせたものの、「ええ、そうね」と冷静を保ちながら応じた。
遠藤がその場の空気を少し引き締めようとした瞬間、視線が部屋の奥に座る島倉に止まった。「ちょっと待って…島倉君?」遠藤は目を丸くして驚いた声を上げる。「なんでここにいるの?あなた、文芸部でしょ?まさか、文庫愛好会に寝返ったの?」
島倉は一瞬困ったような表情を見せたが、すぐに遠藤の視線をしっかりと受け止めて落ち着いた声で答えた。「寝返ったって…そんな言い方、ちょっと変じゃないですか?ただ、文庫愛好会の皆さんと一緒に共同制作をしているだけですよ。お互いにいい刺激を受け合えるから、こういう機会はすごく貴重だと思っています」
遠藤は一瞬言葉に詰まり、少しだけ表情が崩れたが、すぐに冷静さを取り戻した。「…そう、それなら、いい作品ができるように頑張ってね」
「もちろんです。協力しながら頑張ります」と島倉は穏やかに答えた。
遠藤はその言葉に小さく頷き、背筋を伸ばして冷徹な声で続けた。「そこまで言うなら、作品の進行状況を確認させてもらうから」と遠藤は言い、結衣たちが持ってきた原稿や資料を静かに手に取った。
その表情は無駄な感情を排除した冷静さで満ちており、ページをめくるたびに鋭い目線を送りながら、内容をじっくりと読んでいった。指先で軽くページを押さえ、目を細めながら文字の一つ一つに集中している様子からは、彼女の知識と経験に裏打ちされた自信が感じられた。
「うん…」と軽く口にしながらも、目は一切他に向けることなく、次々と文章を読み進めていく。その度に、ページの隅を指でさっとなぞりながら、何度も内容を確認しているようだった。遠藤は細かな部分にも気を配り、誤りや改善点を見逃すことなく、その指摘が的確であることを自ら確かめているようだ。
時折、資料を一瞥しながら眉をひそめたり、あごに手を当てて思案するような仕草を見せるが、感情を表に出すことはなく、ただ淡々と作業が続く。その鋭い視線が、時には文章の中での微細な不整合や表現のズレを見逃さないようにしていることが感じ取れる。
やがて、遠藤はすべての資料を読み終わり、静かにノートを閉じた。その手つきは落ち着き払っており、ようやく内容を消化し終えたことが分かる。
遠藤は原稿を読み終え、しばらく黙って考え込むように目を閉じた。その後、再び冷静な眼差しで周りを見渡し、ゆっくりと口を開いた。彼女の声には普段通りの冷徹さが漂っており、部屋の空気を一変させるような力を持っていた。
「まず、このシーンだけど、プロットが少し曖昧に感じる」と、遠藤は指をノートに軽く置きながら言った。その声は淡々としているが、鋭さが感じられる。「主要なキャラクターの目的が曖昧だと、ストーリー全体の緊張感が弱くなる。例えば、主人公がこの場面でどんな感情を抱いているのか、具体的に描写するべき」
河西が一瞬手を止めて遠藤の方を見たが、すぐに黙って作業を続けた。
遠藤はさらに続ける。「あと、この部分のダイアログ。キャラクターの言葉に一貫性がない。テーマやトーンを意識して統一感を持たせないと、話が散らばってしまう」
彼女は文庫愛好会の机の端に置かれたノートに目をやり、指をさしながら言った。「このアークも薄い。キャラクターの成長が見えにくいから、物語全体の流れが弱くなってる。ここに伏線を追加するのも一つの方法だと思うけど、その場合は回収までをどうするかきちんと考えて」
平山がペンを握り直しながら静かに頷いたが、返答はしなかった。
遠藤は次に結衣の方に視線を向け、「この構成案だけど、ちょっと抽象的すぎる。もっと具体的な場面描写を挟むことで、読者が情景をイメージしやすくなる」
その時、遠藤が次の言葉を言いかけた瞬間、生田先生が椅子からゆっくりと立ち上がった。穏やかな笑みを浮かべたまま、遠藤の方に視線を向ける。
「遠藤、ありがとう。でも、彼女たちの作品には彼女たちのペースとスタイルがあるんだ。過剰な指示は逆に創作意欲を削ぐこともあるから、まずは自分たちのアイデアを大切にしてもらおう」
遠藤は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに冷静な顔に戻り、「ええ、先生の言う通りですね。でも、もっと効率的に進められると思いますけど」と、少し抑えたトーンで答えた。
生田先生はさらに優しい笑みを浮かべ、「もちろん、アドバイスはありがたい。でも、彼女たちが自分たちの力で考え、成長することが大切だ。何か困ったことがあれば、私がサポートするからさ」
その言葉に遠藤は軽く頷き、少し後ろに下がった。彼女の目はどこか納得したようでいて、ほんの少し悔しさも滲んでいるようだった。結衣たちはその瞬間、先生の温かい言葉に静かに安堵を覚えた。
遠藤は静かに席を立ち、「それじゃ、引き続き頑張ってください」と一言だけ残して、部室の扉を開けて出て行った。その背中はどこか冷静を装いながらも、微かに悔しさを滲ませているように見えた。
遠藤が部室を出て行くと、部室に再び作業の音が戻った。ペンを走らせる音や資料をめくる音が軽やかに響き、窓から差し込む日の光が机の上を温かく照らしている。
それぞれが合宿で得たインスピレーションを形にしながら、充実した手応えを感じていた。遠藤とのやり取りを乗り越えた爽快感と、作業が順調に進んでいる実感が、心に心地よい余韻を残している。
ふと手を止めて一息つくと、部室には達成感と穏やかな静けさが満ちていた。
結衣が手を伸ばしてストレッチをしながら、「今日は本当に集中できましたね。たくさん進んで、すごく気持ちいいです」と明るい声で言った。
平山が机に寄りかかりながら、「うん、あんなに忙しかったのに、充実感がすごいよね。遠藤さんのことも先生がうまく収めてくれたし」と軽く笑う。
河西も頷きながら、「ほんとに。あの時はちょっとハラハラしたけど、先生って頼りになるね」としみじみ言った。
島倉は微笑みながら、「僕も少しでも力になれたなら良かったですけど、やっぱりみんなの集中力がすごかったです」と控えめに話す。
結衣がそんな島倉に笑顔を向けて、「ありがとう。島倉君も一緒に頑張ってくれたおかげで、みんなで進めた感じがします!」と元気よく言うと、他のメンバーも同意して微笑んだ。
生田先生が優しく教室を見渡しながら、「みんな、今日は本当にお疲れさま。こんなに順調だと、完成がますます楽しみになるね。明日もこの調子で進めよう」と声をかけると、部室に爽やかな空気が流れた。
結衣たちは笑顔を交わしながら荷物をまとめ、静かに部室を後にした。
夕方の空気が冷たく澄み渡り、結衣の心に一日を振り返る清々しさをもたらしていた。今日の作業で掴んだ確かな手応えが、合宿で得たインスピレーションと重なり合い、新しい物語の一部になっていく──そんな期待が胸を膨らませる。「これなら、もっといいものが作れる」。達成感と次への意欲が、結衣の足取りを軽やかにしていた。
けれど、心の隅には小さな不安も残っていた。文芸部が、完成した作品をどう思うだろうか? 遠藤の厳しい指摘や、彼女の目の細かさを思い出すと、次第に緊張が胸の奥を締め付ける。「私たちの物語が、ちゃんと伝わるかな……」結衣は小さく息をつきながら、自分に問いかけるように思った。
それでも、足元に続く道を見つめると、ほんの少し勇気が湧いてくる。みんなと力を合わせて作った物語は、きっと誰かの心に届くはずだ──そう信じてみよう、と結衣は静かに前を向いた。
結衣が部室の扉を開けると、河西と平山が机に向かいながら話をしていた。「おはようございます!」と結衣が声をかけると、河西が「おはよ、結衣!」と振り返り、平山も「おはよう、結衣ちゃん!」とにっこり笑った。
「今日は早いね、結衣ちゃん」と平山が尋ねると、結衣は「昨日早く寝たら、自然と早く起きちゃって」と微笑む。
「いいなあ、私なんて、朝起きるのが辛すぎて何回アラーム止めたことか」と河西が大きく伸びをしながら言うと、結衣が「それ、河西さんあるあるですよね」と笑った。
島倉が扉を開けて「おはようございます!」と元気よく入ってきた。「みんな早いですね。僕、最後かな?」
「そうだよ、島倉君、もっと早く来ないと!」と河西が軽く冗談を飛ばすと、島倉は「いや、まだ始まる前ですよね?」と慌てたように返し、全員がクスッと笑った。
結衣が鞄を置きながら「昨日の合宿、楽しかったですね!」と話題を切り出すと、平山が「ほんとだよね。帰り道、寂しくなっちゃったもん」としみじみ言う。
「うん、もう少し続けばよかったのになあ。特に星空とか、あんな綺麗なの、なかなか見れないよね」と河西が頷く。
島倉が椅子に座りながら、「僕、庭園がすごく印象に残ってますよ。あの古い建物とか池とか、ほんと素敵でしたよね!」と話すと、結衣も頷きながら、「だよね!あの雰囲気、なかなか味わえないよね!」と嬉しそうに答えた。
「庭園といえば、陽斗君が伝説の石灯籠を本気で探してたの、面白かったよね」と河西がクスクス笑い出すと、平山も「あの真剣な顔!可愛かったなあ」と追い打ちをかける。
そこへ生田先生が部室に入ってきた。「おはよう、お!みんな揃ってるね」と声をかけると、全員が「おはようございます!」と明るく返した。
「合宿、どうだった?」と先生が尋ねると、河西が「最高でしたよ!特に観光の計画、先生のおかげですっごく楽しめました!」と笑顔で答える。
平山も「うん、先生がいなかったら、あそこまで充実した旅にはならなかったです」と感謝を口にする。
「そうか、それならよかった。よし、その経験を活かして、続きを進めていこう」と先生が提案すると、島倉が「はい!自然の豊かさや星空の輝き、どれもアイデアにできそうでワクワクしてます!」と意気込む。
「じゃあ、私も歴史を感じる建物のシーンをもっと深く描きたいな」と河西が提案すると、平山も「いいね。私も陽斗君の話を活かして、新しいシーンを作りたい」と微笑んだ。
「そうですね!私たちだけの物語をしっかり形にしましょう!」と結衣が元気よく言い、全員が頷きながら作業を始めた。
部室には、合宿で得た新しいインスピレーションと、それを形にしようとする熱意が溢れていた。
「ここ、この描写もう少し具体的にしたほうが良くない?」と河西が意見を出すと、平山が頷きながら「そうだね、情景が浮かぶ感じにしたいよね」と応じる。
「じゃあ、あの温泉で感じた雰囲気を思い出して、もっと具体的に描写してみましょうか?」と結衣が提案し、島倉も「いいですね!湯気が立ち込める感じとか、あの静かな夜の空気を入れると雰囲気が出るかも」と賛同する。
和気あいあいと進む作業の中、部室の扉が突然開いた。全員の手が止まり、顔を上げると、そこには文芸部の遠藤が立っていた。
「お邪魔してもいい?」と言いながら、冷たい視線を周囲に投げかける遠藤。その表情に笑顔の影はなく、鋭い声が部屋に響いた。
「ねえ、文庫愛好会の皆さん、何日も学校に来なかったけど、どこ行ってたの?まさか、遊びに行ってたんじゃないでしょうね?」その声には冷たい笑いが含まれており、遠藤の目は挑発するように細められていた。「急に戻ってきて、まるで何事もなかったみたいに振る舞うなんて、ちょっとありえないんだけど。私たちを馬鹿にしてるわけじゃないよね?」
その言葉に、河西が書類を手に取りながら軽く笑った。「いやいや、馬鹿になんてしてないよ。ただ、私たち、合宿に行ってたんだよね。それも、温泉旅館で!」
「温泉旅館で合宿?」遠藤の目が一瞬見開かれるが、すぐに冷静な表情に戻る。「へえ、随分いいところで合宿してたんだ。さぞ楽しかったんでしょうね」と言葉を絞り出すように言ったが、微妙に声のトーンが揺らいでいる。
平山が焦ったように手を振りながら、「ちょっと!秘密にしようって言ってたじゃん!」と小声で抗議するように言う。
河西はしまったという表情を浮かべながら、「ごめん、つい言っちゃった……」と頭をかく。
遠藤は机に手をつき、無表情を装いながら「それで?その豪華な環境で、どれくらい進んだのかな?成果がなければ、ただの遊びと変わらないんじゃないの?」と切り返す。
河西が余裕の笑みを浮かべて、「それがね、すっごくいいアイデアがいっぱい出たんだ。景色も刺激的だったし、みんなで集中して作業できたよ。むしろ、今まで以上に進んだくらい!」と胸を張った。
「ふうん。そう…」遠藤は机から手を離し、少し後ろに下がる。「まあ、そういうやり方もあるんだ。私たちは毎日ここで地道に進めてるから、特に羨ましいとかはないけど」と言いながらも、その瞳には僅かな嫉妬心が揺れていた。
結衣が遠藤の様子を見て、「でも、こうして一緒に作業を進められるのは良いことですよね。素敵な作品に仕上げられるよう、頑張りましょう」と柔らかい笑顔で言うと、遠藤は一瞬言葉を詰まらせたものの、「ええ、そうね」と冷静を保ちながら応じた。
遠藤がその場の空気を少し引き締めようとした瞬間、視線が部屋の奥に座る島倉に止まった。「ちょっと待って…島倉君?」遠藤は目を丸くして驚いた声を上げる。「なんでここにいるの?あなた、文芸部でしょ?まさか、文庫愛好会に寝返ったの?」
島倉は一瞬困ったような表情を見せたが、すぐに遠藤の視線をしっかりと受け止めて落ち着いた声で答えた。「寝返ったって…そんな言い方、ちょっと変じゃないですか?ただ、文庫愛好会の皆さんと一緒に共同制作をしているだけですよ。お互いにいい刺激を受け合えるから、こういう機会はすごく貴重だと思っています」
遠藤は一瞬言葉に詰まり、少しだけ表情が崩れたが、すぐに冷静さを取り戻した。「…そう、それなら、いい作品ができるように頑張ってね」
「もちろんです。協力しながら頑張ります」と島倉は穏やかに答えた。
遠藤はその言葉に小さく頷き、背筋を伸ばして冷徹な声で続けた。「そこまで言うなら、作品の進行状況を確認させてもらうから」と遠藤は言い、結衣たちが持ってきた原稿や資料を静かに手に取った。
その表情は無駄な感情を排除した冷静さで満ちており、ページをめくるたびに鋭い目線を送りながら、内容をじっくりと読んでいった。指先で軽くページを押さえ、目を細めながら文字の一つ一つに集中している様子からは、彼女の知識と経験に裏打ちされた自信が感じられた。
「うん…」と軽く口にしながらも、目は一切他に向けることなく、次々と文章を読み進めていく。その度に、ページの隅を指でさっとなぞりながら、何度も内容を確認しているようだった。遠藤は細かな部分にも気を配り、誤りや改善点を見逃すことなく、その指摘が的確であることを自ら確かめているようだ。
時折、資料を一瞥しながら眉をひそめたり、あごに手を当てて思案するような仕草を見せるが、感情を表に出すことはなく、ただ淡々と作業が続く。その鋭い視線が、時には文章の中での微細な不整合や表現のズレを見逃さないようにしていることが感じ取れる。
やがて、遠藤はすべての資料を読み終わり、静かにノートを閉じた。その手つきは落ち着き払っており、ようやく内容を消化し終えたことが分かる。
遠藤は原稿を読み終え、しばらく黙って考え込むように目を閉じた。その後、再び冷静な眼差しで周りを見渡し、ゆっくりと口を開いた。彼女の声には普段通りの冷徹さが漂っており、部屋の空気を一変させるような力を持っていた。
「まず、このシーンだけど、プロットが少し曖昧に感じる」と、遠藤は指をノートに軽く置きながら言った。その声は淡々としているが、鋭さが感じられる。「主要なキャラクターの目的が曖昧だと、ストーリー全体の緊張感が弱くなる。例えば、主人公がこの場面でどんな感情を抱いているのか、具体的に描写するべき」
河西が一瞬手を止めて遠藤の方を見たが、すぐに黙って作業を続けた。
遠藤はさらに続ける。「あと、この部分のダイアログ。キャラクターの言葉に一貫性がない。テーマやトーンを意識して統一感を持たせないと、話が散らばってしまう」
彼女は文庫愛好会の机の端に置かれたノートに目をやり、指をさしながら言った。「このアークも薄い。キャラクターの成長が見えにくいから、物語全体の流れが弱くなってる。ここに伏線を追加するのも一つの方法だと思うけど、その場合は回収までをどうするかきちんと考えて」
平山がペンを握り直しながら静かに頷いたが、返答はしなかった。
遠藤は次に結衣の方に視線を向け、「この構成案だけど、ちょっと抽象的すぎる。もっと具体的な場面描写を挟むことで、読者が情景をイメージしやすくなる」
その時、遠藤が次の言葉を言いかけた瞬間、生田先生が椅子からゆっくりと立ち上がった。穏やかな笑みを浮かべたまま、遠藤の方に視線を向ける。
「遠藤、ありがとう。でも、彼女たちの作品には彼女たちのペースとスタイルがあるんだ。過剰な指示は逆に創作意欲を削ぐこともあるから、まずは自分たちのアイデアを大切にしてもらおう」
遠藤は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに冷静な顔に戻り、「ええ、先生の言う通りですね。でも、もっと効率的に進められると思いますけど」と、少し抑えたトーンで答えた。
生田先生はさらに優しい笑みを浮かべ、「もちろん、アドバイスはありがたい。でも、彼女たちが自分たちの力で考え、成長することが大切だ。何か困ったことがあれば、私がサポートするからさ」
その言葉に遠藤は軽く頷き、少し後ろに下がった。彼女の目はどこか納得したようでいて、ほんの少し悔しさも滲んでいるようだった。結衣たちはその瞬間、先生の温かい言葉に静かに安堵を覚えた。
遠藤は静かに席を立ち、「それじゃ、引き続き頑張ってください」と一言だけ残して、部室の扉を開けて出て行った。その背中はどこか冷静を装いながらも、微かに悔しさを滲ませているように見えた。
遠藤が部室を出て行くと、部室に再び作業の音が戻った。ペンを走らせる音や資料をめくる音が軽やかに響き、窓から差し込む日の光が机の上を温かく照らしている。
それぞれが合宿で得たインスピレーションを形にしながら、充実した手応えを感じていた。遠藤とのやり取りを乗り越えた爽快感と、作業が順調に進んでいる実感が、心に心地よい余韻を残している。
ふと手を止めて一息つくと、部室には達成感と穏やかな静けさが満ちていた。
結衣が手を伸ばしてストレッチをしながら、「今日は本当に集中できましたね。たくさん進んで、すごく気持ちいいです」と明るい声で言った。
平山が机に寄りかかりながら、「うん、あんなに忙しかったのに、充実感がすごいよね。遠藤さんのことも先生がうまく収めてくれたし」と軽く笑う。
河西も頷きながら、「ほんとに。あの時はちょっとハラハラしたけど、先生って頼りになるね」としみじみ言った。
島倉は微笑みながら、「僕も少しでも力になれたなら良かったですけど、やっぱりみんなの集中力がすごかったです」と控えめに話す。
結衣がそんな島倉に笑顔を向けて、「ありがとう。島倉君も一緒に頑張ってくれたおかげで、みんなで進めた感じがします!」と元気よく言うと、他のメンバーも同意して微笑んだ。
生田先生が優しく教室を見渡しながら、「みんな、今日は本当にお疲れさま。こんなに順調だと、完成がますます楽しみになるね。明日もこの調子で進めよう」と声をかけると、部室に爽やかな空気が流れた。
結衣たちは笑顔を交わしながら荷物をまとめ、静かに部室を後にした。
夕方の空気が冷たく澄み渡り、結衣の心に一日を振り返る清々しさをもたらしていた。今日の作業で掴んだ確かな手応えが、合宿で得たインスピレーションと重なり合い、新しい物語の一部になっていく──そんな期待が胸を膨らませる。「これなら、もっといいものが作れる」。達成感と次への意欲が、結衣の足取りを軽やかにしていた。
けれど、心の隅には小さな不安も残っていた。文芸部が、完成した作品をどう思うだろうか? 遠藤の厳しい指摘や、彼女の目の細かさを思い出すと、次第に緊張が胸の奥を締め付ける。「私たちの物語が、ちゃんと伝わるかな……」結衣は小さく息をつきながら、自分に問いかけるように思った。
それでも、足元に続く道を見つめると、ほんの少し勇気が湧いてくる。みんなと力を合わせて作った物語は、きっと誰かの心に届くはずだ──そう信じてみよう、と結衣は静かに前を向いた。
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