忘れられた手紙

空道さくら

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第34話:温泉旅館での新たな出会い

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 バスが停車し、彼女たちは荷物を手に取りながら下車した。冬の冷気が頬を撫でる中、目の前には古風な趣を漂わせる温泉旅館が広がっていた。玄関には、雪の結晶が優雅に描かれた風情ある暖簾が揺れ、木造の門構えが迎えてくれる。その暖簾の向こうから漏れ出る淡い光が、訪れる者を温かく包み込むようだった。



 玄関口では、和装に身を包んだ旅館の女将さんが優しい微笑みを浮かべて彼女たちを出迎えた。女将さんの後ろには、暖かな灯りが照らす廊下が伸び、旅館全体に安らぎの雰囲気が漂っていた。

「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」と女将さんが温かく迎え入れる。

 生田先生が前に出て、女将さんに微笑みかけた。「姉さん、久しぶりだね。みんな、こちらはこの旅館の女将で、私の姉だよ」

 女将さんは優しい笑顔を浮かべ、「みなさん、ようこそ。どうぞお入りください。ゆっくりとくつろいでくださいね」と挨拶した。

 メンバーたちは一斉にお辞儀をし、「お世話になります」と感謝の気持ちを込めて返した。

 その時、女将さんの後ろから一人の少年が顔を出した。少し不機嫌そうに眉をひそめて、ちょっとだけ頭を下げた。生田先生が微笑んで彼を紹介する。「彼は姉さんの息子、陽斗。中学2年生で、絶賛思春期真っ只中なんだ」

 陽斗はその言葉に対して顔をしかめ、「絶賛とか、やめろよ!そんなことないから!」と否定するように言い返した。

 メンバーたちは陽斗の反応に一瞬驚いたが、すぐに優しい笑顔を浮かべた。

「わかるよ、思春期って色々あるもんね」と河西が優しくフォローする。

「うん、そうだよね。無理に言われたくないこともあるよね」と平山が同意しながら微笑んだ。

 陽斗はその反応にさらに苛立ち、「思春期じゃないって言ってるだろ!」と怒った口調で言い返した。

「ははは!かわいい!」と河西が笑顔で言った。

 平山も続けて、「本当に、かわいい!」と同意しながら陽斗をかわいがるように言った。

 陽斗はその言葉に顔を赤くし、さらに苛立ちながら「かわいいとか言うなよ!もう!」と怒った。

 それを見て、結衣が優しく言った。「陽斗君、嫌がってますよ」とフォローし、続けて陽斗に向かって「ごめんね、陽斗君」と謝った。

 陽斗は結衣に視線を向けた瞬間、何かを言おうと口を開きかけたが、すぐに目をそらしてしまう。その仕草には戸惑いと照れくささが見え隠れしている。

 その様子を見ていた島倉がクスっと笑い、「なんかいいね、陽斗君。素直で面白いな」と言った。

 その言葉に、陽斗は勢いよく島倉を睨みつけ、「お前、何笑ってんだよ!」と声を上げた。

 島倉は悪びれた様子もなく、「いや、ほんとに可愛いと思って」とさらりと返す。

「だから可愛いって言うなって言ってるだろ!」陽斗はさらに声を荒げ、顔を真っ赤にして怒った。

 島倉は慌てたように両手を挙げ、「ごめんごめん、そんなに怒らなくても」と焦りながらなだめた。

 結衣がその間に入るように、「島倉君も、陽斗君が嫌がってるから、やめてあげて」とたしなめ、改めて陽斗に向かって「本当にごめんね」と優しく謝った。

 陽斗は結衣を横目でちらりと見た。その視線は少し落ち着きを取り戻しつつも、複雑な感情が交じっているようだった。言葉にはせず、ふいに鼻を鳴らして視線を逸らす。「……別にいいけど」と小さな声でつぶやきながら、つい手元で指をいじり始めた。

 その後も島倉をじっと見つめ、「覚えてろよ」と口をとがらせながら小さく言う陽斗。その様子に周りのメンバーたちは思わず微笑んだ。



 女将さんに案内されながら、文庫愛好会のメンバーたちはそれぞれの部屋へと向かった。河西、平山、結衣の三人は同じ部屋に泊まることになっており、木の温もりが感じられる和室に足を踏み入れた。

「わぁ、すごく広い!ここ、なんかすごくいい雰囲気だね!」と河西が感嘆の声を上げた。

 畳の香りが漂い、ふすまや障子が風情を醸し出している部屋には、窓から庭園が一望できる。雪に覆われた庭が美しく輝き、まるで絵画のようだった。床の間には生け花が飾られ、静かに彼女たちを迎えている。

 平山がふと座布団に腰を下ろしながら、「この景色、最高だね。ここでのんびりできるなんて、幸せ」と言った。

 結衣も窓辺に立ちながら、「本当に素敵な場所ですね。ここならいいアイデアがたくさん浮かびそうです」と微笑んだ。

 三人はそれぞれ荷物を整理しながら、和室の静かで穏やかな雰囲気を楽しんでいた。河西はスマホを取り出し、部屋の写真を撮っていた。「この景色、家族にも見せたいな」とつぶやく。

 平山は部屋に置かれたお茶セットを見つけ、「お茶でも入れようか?」と提案した。結衣と河西は頷き、平山が慣れた手つきで急須にお湯を注いだ。香り豊かなお茶が広がり、三人は湯飲みを手に取り、ほっと一息ついた。

「なんだか、ここにいるだけでリラックスできるね」と河西が言うと、結衣も「そうですね。今日からの合宿が楽しみです」と応じた。

 三人はお茶を飲みながら、これからの創作についての話に花を咲かせた。それぞれのアイデアや目標を共有し合い、和やかな時間が流れていった。外の雪景色を眺めながら、彼女たちはこの特別な時間を大切に感じていた。

 こうして、文庫愛好会のメンバーたちは温泉旅館での合宿の幕を開けた。次なる日々に待ち受ける創作活動に胸を膨らませながら、彼女たちは和室の静寂と温かさを堪能していた。



 午後の柔らかな日差しが窓から差し込み、旅館の廊下を静かに照らしていた。窓越しに見える庭の雪景色は、太陽の光を受けてきらきらと輝き、どこか穏やかな空気を醸し出している。けれども、その静けさを破るように、廊下の向こうから響く怒声が突如として耳に飛び込んできた。

「なんでこんなことするんだよ!」怒りに満ちた島倉の声が、静かな旅館内に鋭く響き渡る。

「お前が悪いんだろ!」陽斗の応戦するような叫び声が重なり、まるでぶつかり合う波のように廊下を震わせた。

 三人は一瞬にして緊張が走り、思わず顔を見合わせる。

「何……どうしたの?」結衣が戸惑い混じりに呟いた。怒声の方向に視線を向けると、さらに言い争う激しい声が続いている。

「待って、ちょっと様子見たほうがよくない?」平山が眉をひそめる。

「そんな場合じゃないかも!行こう!」河西が立ち上がり、二人を促すように言う。結衣も慌てて席を立ち、三人は廊下に向かって急いだ。

 廊下に出ると、声はますます大きく、響く怒声がすぐ近くから聞こえてくる。三人の足が自然と速まり、緊迫感が胸を締めつける。

「どうかしてるんじゃないのか!」「そっちがだろ!」陽斗と島倉の声がさらに大きくなり、廊下にぶつかり合うように響き渡る。

 三人は息を呑みながら足を止め、視線の先で向かい合う二人の姿を見つけた。その険しい表情と張り詰めた空気に、思わず胸がざわめく。

 陽斗は顔を真っ赤にして怒りに震え、拳をぎゅっと握りしめている。一方の島倉も引く気配を見せず、陽斗の言葉に真っ向から反論を続けていた。

「どうしてこんなことになってるの……」結衣が小さな声で呟く。その場の緊張感は、まるで冬の冷たい風が吹き抜けるように鋭く、三人の足をすくませるほどだった。

 平山は険しい顔で河西に目配せしながら、小さな声で言う。「どうする?止めたほうがいいよね?」

 河西は表情を曇らせながら小さく頷く。「でも、今入ったら逆効果にならないかな……」

 二人の言葉を背に、結衣の視線は険悪な雰囲気の二人から離れない。陽斗と島倉のやり取りは激しさを増していて、彼らの声に込められた感情のぶつかり合いが痛いほど伝わってくる。

 いったい、何がここまで二人を激しくさせているのだろうか――。結衣の心には疑問と不安が広がり、周りの空気がさらに重たく感じられた。

「とにかく行こう!」河西が意を決したように声を上げ、平山もそれに頷く。結衣も深く息を吸い込むと、一歩を踏み出した。

 三人は緊張感に押しつぶされそうになりながらも、二人の元へと足を進めた。張り詰めた空気が廊下全体を覆い、冷たさとともにその場の重々しさを感じさせる。二人の険悪なやり取りは、歩み寄るほどにますます耳に響き、胸を締めつけた。

 彼らの間には言葉だけでなく、刺すような緊迫感が漂っている。結衣たちの足は一瞬止まり、心には強い不安が湧き上がる。どうしてここまで激しくぶつかり合っているのか――理由はわからないまま、疑念と焦燥が静かに広がっていく。

 陽斗の怒声と島倉の反論が重なり、まるで空間そのものが張り詰めていくようだった。三人の胸には、早くこの状況を収めなければという焦りが募る。

「でも、どうやって……」結衣は小さな声で呟いた。その問いには答えはなく、ただ二人のぶつかり合う声だけが廊下に響いていた。

 冷たい廊下の空気が肌を刺すような感覚を残しながら、結衣たちは決意を固めた表情で二人に近づいていった。
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