忘れられた手紙

空道さくら

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第28話:新たな挑戦の幕開け

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 秋の終わりを告げる冷たい風が吹き始めた放課後、文庫愛好会と文芸部のメンバーたちは、文芸部の部室に集まっていた。数日前、文芸部の小林が「文芸部の活動が文庫愛好会によって侵されているのではないか」と不満を抱き、突然文庫愛好会を訪ねたことで、両部の間に微妙な緊張が生まれてしまった。そのわだかまりを解消し、互いの立場を理解し合うために、両部で話し合う場を設けることになったのだ。

 もともと文庫愛好会は「読むこと」を楽しむ穏やかな集まりであり、創作活動は彼女たちにとって新しい挑戦だった。一方で文芸部は「書くこと」を本分とし、日々の創作に打ち込みながらその伝統と誇りを大切にしている。普段はそれぞれの領域で静かに活動してきた二つの部も、この日ばかりはしっかりと意見を交わす覚悟を持って向き合っていた。

 部室には静かながらも張り詰めた空気が漂い、長いテーブルを挟んで、文庫愛好会からは河西、平山、そして結衣が、文芸部からは小林、他数名が向かい合って座っていた。



 部屋の静寂を破るように、小林が軽く咳払いをし、どこか威圧感を漂わせながら話し始めた。

「文芸部としては、僕たちの活動が文庫愛好会によって侵されるのは我慢ならない。文芸部が長年培ってきた創作の場を、簡単に真似されるなんて納得できないんだ。僕たちがどれだけの時間と努力をかけて作品に向き合ってきたか、その重みがわかっているとは思えない」

 小林の静かな怒りがにじむ言葉に、部屋の空気がさらに張り詰めた。文庫愛好会の面々は互いに戸惑いながら目を合わせたが、河西がすっと前に身を乗り出し、毅然とした表情で反論した。

「文庫愛好会も、創作に挑戦してみたいと思っているんです。それに、私たちも一生懸命努力しています。だから、その価値を少しでも認めてほしいと思ってます!」

 小林は河西のまっすぐな視線を受け止めながらも、表情を険しくし、さらに挑戦的な口調で応じた。

「努力していることはわかる。でも、だからって安易に僕たちの活動を真似するのは、僕たちの積み上げてきたものを軽く扱うことになる。そんな簡単な気持ちで創作の世界に足を踏み入れられたら、正直…許せない」

 小林の言葉が刺すように響くと、河西も顔を強張らせ、さらに反論を重ねようと身を乗り出した。

「私たちが簡単な気持ちでやってるって決めつけないでください!文庫愛好会だって本気で創作に向き合っているし、その意義は十分に感じています」

 河西の声も次第に強まり、負けじと小林も反論の声を張り上げた。どちらも引かず、言葉は激しさを増し、気まずい空気が部屋の隅々まで広がっていった。

 重苦しい空気が積み重なる中、結衣は耐えがたい緊張に息を呑み込んだ。しかし、このままでは何も変わらないと感じ、意を決して口を開いた。

 「今度、部誌をお互いに発表し合って、どちらが人気になるか勝負しませんか?」

 結衣のはっきりとした声が会議室の静寂を突き破り、思いもかけない提案に一瞬、部屋の空気が凍りついた。文庫愛好会のメンバーも驚いた表情で結衣を見つめ、河西も少し戸惑いながら結衣の顔を見た。結衣の心臓は緊張で高鳴っていたが、自分の言葉に決意を込めたことで、部屋に漂う張り詰めた空気がさらに濃くなっていくのを感じていた。

 結衣は一瞬の静寂の中、視線をしっかりと小林に向けた。

 「私たち文庫愛好会も、ただ創作を楽しみたいだけじゃなくて、本気で自分たちの作品を届けたいと思っています。だから、きちんと実力を示したいんです。もしも勝負をして、読者がどちらを応援してくれるかがわかれば、互いに認め合えるんじゃないかと思って」

 結衣の瞳には緊張とともに、真剣な思いが宿っていた。

 小林はしばらく結衣の表情を見つめていたが、やがてゆっくりと微笑み、「それは面白そうだね。僕たちも全力で受けて立とう」と、力強くその提案を受け入れた。その言葉に、文芸部の他のメンバーたちも表情を引き締めつつ、次第に笑みを浮かべながら互いに頷き合った。

 張りつめていた場の空気が一気に熱を帯び、期待と挑戦の緊張感が場を支配した。文庫愛好会のメンバーも息を飲み、結衣も安堵と興奮が入り混じった表情を浮かべたが、その心の奥には、ふつふつと湧き上がる覚悟と、絶対に負けられないという決意が宿っていた。

 「やるからには、私たちも本気でぶつかる覚悟です!」結衣は静かに言葉に力を込め、顔を上げて文芸部のメンバーたちを見据えた。その視線は緊張の中でも強く、結衣の決意がひしひしと伝わってくるようだった。

 その時、文芸部の遠藤がふと柔らかな表情を浮かべ、静かに口を開いた。

「…私は、その提案には賛成できないかな」

 意外な言葉に、全員が驚いたように遠藤を見つめた。遠藤はその視線を受けながらも、ゆったりとした口調で続けた。

「競い合うのも刺激的だけど、勝負にこだわりすぎると、作品を作る本来の楽しさが見えなくなってしまう気がするの。むしろ、お互いの部の良さを合わせて、協力してひとつの作品を作ってみるのはどうかな?そうすれば、新しいものを生み出しながら、きっとお互いの違いも認め合えると思う」

 その静かだが力強い言葉が、じんわりと部屋全体に広がった。遠藤の提案を聞き、結衣は驚きと感動で一瞬言葉を失った。まさか、文芸部の方から協力を持ちかけられるなんて――。結衣はずっと感じていた不安が和らぎ、目の前に「仲間として協力できる未来」が広がっているのを感じ、胸が温かくなった。

 しかし同時に、結衣は自分を振り返り、少し反省した。自分には「勝負」しか頭になくて、遠藤のようにお互いの良さを引き出して協力する道を考える余裕がなかったことに気づいたのだ。「遠藤さんみたいに柔軟な考えを持つべきだったかもしれない…」と結衣は心の中でつぶやき、次こそはと新たな思いを抱いた。

 思わず遠藤を見つめると、彼女と目が合った瞬間、結衣は自然と笑みを浮かべた。「協力」という道が開けたことが、自分の踏み出した勇気に意味を与えてくれたように思えたのだ。

 そんな二人を見守りながら、平山も柔らかな表情で頷き、心からの想いを込めて口を開いた。

「私たち文庫愛好会も、文芸部と争いたいわけじゃありません。遠藤さんの提案に心から賛成です。お互いの長所を生かして協力できれば、きっと今までにない素敵な作品が生まれると思います」

 結衣の提案は、競争から協力に基づいた企画へと自然に変わり、文庫愛好会のメンバーたちもほっとしたように微笑み合った。文芸部の部員たちもまた、静かに頷きながら、この和やかな空気に包まれていた。

 しかし、小林の表情にはなお少しの揺らぎが残っていた。長年「創作は僕たちの誇り」という思いで活動を重ねてきた文芸部にとって、他の部と協力することは複雑な決断だった。小林の中では、「創作へのプライドを安易に譲りたくない」という気持ちと、「新しい視点が見つかるかもしれない」という期待が、激しくぶつかり合っていた。

 それでも、小林はその内なる葛藤をぐっと抑え込み、静かに頷き、穏やかな口調で言った。

「…そうだね、協力することで見えるものもきっとあるはずだ。お互いの成長がわかるような作品を一緒に作れたらいいと思う」

 小林が口にしたその言葉には、彼の中に残る迷いや複雑な感情がわずかににじんでいたが、結衣はその言葉に大きく頷き、内心のわだかまりが少しずつほどけていくのを感じた。「みんなで協力して、素晴らしい作品を作り上げましょう」と結衣は決意を込めて静かに告げ、その言葉に会議室にいた全員が頷き合った。こうして、対立ではなく協力の道が開かれた。

 それぞれが自分たちの得意分野を持ち寄り、3学期に向けて共同制作に挑むという新しい目標が生まれた。その目標には争うことよりも、互いの力を合わせて新しいものを創り出そうとする希望が込められていた。
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