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魔法のある世界で

26.若き王の後悔~バート視点~

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 わたしは何と愚かなのか…。
 これで父を越える王になどなれる筈も無い…。

 突然現れた幼子に涙ながらに謝られ、喧嘩をしないでと訴えられてようやく自分がどれだけ酷く心無い事を言ったのか気づかされたのだ。

 父や、セイバスのあのわたしへの非難がましい目もこのの涙を見た後なら当然の事だと納得した。

 いや、むしろ生ぬるいぐらいである。

「な、泣くな!わたしが悪かった。すまない!」

「うぐ…王しゃま…悪くないにょ!わたしが、こなきゃ良かったの…わたし(”卵”に)帰るにょ!だから…だから…」

「ま、待て待て!一体、どこに帰ると言うのだ!お前の母は死んだのだろう?」

「だいじょうびなの…」
 舌ったらずに、そう言ってその幼子はまだ泣いていた。

 その涙が明らかに自分のせいだと思うとまるでぐりぐりと胸を剣でえぐられているような心持ちになった。

「大丈夫な訳ないだろう?こんなに小さいのに」

 そのわたしの言葉に、この幼子は言ったのだ。

「わたしは平気なのにょ!お父様もお母様も、家族なんて!」と…。

「だから喧嘩しないで」と…。

 目にいっぱいの涙をためながら…。

 父は言っていた。
 一人きり神殿に閉じ込められて日も当たらぬところで隠されるように育てられたのだと…また大袈裟にお涙ちょうだいの話を…と思っていたが、この妹の透けるような白い肌をみて、太陽の日すら浴びずに育ったと言うのにも納得せざるおえなかった。

(※実際の身体は”卵”の中で培養されて育ったのだが、日の当たらないところで…というのは紛れもない事実で合致している)

 自分はどうなのか?

 生まれた時には父も母もいた。
 即位する前に母は亡くなったが良くも悪くも沢山の思い出もあり、それなりに愛しんでもらった。
 母が亡くなっても乳母や召使に囲まれ、父との遠乗りや狩り、様々な祝い事、沢山の思い出もある。

 食べるものにも衣服にも寝るところにも困った事などないというのに…。

 こんな小さな幼子が母の記憶も父の記憶も無くそれでも平気だからと兄と父の仲たがいを心配してと言ったのだ。

 いや!違う!言ったのではない!
 わたしが…このわたしが

 …言わせてしまったのだ!

 何とわたしは愚かなのだ!
 そう激しく後悔した。

 そしてその時、その瞬間に既にわたしは彼女の事をと無意識にも認めていたのだろう。

「ラーラ、すまない!父には、わたしから謝って仲直りするから、どうか許してくれないか?どうか出て行くなどと言わないでくれ」わたしは涙のとまらぬ妹に心を込めて謝った。

 それはもう心から…。

「王しゃま…もう怒ってにゃい?」

 ”王様”と呼ぶその言葉にも胸が痛んだ。

 こんな小さな子が兄であるわたしに気を使っている事が窺えたからだ。

 兄であるわたしが自分を認めていないと知り、あえて”王様”と呼ぶのだと…。
 胸の奥がしめつけられた。
 なんと罪深い事だろう。

「どうか、わたしの事は兄様と呼んでくれないか?」

 わたしは、妹の美しい紫水晶のような瞳を覗き込みながらそう懇願した。
 なんと曇りのない美しい瞳なのか…。

「にいしゃま?」

「ああ、そうだよ」そう言うと妹はやっと泣き止んだ。

「い…いいの?」

「ああ、もちろんだとも、むしろお願いだから」

 妹の涙の止まった事が嬉しく、わたしは笑顔でそう言っていた。

「お…おにいしゃま?」

 そう言って妹はくしゃっと顔をゆがませまた泣いた。

「ああ、ああ、ラーラ!本当にすまなかった!ああ、泣かないでおくれ!悲しませて本当に悪かった!」

「ちがうにょ!嬉しいにょ~…うぐっ…えぐっ…」そう言ってラーラは、一生懸命笑おうとしながらも涙がとまらないようだった。

 その嬉しそうな泣き笑いにわたしはもう、もう、もう!胸がものすごく締め付けられた。

 何なんだコレは!
 なんて無垢で純粋な奇跡のような存在なのか!

「ああ~、もうっ!何でこんなに可愛いんだっっ!」
 ついついそう呟いてわたしは妹を抱きあげ背中をポンポンと叩いてやった。
 
 ***

 わたし以外、誰もいない筈のこの部屋から話声がして不振に思ったのであろう。

 扉の外を警備する騎士達が恐る恐る室内を覗きこみ固まっていた。

 王たるわたしが、幼子を抱っこして背中をポンポンしながらあやしていたのだ。

 そりゃあ、さぞかし驚いただろう。
 わたしが騎士達の立場でも驚いたと思う。

 そして扉の外、少しばかり離れた場所から、父や爺たちの焦ったような声が聞こえた。

「ラーラ様~!どこですか~?」

「「「ラーラ様~っ!」」」

「ラーラ!返事しろ~!父様とお家に帰ろう~?」

「ラーラ姫様!お返事して下さいませぇーっ」

 と、それは明らかに妹を探す複数の声だった。

 なるほど、誰にも告げず発作的に、いきなり転移して来たようである。

 しかし、いくら王族とはいえ(ほんとは違うけど)まだ三歳くらいだろうに、短い距離とは言え『転移』をするなんて、末恐ろしい妹だと驚愕した。

 そして、わたしは騎士に申し付けた。
「先王陛下にラーラはここに居ると伝えよ」

 私は、そこにいた二人の騎士達にそう言った。

「えっ?は、はい!あの!そのお子様は?」
「い、一体、いつの間に…」

「転移して入ってきたのだ。わたしに用があったらしい」

「え!ええっ?転移魔法で?しかしここは」
「そ、そうです、ここは!王族のみ…」

「そう、王族のしかもしか入れぬ場所だ!この者は我がラーラだ!父が心配して探しているようだ。早く言って安心させてやるがいい」

「「えっ!ええっ?妹姫様っ??」」

「早く行け!」

「「は!はいぃっ!」」

 騎士達は更に目をまん丸にして驚き、そして直ぐに外にいる父やセイバス達に知らせに走った。

 騎士達に声をかけられ、こちらを見た父は、わたしがラーラを抱きかかえてあやしているのを見て満足そうなドヤ顔になった。

 大体言いたい事は分かる。

『ほうら、みろ!ラーラは、可愛いだろう?』と言ったところだろう!

 悔しいが父の子とは思えないくらい可愛らしい!
 しかも無垢で健気だ!

 この妹の母親の巫女姫とはさぞかし美しく清らかな姫君だったに違いない。

 父などに捕まったのが気の毒なくらいだ!

 わたしだったらすぐにも城に向かえたのにと父の不誠実に憤慨した。
 そして同時にこんなにも愛しく思える存在が自分の妹だと言う事に歓喜した!

 出会ったその瞬間からまるで心ごと全部さらっていかれたかの衝撃に紛れもなく自分の血につらなる者に違いないと感じられたのだった!
 そうでなければ、この溢れんばかりの気持ちに説明がつかない!そう思った。

 そうしてわたしはあっさり妹を受け入れたのだった。
 悔しいが悪いのは全て父で、この妹には何の罪もないのである!

 父の事はいつか必ず乗り越えて見せると思っているが、この超絶可愛く優しい健気な妹には、ひょっとしたら(ひょっとしなくても)わたしは一生頭があがらないかもしれない。

 そんな事を思いながら腕の中にいる妹の暖かさを感じて心の中まで暖まるような…そんな気がしていた。
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