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参の巻~平安美女と平成美男の恋話~

㊶息子の結婚~By園近(壱)

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 その日の午後、芙蓉の元に訪れた私(園近)は、なんと義鷹が昨夜、かの姫、芙久子殿に妻問いをし、姫がそれを受け入れたと伝え聞き驚いた。

 そして今宵が二夜目で明日の夜を無事に迎えれば正式に婚姻を…というのである。

 しかも、いつの間に手配したのか、ご実家と縁切り状態の姫君の体裁を整える為、芙蓉は自分の実家を継ぐ弟と芙久子どのとの養子縁組までも既に整え終えていた。

 扶久子殿を義鷹の正室にと目論んでの事だろう。

 いくらなんでも手筈が良すぎる。

 芙蓉が以前から着々と手をまわしていた事が窺いしれるというものだ。

 あの姫を実の娘の様に可愛く思っていたのは知っているが、よもや息子可愛さに姫の気持ちも無視して話を進めたのでは?と私は心配した。

 もちろん私とて器量も良く気立ても良い姫が息子の妻になってくれるのは嬉しいし大いに望むところだ。
 
 しかし、肝心の姫君の気持ちをないがしろにしての事であれば、それは人としてどうかと思うのだ。

 私は息子と姫君両方の事が心配で、我が右大臣家の家政を取り仕切る家司いえづかさの是安にその事を話してみた。

 すると是安は義鷹が騙されているに違いないと騒ぎ立てた。

 実際に姫君と言葉を交わしてみたがそんなお人柄ではなかったと伝えるが、直接、会ったこともない是安にはにわかには信じられぬといった感じだった。
 まぁ、私もあの姫に会い直接言葉を交わすまでは、そのような心配もしていたのだから気持ちはわからぬでもないのだが…。

 そして是安は自分に任せてくれと言い放ち、何やら慌てて出て行った。
 人の良い男なのだが、時折、思いこみが激しいところがあるので私は相談する相手を誤ったか?と若干、後悔したが…。

 後の祭りだった。

 ***

 とにかく私は芙蓉や義鷹が、人の良い姫君が断れぬのを良い事に、自分達の想いを押し付けているのではと心配だった。

 身内の贔屓目と言われるかもしれないが、二人とも元来、思いやりのあるそれはそれは良き人間だ。

 今回の事は、あの二人があの可愛らしき姫(顔は見ていないが)を好きすぎて我を忘れての所業なのかもしれないと推察している。

 『恋は盲目』というが、芙蓉もまた娘の存在に憧れ恋い焦がれていたから…。

 娘と呼べる存在に『恋』にも近しい想いを抱いているのかもしれない。

 正直、私には芙蓉が言うように姫君が息子に恋をしているなどという夢物語は信じがたい。
 だが、もしも本当にそうなら…こんなに嬉しい事は…とも思い…。
 私とてそう信じたいと流されそうになる。

 はっ!いや…いかんいかん。

 希望的な観測は駄目だ!
 幼き頃からの許嫁すら息子を厭うたのに、そんな事がある筈もない。

 期待すれば裏切られる。

 この『人の世』なんて、そんなものだ。
 そして期待した分だけ余計に傷つくのだ。

 優しい二人が冷静になった時に、ようやく姫君に無理強いをしていた事に気づいたなら、二人も、流されて妻となった姫君も、皆が悲しい気持ちになるに違いないのだ。

 私だけは冷静でいなくては…。

 勘違いで浮かれてはならないのだ。(解説※勘違いは園近なのだがこの時はまだ気づいていない)

 しかし、既に昨夜、息子は姫の元に通ったという。

 すでに一夜を共にしてしまったのだ。
 つまり一線を越えたという事だ。(←※結局まだ結ばれていない事を園近は知らない)

 今宵の姫の様子できっと姫の本心がわかるだろう。
 息子と、を後悔しているか…もしくは覚悟を決めて妻となるか…。

 真に想うわけでない相手に肌を許してしまったのなら今頃、いかばかりに後悔しておられることか。

 …とは言え、貴族の婚姻など心底想い合う者達ばかりではない。
 いや、むしろ家同士の繋がりによる婚姻の方が多いだろう。
 正室ともなれば、身分のつり合いは絶対の前提だ。

 せめて息子を唯一の夫として支え続けてくれるなら、それだけでどれほど喜ばしい事か。

 しかし、同情や、恩義を感じて流されての婚姻だとしたら、いつか嫌気がさして、あの元許嫁の三の姫のように他の男を通わすような事になりかねない。

 それは双方の名に傷が付き世間の笑いものだ。
 本人たちも…とりまく家族までもが悲劇だ。
 幸いにも私は正室の芙蓉の事を心から愛おしんでいる。
 真に幸せな事だと自分でも思う。
 だからこそ、息子にも本当に幸せな結婚というものをしてほしいと願っているのだが…。

 そう思い悩んでいた時だった。
 姫君の女房、亜里沙殿が、芙蓉の元に尋ねて来ていた私に声をかけてきた。

「大殿様、にわかにはお信じになれないのも無理なきこと…されど我が主人あるじは、例え恩人であろうとも好きでもない相手に流されるような心弱きお方ではありませぬ。姫が義鷹様からの妻問いをお受けになられたのは心底、義鷹様の誠実なお人柄に惹かれ恋い慕っての事です」

 そう言う亜里沙殿の言葉に横にいた芙蓉も深く頷いていた。
 だが、現実主義な私には、そんな夢のように都合の良すぎる事があり得るとは到底思えない。

 息子が巷で『鬼天狗の君』等と失礼極まりない忌み名で呼ばれているのを私は知っているのだ。

「それが真なれば、これ以上の喜びはないが…私とて息子や妻が傷つくところは見たくない。それにこれまで不遇であられたという姫君にも無論、お幸せになって頂きたいと思っている。だが…」

「不安…でいらっしゃる?」亜里沙殿は私の心を読むかのように言葉を繋いでいく。

 本当に賢しい女房だ。

 この屋敷の主人である私にも怖気ることもなく、芙蓉や周りの者を気遣いながら礼節を保ちつつ話しかけてくる。

「それは…亜里沙殿、正直言って、私とて其方の言葉を信じたいが我が息子は、だ。この貴族社会では身分と同じ位に見た目が全てと言う女性にょしょう達がほとんどだ…義鷹の中身をみてくれる…そんな菩薩のような女性がいるだなどと…信じたくても裏切られた時の事が怖くて信じる事が出来ないのだよ」

「では今宵、私共のいる離れへ大殿様もお越しくださいませ」その突然の提案に私は心底驚いた。
 この女房は一体、何を言いだすのか!

「何を言う、其方、息子の睦事を覗きに行けというのか?」

「ほほっ…大殿様、そんなあけすけな…。正直に申しましょう。昨晩、確かに義鷹様は姫君に妻問いをした事も姫がそれを受け入れた事も事実ですが、お二人はまだ清い関係でいらっしゃいます」

「「「「えっっ?」」」」

 亜里沙殿のその言葉に、私もだが芙蓉も側にいた紅葉や楓も驚き声をあげた。
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