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「あたしの方がレオ様に遊ばれてると思ってましたよ!もう!……でも嬉しいなぁ、あたし、レオ様の恋人なんだぁ。じゃぁ、ヴィルガ王国最後の夜に恋人として思い出が欲しい……ダメですか?」

ルオポロ王国が国教として崇めている女神ヘーラーは嫉妬深い。故に、ルオポロ王国は側室も愛人も許されない一夫一婦制で、国王から平民まで浮気はご法度だ。不倫をすれば、たとえ国王だとしても有責で離婚されてしまうし、婚約段階だとしても浮気をしたら罪となる。ルオポロ王国は浮気した人に罰を科す国なのだ。

ここはヴィルガ王国だが、マリエラとレオポルドの婚約はこのルオポロ王国の法律が基準となった契約となっている。この婚約はマリエラの母がルオポロ王国の公爵令嬢だったために結ばれたのだが、マリエラの父には外に作った子供がいて、しかもその婚外子を産んだ父の不貞相手はヴィルガ国王の従兄妹。マリエラの母が婚外子フィオレの存在を知らないまま亡くなったとされているのと、ヴィルガ王国がフィオレの正式な出自を認めていないことで、両国間で父の不貞は限りなく黒に近いグレーという扱いで収まっている。
その公然の秘密がルオポロ王国の不興を買っているために、マリエラとレオポルドの婚約がヴィルガ王国としては異例となる契約内容で結ばれたとのだと聞いている。

イエルが言った”ヴィルガ王国最後の夜”とは、2学期最後の登校日、年末にある学園のダンスパーティーのこと。イエルの”恋人として思い出”になるように、つまり、そのダンスパーティーでレオポルドと踊りたいと強請ったのだ。

学園でレオポルドがイエルと仲良くしていることは事実だが、友人だと言い張っている今のままだと浮気として追求するには甘い。だが、婚約者マリエラの許可なくイエルをパートナーにしてダンスパーティーへ参加した場合、さすがにイエルをただの友人だと言い逃れることはできない。その事実をマリエラに追求されたらレオポルドの有責で婚約破棄になる可能性が高い。

マリエラの計画とはレオポルド有責で婚約破棄をし、マリエラ・カファロの貴族令嬢としての価値を地に落とすこと。薄情で浮気者のレオポルドを王太子から引き摺り下ろし、真面目で誠実なアルフレードを将来の国王にあてがうことはその副産物。

今、レオポルドはマリエラの左手を揉みながら、可愛い恋人からのお強請りについてどうしようかと考えているはず。

マリエラは学園へ入学させずに領地療養に専念させて欲しいと、レオポルドがカファロ公爵に願い出たため、マリエラは学園どころか王都にすらいない。
レオポルドの婚約者をフィオレに変更するためにカファロ公爵家とラコーニ公爵家が動いていることは、社交界だけでなく学園でも共通認識になっている。
フィオレはマリエラと同じカファロ公爵令嬢のため、マリエラのために行動して利益がある者は少ない。
アルフレードはレオポルドと同母の弟で仲が良く、第一王子第二王子で別れた派閥もなく、アルフレード本人にもレオポルドから王位を奪う気持ちはないように見える。
おそらくあと2ヶ月弱で新しい魔石の認可がされ、レオポルドとマリエラは婚約解消し、レオポルドはフィオレと婚約する。

ダンスパーティーにはマリエラはいないし、万が一、アルフレードを王太子にしたいと願う者がダンスパーティーでのレオポルドとイエルの様子をマリエラの耳へ入れたとしても、年始にはもうイエルはヴィルガ王国にいないし、浮気の証拠を揃えるよりも先に魔石の認可がされてマリエラとは婚約解消になるだろう。

つまり、レオポルドがイエルをパートナーにしてダンスパーティーに参加しても、浮気を指摘されて婚約破棄になることはないのだ。イエルはルオポロ王国へ帰ってしまうのだから、最後にダンスパーティーで恋人とて過ごしても良いのではないか。

まさかイエルがマリエラだと思ってもいないレオポルドは、そう考えていることだろう。

「最後とか、そんなことわざわざ言葉にしないでくれよ。ちゃんと、イエルにぴったりなオレンジ色のドレスを作らせてたんだ。……俺のパートナーとしてダンスパーティーに参加してくれますか?」

揉んでいたマリエラの左手を自身の右頬へ宛て、下からマリエラの顔を覗き込んで上目遣いをしながら問いかけてくるレオポルド。ジャナの指導で一生懸命あざとかわいいを作っているマリエラを易々と飛び越えて自然とあざといことをしてくるレオポルドにマリエラは関心してしまう。

「はい!」

マリエラは元気よく返事をしながら、今日、最後の授業が終わった後にトイレで下着の胸部へ仕込んでおいた録音魔道具を意識する。いつも紳士なおじ様のカルリノが令嬢の胸部を凝視することはないはずだし、育ちの良いレオポルドがこの3ヶ月胸を触ってきたことなどない。今日いきなり許可なく胸を触ってくることはないだろうと、わざと胸部に仕込んだのだ。

念の為に左右で二つ起動しているが、もしも録音を失敗していたとしても、お揃いのブレスレットをしてオレンジ色のドレスを着たイエルがレオポルドのパートナーとしてダンスパーティーへ参加した時点で計画は成功だ。寮へ帰り、コンタクレンズを外し、目薬をさしながらジャナと二人で録音を確認するのが楽しみで、マリエラは心からの笑顔が漏れてしまう。レオポルドも笑っている。浮気をする男は大嫌いだが、今だけはレオポルドの笑顔が可愛く思えてしまう。

これで、マリエラはレオポルドと婚約破棄できる!

たとえルオポロ王国の常識が適応されてレオポルドの有責になったとしても、ヴィルガ王国では婚約破棄は婚約破棄。しかも王太子に対して本来なら罪にならないことで瑕疵を作り、その肩書を奪った女。時期王妃の異母姉だとしてもまともな貴族は近づかない。マリエラの貴族令嬢としての価値は大暴落するだろう。

はしゃぎ出したくなる浮かれた心を必死に抑え込んでいたマリエラの唇に、突然、柔らかい感触。気づけばマリエラはレオポルドと唇を重ねていた。驚き、無意識にレオポルドの頬を叩こうと右手を振り上げた寸前、マリエラの右手はカルリノに掴まれた。無言で首を振ってくるカルリノに、やはりカルリノはイエルの正体がマリエラだと気付いているのではと疑ってしまう。

「へへへ。初めてのキスだね」

一人で照れているレオポルドに、勝手にキスしたことへの怒りを隠しマリエラは笑顔を返した。今日のこのデートで計画はほとんど成功したと言えるし、レオポルドの幸せもあと1ヶ月ほどで終わる。キスくらい減るもんでもないし許してあげよう。これがマリエラのファーストキスだったことには見ないふりをしよう。

その後学園の寮へ帰り、侍女のジャナと二人で録音魔道具を再生すると、ちゃんとイエルを恋人と認め、ダンスパーティーへ誘うレオポルドの言葉が入っていた。ジャナと喜び合ったその日の晩、寝るためにベッドへ横になったマリエラは、左手首に付けられた赤とオレンジ2色のブレスレットを眺めながらこの計画について思いを馳せた。

マリエラは当初、婚約破棄などするつもりはなかった。それなのにこんな計画を立てたのはレオポルドのせいだ。レオポルドが留学してきたばかりのイエル・ドルチェに軽薄な態度で馴れ馴れしく話しかけてきて、その後も、まるで恋人のようにイエルを連れ回したのが悪い。

そもそもどうしてこのようなことになったのだろうかと、ふと、考える。全てはあの日、父が再婚し、マリエラではない父の娘がカファロ公爵家に来た嵐の日から始まった気がする。……マリエラはフィオレと初めて会った日のことを思い浮かべ、いつのまにか眠りに落ちていた。
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