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フィオレ・カファロの本当の出自は、ヴィルガ王国貴族の間では公然の秘密。

ラコーニ公爵家へ降嫁した王女は一男一女を産んだ。その王女が産んだラコーニ公爵令嬢は、既婚者のカファロ公爵と不倫関係になり、未婚のまま女児を出産した。その婚外子がフィオレだ。
現ヴィルガ王室には王女がいないため、フィオレは実母の次に尊い未婚の令嬢になる。そんなフィオレが婚外子と認めることができない王家とラコーニ公爵家は、フィオレをラコーニ公爵夫妻の末娘として誤魔化すことにしたのだ。
フィオレを産んだ母は戸籍の上では姉に、元王女でラコーニ公爵夫人の祖母は戸籍の上では母ということになっている。

フィオレが7歳の時にカファロ公爵夫人が亡くなった。実母はすぐにカファロ公爵と婚姻しカファロ公爵夫人となり、それと同時にフィオレは実父カファロ公爵の養子となり、ラコーニ公爵令嬢からカファロ公爵令嬢となったのだ。

そんな正当な生い立ちとは言えないフィオレなのだが、その身体に流れている血の確かな貴さに、誰も何も言うことはできない。

後ろ暗い出自が弱みにならないように、名実ともに正しく貴族令嬢の見本になるようにと、フィオレは物心ついたばかりの幼い頃から様々な教育を受け、自分を高めるための努力をしてきた。
幼い頃は生まれへの劣等感から文句を言わずに厳しい教育を受け入れていたが、今は違う。今のフィオレが頑張っているのは、愛するレオポルドのため。歴史や言語、法律や税制、魔法陣など、ヴィルガ王国だけに限らず世界中ありとあらゆる知識を得て、礼儀作法やダンス、魔法などの実技も磨いているのは、全て、大好きなレオポルドが王太子だからだ。

母方の従兄弟で戸籍上では甥になる1歳上のラコーニ公爵令息ニコラスがレオポルドの側近候補に選ばれたのをいいことに、フィオレはニコラスに無理やり同伴して王城へ通い、第一王子レオポルド、第二王子アルフレードとその側近候補達の幼馴染の地位を手に入れた。

レオポルドは好奇心が旺盛で活発な優しい男の子だ。新しい魔道具を触る時には少しタレ目なオレンジ色の瞳を輝かせ、王城へ連れてこられた珍しい動物を近くで見たくてソワソワし、王城図書館が仕入れた本は誰よりも先に借りて読んでいた。
自分はたまたま現王の第一子として生まれただけと言いつつ、その出自に恥じぬように厳しい教育を嫌がることなく受けている。学問も体術も魔法も優秀。そんなレオポルドをフィオレは尊敬し、レオポルドの隣に立っても恥ずかしくない女性になるため更なる自己研鑽を決意した。

カファロ公爵令嬢でありながらラコーニ公爵家の権力も使えるフィオレにとって、同年代の令嬢達など赤子も同然。将来王妃として采配するために掌握するのはもちろん、ライバルとなりうる令嬢や野心のある令嬢は這い上がれないように蹴落としてきた。

その結果、同年代の貴族子女の中でフィオレより優秀な成績を収めているのは、フィオレの一つ上の王太子レオポルドと、同い年の第二王子アルフレードだけ。このヴィルガ王立学園でフィオレより優れた成績を収める令嬢は、どんな教科でもいない。

フィオレの人生の展望は完璧だった。……イエル・ドルチェという、ピンク頭に赤い瞳の甘ったるい見た目と愛嬌だけが取り柄の卑しい男爵令嬢が、ルオポロ王国からこのヴィルガ王立学園に留学してくる3ヶ月前までは。

今、フィオレの目線の先には馬車へ向かって歩くレオポルドとイエルの二人がいる。最近の二人は、どこへ行くのにも当然のように腕を組んで歩く。普通の友人関係で腕を組むことなどありえないというのに。

愛おしいという気持ちを隠さずイエルを見つめているレオポルドの表情は、幼い頃に王城で黒毛のチンチラを触った時と同じだ。ずっとレオポルドを見ていたフィオレは、レオポルドがイエルを可愛いと思い気に入っていることがわかる。

夏休みが明け2学期が始まってからしばらくした頃、フィオレはピンク頭の見たことがない令嬢とレオポルドが二人一緒にいるところを見かけた。思わずレオポルドへ声をかけたのだが、その初手が間違いだった。

「イエル嬢はルオポロ王国からの留学生なんだ。友人としてルオポロ王国の話を聞いてるだけで、婚約者に対してやましいことなんて何もないよ」

イエルとは友人だとフィオレへ言い切ったレオポルド。それなのに、翌日からフィオレを二人の間に立ちふさがる恋の障害のように扱い、イエルとの仲を深めていった。堂々とイエルと腕を組んで歩いている今でも、レオポルドはフィオレに”イエルとは友人関係だから”と嘯く。

イエルが留学してくるまでは第二王子アルフレードやニコラスなどの側近と行動を共にしていたレオポルド。それが今は彼らを遠ざけ、従者兼護衛のカルリノだけを従えていることが多い。それはイエルを独占したいと思っているからだろう。そんなレオポルドが過去にフィオレと共にいた時、アルフレードやニコラスなどの他の幼馴染を遠ざけたことなどないと気づく。

力の限り握ったフィオレの拳が、小刻みに震える。

3ヶ月前、イエルとレオポルドが二人一緒にいるところへ声をかけた時、レオポルドが小声で言い捨てた台詞がフィオレの頭の中で木霊する。

「学園では自由を楽しめばいいって、そう言ったのはフィオレじゃないか」

レオポルドと腕を組むのはフィオレのはずだったのに……。そのためにレオポルドへ言った言葉が今、フィオレを苦しめている。やっと、やっと、ルオポロ王国から輸入している魔石に代わる、国内産の魔石の認証ができそうだというのに。

フィオレの視線に気づいたのだろう、レオポルドと腕を組み歩いているイエルが後ろを振り向いた。その赤い瞳には哀愁が漂い、まるでフィオレを憐れんでいるかのよう。たかが男爵令嬢が何様のつもりだ。

その腹立たしいイエルの顔に、ふと、イエルが現れるよりも遥か昔からフィオレの行く手を阻んできた女の顔が重なる。

娯楽のための読書が原因で掛けることになった分厚いメガネ、フィオレと同じ黒い髪を雑にゆるく束ね、楽だからと装飾の少ない簡素なドレスを好み、異母妹より劣等なことを恥じずに開き直る、そんな公爵令嬢とは思えない怠惰な生活を父から許されている、同い年の異母姉マリエラ・カファロ。

そんなフィオレの異母姉マリエラは今この学園にはいない。原因不明の体調不良により、2年前から王都から遠く離れた田舎の領地で療養している。

フィオレから憎まれ嫌われていることにも気づかず、姉妹だからと呑気に笑いかけ、図々しく親しげにしてくる緊張感のないマリエラの顔がイエルにダブって見える。
フィオレとマリエラが初めて顔を合わせた7歳の時には分厚いメガネをかけていたせいで顔立ちは思い出せないが、ピンクの髪で赤い瞳のイエルと、黒髪に水色の瞳のマリエラとは似ても似つかないはず。

マリエラが変装してイエルのふりをしているのではと、ふと、よぎった自分の考えをフィオレは内心で笑い飛ばした。マリエラがイエルだとしたら、イエルを気に入っているレオポルドがどうしようもなく愚かということになってしまう。そんなことはあり得ない。
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