僕とあなたの地獄-しあわせ-

終章 経営惨憺

144 ラスト

あれから気がつくと病院のベッドの上にいた。
隣には隈の出来た顔をした静がいて、僕が起きたことに気づくとすぐに強く抱き締めてくれた。

｢良かった、本当に･･･、このまま目覚めなかったら、俺は･･････っ｣

そう零しながら涙を流す静の腕が微かに震えていて、ここまで心配を掛けたこと、震えるほど心配してくれるこの腕の中に戻って来れたことに、ようやく本当の安心を感じて色んな感情が涙となって流れ出したのを覚えてる。
｢ごめ、･･･ごめんなさいっ･･････勝手なことして、こわかった、こわかったっ･･･ぅぅ･･････｣

どうやら僕は3日も目を覚まさなかったらしい。

その間にあの人は結永さんが連れてきた警察に連れていかれたり、諸々検査をしてもらって僕にもこの子にも何も無かったことがわかったり、なのに全然目を覚まさなくて静が一睡もせず隣にいてくれたり。
色んなことがあって、色んな人に迷惑と心配をかけたことを、結永さんに聞いて雅兄にもすごく怒られた。

｢いいかい、検査では一応何もなかったけど3日も寝てたんだ。弥桜くんも子供も何が起こるか分からないから、1週間は入院だよ｣
絶対安静だと言われ、お風呂とトイレ以外は部屋を出るほど立ち歩くのは良くないと言われた。

ただ余程気を張りつめていたのか、静はすぐに僕の上に倒れ込むように眠ってしまって動きたくても動けない状態だったし、静と離れるつもりは1ミリもなかったから別に問題はなかった。

それに、その時既になんとなく感じていたんだ。
多分1人にはなれないって。
静とは離れられないってことに。

頑張って勇気を出して1人で家を出て病院に向かった。
帰りも送ってくれるという結永さんを断って、強くならなくちゃと一人で帰ることを選んだ。

1人で出歩くのは多少慣れてきたとはいえ、自分の中ではまだまだ勇気のいることなのだ。
準備にも時間を掛けて心も落ち着かせて、頑張って出て来たのに、あんなことがあった。
心が折れるのは簡単だったんだ。

結局1人になったら何が起こるかわからない。
自分だけじゃない、自分の知らないところで大事な人に何かあるかもしれない。
そんな恐怖が頭にこびり付いて離れなくなってしまった。

すぐの頃は本当に何もかもがダメだった。
静がいない時に病院の先生や看護師さんに会うことはもちろん、そもそも部屋に1人にされるのもダメだった。

静がいなくなることが怖くて仕方ない。

あれから数年経った今でも、家で一人になることや結永さんや雅兄とか家族と一緒なら外に出ることも出来るようになったが、一人で出歩くことは商店街ですら出来ないままだ。
静が僕の知らないうちに出かけてしまうことも無理だった。

それでもそんなこと少しも気にならないぐらい、今の僕は幸せだ。

あの時の子は双子として元気に生まれてきてくれたし、出産後初めての発情期で静はようやく番にしてくれた。
結局なんで拒まれてたのかはよくわかんないままだけど、結果が良ければあとのことはどうでもよかった。

もう心も体も環境も静から離れなくていい状況。

初めて静に出会ってから10年弱。
色んなことがあった。

自分の環境からねじ曲がった考え方をしていた時期。
その時にやってしまったこと。
もうそこに捕われることはない。
静はそれも含めて僕の全部を受け入れてくれたと信じているから。

結永さんや雅兄、大事な子供たちがいて、来年には下の子も生まれる。
何より僕より僕のことを理解している、愛しい愛しい静が隣にいて。


こんな日々がこれからも続いていくことを切に願っている。


fin.