僕とあなたの地獄-しあわせ-

薔 薇埜(みずたで らの)

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第5章 落穽下石

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「無理無理無理っ」

翌日の朝の事だった。
完全に話をそらされてこの時のことをすっかり忘れてた僕は、帰りの予定に心を躍らせながら家を出たところまでは良かった。
だけど、大学に着いたらそりゃあ僕は僕の取ってる講義があるし、静先輩にも課題があるから一緒にはいられない。

それに最近は静先輩だけを見ていられるようになっていた。
どこにいても誰と話しててもあんまり他人ひとの目が気にならなくなってたんだ。
でも今行っておいでって言われた瞬間、一気に周りの雑踏が耳に入ってくるようになってしまった。

いつもは途中で別れるけど今日は僕の講義がある講堂までついて来てくれたから、全然気づかなかった。

「それでも講義は受けなきゃ。卒業はしたいんだろ? 俺や結永が一緒にいてやれる時は、いるけど今日は俺たちどっちも予定があるから、その時だけは頑張ってくれ。終わったらすぐ迎えに来るからここから動くなよ」

こんな状態で静先輩から離れられないなら、休学するという手もあるって話をされたんだけど。
それでもちゃんと卒業したいって言ったのは僕だった。

今回のことで静先輩から離れるのはどうやっても無理なんだって、本気で悟った。
それでもやっぱりまだまだ一緒にいることに抵抗はある。
だったら形だけでも静先輩の隣にいられる自分に少しでもなりたかった。

そのための一つとして、大学はちゃんと卒業したいって決めたんだ。
元々自分を知るために選んだ学科だから、考え方が変わったとしてもそれについて考えられたらなという思いもあった。
だからただでさえ休みがちだし、来れる時はちゃんと大学に来て出席日数を確保しておかないといけない。

分かってはいるんだ。
自分で決めたことだし、静先輩にも結永先輩にもやらなきゃいけないことがあることも分かってた。

でも、頭で分かってても心は耐えられないと悲鳴をあげてる。
これ以上わがまま言ったってどうしようもないのに、手は震えるし涙は勝手に出てくるしで自分でも抑えられなかった。

「大丈夫。いつでも俺が守ってるから」

こんな状態の僕を見かねたのか、静先輩が人目も憚らずぎゅうぎゅに抱き締めてくれる。
僕をすっぽり抱き込んでくれる大きな胸に顔を埋めて、この安心する匂いを胸いっぱいに吸い込む。

「あとは昨日渡したピアス握ってれば少しは落ち着くだろ。それで頑張れ」
「へぇ、それ確か静のおばあさんのやつだろ。それなら大丈夫だな。俺も何回か会ったことあるけど、すごい怖い人だよな。でも絶対守ってくれると思う」
「俺もよく怒られたけど、いつも守ってくれてたのは伝わってたな」
なんだか懐かしむような二人の会話に、自然と肩の力が抜けて上がっていた呼吸も落ち着いていた。

「それじゃあちゃんとすぐ来るから、頑張れ」

そうやって夏休みまでの三週間ちょっと、二人に用事がある日は抱きしめてもらって送り出してもらうことでなんとか講義に出られていた。

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