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第4章 同甘共苦
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しおりを挟む車を降りてからもずいぶん長い間静先輩の腕を離すことが出来ないでいた。
大学の人たちの目に触れてみんながどういう反応をするのかもわかんなかったし、静先輩の腕を離した時果たして自分が正気を保っていられるかの自信もなかった。
でも流石に僕にも静先輩にも講義があるし、取っているものが全然違うから教室も違うところにある。
ずっと一緒に居られるわけじゃないから、どうしても手を離さなきゃいけない。
「大丈夫だよ。ほら、行っておいで。授業終わったらあの喫茶店に行くから、そこでお昼にしよ」
大丈夫だよっておまじないもしてもらって、頭も撫でてくれて、いざ勇気を出して静先輩の手を離して一人で講堂へ向かった。
最初はいつも外に出る時手に握っている静先輩の腕がなかったり静先輩の声が聞こえなかったりして不安で仕方なかった。
でも講堂に着く頃には自分の手の置き所や気持ちの置き所を見つけられてなんとか一人でもやっていけるようになっていた。
何より、周りの人の反応が思っていたものと全然違ったというのが一番大きかったのだろう。
講堂に近づくにつれて同じ学科の人たちが増えてきて、こっちを見ながらひそひそ話している声も聞こえてきたが、あからさまに大きな声で罵倒してくるような人はいなかったし、何より「なのに」って言っている声はひとつもなかった。
ひそひそ話されている声は全部が全部「あんなのに目をつけられて」「関わりたくない」そんなものばかりだった。
これは春休み前にも聞いたことがあったから、すぐに誰のことを言ってるのかわかった。
思っていたようなことを言われなくてほっとしたのも束の間で、とにかく静先輩のことを悪く言うような声にどんどんどんどんイライラしてきてしまった。
だから講堂に着く頃には静先輩と離れた時のような不安はほとんどなくなっていたのだ。
流石に講義の最中にそんな声は聞こえなかったから真面目に受けられたが、終わった瞬間もうそんな声はひとつも聞きたくなくて急いで講堂を出てきた。
そんなこんなで長かったような短かったような午前の講義が終わって、やっと静先輩の元に戻って来られたのだった。
「どうだった、弥桜。大丈夫だったろ?」
「最初はやっぱり怖かったけど、なんとか大丈夫だった。なんで大丈夫ってわかるの? ていうか、なんでみんな静先輩の悪口ばっか言うの? そればっかり気になってほんとイライラするし。ねぇなんで? 静先輩ほんとは悪い人なの?」
前の時とかも気になってでも聞くタイミングを逃してたりで聞けなかったことを、今日はもう我慢出来なくなって一気に吐き出す。
でもそんな僕の疑問に返ってきたのは、結永先輩のこんな言葉だった。
「ほんとは悪い人なの、って。くくっ、弥桜くんてたまにびっくりするようなこと言うよね。じゃあもし本当に静が悪い人だったら、弥桜くんはどうするの?」
結永先輩の言葉は考えたこともないようなことだったけど、そんなこと考えるまでもないようなことなのは誰の目から見ても明白なのであった。
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