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第3章 火宅之境
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しおりを挟む今度は誰だろう。
この家には静先輩以外は両親か雅兄、それと結永先輩しか来ないはずで、その誰もがこの時間に来る予定はなかったはずだ。
ああ、もしかしたら僕がシャワーを浴びている間に静先輩が結永先輩に連絡したのかもしれないな。
静先輩は今丁度洗い物で手が離せそうにないし、結永先輩なら昨日話せたから大丈夫だと思う。
多少覚悟はしつつも、結永先輩以外の選択肢が完全に抜けていた僕は、ドアを開けて目の前にいた相手に完全に固まってしまった。
「はぁい・・・・・・」
「おはよう、弥桜ちゃん」
僕の部屋を訪れたのは、商店街の肉屋のおばちゃんだった。
全く予想していなかった相手に、心臓がすごい音を立てて鳴り出した。
「武蔵さんが昨日弥桜ちゃんが青い顔して帰って来たって言っててね。それで商店街のみんなすごく心配してて。急に来てしまってごめんなさいね」
おばちゃんが言う武蔵さんとは流川武蔵さんのことで、僕の部屋の隣に住んでいるサラリーマンさんだ。
商店街の人と同じように僕によくしてくれる人だ。
いつもは仕事であの時間はいないはずなのに、昨日は運悪く見られていたようだ。
その事実に更に心蔵の音が大きくなる。
「弥桜ちゃん、大丈夫? やっぱりまだ具合悪いなら後でもう一回・・・・・・あら」
止まることなく話し続けていたおばちゃんの声が言葉の途中で止まったと思ったら、その視線の先に気づいてあわてて首元を隠す。
結永先輩か、そうじゃなくても家族だと思っていたから完全に抜けていた。
今更隠したってもう遅いけど、それでもそうせずにはいられなかった。
怖い。
おばちゃんが何て言うか、怖い。
やっぱり昨日の今日じゃそう簡単に意識をしっかり変えられるわけがないんだ。
怖いものは、怖い。
「そのく・・・・・・」
「弥桜、どうした」
おばちゃんが声を出した時、それを遮って静先輩が僕を呼ぶ。
その声に金縛りに合ったように動かなくなっていた僕の身体が、やっと動きを取り戻して振り返る。
「・・・・・・弥桜、大丈夫だよ。俺は何も問題ないと思う」
静先輩に向けた顔が相当ひどかったのだろう、すぐに気づいてその言葉をくれた。
『俺は何も問題ないと思う』
静先輩がどう思うかどう言うか。
静先輩が問題ないと言うのならそれは本当に問題ないのだろう。
静先輩のその言葉にふうと心が軽くなって心蔵の音が小さくなった。
「あら、静くんも一緒だったのね。なら安心だわ」
おばちゃんの口から静先輩の名前が出てそのことに驚いておばちゃんを見た時、もうさっきほどの恐怖はなかった。
そんなことよりいつの間に静先輩と知り合いになったんだろう。
「弥桜のこと、心配して来てくださったんですか。どうもありがとうございます。また後で商店街に行こうと思ってるので、その時はみなさんに顔を見せられると思います」
「本当? あんまり無理しないでほしいけど、そうしてくれるとみんな安心すると思うわ。朝早くにお邪魔しちゃってごめんなさいね。もう戻るわ」
本当に心配して来てくれただけだった肉屋のおばちゃんは、それだけ言ってお店の方に戻って行った。
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