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第2章 社燕秋鴻
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しおりを挟む丸猫拾いと、「依頼中に私の意見を聞かなかったから」という理由で行われた理不尽かつハードなお仕置きから一夜明け、ちょっぴり寝坊した朝と昼の間頃。「昨晩はお楽しみでしたね」と言う女将さんの視線が心に突き刺さる宿の食堂にて。
一晩中いぢめられて全身だるだるの足腰ガクガクになっちゃった私だけれども、それで気分を悪くしているかと言われればそうでもない。
何故ならちょっと昨日は激しすぎたってことで、今日はみんながとっても優しいのだ。
裸のまま立ち上がれなくなっちゃった私にマリーちゃんが服を着せてくれたり、食堂までお姫様抱っこされたかと思えばイリーちゃんがお膝の上に座らせてくれたり、朝食のパンとスープを食べるときだってミスティちゃんが手ずから「あーん」してくれる。ちょっと頭を差し出せば、お決まりのように誰かが頭を撫でてくれるのもすごく良い。
美少女に囲まれて甲斐甲斐しく世話をされる、ここはまさに百合ハーレムの理想郷だ。ついに超究極最強魔道士に相応しいハーレム的待遇を得たのだ。これで機嫌が良くならない訳が無い。
「でもやっぱり、セレスちゃんともイチャイチャしたかったなぁ……」
「セレスさんがこの場に居たらイチャイチャでは収まらない気がするんですが。くたびれたミーシャって、貧相な割に扇情的なので」
「それでも、なんだよ。誰かの代わりに誰かが居るんじゃなくて、みんな揃ってこそのハーレムなんだから」
それでもなお機嫌が悪い理由は、そんな理想郷にセレスちゃんが居ないことの他に理由が思い当たらない。
そう、このハーレムの模範とも言うべきこの空間に、本妻たるセレスちゃんだけが居ないのだ。1人だけイチャイチャの場にいないなんて、仲間外れにしちゃってるみたいでなんだかモヤモヤする。
別にセレスちゃんを追い出したり、セクハラから逃げてこうなった訳じゃあない。確かに今日のセレスちゃんはすごく機嫌が良かったし、イチャイチャしていたらなんとなくセクハラされてしまいそうな気配はあったけれども、超究極最強魔道士はセクハラになんか負けたりしないからそんなことは問題ではない。
単に、セレスちゃんは起きてすぐ依頼を選びに冒険者ギルドに行ってしまったのだ。
なんでもセレスちゃんに曰く「ちゃんと責任取れるだけの甲斐性を見せなきゃいけませんからね。たくさん働かないとです」とのこと。まるでハーレム主のようなことを言うセレスちゃんに底知れない危機感を覚える。
本当ならその不安を払拭するために、セレスちゃんにもここでお嫁さん的行動をしてほしかったくらいだ。なのに私を置いていって寂しい思いをさせちゃうなんて、セレスちゃんてば悪女なんだから。
「それに昨日はいっぱい頑張ってえっちしたんだから、セレスちゃんだってお返しにいっぱい優しくするべきなんだよ。キスとかハグとか膝枕とか耳かきとか、してほしいことならいっぱいあるし……」
だから、本来であればこの場に居て私に優しくしているべきなのは、誰よりもセレスちゃんであるはずなのだ。
というか、いっぱい激しくされた次の日は、セレスちゃんがお疲れな私にいっぱい優しくしてくれるのがいつもの定番だったのだ。
だと言うのに、よりにもよって今までで1番激しくねちっこくされた今回に限って、それもわざわざ意を決して「私がトロトロにならない範囲だったら、ディープなキスをしてもセクハラに数えないことにしてあげるから」と最大限の譲歩をした直後に、「それでも働かないと食べていけませんから」って言って宿を飛び出しちゃうのはどうかと思う。
言ってることは間違いじゃないけれど、なんとなく裏切られた気分だ。セレスちゃんは乙女心ってやつが分かっていない。
ただセレスちゃんも出かける前に行ってきますの優しいキスをしてくれたから、今回だけは特別に許してあげちゃう。
別にセレスちゃんに私の顎をクイって持ち上げながらキスしてもらうのが、頭がふわってなっちゃうくらい大好きで、ドキドキして顔を見られなくなっちゃっている隙に置いて行かれちゃったとか、そういう訳じゃない。私がハーレム主特有の寛大な心で、特別に単独行動を許してあげただけなんだ。
「もう……お仕事と私、どっちが大事なんだよぅ……」
「ミーシャちゃんを養うためのお仕事が大事なのよ。
セレスは魔王由来のアレさえなければ堅実なタイプだし、昨日念入りに発散できたから、今日はミーシャちゃんの誘惑に打ち勝てたってだけの話じゃないかしら」
「そこ、負けておこうよ! 毎晩毎晩ひっどいんだから、朝くらいは私の誘惑に負けて骨抜きにされちゃっても良いじゃん! たまにはハーレム主に花を持たせろー!」
まあ要するに、今の私はセレスちゃんが恋しいのだ。
セレスちゃんが大好きなのは前から変わらないけれど、なんだか今日は特にその気持ちが強い。他のみんながいっぱい優しくしてくれる分、余計にセレスちゃんが居ないという感覚を強く覚えてしまうのだろうか。
こういう恋愛テク、なんて言うんだっけ。押してダメなら引いてみろ? ううん、押し倒したら引いてみろかな。
ただでさえセレスちゃんはキスとかえっちとか禁止ワードとか色々卑怯なのに、こんな絡め手まで使ってくるなんてどうすれば良いのさ。
そんな、してやられたという感覚に歯噛みする。1度セレスちゃんにはガツンと言ってやって、一泡吹かせてやらないといけない気がしてきた。
「でも……どうすればセレスちゃんに一泡吹かせられるんだろう?」
「そんなの簡単よ。なんなら、今この場で教えてあげようかしら?」
「本当?! イリーちゃん教えて! いや、イリーちゃんだけじゃない、みんなも何かあったら教えて! みんなの力でセレスちゃんを打倒するんだ!」
そんなときに頼るのはハーレムメンバーのヒロイン達。愛と勇気の力でセレスちゃんを倒すのは主人公の王道。
対セレスちゃん作戦はヒロインからの公募で選ぼう。3人寄らばなんとかの知恵。4人もいれば世界だって救えちゃうはず。
そんな訳で急遽始まったのは、第1回対セレスちゃん恋愛戦略会議。流石にセレスちゃんが居る目の前でする訳にもいかない話だから、ある意味丁度良い機会だったのかも。
トップバッターは言い出しっぺの法則でイリーちゃん。その知性溢れるお嬢様ブレインから放たれるであろう、必殺の策には期待せざるを得ない。
「そうねぇ……例えばセレスが帰ってくるまでの間に、私が催眠魔法『マインド・カース』でミーシャちゃんを洗脳調教済みにしちゃうのなんてどうかしら。セレスなら間違いなく驚くわよ?」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って! それじゃあ負ける相手がセレスちゃんからイリーちゃんに代わるだけじゃん!」
しかしイリーちゃんの案は、問題をさらに大きくするだけのいじめっ子な案だった。
もしかするとイリーちゃんは、第二のセレスちゃん枠を狙っているのかもしれない。まさかの裏切りに戦慄するも、しかしそこまで危惧するものでもないとすぐに気付く。
「あ、でもでも、私は超究極最強魔導士なんだから、そもそも催眠魔法になんてかかる訳がないんだよ! そこら辺の耐性まで全部含めて最強なんだから!」
「ふーん。ところでミーシャちゃんは今、何をやっているのかしら?」
「ふぇ? ハーレム主の当然の義務として、スカートをたくし上げてみんなに下着を見てもらっているだけだけれども、それがどうしたの? はやくお返事におまたをなでなでしないと、礼儀知らずだって笑われちゃうよ」
イリーちゃんが残念なものを見るような目で私を見ながら投げかけてくるその疑問に、コテンと首を傾げる。
何をやっていると言われても、私は単にマリーちゃんに履かせてもらったリボン付きの可愛い下着を、みんながちゃんと見ることができるようにスカートをたくし上げているだけだ。
これはハーレム主には一般的な挨拶であり、超究極最強魔導士なハーレム主が挨拶としてハーレムメンバーに下着を見せて、お返事におまたをなでなでしてもらうのは世間一般の常識のはず。
どういう訳か今までそのことを忘れていたし、イリーちゃんが『マインド・カース』と言った直後から頭がボーッとして思考が回らないけれど、私がみんなに下着を見せることにおかしい点は無いはずだ。
「……いくら受け手の性格が物を言うとはいえ、雑な無詠唱な上にそこまで得意な訳でもない催眠魔法にここまで無抵抗となると、この方法は自重した方が良いかもしれないわね。下手すると人格残らないかも」
「なに変なことを言っているんですかお嬢様、メイドが主人に下着を見せてなでなでしてもらうのを待つのは常識です。いくら貴族の名を捨てたとしても、そういった一般的な挨拶まで軽んじてしまうのはどうかと思いますよ」
「なんでマリーまで催眠にかかってるのよ。もう良いから目を覚ましなさい」
そう言うとイリーちゃんは目の前で指パッチンして――その瞬間、頭の中の靄が晴れる。
と同時に自分が今何をしているのかに気付いてしまい、必死にスカートを太ももに押し付けて下着を隠す。まさか私の超究極な魔法抵抗をブチ抜いて催眠をかけちゃうとは、イリーちゃんは催眠の天才だったのか。
でも、こんな唐突に辱めてくるなんて酷い。こんなの、まるでセレスちゃんだ。
イリーちゃんはセレスちゃんと同族。私はまた一つ賢くなった。でもこんなお嬢様的いじめの被害者であるマリーちゃんなら、私の意を汲んだ素敵な意見を出してくれるはず。
「あ、あれ、どうして……メイドとして当然のことをしているはずなのに、なんだか急に恥ずかしくなってきました……」
「あら、マリーの催眠だけなかなか解けないわね。もしかしてマリーの幼少期に仕込んでいた、イタズラ用の暗示のどれかが変な悪さをしているのかしら?」
「暗示ってこのまえの「お勉強」でおしえてもらったやつ?」
「そうよミスティちゃん。洗脳教育にはもってこいの技能だけれども、下手な暗示をかけたまま放置すると後々こんな風になるっていう、悪いお手本ね」
あ、なんかダメそう。
マリーちゃんって真面目な割に結構隙だらけな気がする。と言うか、イタズラに暗示を仕込まれる幼少期ってどんなのだったんだろう。
過酷だったであろうマリーちゃんの過去が偲ばれるも、マリーちゃんという強力な味方を失ったことに呆然とする。
さらにミスティちゃんからも微かに捕食者の気配を感じている現状、第1回対セレスちゃん恋愛戦略会議は破綻したも同然だ。
――いや、そもそも始まってすら居なかったのかも知れない。理由は、明確だ。
「もー! みんな、私をセレスちゃんに勝たせる気があるの!? このままだと私、遠からずセレスちゃんのお嫁さんにされちゃうんだよ! みんなからすれば寝取られなんだよ、それでも良いの?!」
「……? おねーちゃん、まだセレスおねーちゃんのおよめさんじゃなかったの?」
「ちっがーう! 私はみんなの旦那さんポジなの! 言わば頼れる一家の大黒柱、どんな問題でもパパッと解決しちゃう最強主人公なんだから!」
私はハーレム主にして超究極最強魔道士。みんなになでなでされたりキスされたりハグされたりされながら、時に超絶無敵の力を振るったりする完全無欠の主人公。
みんなにえっちされちゃうのだって、お嫁さんみたいに甘えちゃうのだって、言わば私がハーレムメンバーだけに特別に許可してあげた福利厚生の一種みたいなもので、そっちが本命の仕事って訳じゃないのだ。
しかし私の推理によればこの場に居る全員が、それどころかこの場に居ないセレスちゃんでさえ、ミスティちゃんみたいに私のことをお嫁さんだと思ってるようだ。
その辺りの考えを正しておかないと、いくら話し合っても良い案が出る訳が無い。そのことに気付いた私は、逆転の一手を打つために力強く自らの立場を主張する。
「並の冒険者じゃあ絶対に倒せないであろう強敵を倒したり、ピンチに颯爽と現れて悪者をぶっ飛ばしたり、なんかゴチャゴチャした事情で大変な目に遭っているところを溢れる包容力で解決したり――そしてみんな気付くんだ。「ああ、やっぱりミーシャは超絶格好良い超究極最強魔道士で最高にイケメンなハーレム主なんだ」って!」
「――改めて聞くと、確かに全部心当たりがあるわね。でも私、ミーシャちゃんをそんな貴族じみたねちっこい言い回しをするような子に育てた覚えは無いわよ?」
私、イリーちゃんに育てられた覚えないのに。
不満でぷくーっと膨らんだほっぺたを、イリーちゃんは指先でグリグリしてくる。いまだセレスちゃんの膝の上に陣取る私がそれを避けることができるはずもなく、いつものようにされるがままだ。これは間違いない。私をお嫁さんだと思っているときの行動だ。
「ぜ、全部本当じゃん! なんなら今日、セレスちゃんがとんでもない魔物の討伐依頼を持ってきたって、超究極最強魔道士らしく一発解決しちゃうんだから!」
「だから私たちが関われるような大物の依頼なんて無いって何度言えば――」
「皆さん大変です、緊急依頼が発生しました!」
そんなイリーちゃんにどうやって私のハーレム主っぽさを認識させるべきか悩み始めた頃、イリーちゃんの言葉をかき消すように宿の中に駆け込んできたのは誰あろうセレスちゃん。
性的なアレやソレを除けば普段から割と落ち着いているセレスちゃんにしては、かなり珍しい状況だ。
――ああ、でもなんとなく分かっちゃったぞ。これは間違いなく、超究極最強魔導士なパワーの見せ所だな? 何が出てきても全部倒して、みんなに私のことを見直させてやる。
そう、思ったのに。
「あらセレスってば、そんなに慌ててどうしたの?」
「イリーちゃんもまだまだだね。セレスちゃん検定初段の私に言わせれば、あの慌てようから察するにきっとすごい魔物が現れたんだよ! でも大丈夫、どんな魔物が相手でも私がワンパンで倒して――」
「そんなことを言っている場合ではありません! なにせ討伐対象は――」
しかし私の言葉を遮るようにセレスちゃんが告げた討伐対象は、私には絶対倒せないと断言できる存在だった。
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今朝の私は、なんだか妙にすっきりとした気分の中にいました。いつの間にかかかっていた頭の中の靄が晴れた、そんな気分です。
きっと緊急時の指揮系統を無視したミーシャへのお仕置きという名目で、一切の加減をせず思う存分その肢体を貪ったのが良かったのでしょう。腹の奥底で渦巻く飢餓感にも似た感覚はどこか遠くに消え去り、思考を妨げるものはありません。
そこまで好調であれば、やることは1つ――そう、労働です。
世間に言わせれば、私と歳を同じくして飛行魔法のような高難度の魔法を易々と使いこなすミーシャは、魔法の天才と呼ばれるべきでしょう。しかし私に言わせれば、ミーシャは魔法の天才である以上に人を堕落させる天才です。
ミーシャは1度受け入れた相手を、どこまでも肯定してくれます。何をしても受け入れてくれますし、否定の言葉を発するときでも身体は正直なことになっています。
そんなミーシャに己の欲望を全てぶつけるというのは、本当に気持良く、心地良いのです。そしてミーシャ自身もそうされることを望むかのように、手を変え品を変え、おそらくは無意識に夜の相手を誘ってくるのです。
こうなったミーシャは相当な危険人物、歩くダメ人間製造器です。
恐らく5日ほどミーシャの誘いに乗り続け、甲斐甲斐しく世話を焼かれ続ければ、如何に高潔な精神を持つ人間だろうとミーシャを抱くこと以外何も考えられない、ぐぅたらのダメ人間へと変貌するでしょう。
そうして働き手がぐぅたらになってしまえば、待っているのは金欠からの飢え死にです。ミーシャ自身は甲斐性が微塵も無いので、それを補う誰かが堕落してしまえば、そうなるのは必然と言えます。
「働きましょう。今、ミーシャの誘惑に屈する訳にはいきません」
そして自身がその道を辿っていることに気付いてしまえば、するべきことは自然と理解できます。
私に必要なものは早急な禁欲と収入を伴う労働。欲望との折り合いを付けるために訓練するなど、生温いことは言っていられないのです。
そもそも金に余裕がある訳でもないのに、丸猫拾いで大きめの収入が入ったからと風呂場を貸し切りにしてまで淫蕩に耽るなんて我ながら馬鹿のすること。折角の収入を泡銭にするような真似をしていたと思うと、中長期的目標に向けた冒険者の資金運用について散々講義してくれたエミルさんに顔向けができません。
そう考えた私は、発情してしまわないよう細心の注意を払いながらミーシャへ行ってきますのキスをし、1人で依頼を探しに冒険者ギルドへと足を運びました。
私1人で依頼を選ぶのは頭を冷やす目的以上に、イリーさんという参謀を得てから鈍ったであろう、私自身の依頼の目利きを確かめるためのものでもあります。ミーシャ欲が満たされ、頭も冴えた今は、自らの正しいスペックを測定するのに丁度良いのです。
「ふむ、今日は1人か。パーティーの休暇に1人で依頼を受けに来た――と言う訳ではなさそうだが」
「ああいえ、依頼を受けるのはいつも通りのメンバーです。ただ、まだみんなが宿で休んでいるので、目利きの練習も兼ねて1人で依頼を探そうかと」
「なるほど、そういう事情だったか。結構結構、向上心があることは良い事だ」
そうして辿り着いた冒険者ギルドでは、いつも通りの姿でジョーさんが受付に立っていました。
何がある訳でも無いのに謎のポージングでやたらと肉体美を見せつけようとしてくるのも、先輩冒険者の一部がそれに呼応してポージングをするのも、もはやご愛敬です。
そのせいで建屋の中が非常に汗臭く、依頼に駆け込む人たちが一瞬建屋に入り込むことを躊躇する姿が目に入りますが、そこは我慢の一手でしょう。しばらくすれば暑苦しい先輩冒険者達もそれぞれの依頼に赴き、窓から吹き込む海風によって暑苦しさは外に流されていくのですから。
「そんな期待の新人にプロテインのプレゼントだ。気兼ねなく飲むと良い」
「あ、ありがとうございます」
そう言ってジョーさんが差し出してくるのは、コップになみなみと注がれた白濁色の液体。ほのかに青臭く、精液を思わせる半固形のそれは、見るだけで食欲を減退させる独特の存在感を放っています。
そう、ミーシャがやたらと忌避しており、そして私も内心では飲みたくはないと避けていた飲み物です。
しかしギルドの先輩冒険者がこれを好んで飲む姿をよく見かけることから、セクハラや嫌がらせの類ではないのでしょう。
だとすればこれも付き合いの一種。意を決し、コップに口を付け、一気に飲み干します。――そして即座に、私はそれを後悔しました。
これはなんなのでしょうか。本当にこれは、この世に有って良いものなのでしょうか。
外はカリっとしながら中はモチモチ、控えめながらピリリと舌を痺れさせる辛みと、甘い中に柑橘類の爽やかさが尾を引く、つるりとしたコシのある喉越しが特徴的な、これは、本当に飲み物にカテゴライズしても良いものなのでしょうか……?
混沌とした食感と味でありながら、しかし美味しいと感じてしまうことに対しても、さらに酷い困惑を覚えます。
知らず知らずのうちに味覚がおかしくなってしまったのかとさえ思いましたが、しかし脇目に見る、私と同様初めてこれを飲んだであろう冒険者の困惑と動揺が混ざり合った表情を見るに、私の味覚が狂ったという訳でもなさそうです。
「お、美味、しい……? いえ、ですが何故私はこれを口にしてなお、これを飲み物と認識しているのでしょう……?」
「独特で癖になる味だろう? ウチの看板冒険者であるプロンとテインにも「これを飲まなきゃ1日が始まらない」と言わしめた自慢の逸品だ。水に溶かせばすぐに飲める顆粒タイプもあるぞ」
「……またの機会にお願いします」
しかしただでさえ正気を保つのが大変な生活をしているのに、味覚までもを狂気に染め上げる訳にはいきません。
なので当然のようにそっと握らせようとしてきた謎飲料の元は、申し訳ないですが返却させてもらいました。
ジョーさんからすれば善意のようなので少々申し訳ない気もしますが、しかしミーシャの対応で慣れてもいたのでしょう。ジョーさんは特に気にした様子も見せず、依頼の用紙をぱらぱらとめくりいくつかの依頼を私に見せてきます。
「ふむ、女子に勧めるには少々甘みが足りなかったか……とと、それはさておき依頼の確認だったな。
とはいえFランクの依頼なんて大したものがある訳でも無い。いつも通りのゴブリン退治や薬草採取、大衆食堂や菓子屋の手伝いといった小間使いばかりだ」
「そうですか……まぁ、丸猫拾いのような美味しい依頼がいつでもある訳ではありませんよね」
「Eランクに上がればまた、多少は美味い話も転がっているんだが……なにせ当人にランクを上げる気が無さそうだからな」
「あはは……ランクの高い依頼を受けるには、まだちょっと不安が残る子が居るもので」
しかし当然と言うべきか、そこにあるのはFランクらしい薄給の依頼ばかり。好景気のアレンテッツェ故にFランクにしてはそこそこの報酬の依頼が並びますが、Eランク向けの依頼や丸猫拾いと比べればはした金も良い所でしょう。
しかしだからと言ってEランクに昇格するのを焦るようでは、それはそれで不安が付きまといます。私たちのランクがFのままなのは、意図的なものなのです。
そもそもアレンテッツェ冒険者ギルドでのEランクへの昇格条件はFランクの討伐依頼を一定回数こなすというもので、そう難しいものでもありません。
しかしこれがクランテットだと国境警備隊の合同演習に敵側として参加し、敵領域で孤立した状態から最低でも1個小隊の軍人を捕虜にできてやっとEランクでした。
クランテットではEランク以上の冒険者には国境警備の予備兵力としての役割もあるため、基準が少々厳しくなっていたということを考慮しても、Eランクで想定される最大の脅威がそれと同等であることを思えばそう気軽にランクを上げようとも思えません。
なにせ、私たちのパーティーには迂闊と過信の擬人化とも言えるミーシャが居るのですから。ミーシャのことを第一に考えるのであれば、ランクの昇格は細心の注意を以て考えるべき事柄なのです。
「ああそうだ、不安ついでに魔物の生息域に関するニュースがあれば、教えて頂けるとありがたいです。分不相応な魔物との戦闘は、可能な限り避けたいので」
そうして定番のゴブリン討伐依頼の用紙を手に取りながら、最後に警告の有無を訪ねます。
冒険者たるもの想定外の事態に対して無力であってはいけませんが、それと想定外の事態を起こさないよう努力することは、矛盾しない事柄です。
生き残り、後に稼ぐことこそが冒険者の定石である以上、安全に関わる情報については過敏すぎるくらいが丁度良いのです。
「ふむ、今朝方ギルドに公式の緊急依頼が届いた都合上、無いとは言えないな。
だが依頼は既にプロンとテインが受注したし、事の舞台はメーシュブリグだ。1日2日で辿り着ける場所でもない以上、この辺りでゴブリン討伐をするなら特に気にすることでもないだろう」
「メーシュブリグで、ですか? あそこには友人がいるので、重大事であれば情報を掴んでおきたいのですが」
そしてわざわざ確認してみただけあって、ジョーさんの口から飛び出たのはなかなかに聞き逃せない情報でした。
ジュゼさんの存在や私たちとの関係を知らないジョーさんも、意図して隠していた訳では無いのでしょう。ですが遠くアレンテッツェまで緊急依頼を回してくるような事件がメーシュブリグで発生しているというのは、ジュゼさんを待たせている私たちが見逃せる類の情報ではありません。
事の次第によってはジュゼさん自身もその事件に巻き込まれていたり、その身が危険にさらされている可能性もあるのです。いくらジュゼさんの実力が一流と言って差し支えないレベルのものだとしても、もしもの事態はいつだって起こりうるのですから。
「ふむ、友人がメーシュブリグに……なるほど、一応話しておくか。
メーシュブリグの地下にコーテリウル地下樹林という不人気極まる迷宮があることは知っているだろうが、そこで新種の魔物が発見されたんだ。それもとびきり強力な魔物で、たまたま出くわしたBランク冒険者パーティーが手も足も出ず敗走したらしい」
「そんな魔物が……?! ジュゼさん、大丈夫でしょうか……」
「少なくとも3日前の時点で、冒険者を含めてもけが人は出ていないようだから安心しろ。
それに伝え聞いた魔物の特徴から察するに、そもそも移動すらできない可能性が高いらしい。街中に出没する危険が低い以上、迷宮にさえ潜らなければその友人も安全だろう」
ジョーさんは宥めるようにそう言いますが、しかし当のジュゼさんが迷宮暮らしであることを思うと全然安心できません。
しかし容姿だけで移動できないことを予想されるような魔物とは、一体どのようなものなのでしょう。
私が調べた限りコーテリウル地下樹林に生息している魔物は、地面を掘って移動する手段に長けたものがほとんどです。グラトニーワームのように状況次第でBランク冒険者を圧倒できる可能性のある魔物ならいくらか思い付きますが、しかしBランク冒険者ですら手も足も出ないほど強力で、それでいて動かない魔物となると、すぐには思い付きません。
居るとすればかつてジュゼさんを捕食したというハンニバルフラワーくらいなものです。が、Bランク冒険者パーティーを撃退するほどの実力があるとも思えず、またかつての被害者であるジュゼさんに曰わく「ハンニバルフラワーは私怨で絶滅させた」とのことなので、その線も薄いでしょう。あの地に根を張っているのは、もはやジュゼさんしか居ないはずです。
――ジュゼさんが、居るのです。
「……ジョーさん。その魔物の特徴って聞くことはできますか?」
「ふむ、そこまで聞いておかないと安心できないか。俺が聞いた限りではその魔物はアルラウネに似た外見で、周囲の地面からツタのようなものを生やして攻撃したり、詳細不明だが魔法を使った攻撃もするらしい。
まぁプロンとテインはウチの看板だけあって、そういった手合いにも慣れている。他所の街からの依頼を失敗すると面子に関わるからな、最高の人材を派遣しておいた」
そしてその予想は裏切られる事もなく、ジョーさんは私が最も聞きたくなかった答えを返してきました。
「安心しろ」と言いたそうに白い歯を輝かせるジョーさんとは裏腹に、私の心は不安と焦燥で冷え切っていきます。
……嫌な予感ほど当たるというのは、実に難儀な世界です。
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「――私がギルドで得た情報は以上です。状況の共有はできたでしょうか」
依頼の写しを全員で囲みながら、鼠車の中で声を潜めるように私は確認をとります。
それを聞いたみんなの反応は様々です。ミーシャとマリーさんは程度の差こそあれど狼狽え、イリーさんは厳しい表情で物思いに耽り、ミスティちゃんだけはあまり状況を理解できていないのか首をコテンと傾げています。
理解が追いつかないのも当然、驚愕に目を見開くのもまた当然です。何故ならこの情報はあまりにも急であり、そしてそこから得られる結論もまた、あまりに深刻なのですから。
メーシュブリグで発見された新種の魔物というのは、もはやジュゼさんであると確定しても良いでしょう。仮にそうでなかったとしても、ジュゼさんの身に危険が迫っていることは間違いありません。
つまり私たちがこの件に介入するのは決定事項と言って良いでしょう。問題は、どのような形で介入するかです。
「ジュゼちゃんのことについては、ギルドに報告していないのよね?」
「はい。後で話してもなんとかなる要素ですし――今ここで私たちが・・・・ジュゼさんの情報を渡してしまうと、今後の活動に支障があると考えたので」
「……ふーん、セレスもなかなかのワルね。クランテットでも十分やっていけたんじゃないかしら」
しかしこの手の窮地には慣れているのか、イリーさんだけは即座に私の考えを読み取ってくれたようです。
イリーさんはイタズラっぽい笑みを浮かべ、しかしその瞳には真剣さを宿しながら、私と目を合わせてきます。目と目で語り合う、と言うほどではありませんが、そこに否定の意思は無いように思えます。
「え、な、なんで言わなかったの?! ジュゼちゃんは良いアルラウネだってあの筋肉だるまに教えてあげれば、そしたら依頼も無しになって問題解決……って……なら、ない、の……?」
「ええ、それがならないんですよ。これが「メーシュブリグの街からアレンテッツェの冒険者ギルドへの公式な依頼」でなく、これが「ギルドが面子をかけて看板冒険者を送り出した依頼」でなければ、そうでもなかったのでしょうが」
そんな私たちを訝しむようにミーシャは問いただしてきますが、しかし私はその質問に無慈悲な答えを返さなければなりません。それはすなわち、言葉による解決はもはや不可能であると。
――私たちの言葉だけで依頼を撤回させるには、ありとあらゆるものが不足しています。
それはたとえば、ランクを初めとする信用だったり。
それはたとえば、魔物であるジュゼさんを依頼主であるメーシュブリグが許容する可能性であったり。
それはたとえば、依頼を受けたアレンテッツェ冒険者ギルドが、私的な判断で魔物の討伐を取りやめる可能性であったり。
――つまりジュゼさんが魔物であることを重く見る人間が居る限り、彼女は常に人間と敵対する危険性を孕んでいる存在なのです。
それがたとえ、どれだけ人間に対して友好的な存在であったとしても――「強大なものがただそこにある」「自分たちと違うものだ」ただそれだけの理由で、人間はそれを排除しようとするのです。
今回の事件は、まさにその危険性が萌芽した典型でしょう。そして私たちは今日この瞬間までその可能性に気付くこともできず、取り返しの付かない先手を打たれてしまったのです。
「え、ええっ……! ど、どうすれば良いの?! 超究極最強魔道士である私は誰を倒せば良いの?! ジュゼちゃんを倒す訳にはいかないし……プロンさんとテインさん? もきっとダメだし……」
「そうですね、今回の状況では誰を倒すこともできません。今回の関係者を全て無傷で生還させた上で依頼を終らせること。それだけが私たちの勝利条件です」
そう、事ここに至り、私たちの勝利条件は非常に厳しいものとなります。
先輩冒険者のプロンさんとテインさんを生還させ、そして何より、ジュゼさんに傷一つ付けさせない。
それが私たちが求める、最善の結末。最低限、ジュゼさんの安全を確保しなくてはなりません。
――そしてその状況をもたらすために取れる手段は、残念なことにそう多くはないのです。
「うぅ……最強な私が全部ぶっ飛ばして解決って……できないの?」
「できませんね。ただ、消去法からある程度方針は立っています。……イリーさん、私はまだ、金銭面の解決案が出ていません。お願いできますか?」
「うっわキラーパス。まぁ良いわ、そこは案があるから」
そして私と同じ結論に至ったであろうイリーさんに、私の考えを説明してもらいます。
私が説明するよりも分かりやすいでしょうし、何よりイリーさんとマリーさんはこの手のことに手慣れています。あるいは、私が考えているよりもずっと詳細を詰めた行動案を出してくれるのではないかという期待も込みです。
「まぁまず、私たちの最終目標をジュゼちゃんの安全確保だとしましょう。
しかし私たちがアレンテッツェで取れる行動はほとんど無いと言って良いわ。なにせ事がメーシュブリグで起こっているんですもの。状況も分からないし、介入もできない。
だから私たちが最初に必要とする行動は、迅速なメーシュブリグへの移動よ。ここまでは良いわね?」
「うん! あ、でもお金が……」
「ミーシャちゃんにしては良いところに気付いたわね。そう、今の私たちには全員で移動するだけの資金は無い。厳密に言えば、魔王封印用のブランクポーションの補充を必要とする、鼠車の移動ができないという事ね」
そう、これこそが現状における最大の問題。何をするにしても世知辛く付いて回る、お金の問題。
私たちの中で、出費を抑える能力があるのはこの中でイリーさんだけです。故に私たちの活動能力の限界を正しく把握しているのは、イリーさんただ1人となります。そしてそのイリーさんが「お金が足りない」と言えば、それは間違いなくそうなのです。
少なくともメーシュブリグでブランクポーションの買い込みをするだけの金が残らなくなった時点で、私たちは「詰み」になります。そんな泥船にジュゼさんを乗せる訳にはいかない以上、私たちはジュゼさんの救出に万全のリソースを割くことができません。
「だから必然的に、メンバーを――そうね、3人くらいが限界かしら。それだけの人員を選別してメーシュブリグに送り出す必要がある。そして送り出したメンバーのみで、ジュゼちゃんの救出作戦を行わなければならないの。あるいは、先行した冒険者の妨害をしてでも。
――もちろん、これは依頼の達成を目的とするギルドへの紛れもない対立行為だから。バレなきゃ問題無いけれども、バレたら結構な問題よ」
「だからこそ、ジョーさんにジュゼさんのことを伝えられなかった訳ですが……ただそうなると今度は、送り出すメンバーが悩みどころです――消去法的に、2通りしかないと思ってはいるのですが」
つまり私たちが行うべきは、少数精鋭によるジュゼさん保護作戦の決行です。――そしてここが、1番悩ましい点でもあります。
なにせ、私たちがメーシュブリグに送り込める人数はそう多くはありません。なので限られた人数で最適の人材を投入したいのですが、どのように組み合わせても穴ができてしまうのです。
例えば、今回の作戦の舞台はメーシュブリグであり、しかし魔王の右腕をフリーにする訳にもいかないことから、封印についての知識を持ったイリーさんを動かすことはできません。
更に言えばイリーさんと私が同時に行動すると、残る面子がお子様に寄ってしまうため、少なくとも私が救援部隊に組み込まれるのは必定です。
しかし私自身のスペックを鑑みるに、戦闘も警戒も探索も交渉もやって、その上で指揮を執る――なんて真似ができるとも思いません。恐らく、戦闘交渉両面においてサポートが必要となるでしょう。
そこで探索や警戒、出会い頭の即時対応など、今回の作戦に必要な能力を持つマリーさんの出番です。私とマリーさんに2人がいれば、最低限ジュゼさんの下に辿り着けるだけの戦力は満たせています。
そして私たちが送り出せる最大人数を3人である事を考慮すれば、必然的にメンバーは「私、マリーさん、ミーシャ」か「私、マリーさん、ミスティちゃん」のどちらかとなると考えられるのです。交渉のサポートが非常に頼りないメンバーですが、そこは目を瞑るしかありません。
「ちょっと良いかしら。セレスの言うその布陣は、明らかに先行した冒険者との戦闘を想定してのものよね?」
「はい。彼らはギルドの威信をかけてジュゼさんを討伐しようとし、私たちはそれを阻止しようとしているのですから、激突は必然かと」
「それで良く「バレなきゃ問題無い」って言葉に頷けるわね……もしかして、消すつもりだった?」
「……そうせざるを得ない場合もあると考えていました。もちろん最終手段ですが」
そう思っていたのですが、悪巧みの先輩であるイリーさんには何かと気になる点があったようです。
やれやれと溜息を吐きながらイタズラっぽく私のおでこをツンとつつくイリーさんは、どこか出来の悪い子供を相手にするかのように言葉を紡ぎ――
「セレスは思い切りは良いけれど、焦ってゴリ押そうとする辺り、まだまだ悪事には慣れていないわね。
せっかくギルドで立場を隠せていたのに、正面から戦うことを前提にしてちゃあ、何の意味も無いじゃない」
――言われてやっと、自分が焦っていると言うことに気付かされました。
そもそも私がジョーさんにジュゼさんのことを言わなかったのは、それが解決に繋がらないのであれば、せめてジュゼさんの確保までに妨害や戦闘を発生させないためです。
それを忘れて、私からプロンさんとテインさんに攻撃を仕掛けるつもりでいては本末転倒です。これではジュゼさんを討伐すると言われたときに癇癪を起こして暴れるのと大差がありません。
ジュゼさんの身に危機が迫っているという事実から、そんなことにも気付けないくらい焦っていたのでしょう。いつでも冷静なままでいてくれる参謀の存在が、とても心強く思います。
「そもそも戦闘行為は必須条件でない以上、回避するのが賢明よ。なにせこれ以上ジュゼちゃんの風評が悪化でもしたら、植林に成功しても日の目を見れなくなっちゃうじゃない。
それに迷宮探索の技能も、今回はそれほど重要ではないわ。魔物や罠は先行冒険者がある程度排除してくれているはずだし、ジュゼちゃんからのサポートだって期待できるから。
だったら、可能な限りの交渉要員を連れて行くべきよ。――本気で先行した冒険者を消すつもりなら、ミスティちゃんに遭難者の装いをさせて、毒ナイフを握らせるだけで十分な訳だし、ね」
「――そうですね。イリーさんの言うとおりです。では、送り込むメンバーは――」
「ええ、籠絡用のミーシャちゃんと、ジュゼちゃんと契約する予定のミスティちゃん。この2人を引率するセレスという組み合わせが、この事態の解決に最適だと私は考えているわ」
そしてイリーさんの意見は、恐らく冷静であれば自分でも導き出せたであろう結論です。
それを思えば、その提案に頷くのは当然のことでしょう。その言葉を最後に会議は終了し、最後に話を良く理解していないであろうミーシャとミスティちゃんに、説明をするだけになります。
「では――今から私、ミーシャ、ミスティちゃんの3人は快速馬車でメーシュブリグに移動し、ギルドの依頼に先んじてジュゼさんの確保に回ります。
可能であれば、その場でジュゼさんの植林と守護獣契約をしてしまうのが理想ですが、不可能であった場合にはどちらか一方だけでも完了し、プロンさんとテインさんとの交渉に当たりたいと考えています。良いですね?」
「ペット……契約できるの?」
「ええ、きっとジュゼさんならミスティちゃんを守ってくれます。ミーシャに似て、とっても良い子ですよ」
「おねーちゃんに似てるなら、きっとかんたんに契約できるの。がんばるの」
「……あれ、今なんかチョロいって言われた?!」
そう言って意気込むミスティちゃんに、遠回しにチョロいと言われたことに傷つくミーシャ。
そんな2人を不安そうに見守るイリーさんとマリーさん。
それはある意味では、いつもと何一つ代わらない光景でした。そう思うと途端に肩から力が抜けて、頭が冷えてきました。
――私たちが初めて行う違法任務は、そんなほのぼのとした雰囲気から始まったのです。
一晩中いぢめられて全身だるだるの足腰ガクガクになっちゃった私だけれども、それで気分を悪くしているかと言われればそうでもない。
何故ならちょっと昨日は激しすぎたってことで、今日はみんながとっても優しいのだ。
裸のまま立ち上がれなくなっちゃった私にマリーちゃんが服を着せてくれたり、食堂までお姫様抱っこされたかと思えばイリーちゃんがお膝の上に座らせてくれたり、朝食のパンとスープを食べるときだってミスティちゃんが手ずから「あーん」してくれる。ちょっと頭を差し出せば、お決まりのように誰かが頭を撫でてくれるのもすごく良い。
美少女に囲まれて甲斐甲斐しく世話をされる、ここはまさに百合ハーレムの理想郷だ。ついに超究極最強魔道士に相応しいハーレム的待遇を得たのだ。これで機嫌が良くならない訳が無い。
「でもやっぱり、セレスちゃんともイチャイチャしたかったなぁ……」
「セレスさんがこの場に居たらイチャイチャでは収まらない気がするんですが。くたびれたミーシャって、貧相な割に扇情的なので」
「それでも、なんだよ。誰かの代わりに誰かが居るんじゃなくて、みんな揃ってこそのハーレムなんだから」
それでもなお機嫌が悪い理由は、そんな理想郷にセレスちゃんが居ないことの他に理由が思い当たらない。
そう、このハーレムの模範とも言うべきこの空間に、本妻たるセレスちゃんだけが居ないのだ。1人だけイチャイチャの場にいないなんて、仲間外れにしちゃってるみたいでなんだかモヤモヤする。
別にセレスちゃんを追い出したり、セクハラから逃げてこうなった訳じゃあない。確かに今日のセレスちゃんはすごく機嫌が良かったし、イチャイチャしていたらなんとなくセクハラされてしまいそうな気配はあったけれども、超究極最強魔道士はセクハラになんか負けたりしないからそんなことは問題ではない。
単に、セレスちゃんは起きてすぐ依頼を選びに冒険者ギルドに行ってしまったのだ。
なんでもセレスちゃんに曰く「ちゃんと責任取れるだけの甲斐性を見せなきゃいけませんからね。たくさん働かないとです」とのこと。まるでハーレム主のようなことを言うセレスちゃんに底知れない危機感を覚える。
本当ならその不安を払拭するために、セレスちゃんにもここでお嫁さん的行動をしてほしかったくらいだ。なのに私を置いていって寂しい思いをさせちゃうなんて、セレスちゃんてば悪女なんだから。
「それに昨日はいっぱい頑張ってえっちしたんだから、セレスちゃんだってお返しにいっぱい優しくするべきなんだよ。キスとかハグとか膝枕とか耳かきとか、してほしいことならいっぱいあるし……」
だから、本来であればこの場に居て私に優しくしているべきなのは、誰よりもセレスちゃんであるはずなのだ。
というか、いっぱい激しくされた次の日は、セレスちゃんがお疲れな私にいっぱい優しくしてくれるのがいつもの定番だったのだ。
だと言うのに、よりにもよって今までで1番激しくねちっこくされた今回に限って、それもわざわざ意を決して「私がトロトロにならない範囲だったら、ディープなキスをしてもセクハラに数えないことにしてあげるから」と最大限の譲歩をした直後に、「それでも働かないと食べていけませんから」って言って宿を飛び出しちゃうのはどうかと思う。
言ってることは間違いじゃないけれど、なんとなく裏切られた気分だ。セレスちゃんは乙女心ってやつが分かっていない。
ただセレスちゃんも出かける前に行ってきますの優しいキスをしてくれたから、今回だけは特別に許してあげちゃう。
別にセレスちゃんに私の顎をクイって持ち上げながらキスしてもらうのが、頭がふわってなっちゃうくらい大好きで、ドキドキして顔を見られなくなっちゃっている隙に置いて行かれちゃったとか、そういう訳じゃない。私がハーレム主特有の寛大な心で、特別に単独行動を許してあげただけなんだ。
「もう……お仕事と私、どっちが大事なんだよぅ……」
「ミーシャちゃんを養うためのお仕事が大事なのよ。
セレスは魔王由来のアレさえなければ堅実なタイプだし、昨日念入りに発散できたから、今日はミーシャちゃんの誘惑に打ち勝てたってだけの話じゃないかしら」
「そこ、負けておこうよ! 毎晩毎晩ひっどいんだから、朝くらいは私の誘惑に負けて骨抜きにされちゃっても良いじゃん! たまにはハーレム主に花を持たせろー!」
まあ要するに、今の私はセレスちゃんが恋しいのだ。
セレスちゃんが大好きなのは前から変わらないけれど、なんだか今日は特にその気持ちが強い。他のみんながいっぱい優しくしてくれる分、余計にセレスちゃんが居ないという感覚を強く覚えてしまうのだろうか。
こういう恋愛テク、なんて言うんだっけ。押してダメなら引いてみろ? ううん、押し倒したら引いてみろかな。
ただでさえセレスちゃんはキスとかえっちとか禁止ワードとか色々卑怯なのに、こんな絡め手まで使ってくるなんてどうすれば良いのさ。
そんな、してやられたという感覚に歯噛みする。1度セレスちゃんにはガツンと言ってやって、一泡吹かせてやらないといけない気がしてきた。
「でも……どうすればセレスちゃんに一泡吹かせられるんだろう?」
「そんなの簡単よ。なんなら、今この場で教えてあげようかしら?」
「本当?! イリーちゃん教えて! いや、イリーちゃんだけじゃない、みんなも何かあったら教えて! みんなの力でセレスちゃんを打倒するんだ!」
そんなときに頼るのはハーレムメンバーのヒロイン達。愛と勇気の力でセレスちゃんを倒すのは主人公の王道。
対セレスちゃん作戦はヒロインからの公募で選ぼう。3人寄らばなんとかの知恵。4人もいれば世界だって救えちゃうはず。
そんな訳で急遽始まったのは、第1回対セレスちゃん恋愛戦略会議。流石にセレスちゃんが居る目の前でする訳にもいかない話だから、ある意味丁度良い機会だったのかも。
トップバッターは言い出しっぺの法則でイリーちゃん。その知性溢れるお嬢様ブレインから放たれるであろう、必殺の策には期待せざるを得ない。
「そうねぇ……例えばセレスが帰ってくるまでの間に、私が催眠魔法『マインド・カース』でミーシャちゃんを洗脳調教済みにしちゃうのなんてどうかしら。セレスなら間違いなく驚くわよ?」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って! それじゃあ負ける相手がセレスちゃんからイリーちゃんに代わるだけじゃん!」
しかしイリーちゃんの案は、問題をさらに大きくするだけのいじめっ子な案だった。
もしかするとイリーちゃんは、第二のセレスちゃん枠を狙っているのかもしれない。まさかの裏切りに戦慄するも、しかしそこまで危惧するものでもないとすぐに気付く。
「あ、でもでも、私は超究極最強魔導士なんだから、そもそも催眠魔法になんてかかる訳がないんだよ! そこら辺の耐性まで全部含めて最強なんだから!」
「ふーん。ところでミーシャちゃんは今、何をやっているのかしら?」
「ふぇ? ハーレム主の当然の義務として、スカートをたくし上げてみんなに下着を見てもらっているだけだけれども、それがどうしたの? はやくお返事におまたをなでなでしないと、礼儀知らずだって笑われちゃうよ」
イリーちゃんが残念なものを見るような目で私を見ながら投げかけてくるその疑問に、コテンと首を傾げる。
何をやっていると言われても、私は単にマリーちゃんに履かせてもらったリボン付きの可愛い下着を、みんながちゃんと見ることができるようにスカートをたくし上げているだけだ。
これはハーレム主には一般的な挨拶であり、超究極最強魔導士なハーレム主が挨拶としてハーレムメンバーに下着を見せて、お返事におまたをなでなでしてもらうのは世間一般の常識のはず。
どういう訳か今までそのことを忘れていたし、イリーちゃんが『マインド・カース』と言った直後から頭がボーッとして思考が回らないけれど、私がみんなに下着を見せることにおかしい点は無いはずだ。
「……いくら受け手の性格が物を言うとはいえ、雑な無詠唱な上にそこまで得意な訳でもない催眠魔法にここまで無抵抗となると、この方法は自重した方が良いかもしれないわね。下手すると人格残らないかも」
「なに変なことを言っているんですかお嬢様、メイドが主人に下着を見せてなでなでしてもらうのを待つのは常識です。いくら貴族の名を捨てたとしても、そういった一般的な挨拶まで軽んじてしまうのはどうかと思いますよ」
「なんでマリーまで催眠にかかってるのよ。もう良いから目を覚ましなさい」
そう言うとイリーちゃんは目の前で指パッチンして――その瞬間、頭の中の靄が晴れる。
と同時に自分が今何をしているのかに気付いてしまい、必死にスカートを太ももに押し付けて下着を隠す。まさか私の超究極な魔法抵抗をブチ抜いて催眠をかけちゃうとは、イリーちゃんは催眠の天才だったのか。
でも、こんな唐突に辱めてくるなんて酷い。こんなの、まるでセレスちゃんだ。
イリーちゃんはセレスちゃんと同族。私はまた一つ賢くなった。でもこんなお嬢様的いじめの被害者であるマリーちゃんなら、私の意を汲んだ素敵な意見を出してくれるはず。
「あ、あれ、どうして……メイドとして当然のことをしているはずなのに、なんだか急に恥ずかしくなってきました……」
「あら、マリーの催眠だけなかなか解けないわね。もしかしてマリーの幼少期に仕込んでいた、イタズラ用の暗示のどれかが変な悪さをしているのかしら?」
「暗示ってこのまえの「お勉強」でおしえてもらったやつ?」
「そうよミスティちゃん。洗脳教育にはもってこいの技能だけれども、下手な暗示をかけたまま放置すると後々こんな風になるっていう、悪いお手本ね」
あ、なんかダメそう。
マリーちゃんって真面目な割に結構隙だらけな気がする。と言うか、イタズラに暗示を仕込まれる幼少期ってどんなのだったんだろう。
過酷だったであろうマリーちゃんの過去が偲ばれるも、マリーちゃんという強力な味方を失ったことに呆然とする。
さらにミスティちゃんからも微かに捕食者の気配を感じている現状、第1回対セレスちゃん恋愛戦略会議は破綻したも同然だ。
――いや、そもそも始まってすら居なかったのかも知れない。理由は、明確だ。
「もー! みんな、私をセレスちゃんに勝たせる気があるの!? このままだと私、遠からずセレスちゃんのお嫁さんにされちゃうんだよ! みんなからすれば寝取られなんだよ、それでも良いの?!」
「……? おねーちゃん、まだセレスおねーちゃんのおよめさんじゃなかったの?」
「ちっがーう! 私はみんなの旦那さんポジなの! 言わば頼れる一家の大黒柱、どんな問題でもパパッと解決しちゃう最強主人公なんだから!」
私はハーレム主にして超究極最強魔道士。みんなになでなでされたりキスされたりハグされたりされながら、時に超絶無敵の力を振るったりする完全無欠の主人公。
みんなにえっちされちゃうのだって、お嫁さんみたいに甘えちゃうのだって、言わば私がハーレムメンバーだけに特別に許可してあげた福利厚生の一種みたいなもので、そっちが本命の仕事って訳じゃないのだ。
しかし私の推理によればこの場に居る全員が、それどころかこの場に居ないセレスちゃんでさえ、ミスティちゃんみたいに私のことをお嫁さんだと思ってるようだ。
その辺りの考えを正しておかないと、いくら話し合っても良い案が出る訳が無い。そのことに気付いた私は、逆転の一手を打つために力強く自らの立場を主張する。
「並の冒険者じゃあ絶対に倒せないであろう強敵を倒したり、ピンチに颯爽と現れて悪者をぶっ飛ばしたり、なんかゴチャゴチャした事情で大変な目に遭っているところを溢れる包容力で解決したり――そしてみんな気付くんだ。「ああ、やっぱりミーシャは超絶格好良い超究極最強魔道士で最高にイケメンなハーレム主なんだ」って!」
「――改めて聞くと、確かに全部心当たりがあるわね。でも私、ミーシャちゃんをそんな貴族じみたねちっこい言い回しをするような子に育てた覚えは無いわよ?」
私、イリーちゃんに育てられた覚えないのに。
不満でぷくーっと膨らんだほっぺたを、イリーちゃんは指先でグリグリしてくる。いまだセレスちゃんの膝の上に陣取る私がそれを避けることができるはずもなく、いつものようにされるがままだ。これは間違いない。私をお嫁さんだと思っているときの行動だ。
「ぜ、全部本当じゃん! なんなら今日、セレスちゃんがとんでもない魔物の討伐依頼を持ってきたって、超究極最強魔道士らしく一発解決しちゃうんだから!」
「だから私たちが関われるような大物の依頼なんて無いって何度言えば――」
「皆さん大変です、緊急依頼が発生しました!」
そんなイリーちゃんにどうやって私のハーレム主っぽさを認識させるべきか悩み始めた頃、イリーちゃんの言葉をかき消すように宿の中に駆け込んできたのは誰あろうセレスちゃん。
性的なアレやソレを除けば普段から割と落ち着いているセレスちゃんにしては、かなり珍しい状況だ。
――ああ、でもなんとなく分かっちゃったぞ。これは間違いなく、超究極最強魔導士なパワーの見せ所だな? 何が出てきても全部倒して、みんなに私のことを見直させてやる。
そう、思ったのに。
「あらセレスってば、そんなに慌ててどうしたの?」
「イリーちゃんもまだまだだね。セレスちゃん検定初段の私に言わせれば、あの慌てようから察するにきっとすごい魔物が現れたんだよ! でも大丈夫、どんな魔物が相手でも私がワンパンで倒して――」
「そんなことを言っている場合ではありません! なにせ討伐対象は――」
しかし私の言葉を遮るようにセレスちゃんが告げた討伐対象は、私には絶対倒せないと断言できる存在だった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
今朝の私は、なんだか妙にすっきりとした気分の中にいました。いつの間にかかかっていた頭の中の靄が晴れた、そんな気分です。
きっと緊急時の指揮系統を無視したミーシャへのお仕置きという名目で、一切の加減をせず思う存分その肢体を貪ったのが良かったのでしょう。腹の奥底で渦巻く飢餓感にも似た感覚はどこか遠くに消え去り、思考を妨げるものはありません。
そこまで好調であれば、やることは1つ――そう、労働です。
世間に言わせれば、私と歳を同じくして飛行魔法のような高難度の魔法を易々と使いこなすミーシャは、魔法の天才と呼ばれるべきでしょう。しかし私に言わせれば、ミーシャは魔法の天才である以上に人を堕落させる天才です。
ミーシャは1度受け入れた相手を、どこまでも肯定してくれます。何をしても受け入れてくれますし、否定の言葉を発するときでも身体は正直なことになっています。
そんなミーシャに己の欲望を全てぶつけるというのは、本当に気持良く、心地良いのです。そしてミーシャ自身もそうされることを望むかのように、手を変え品を変え、おそらくは無意識に夜の相手を誘ってくるのです。
こうなったミーシャは相当な危険人物、歩くダメ人間製造器です。
恐らく5日ほどミーシャの誘いに乗り続け、甲斐甲斐しく世話を焼かれ続ければ、如何に高潔な精神を持つ人間だろうとミーシャを抱くこと以外何も考えられない、ぐぅたらのダメ人間へと変貌するでしょう。
そうして働き手がぐぅたらになってしまえば、待っているのは金欠からの飢え死にです。ミーシャ自身は甲斐性が微塵も無いので、それを補う誰かが堕落してしまえば、そうなるのは必然と言えます。
「働きましょう。今、ミーシャの誘惑に屈する訳にはいきません」
そして自身がその道を辿っていることに気付いてしまえば、するべきことは自然と理解できます。
私に必要なものは早急な禁欲と収入を伴う労働。欲望との折り合いを付けるために訓練するなど、生温いことは言っていられないのです。
そもそも金に余裕がある訳でもないのに、丸猫拾いで大きめの収入が入ったからと風呂場を貸し切りにしてまで淫蕩に耽るなんて我ながら馬鹿のすること。折角の収入を泡銭にするような真似をしていたと思うと、中長期的目標に向けた冒険者の資金運用について散々講義してくれたエミルさんに顔向けができません。
そう考えた私は、発情してしまわないよう細心の注意を払いながらミーシャへ行ってきますのキスをし、1人で依頼を探しに冒険者ギルドへと足を運びました。
私1人で依頼を選ぶのは頭を冷やす目的以上に、イリーさんという参謀を得てから鈍ったであろう、私自身の依頼の目利きを確かめるためのものでもあります。ミーシャ欲が満たされ、頭も冴えた今は、自らの正しいスペックを測定するのに丁度良いのです。
「ふむ、今日は1人か。パーティーの休暇に1人で依頼を受けに来た――と言う訳ではなさそうだが」
「ああいえ、依頼を受けるのはいつも通りのメンバーです。ただ、まだみんなが宿で休んでいるので、目利きの練習も兼ねて1人で依頼を探そうかと」
「なるほど、そういう事情だったか。結構結構、向上心があることは良い事だ」
そうして辿り着いた冒険者ギルドでは、いつも通りの姿でジョーさんが受付に立っていました。
何がある訳でも無いのに謎のポージングでやたらと肉体美を見せつけようとしてくるのも、先輩冒険者の一部がそれに呼応してポージングをするのも、もはやご愛敬です。
そのせいで建屋の中が非常に汗臭く、依頼に駆け込む人たちが一瞬建屋に入り込むことを躊躇する姿が目に入りますが、そこは我慢の一手でしょう。しばらくすれば暑苦しい先輩冒険者達もそれぞれの依頼に赴き、窓から吹き込む海風によって暑苦しさは外に流されていくのですから。
「そんな期待の新人にプロテインのプレゼントだ。気兼ねなく飲むと良い」
「あ、ありがとうございます」
そう言ってジョーさんが差し出してくるのは、コップになみなみと注がれた白濁色の液体。ほのかに青臭く、精液を思わせる半固形のそれは、見るだけで食欲を減退させる独特の存在感を放っています。
そう、ミーシャがやたらと忌避しており、そして私も内心では飲みたくはないと避けていた飲み物です。
しかしギルドの先輩冒険者がこれを好んで飲む姿をよく見かけることから、セクハラや嫌がらせの類ではないのでしょう。
だとすればこれも付き合いの一種。意を決し、コップに口を付け、一気に飲み干します。――そして即座に、私はそれを後悔しました。
これはなんなのでしょうか。本当にこれは、この世に有って良いものなのでしょうか。
外はカリっとしながら中はモチモチ、控えめながらピリリと舌を痺れさせる辛みと、甘い中に柑橘類の爽やかさが尾を引く、つるりとしたコシのある喉越しが特徴的な、これは、本当に飲み物にカテゴライズしても良いものなのでしょうか……?
混沌とした食感と味でありながら、しかし美味しいと感じてしまうことに対しても、さらに酷い困惑を覚えます。
知らず知らずのうちに味覚がおかしくなってしまったのかとさえ思いましたが、しかし脇目に見る、私と同様初めてこれを飲んだであろう冒険者の困惑と動揺が混ざり合った表情を見るに、私の味覚が狂ったという訳でもなさそうです。
「お、美味、しい……? いえ、ですが何故私はこれを口にしてなお、これを飲み物と認識しているのでしょう……?」
「独特で癖になる味だろう? ウチの看板冒険者であるプロンとテインにも「これを飲まなきゃ1日が始まらない」と言わしめた自慢の逸品だ。水に溶かせばすぐに飲める顆粒タイプもあるぞ」
「……またの機会にお願いします」
しかしただでさえ正気を保つのが大変な生活をしているのに、味覚までもを狂気に染め上げる訳にはいきません。
なので当然のようにそっと握らせようとしてきた謎飲料の元は、申し訳ないですが返却させてもらいました。
ジョーさんからすれば善意のようなので少々申し訳ない気もしますが、しかしミーシャの対応で慣れてもいたのでしょう。ジョーさんは特に気にした様子も見せず、依頼の用紙をぱらぱらとめくりいくつかの依頼を私に見せてきます。
「ふむ、女子に勧めるには少々甘みが足りなかったか……とと、それはさておき依頼の確認だったな。
とはいえFランクの依頼なんて大したものがある訳でも無い。いつも通りのゴブリン退治や薬草採取、大衆食堂や菓子屋の手伝いといった小間使いばかりだ」
「そうですか……まぁ、丸猫拾いのような美味しい依頼がいつでもある訳ではありませんよね」
「Eランクに上がればまた、多少は美味い話も転がっているんだが……なにせ当人にランクを上げる気が無さそうだからな」
「あはは……ランクの高い依頼を受けるには、まだちょっと不安が残る子が居るもので」
しかし当然と言うべきか、そこにあるのはFランクらしい薄給の依頼ばかり。好景気のアレンテッツェ故にFランクにしてはそこそこの報酬の依頼が並びますが、Eランク向けの依頼や丸猫拾いと比べればはした金も良い所でしょう。
しかしだからと言ってEランクに昇格するのを焦るようでは、それはそれで不安が付きまといます。私たちのランクがFのままなのは、意図的なものなのです。
そもそもアレンテッツェ冒険者ギルドでのEランクへの昇格条件はFランクの討伐依頼を一定回数こなすというもので、そう難しいものでもありません。
しかしこれがクランテットだと国境警備隊の合同演習に敵側として参加し、敵領域で孤立した状態から最低でも1個小隊の軍人を捕虜にできてやっとEランクでした。
クランテットではEランク以上の冒険者には国境警備の予備兵力としての役割もあるため、基準が少々厳しくなっていたということを考慮しても、Eランクで想定される最大の脅威がそれと同等であることを思えばそう気軽にランクを上げようとも思えません。
なにせ、私たちのパーティーには迂闊と過信の擬人化とも言えるミーシャが居るのですから。ミーシャのことを第一に考えるのであれば、ランクの昇格は細心の注意を以て考えるべき事柄なのです。
「ああそうだ、不安ついでに魔物の生息域に関するニュースがあれば、教えて頂けるとありがたいです。分不相応な魔物との戦闘は、可能な限り避けたいので」
そうして定番のゴブリン討伐依頼の用紙を手に取りながら、最後に警告の有無を訪ねます。
冒険者たるもの想定外の事態に対して無力であってはいけませんが、それと想定外の事態を起こさないよう努力することは、矛盾しない事柄です。
生き残り、後に稼ぐことこそが冒険者の定石である以上、安全に関わる情報については過敏すぎるくらいが丁度良いのです。
「ふむ、今朝方ギルドに公式の緊急依頼が届いた都合上、無いとは言えないな。
だが依頼は既にプロンとテインが受注したし、事の舞台はメーシュブリグだ。1日2日で辿り着ける場所でもない以上、この辺りでゴブリン討伐をするなら特に気にすることでもないだろう」
「メーシュブリグで、ですか? あそこには友人がいるので、重大事であれば情報を掴んでおきたいのですが」
そしてわざわざ確認してみただけあって、ジョーさんの口から飛び出たのはなかなかに聞き逃せない情報でした。
ジュゼさんの存在や私たちとの関係を知らないジョーさんも、意図して隠していた訳では無いのでしょう。ですが遠くアレンテッツェまで緊急依頼を回してくるような事件がメーシュブリグで発生しているというのは、ジュゼさんを待たせている私たちが見逃せる類の情報ではありません。
事の次第によってはジュゼさん自身もその事件に巻き込まれていたり、その身が危険にさらされている可能性もあるのです。いくらジュゼさんの実力が一流と言って差し支えないレベルのものだとしても、もしもの事態はいつだって起こりうるのですから。
「ふむ、友人がメーシュブリグに……なるほど、一応話しておくか。
メーシュブリグの地下にコーテリウル地下樹林という不人気極まる迷宮があることは知っているだろうが、そこで新種の魔物が発見されたんだ。それもとびきり強力な魔物で、たまたま出くわしたBランク冒険者パーティーが手も足も出ず敗走したらしい」
「そんな魔物が……?! ジュゼさん、大丈夫でしょうか……」
「少なくとも3日前の時点で、冒険者を含めてもけが人は出ていないようだから安心しろ。
それに伝え聞いた魔物の特徴から察するに、そもそも移動すらできない可能性が高いらしい。街中に出没する危険が低い以上、迷宮にさえ潜らなければその友人も安全だろう」
ジョーさんは宥めるようにそう言いますが、しかし当のジュゼさんが迷宮暮らしであることを思うと全然安心できません。
しかし容姿だけで移動できないことを予想されるような魔物とは、一体どのようなものなのでしょう。
私が調べた限りコーテリウル地下樹林に生息している魔物は、地面を掘って移動する手段に長けたものがほとんどです。グラトニーワームのように状況次第でBランク冒険者を圧倒できる可能性のある魔物ならいくらか思い付きますが、しかしBランク冒険者ですら手も足も出ないほど強力で、それでいて動かない魔物となると、すぐには思い付きません。
居るとすればかつてジュゼさんを捕食したというハンニバルフラワーくらいなものです。が、Bランク冒険者パーティーを撃退するほどの実力があるとも思えず、またかつての被害者であるジュゼさんに曰わく「ハンニバルフラワーは私怨で絶滅させた」とのことなので、その線も薄いでしょう。あの地に根を張っているのは、もはやジュゼさんしか居ないはずです。
――ジュゼさんが、居るのです。
「……ジョーさん。その魔物の特徴って聞くことはできますか?」
「ふむ、そこまで聞いておかないと安心できないか。俺が聞いた限りではその魔物はアルラウネに似た外見で、周囲の地面からツタのようなものを生やして攻撃したり、詳細不明だが魔法を使った攻撃もするらしい。
まぁプロンとテインはウチの看板だけあって、そういった手合いにも慣れている。他所の街からの依頼を失敗すると面子に関わるからな、最高の人材を派遣しておいた」
そしてその予想は裏切られる事もなく、ジョーさんは私が最も聞きたくなかった答えを返してきました。
「安心しろ」と言いたそうに白い歯を輝かせるジョーさんとは裏腹に、私の心は不安と焦燥で冷え切っていきます。
……嫌な予感ほど当たるというのは、実に難儀な世界です。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
「――私がギルドで得た情報は以上です。状況の共有はできたでしょうか」
依頼の写しを全員で囲みながら、鼠車の中で声を潜めるように私は確認をとります。
それを聞いたみんなの反応は様々です。ミーシャとマリーさんは程度の差こそあれど狼狽え、イリーさんは厳しい表情で物思いに耽り、ミスティちゃんだけはあまり状況を理解できていないのか首をコテンと傾げています。
理解が追いつかないのも当然、驚愕に目を見開くのもまた当然です。何故ならこの情報はあまりにも急であり、そしてそこから得られる結論もまた、あまりに深刻なのですから。
メーシュブリグで発見された新種の魔物というのは、もはやジュゼさんであると確定しても良いでしょう。仮にそうでなかったとしても、ジュゼさんの身に危険が迫っていることは間違いありません。
つまり私たちがこの件に介入するのは決定事項と言って良いでしょう。問題は、どのような形で介入するかです。
「ジュゼちゃんのことについては、ギルドに報告していないのよね?」
「はい。後で話してもなんとかなる要素ですし――今ここで私たちが・・・・ジュゼさんの情報を渡してしまうと、今後の活動に支障があると考えたので」
「……ふーん、セレスもなかなかのワルね。クランテットでも十分やっていけたんじゃないかしら」
しかしこの手の窮地には慣れているのか、イリーさんだけは即座に私の考えを読み取ってくれたようです。
イリーさんはイタズラっぽい笑みを浮かべ、しかしその瞳には真剣さを宿しながら、私と目を合わせてきます。目と目で語り合う、と言うほどではありませんが、そこに否定の意思は無いように思えます。
「え、な、なんで言わなかったの?! ジュゼちゃんは良いアルラウネだってあの筋肉だるまに教えてあげれば、そしたら依頼も無しになって問題解決……って……なら、ない、の……?」
「ええ、それがならないんですよ。これが「メーシュブリグの街からアレンテッツェの冒険者ギルドへの公式な依頼」でなく、これが「ギルドが面子をかけて看板冒険者を送り出した依頼」でなければ、そうでもなかったのでしょうが」
そんな私たちを訝しむようにミーシャは問いただしてきますが、しかし私はその質問に無慈悲な答えを返さなければなりません。それはすなわち、言葉による解決はもはや不可能であると。
――私たちの言葉だけで依頼を撤回させるには、ありとあらゆるものが不足しています。
それはたとえば、ランクを初めとする信用だったり。
それはたとえば、魔物であるジュゼさんを依頼主であるメーシュブリグが許容する可能性であったり。
それはたとえば、依頼を受けたアレンテッツェ冒険者ギルドが、私的な判断で魔物の討伐を取りやめる可能性であったり。
――つまりジュゼさんが魔物であることを重く見る人間が居る限り、彼女は常に人間と敵対する危険性を孕んでいる存在なのです。
それがたとえ、どれだけ人間に対して友好的な存在であったとしても――「強大なものがただそこにある」「自分たちと違うものだ」ただそれだけの理由で、人間はそれを排除しようとするのです。
今回の事件は、まさにその危険性が萌芽した典型でしょう。そして私たちは今日この瞬間までその可能性に気付くこともできず、取り返しの付かない先手を打たれてしまったのです。
「え、ええっ……! ど、どうすれば良いの?! 超究極最強魔道士である私は誰を倒せば良いの?! ジュゼちゃんを倒す訳にはいかないし……プロンさんとテインさん? もきっとダメだし……」
「そうですね、今回の状況では誰を倒すこともできません。今回の関係者を全て無傷で生還させた上で依頼を終らせること。それだけが私たちの勝利条件です」
そう、事ここに至り、私たちの勝利条件は非常に厳しいものとなります。
先輩冒険者のプロンさんとテインさんを生還させ、そして何より、ジュゼさんに傷一つ付けさせない。
それが私たちが求める、最善の結末。最低限、ジュゼさんの安全を確保しなくてはなりません。
――そしてその状況をもたらすために取れる手段は、残念なことにそう多くはないのです。
「うぅ……最強な私が全部ぶっ飛ばして解決って……できないの?」
「できませんね。ただ、消去法からある程度方針は立っています。……イリーさん、私はまだ、金銭面の解決案が出ていません。お願いできますか?」
「うっわキラーパス。まぁ良いわ、そこは案があるから」
そして私と同じ結論に至ったであろうイリーさんに、私の考えを説明してもらいます。
私が説明するよりも分かりやすいでしょうし、何よりイリーさんとマリーさんはこの手のことに手慣れています。あるいは、私が考えているよりもずっと詳細を詰めた行動案を出してくれるのではないかという期待も込みです。
「まぁまず、私たちの最終目標をジュゼちゃんの安全確保だとしましょう。
しかし私たちがアレンテッツェで取れる行動はほとんど無いと言って良いわ。なにせ事がメーシュブリグで起こっているんですもの。状況も分からないし、介入もできない。
だから私たちが最初に必要とする行動は、迅速なメーシュブリグへの移動よ。ここまでは良いわね?」
「うん! あ、でもお金が……」
「ミーシャちゃんにしては良いところに気付いたわね。そう、今の私たちには全員で移動するだけの資金は無い。厳密に言えば、魔王封印用のブランクポーションの補充を必要とする、鼠車の移動ができないという事ね」
そう、これこそが現状における最大の問題。何をするにしても世知辛く付いて回る、お金の問題。
私たちの中で、出費を抑える能力があるのはこの中でイリーさんだけです。故に私たちの活動能力の限界を正しく把握しているのは、イリーさんただ1人となります。そしてそのイリーさんが「お金が足りない」と言えば、それは間違いなくそうなのです。
少なくともメーシュブリグでブランクポーションの買い込みをするだけの金が残らなくなった時点で、私たちは「詰み」になります。そんな泥船にジュゼさんを乗せる訳にはいかない以上、私たちはジュゼさんの救出に万全のリソースを割くことができません。
「だから必然的に、メンバーを――そうね、3人くらいが限界かしら。それだけの人員を選別してメーシュブリグに送り出す必要がある。そして送り出したメンバーのみで、ジュゼちゃんの救出作戦を行わなければならないの。あるいは、先行した冒険者の妨害をしてでも。
――もちろん、これは依頼の達成を目的とするギルドへの紛れもない対立行為だから。バレなきゃ問題無いけれども、バレたら結構な問題よ」
「だからこそ、ジョーさんにジュゼさんのことを伝えられなかった訳ですが……ただそうなると今度は、送り出すメンバーが悩みどころです――消去法的に、2通りしかないと思ってはいるのですが」
つまり私たちが行うべきは、少数精鋭によるジュゼさん保護作戦の決行です。――そしてここが、1番悩ましい点でもあります。
なにせ、私たちがメーシュブリグに送り込める人数はそう多くはありません。なので限られた人数で最適の人材を投入したいのですが、どのように組み合わせても穴ができてしまうのです。
例えば、今回の作戦の舞台はメーシュブリグであり、しかし魔王の右腕をフリーにする訳にもいかないことから、封印についての知識を持ったイリーさんを動かすことはできません。
更に言えばイリーさんと私が同時に行動すると、残る面子がお子様に寄ってしまうため、少なくとも私が救援部隊に組み込まれるのは必定です。
しかし私自身のスペックを鑑みるに、戦闘も警戒も探索も交渉もやって、その上で指揮を執る――なんて真似ができるとも思いません。恐らく、戦闘交渉両面においてサポートが必要となるでしょう。
そこで探索や警戒、出会い頭の即時対応など、今回の作戦に必要な能力を持つマリーさんの出番です。私とマリーさんに2人がいれば、最低限ジュゼさんの下に辿り着けるだけの戦力は満たせています。
そして私たちが送り出せる最大人数を3人である事を考慮すれば、必然的にメンバーは「私、マリーさん、ミーシャ」か「私、マリーさん、ミスティちゃん」のどちらかとなると考えられるのです。交渉のサポートが非常に頼りないメンバーですが、そこは目を瞑るしかありません。
「ちょっと良いかしら。セレスの言うその布陣は、明らかに先行した冒険者との戦闘を想定してのものよね?」
「はい。彼らはギルドの威信をかけてジュゼさんを討伐しようとし、私たちはそれを阻止しようとしているのですから、激突は必然かと」
「それで良く「バレなきゃ問題無い」って言葉に頷けるわね……もしかして、消すつもりだった?」
「……そうせざるを得ない場合もあると考えていました。もちろん最終手段ですが」
そう思っていたのですが、悪巧みの先輩であるイリーさんには何かと気になる点があったようです。
やれやれと溜息を吐きながらイタズラっぽく私のおでこをツンとつつくイリーさんは、どこか出来の悪い子供を相手にするかのように言葉を紡ぎ――
「セレスは思い切りは良いけれど、焦ってゴリ押そうとする辺り、まだまだ悪事には慣れていないわね。
せっかくギルドで立場を隠せていたのに、正面から戦うことを前提にしてちゃあ、何の意味も無いじゃない」
――言われてやっと、自分が焦っていると言うことに気付かされました。
そもそも私がジョーさんにジュゼさんのことを言わなかったのは、それが解決に繋がらないのであれば、せめてジュゼさんの確保までに妨害や戦闘を発生させないためです。
それを忘れて、私からプロンさんとテインさんに攻撃を仕掛けるつもりでいては本末転倒です。これではジュゼさんを討伐すると言われたときに癇癪を起こして暴れるのと大差がありません。
ジュゼさんの身に危機が迫っているという事実から、そんなことにも気付けないくらい焦っていたのでしょう。いつでも冷静なままでいてくれる参謀の存在が、とても心強く思います。
「そもそも戦闘行為は必須条件でない以上、回避するのが賢明よ。なにせこれ以上ジュゼちゃんの風評が悪化でもしたら、植林に成功しても日の目を見れなくなっちゃうじゃない。
それに迷宮探索の技能も、今回はそれほど重要ではないわ。魔物や罠は先行冒険者がある程度排除してくれているはずだし、ジュゼちゃんからのサポートだって期待できるから。
だったら、可能な限りの交渉要員を連れて行くべきよ。――本気で先行した冒険者を消すつもりなら、ミスティちゃんに遭難者の装いをさせて、毒ナイフを握らせるだけで十分な訳だし、ね」
「――そうですね。イリーさんの言うとおりです。では、送り込むメンバーは――」
「ええ、籠絡用のミーシャちゃんと、ジュゼちゃんと契約する予定のミスティちゃん。この2人を引率するセレスという組み合わせが、この事態の解決に最適だと私は考えているわ」
そしてイリーさんの意見は、恐らく冷静であれば自分でも導き出せたであろう結論です。
それを思えば、その提案に頷くのは当然のことでしょう。その言葉を最後に会議は終了し、最後に話を良く理解していないであろうミーシャとミスティちゃんに、説明をするだけになります。
「では――今から私、ミーシャ、ミスティちゃんの3人は快速馬車でメーシュブリグに移動し、ギルドの依頼に先んじてジュゼさんの確保に回ります。
可能であれば、その場でジュゼさんの植林と守護獣契約をしてしまうのが理想ですが、不可能であった場合にはどちらか一方だけでも完了し、プロンさんとテインさんとの交渉に当たりたいと考えています。良いですね?」
「ペット……契約できるの?」
「ええ、きっとジュゼさんならミスティちゃんを守ってくれます。ミーシャに似て、とっても良い子ですよ」
「おねーちゃんに似てるなら、きっとかんたんに契約できるの。がんばるの」
「……あれ、今なんかチョロいって言われた?!」
そう言って意気込むミスティちゃんに、遠回しにチョロいと言われたことに傷つくミーシャ。
そんな2人を不安そうに見守るイリーさんとマリーさん。
それはある意味では、いつもと何一つ代わらない光景でした。そう思うと途端に肩から力が抜けて、頭が冷えてきました。
――私たちが初めて行う違法任務は、そんなほのぼのとした雰囲気から始まったのです。
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