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第2章 社燕秋鴻

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直ぐに静先輩の後ろに隠れて服の裾をぎゅっと掴む。
見られたと思ったら、体が勝手に動いてた。

「結永・・・・・・」
ぽつりと呟いた静先輩の言葉に、さっき食堂で待ってるって言ってた人だ、と思い至る。

「なんか食堂に用があったんじゃないのかよ。あんな人の多いところで散々待たせやがったくせに、来ないとかどういうことだ。・・・・・・ああ、そうだ。ここに来るまでにお前らかなり噂になってたぞ。静が目立つ行動するから、弥桜くんはΩだから早速目をつけられたって、言われるんだ」

「おい、目の前で・・・て、弥桜?」
周りの噂話の方向が変わっていたことにかなりほっとしてしまっていた所を、静先輩の声に現実に戻された。

急に知らない人が来てどんどん話が変わっていっていたが、元々は静先輩にお礼がしたいって話で、お礼が出来たらさっさと離れるって決めてるぐらい大事なことだから話を逸らされるわけにはいかない。

「あの・・・」
「ああ、弥桜くん。静から聞いてはいたけど、元気そうでなにより。俺は朝夜結永、静のダチね。よろしく」
僕が必死に声を掛けると、静先輩ではなく朝夜先輩が静先輩の後ろに隠れている僕を覗き込んで声をかけてきた。
隠れていたはいいけどマフラーが肌蹴ていて番避けが曝され丸見えになっているのに気づいて、咄嗟にマフラーを引っ張って隠す。
びっくりしたけど、特に何も言われなさそうでよかった。

「あ、はい、よろしくお願いします。・・・て、そうじゃなくて。静先輩、お礼を・・・・・・」
「え、だからそれは、弥桜がちゃんと隣にいてくれればそれが一番だから。気にすんな」
話は朝夜先輩が入ってきたりしてかなり曖昧な感じだし、一緒にいてくれの一点張りで、全く取り付く島がない。

もうこの際、お礼の品がとかはいいとして、何かするにしても一緒にいることだけはどうしても出来ないから、何とかして変えてもらわなければいけないんだが。
「それじゃあ、駄目なんです。静先輩と一緒にいることだけは出来ません」
ついにはっきり言葉にすると、静先輩は少しだけ驚いた顔をしたあと、時計を確認するとゆっくり口を開いた。
「分かった」
返ってきた言葉に、心臓がずきりと痛む。

こんなにあっさり頷かれるとは思ってなかった。
もっと問い詰められて引き止められると思っていた。
自分から言い出したことだけれど、心の奥底には引き止めて欲しいという気持ちがきっとあるのだ。
自分の意志が強い方じゃないことは知っている。
だから、強く引き止められれば反発しきれずこの複雑な感情に目を背けて曖昧な関係のまま、もしかしたら隣にいられるんじゃないか、という浅はかな考えがなかったとは言い切れない。

「弥桜は午後講義あるだろ? そのあと話をしようか」
どうすればいいか分からない気持ちを引き摺ったまま、昼休みの残りの時間にこの話をすることはなかった。

この重くなった空気はお昼を食べて分かれるまでの間に変わることはなく、朝夜先輩が何とか言葉を交わそうとしてくれたけれど、今はむしろその気遣いが辛かった。
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