僕とあなたの地獄-しあわせ-

序章 初会

4

突然、視界が歪み身体の異変を感じた。
｢･･････ぅそ、発情期はまだのはず、じゃ･･････んっ･･･｣

一瞬で体温は上がり腰が抜け、その場に倒れこんだ。
｢･･････マジかよ。Ωじゃねぇか｣

｢こいつのフェロモン、相当きついな。βの俺も当てられそうだ｣
｢これどうする｣

先輩たちが何か話しているのが聞こえる。
けど今はそれどころじゃなくて、こんな所で発情してしまったことでパニックになりかけてるし、とにかく体がつらい。
｢はぁ･･････はぁ、っん･･････｣
溢れるフェロモンを抑え込もうと、自分自身を搔き抱くが全く意味をなしていない。

｢なるほどな。感度が良すぎるとは思っていたが、Ωじゃ納得だ。おい、場所を変える。車に突っ込め｣

頭も身体もパニック状態で分からなくなりかけた時、いきなり首根っこを引っ張られて足元のおぼつかない体を乱暴に引きずられる。
もう今日でついにΩとしておかしな程平穏だった日々が崩れる。
これからは本当のΩの世界で生きていくことになるんだ。
一瞬で悟って、でもやっぱり納得できてしまったその時だった。

｢うぇ、なんだこのフェロモン。やっべ、俺の理性もってくれよ｣

場の空気が一変した。
男の人がぼそぼそ呟きながら、こちらに向かって歩いてきたからだ。
この場にいた全員が彼に目を奪われて一歩も動くことが出来なかった。

すべてが歪んで見えていた僕の瞳でさえ、彼の姿だけははっきりと映している。
頬を紅潮させ、口元には鋭い牙をのぞかせる彼の姿を、そう、はっきりと。

欲しい。
欲しい。
欲しい。

あの牙が欲しい。

あの牙に噛まれたい。
噛まれて彼のものになりたい。
この衝動が一体どういう意味を持っているのか、この時の僕には理解できなかったけれど、それに気づいた時の歓喜と絶望は計り知れないものだった。

そうやって僕の意識だけじゃなく、先輩たちまで。
ここにいる全ての人の意識を奪い、屈服させ得る彼こそがこの場の支配者だった。