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「鉢? 」
フフン! と自慢する彼女の両手には、手のひらサイズの鉢が二つ。
「見てほしいのは土よ! 」
「もしかして君がしてるのって、土壌の研究? 」
「正解! 」
よく見ると、鉢に植わっている植物は二つとも同じなのに、土の色が違う。ならまず考えられるのは、植物の品種改良。だけど、彼女は土を見てほしいと言った。つまり土壌の研究だ。
だとしたら、許されてるかどうかはともかく、さっき庭園で土いじりをしていたのも納得がいく。
「こっちも見てほしいの! 」
そう言って彼女も引っ張っていかれたのは、とある棚の前。棚の中には植木鉢がズラッと並んでいて、一段ごとに違う植物が植えられている。鉢の中に入っている土も様々で、真っ黒いものから薄い茶色まで。粒が大きいものからサラサラの砂まである。
「この研究、完成したらすごく役に立つね」
「本当!? ありがとう! 研究として提出できるようになったら、実際にみんなの領地で試してみてもらうつもりなの! 」
「それってつまり・・・」
食料の平等な分配が可能になる。
作物がよく育つ土壌と育たない土壌がある限り、領地間での食料量の差は消えない。だから、作物が育たない領では、作物が育つ領地から毎年食料を買い入れる必要がある。だが、育たない領地では買うしかないないのをいいことに、値段をつり上げるたちの悪い貴族もいるらしい。そのうえで飢饉でも起こってみれば、食料不足と物価高の二重苦だ。
だけどもしこの研究を公に使えるとなると、各領地で同じ作物が作れるようになる。
反面、今まで作物を売ってきた領地の収入や食料を扱う商人たちへの対応が鍵になってくるが、どちらにせよ社会に一石を投じる研究になる。
「だけどお母様はそんなくだらない土いじりは早くやめなさいって言うのよ。ほんと参っちゃう! 」
確かに、貴族ならばそう言われても不思議ではない。なんせある程度の知識がないと価値が分かりづらい研究なのだ。しかも地味と来ると、「貴族令嬢がやるなんて」と周りに囁かれるのも無理はない。
「大丈夫だよ。あなたの研究はそれを理解できる人たちにさえ認められればいいんだから」
「そうかもしれないね。お話に付き合ってくれてありがとう! 」
「こっちも面白いものが見れてよかったよ」
あ、そういえばメティーナ殿下を探しに来たんだった。
「ついでになんだけど、メティーナ殿下がどこにいるか知らない? 」
そう聞くと、その子は少し目をパチパチとさせてから、
「うーん、分からないな~。今はいないよ」
タイミングが悪かったか・・・。
「そっか、ありがとう」
仕方ない、今日は諦めるか。
そう言って、私は薬師団室を出た。一人の少女を強く印象に残して。
「そういえば名前聞き忘れたなあ」
*****
「ふーん。神獣を従えたとかていうからどんな子かと思ってたけど、案外見込みがあるじゃない! お母様とは大違いだわ・・・」
自分の持っている鉢を見ながらそう零してしまう。
「久しぶりね、これを褒めてくれる人は」
そう言うと、たまたま側にいた研究員が反応した。
「何言ってるんですか、いつも褒めてますよ」
「もちろん、あなたたちいつも褒めてくれるのは嬉しいわ。それが本心からなのもわかってる。でも、私のことを知らずに率直に褒めてもらえるのって本当に貴重だもの。貴族たちの何もわかっていない上辺だけの褒めより、こっちの方が嬉しいに決まってるでしょ」
「メティーナ様も大変ですね」
「・・・。あら、もうすぐお母様と茶会の時間じゃない! 急いで着替えてくるわ! 」
どうせまた愚痴愚痴と言われるんでしょうけど、遅れるとお母様の機嫌が悪くなるのよ・・・。
フフン! と自慢する彼女の両手には、手のひらサイズの鉢が二つ。
「見てほしいのは土よ! 」
「もしかして君がしてるのって、土壌の研究? 」
「正解! 」
よく見ると、鉢に植わっている植物は二つとも同じなのに、土の色が違う。ならまず考えられるのは、植物の品種改良。だけど、彼女は土を見てほしいと言った。つまり土壌の研究だ。
だとしたら、許されてるかどうかはともかく、さっき庭園で土いじりをしていたのも納得がいく。
「こっちも見てほしいの! 」
そう言って彼女も引っ張っていかれたのは、とある棚の前。棚の中には植木鉢がズラッと並んでいて、一段ごとに違う植物が植えられている。鉢の中に入っている土も様々で、真っ黒いものから薄い茶色まで。粒が大きいものからサラサラの砂まである。
「この研究、完成したらすごく役に立つね」
「本当!? ありがとう! 研究として提出できるようになったら、実際にみんなの領地で試してみてもらうつもりなの! 」
「それってつまり・・・」
食料の平等な分配が可能になる。
作物がよく育つ土壌と育たない土壌がある限り、領地間での食料量の差は消えない。だから、作物が育たない領では、作物が育つ領地から毎年食料を買い入れる必要がある。だが、育たない領地では買うしかないないのをいいことに、値段をつり上げるたちの悪い貴族もいるらしい。そのうえで飢饉でも起こってみれば、食料不足と物価高の二重苦だ。
だけどもしこの研究を公に使えるとなると、各領地で同じ作物が作れるようになる。
反面、今まで作物を売ってきた領地の収入や食料を扱う商人たちへの対応が鍵になってくるが、どちらにせよ社会に一石を投じる研究になる。
「だけどお母様はそんなくだらない土いじりは早くやめなさいって言うのよ。ほんと参っちゃう! 」
確かに、貴族ならばそう言われても不思議ではない。なんせある程度の知識がないと価値が分かりづらい研究なのだ。しかも地味と来ると、「貴族令嬢がやるなんて」と周りに囁かれるのも無理はない。
「大丈夫だよ。あなたの研究はそれを理解できる人たちにさえ認められればいいんだから」
「そうかもしれないね。お話に付き合ってくれてありがとう! 」
「こっちも面白いものが見れてよかったよ」
あ、そういえばメティーナ殿下を探しに来たんだった。
「ついでになんだけど、メティーナ殿下がどこにいるか知らない? 」
そう聞くと、その子は少し目をパチパチとさせてから、
「うーん、分からないな~。今はいないよ」
タイミングが悪かったか・・・。
「そっか、ありがとう」
仕方ない、今日は諦めるか。
そう言って、私は薬師団室を出た。一人の少女を強く印象に残して。
「そういえば名前聞き忘れたなあ」
*****
「ふーん。神獣を従えたとかていうからどんな子かと思ってたけど、案外見込みがあるじゃない! お母様とは大違いだわ・・・」
自分の持っている鉢を見ながらそう零してしまう。
「久しぶりね、これを褒めてくれる人は」
そう言うと、たまたま側にいた研究員が反応した。
「何言ってるんですか、いつも褒めてますよ」
「もちろん、あなたたちいつも褒めてくれるのは嬉しいわ。それが本心からなのもわかってる。でも、私のことを知らずに率直に褒めてもらえるのって本当に貴重だもの。貴族たちの何もわかっていない上辺だけの褒めより、こっちの方が嬉しいに決まってるでしょ」
「メティーナ様も大変ですね」
「・・・。あら、もうすぐお母様と茶会の時間じゃない! 急いで着替えてくるわ! 」
どうせまた愚痴愚痴と言われるんでしょうけど、遅れるとお母様の機嫌が悪くなるのよ・・・。
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