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【ミキちゃんちのインキュバス!(第十九話)】「キアラ・アンジェラ ハーフエンジェルの少女(後編)」

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 都内T区にあるタイガーメンマンション805号室。土曜日の夜。
「キアラ、お風呂切るよ?」
「私は入りましたから、 どうぞ!」
 夕食とその片付けの後、シャワーを浴びて着替え終えた茶摘は給湯器の電源を切ってリビングルームに戻る。
「梅雨はジメジメして辛いよなぁ…… ?」
 鮮やかな真紅の糸で縁取りされ、背中が大きく開いた黒いセーラー服で茶摘を待っていたキアラはわくわくした表情で次の言葉を待つ。
「キアラ、その服って……」
「はい! 昨日の話の続きで魔界王立学院編に入るのであの頃の制服を再現してみたんです。どうですか? 似合います?」
 目の前でくるくる回ってアピールしてくる巨乳ミニスカート女子高生キアラに小学校から男子校エスカレーターだった茶摘は思わず見とれてしまう。
「うふふ、食い入るように見ちゃってますね……こんなのはいかがですか?」
 キアラは珍しく興奮気味な茶摘をハニートラップ篭絡する大チャンスを逃さず、セーラー服上着に手をかけゆっくりと持ち上げだす。
「ところで、その背中の穴はオシャレなのかな?」
「ああ、これですか? これは飛行種族の為に設けられた羽用の穴ですよ」
 キアラは背中を見せ、そこから天使の翼を出現させて実演する。
「なるほど、そういうデザインなのか……天使な黒セーラー服女子高生。次の新作のメインヒロインとして絶対出すぞ!」
 ネタノートを取り出した茶摘は『ダークエンジェル×セーラー服』とメモし、イラストメモやその他の作品アイディアをブレインストーミングし始める。
(陥落まであと一歩のところで茶摘さんの作家モードがONになるなんて!……世の中はそう上手くいかないものですわ)
 ネタノートを書き始め、作家モードに入ってしまった茶摘を前にハニートラップ篭絡を諦めたキアラはホットジャスミンティーを啜る。

「よしっ、メモは完了……キアラさん、話の腰を折ってごめんね」
 数分後、ネタをノートに吐き出し終えた茶摘は一息入れる。
「いえ、いいんですよ茶摘さん。お気になさらず。昨日の話の続きですけど……小学校を卒業した後、中学校に進学する所からですね?」
「今更のように聞くけど……魔界にも小中高とか義務教育って概念があるの?」
「ええ、そうです! 人間界のような義務教育や学校の概念を導入した現魔界王ルシファー24世様は人間で言えば20代後半ぐらいなんですけど、かつて人間界で生活していた経験もある方で、魔界の近代化に尽力なさっているんです!」
「なるほど、日本の明治時代の文明開化みたいだなぁ……」
「文明開化? ああ、かつて日本でもあった明治政府とかのアレですね。それで私は家族とも話し合って、魔界王立ルシファー学院中等部に進学したんです」
(ルシファー学院……カオスな名前だなぁ)
 ネーミングセンスが人間感性的にアレなのはさておき魔界の人々が近代化を進めた王様を称えるべく付けたであろう事を察した茶摘はひとまず受け入れる。
「魔界の学校に入ってまず驚いたのは多種多様な種族が共存していた事だったんです。便宜上、私は通常人型飛行種族クラスに所属していましたけど…… 1クラス30人程度でも種族数では3桁近くいたのは覚えるのが大変でしたね」
「……あれっ? ごめん、キアラ。どう頑張っても30人クラスで3桁の種族っておかしくない? 30人なら30種類じゃないの?」
「ああ、それはカウント方法の違いです! 一部の同族婚しか出来ない種族はさておき、系統が近い種族間の婚姻が認められている魔界では親と祖父母までの世代の種族を把握しておく事が義務付けられているんです。例えば私は父方の種族は全て天使族、母は淫魔族、その祖父母は淫魔族とダークエルフとなるので種族数としては3になるんです。それこそ獣人族や昆虫種、神に近い存在になると祖父母と親で違うなんてのも普通なので種族数6とかみたいな子もたくさんいて……それが30人で3桁代となるカラクリですね」
「なるほど、メモメモっと……」
 茶摘は作品ネタノートにメモする。
「そういう意味では学院全体では4桁後半代の種族がいたとは思います。そんな中、私は唯一の天使族の子女である事を知った時思いましたね……ああ私はここでも独りぼっちなんだ……って」
「……うん」
 孤独な学生時代を送って来た自身ともオーバーラップするその感覚に茶摘のペンが止まる。
「そんな時に出会ったのがアラン・インマ様だったんです」
(本題キター!!)
 茶摘はメモ態勢に入る。
「当時の関係は私が副学級委員、そしてアラン様は学級委員だったんです。でもあの方は本当に成績優秀で穏やかで優しくて……自分で勝手に設けた心の壁のせいでぼっちになりつつあった私を孤立させないように学級委員として様々な人に紹介してくれたんです! 
 父のコネで知り合った方も大事だとは思いますけど、同年代の多種多様なバックグラウンドを持つ友人と言うのもまたいい物で……今の明るい私がいるのは本当にあの方のおかげなんです!」
「ははっ、そうだよなあ……そうだよなぁ」
「ああ、ごめんなさい……何かお気に障りましたか?」
 茶摘が仕事ストレスが溜めている時の乾いた笑いを発している事に気が付いたキアラは一瞬申し訳ない気分になる。
「その後も私はアラン様の数少ない御学友としての繋がりは続きましたし、多様性と共存を重んじる魔界王立ルシファー学院では中学・高校と良い友人に恵まれました……でもアラン様は学院卒業後、フリー淫魔として魔界を去り、人間界に旅立ってしまいました。それで私も淫魔族の血を継ぐ者として淫魔ギルドの門を叩き、フリー淫魔となりあの方を追ってこの島国にやって来たと言うわけなんです」
 一通りを話し終えたキアラはぬるくなったジャスミンティーを啜る。
「なるほどねえ、アランとキアラにはそういう過去があったのか……聞いていいのかわからないけど、アランのご家族ってどういう方なの?」
「えっ?」
「ほら、キアラだって御両親は娘を超お嬢様学校にやれるような超上級公務員なわけじゃない? だからアランもそれと同等か……それ以上なのかな?と思って」
「ああ、それは……ええと。ごめんなさい! 私の口からそれは、話せないんです!
  あっ、ごめんなさい……ジャスミンティー滝れてきますね!」
 大声を出してしまったキアラは気まずそうに立ち上がり、ジャスミンティーを滝れ直しにキッチンに向かう。
(東大卒フリーターとかではないが……この件はアランやキアラさんに今後聞かない方がいいな。それに作品のネタにもしないで忘れた方がよさそうだ)
 茶摘はキアラの話をメモしたネタノートのページを破り、手回しミニシュレッダーにかけるのであった。

【完】
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