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【ミキちゃんちのインキュバス!(第十八話)】「キアラ・アンジェラ ハーフエンジェルの少女(前編)」

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 都内T区のタイガーメンマンション805号室。金曜日、夜。
『うわぁぁん! のらえもぉぉん!』
『どうしたんだぃ? ピース君』
『ごめんよぉ、君と僕のおやつ代をウォー番長にカツアゲされちゃったんだぁ!』
『ぬぁにぃ……これで連続2週間、被害額累計1万円。ウドの大木野郎、今日と言う今日は許せねぇぶっ殺してやる! テテティェーン、火炎放射器ぃぃぃ!』
『のらえもん、落ち着いてよ! いくら迷惑な番長でも焼き殺すなんて駄目だよ!』
「ああ、ついに火炎放射器を出したか……次は戦車でも出しそうだなぁ」
 録画済みの金曜夜アニメ『のらえもん』を同居人のサキュバス・キアラと共に見ていた茶摘は思わず呟く。
「人間界のアニメって……すごいバイオレンスなんですね」
 キアラは火炎放射器を装着し、ピース少年と共にカツアゲ番長との決闘で空き地に向かうのらえもんを見守る。
「ああ、ごめん……もしかして好みじゃなかったかな?」
 原作漫画・アニメ共に一定以上の人気を集める作品だとは言え、いじめっ子描写やバイオレンス描写で賛否がわかれる事を知っていた茶摘は再生停止し、キアラに尋ねる。
「ああ、それは大丈夫です。ただ……昔の事を思い出してしまって」
「昔の事?」
「ええ、学生時代に色々あったので……そういうのって作品のネタに出来ます?」
「えっ、ああ……でもキアラこそそういう、なんて言うか……昔のいじめ?とかの事って話したくないものじゃないの?」
 2人でアニメタイムから予期せぬ展開になった茶摘はキアラのトラウマを掘り返すであろうと言う罪悪感と貴重な体験談ネタゲットチャンス到来!と言う作家脳の狭間で葛藤する。
「いいんですよ! 私にとっては人間界で言う所のサイおじい様の馬みたいなハッピーエンドになるわけですし……せっかくだからアラン様との馴れ初めやあんな事やこんな事も聞いて欲しいなあなんてのもありますけど……イヤですか?」
「リア充爆散しやがれ、是非ともお願いしますキアラさん」
 顔を赤らめておねだりくねくねし始めたキアラを前に作家脳が競り勝った茶摘はすぐにネタノートを取り出し、ベンを構える。
「まずは私の家族構成からですね……以前もお話しましたけど、私は天使と淫魔族のハ―フです。父は天界の上級天使で公務員。母はダークエルフの血を継ぐ魔界のサキュバスで同じく公務員です。父が魔界の天界大使館に外交官として派遣され、母がその秘書官として就任したのが出会いだったそうです」
「つまりは職場結婚と言う事なのか……いや、そもそも淫魔族がホワイトカラー公務員ってアリなの?」
「ええ、もちろんです! 淫魔族と一口に言っても色々な人がいますからお母さまみたいにホワイトカラー公務員として働く人はたくさんいます。その他で私が知っている限りでは三大サンクス経済圏の一つ、妖精界でドワーフ族の工房に弟子入りした人、旅行記作家になった人、魔獣ブリーダーになった人、魔導式からくり技術者になった人……淫魔族は手先が器用で高い魔力を持つ種族だから能力と適性さえあれば仕事の選択肢は広い方だと言われていますね」
「むふむふ……ファンタジー世界あるあるネタゲットだぜ! っと……」
「天界出身の父は当初、聡明で優秀な秘書官だとは言えダークエルフと淫魔族の血を継ぐ母を当初かなり警戒していたそうです。でもその偏見を乗り越えて生涯の伴侶となったきっかけが魔界王ルシファー家転覆をもくろむテロリストによる天界大使館占拠未遂事件だったんです」
「はい?」
 予期せぬとんでも展開に茶摘は間抜けな声で答えてしまう。
「奴らの狙いはもちろん上級天使たる父の命だったんですが、母は祖母から教わった闇魔法や体術でテロリスト相手に一騎当千。魔界警察特殊部隊によるテロリスト制圧完了までパパを含む天界の皆さんを無傷で守り通したんです! それがきっかけとなり、2人が結婚して生まれたのが私だったんです」
(いわゆる吊り橋効果ってやつだな……お母さんとやらは武闘派だな?)
 茶摘はネタノートに『武闘家ダークエルフ』とメモする。
「そして私自身の話になるわけですが……人間界で言う所の小学校はあまり、いや全くと言っていいほどいい思い出は無いんです。私から言い出しておいてなんですけど茶摘さんはこういう話大丈夫ですか?」
「あっ、ああもちろん大丈夫だよ? 続けてください」
「私が入学したのは上級天使クラスの子女しか入れない天界神立学院附属小学校……私立中高一貫女子校の附属小学校をイメージしてもらえればいいかと。それで入学試験の結果、家柄と財力も問題なくクリアしたんですが……入った後が問題だったんです」
 キアラはお茶を飲んで一息いれる。
「それって、さっき話していたキアラのご両親の巻き込まれたテロ事件に関わる何か……とかなのか?」
「ええ、直接じゃないんですけど……そうなりますね。
 まあ魔界大使館占拠未遂事件そのものも天界でも実況中継されてはいたのは事実です。でも天界の天使族にとってはその後上位天使のお父様が同種族ではない魔界の住人、それも淫魔族のお母さまと結婚したと言う事実が大問題だったようなんです。
 茶摘さんも想像して欲しいんですけど……もし自分の娘や姪っ子が地球に移住したタコ型宇宙人と結婚する!とか言い出したらどうします?」
「相手の経済力と人間性(?)、社会的信用にもよるけど、タコ型宇宙人はちょっとなぁ……ごめん、キアラ。君の言いたい事と例えの意味は分かるけど多分お前に娘はやれん! ってなると思う」
 素直に思うところを述べた茶摘はキアラに謝る。
「いいんですよ、私でも多分同じ事を言うでしょうし……意地悪な質問でごめんなさい。
 まあ学校の先生方やクラスメイトとそのご家族はその事を何も言いませんし、社会的地位や光を司る高位種族と言うイメージ維持もあるので普通に波風立てない程度にコミュニケーションはあったんですけど……やはり異質なモノに対する距離感や警戒心、見えない壁は露骨じゃないにせよ明確にありましたね」
「……わかるなぁ、その辛さ」
 神、人間関係なく全ての高知能生物が避けられない宿命を感じ取った茶摘の声も沈む。
「でも私が幸運だったのはそんな場所にずっと閉じ込められていなかったと言う事だと思うんです。
事情を分かっている祖父母や親類縁者は父の英断や母の出自と私自身の事を否定せずに受け入れてくれましたし、様々な出自や経歴を持つ魔界の方々や天界の神々に外交官の娘としてお会い出来た事も見識を広げるのに役立った……そう思っています」
「なるほどなぁ……家族か」
 壮大なのか根源的なのか……話の次元レベルがゲシュタルト崩壊し始めた茶摘は作家本能のままにネタメモを取る。
「それで、小学校が終わった後は……」
 キアラが話を続けようとしたその時、スマホがビービー鳴る。
「そろそろ寝る時間だぞアラームだな、もう11時だけどどうする?」
「区切り的に大丈夫ですよ。続きは明日にしてもう寝ましょうか」
「ああ、そうだね……歯磨きとお手洗いを済ませてくる」
「わかりました、じゃあお先に」
 ジャージを脱いでいつものマイクロビキニ姿になったキアラは二股寝袋と枕を取り出し、就寝態勢に入るのであった。

【完】
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