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【ミキちゃんちのインキュバス!(第四話)】「淫魔アラン、5分ランチボックス講座!」

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 都内某所のオフィスビル、株式会社サウザント人事部に昼休みが訪れた。
「いただきます!」
 午前中の会議を終え、デスクでアランが作ってくれた牛肉としめじの炒めものとひじき入りだし巻き卵のお弁当を開けた守屋 美希、通称ミキちゃんはスマホでお弁当写真を撮り終え、スマホの画面を消した。
(でっ、出たぁぁぁぁ!)
 光が消えたスマホ画面に写っていたモノ……それは鈍器を抱えてミキさんを上から見下ろす顔の無い女だった。
(まさか、悪霊……?)
 ミキちゃんはざわめく背筋を無視しつつオフィスチェアーをそっと回して背後を見る。

「あっ、ごめんなさい! 守屋さん。あまりにも美味しそうで綺麗なお弁当でつい見惚れちゃって……」
 ミキちゃんの背後に立つ悪霊の正体、人事部社員にして二児の母である田辺 貞美(たなべ さだみ)はファイルを持ったまま我に返り、謝る。
「いえ、大丈夫ですよ」
「……失礼ですけどそれは守屋さんがご自身でお作りになったんですか?」
「いえ、同居中の弟が持たせてくれるんです」
「弟さんが! 息子と娘は給食だからお弁当は無いんですけど……これだけの物を毎日作るなんてすごいですね。私、お弁当とか作るのが苦手で、子供もあんまり好きじゃないって言うからお弁当が必要なイベントが苦手で、本当に困っているんです」
 独身のミキちゃんは同年代の同僚が回りくどい物言いで言わんとする事を察してはいたし、模範的返答の脳内シミュレーションも完了していた。
 だが弟のアランを売るに等しいそれを言葉にして発するか否かで思考は無限ループするばかりだ。
「……そうですね、田辺さんがご希望とあれば弟にコツとか聞いてみますね」
「ありがとう、守屋さん! じゃあよろしくね!」
 貞美は喜びの声をあげ、ファイルをキャビネットに収納して去っていった。
 
 それから数時間後、夜。都内S区のマンション508号室。
「と、いう事があったの……アラン君、どうしよう?」
 台所で二人並んで皿洗い中だったミキちゃんはアランの隣で食器をふきんで拭きつつ聞く。
「僕は構いませんよ。ただお子さんもいらっしゃる女性に淫魔である僕が一人で直接お会いするのは……色々な意味でやめたほうがいいと思います」
 田辺さんとミキちゃんの件を現場に居合わせた茶摘からチャットアプリで事前に聞いていたアランは冷静に答える。
「やっぱりそうよね……じゃあ私と一緒に行くとか?」
「まあ先方がそれでOKなら構いませんけど……やはり直接お会いするのは。
 直接お会いせずに、情報やコツだけを伝えられればいいんですけど。」
 この無理難題にミキちゃんもアランも腕を組んで考え込んでしまう。

「直接会わないでコツを……そうだ、だったらアレしかないわ!」
 いきなり叫んだミキちゃんは湿ったふきんを放り出し、ちゃぶ台上のスマホに向かう。
「ええと、清井(きよい)部長が言っていた導入予定のアプリは……これだわ!」
「アラン君、これを使えば行けるんじゃないかしら?」
「ふむふむ……おお、これなら多分行けます!」
 ミキちゃんのスマホに表示されたとあるアプリケーションにアランは思わず相槌を打つ。
 
 ……それから数日後、週末。都内某所の田辺家のリビングルーム。
「ねぇ、ママ。今日もお仕事なの?」
 小学2年生の女の子、田辺 麻弥(たなべ まや)は休日だと言うのにノートパソコンをガチャガチャやっている母の貞美に話しかける。
「ううん、これは違うの……ママ、ちょっとお家から会社の人と試さなきゃいけない事があってね」
 清井人事部長から会社で導入予定のオンラインビデオ会議システムの接続テストを頼まれた貞美はマニュアル片手にログイン作業しつつ娘に答える。
「会社の人と個人的なお話って……?」

『貞美さん、聞こえますか? 守屋です。あの……どうしましたか?』
 ログイン完了後、私服の守屋さんと共にノートパソコンに映し出された金髪ツンツンで半袖Tシャツ姿の背が高いイケメンに田辺母娘は思わず息を呑んでしまう。
「おばさんってハンゾー君の知り合いなの……?」
『ハンゾー?』
 聞きなれぬ言葉にミキちゃんもアランもオウム返ししてしまう。
「マヤ、おばさんじゃなくてお姉さんでしょ! 娘がごめんなさい、守屋さん!
 その方は弟さんですよね? 去年のニチアサ俳優さんにそっくりですけど……まさか?」
『ええと、会社では弟と言ったんですけど……実際は少し複雑な関係で。
 私の叔父が海外の方と結婚していて、彼は従弟にして帰国子弟です。今年、大学受験だったんですけどうまく行かなくて……それで姉のような存在である私の所に同居し始めたんです。
 俳優のハンゾーでは無いんです、ごめんなさい』
『初めまして、守屋 アランです。姉のミキさんがいつもお世話になっております』
「はっ、はい初めましてアランさん。株式会社サウザント人事部社員、田辺 貞美です。
  この子は私の娘の麻弥です。マヤ、ご挨拶は?」
「うっ、うん。初めましてミキおば……お姉さんとアランさん! マヤです」
 母や兄と一緒に見ていたニチアサヒーロー「改造忍者戦士ハンゾー」そっくりのスーパーイケメンの登場に目がハートになっているマヤちゃんも頭を下げる。
『事前に姉さん経由で田辺さんのお弁当の写真はいくつか見せてもらったんですが……キャラ弁でしたっけ? 芸術的だとは思いますけど食べづらそうだなとは思います』
「えっ? 周りの子もあれぐらいやってるけど……そうなの?」
 アランに目が釘付けのマヤはその言葉に賛同ヘドバンする。
『僕のやり方をお聞きになりたいとの事で参考になるかはわかりませんが……基本的には箱の右半分をご飯、そして左半分におかずをいれるようにしているんです。カメラは大丈夫ですか?』
 アランはチラシの裏に書いたイメージ図をカメラ前に示す。
「そんなシンプルでいいの? 皆あれぐらい作っているからてっきりそうかと」
『それでおかずは大体二種類ぐらいですかね。メインは肉・魚系どちらかと卵焼き。
 煮物とかが少しあるとさらにいいかもしれません』
 アランはパソコンを操作し、お弁当写真のスライドショーを再生する。
「わぁ、アランさんのお弁当美味しそう……ママ、今度からこれがいい!」
「でも周りの子に……」
「そんなのどうでもいいもん! マヤ、アランさんみたいなのがいいの!」
『マヤちゃん、ありがとう。後日、姉からこの写真データを渡しますので配置の参考にしてもらえればいいかと……ええとミキさん、僕がコツとして話せることが終わっちゃったんですけど、どうしましょう』
『うん、まあいいんじゃない? これはあくまで清井部長にお願いされた接続テストなんだから。部長に頼まれたチェック事項も全部試したし5分程話せば十分よ。田辺さんの方は大丈夫そうですか?』
「えっ、ええ。私の方も大丈夫みたいだし……アランさん、今日はご協力ありがとうございました!」
『いえいえ、こちらこそ。姉を今後ともよろしくお願いします』

「おふくろぉ、お昼まだぁ……って、あれ?」
 在宅ワークを始めた母に構う事無くリビングルームのソファーでヘッドホン装着オンライン対戦ゲームに興じていた田辺家長男、田辺 裕次郎(たなべ ゆうじろう)小学5年生は電源の切れたノートパソコンの前で夢の世界に旅立っている母と妹に気づく。
「ああ、ごめんねユウ君。いま作るから……何がいい?」
「えっ、うん……俺はいつものラザニアがいいです」
「マヤも同じでいいよ……アラン様ぁ」
「アラン様?」
 裕次郎少年は聞きなれない名前に戸惑いつつも慌てて3人分の冷凍ラザニアをレンジにかける母と心ここにあらずな妹を交互に見るのであった。

【完】
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