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【ミキちゃんちのインキュバス!(第一話)】 「草食系インキュバス、アラン現る!」
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都内、S区のとあるマンションに土曜日の朝が来た。
ここの508号室で一人暮らしの会社員女性(独身・三〇代)は隙あらばベランダに巣を作ろうと狙っている鳩のググッポーアラームに起こされてしまう。
「また来てるわ……」
守屋 美希、通称ミキちゃんは鳩をホウキで追い払うべくむっくりとベッドから起き出したものの……いつもなら冷たい床があるはずの足元に柔らかくて硬く、奇妙に暖かい物がある。
「ん?」
違和感と共に灯りを付けたミキちゃんの足元にあったモノ。それは繁華街で見かけるホストのような格好をした金髪の青年だった。
「ん……?」
ミキちゃんは眼をさすりながらもう一度その青年を足で踏んでみた。
「あ……う……痛い……です」
幻覚ではないその青年は寝言を言いながら寝返りを打つ。
「いやあぁぁぁぁ!ドロボー!」
「うわぁぁぁ!」
ミキちゃんの大声で不法侵入者が怯んだすきにミキちゃんはすぐにスマホを掴んで逃げつつ警察に通報しようとしたが、そのスマホは磁力で引き寄せられるかのように青年の手の中に飛んでいった。
「はぁ……はぁ……今のはケイサツですね?」
不法侵入者は息も荒く答える。
「な……なによ、あなた!」
ミキちゃんは兄が威嚇用として置いていったモデルガンをすぐに枕の下から取り出し突きつける。
「ひいっ!」
金髪の青年はスマホを握ったまま両手を上げた。
「どうか命だけはお助け下さい……ごめんなさい……ごめんなさい」
拳銃に怯えてポロポロ泣き出してしまった青年に銃口を向けたままミキちゃんは油断なく観察していたが相手は武器を持っている気配もなく、華奢で非力な普通の男のようだ。
そして奇妙なことにモデルガンを突きつけて脅している自分の方が悪者のように思えてきた。
「……あなたの名前は?」
ミキちゃんは優しく青年に聞く。
「ぼ……ぼくは淫魔族のアランです」
「インマ?」
「はい、あなたがた人間がインキュバスとかサキュバスとか呼ぶ悪魔の一種です」
アランが何か手を動かすと、頭にヤギのような巻角と背中にカラスのような黒い羽が出現する。
この予期せぬ展開にミキちゃんは間違いなく人非ざる存在であるこの変質者をどうすべきか一瞬迷ってしまった。
「……アラン君、とりあえず通報はしないからスマホを返して。私もこの拳銃を下ろすわ」
「はい……」
アランの手を離れたスマホは紙飛行機のようにゆっくりとした動きで空を飛んでミキちゃんの手元に帰って来た。
「さて、お茶でもいれましょうか。アラン君はコーヒー派? 紅茶派?」
モデルガンをパジャマのズボンに差したミキちゃんは二人分のコーヒーを淹れにキッチンに向かった。
十分後、二人はちゃぶ台で静かにコーヒーを飲んでいた。
「……そもそもにして貴方はどうやって入ったの?」
「ああ、その……僕たち淫魔族の基本能力に鍵開けや壁抜けがあります」
「どっちを使ったの?」
にっこりと笑ったミキちゃんは再びモデルガンをアランに突きつけている。
「あ、あの時は魔力的にどっちも使えなくて……空を漂っていたらお姉さんの部屋の窓が開いていたのでそこから入りました」
ミキちゃんは残業を終えて帰って来た後、ぶっ倒れるように寝てしまった事を一瞬後悔した。
「はぁ……で、何しに来たの?」
「はい……まず僕の仕事は人間の願いを叶えたり欲望を満たすことで得られる『サンクス』を集める事です」
「へぇ……」
「それで僕はインキュバスとして人間の女性に奉仕する事が仕事なんですが……僕、女性が苦手なんです」
「はい?」
この衝撃発言にミキちゃんは思わずモデルガンの引き金を引きそうになった。
「でも……そろそろ本当に成果を上げないと魔界の掟により殺処分か人体実験材料かにされてしまいますよ……」
「私はこういうファンタジー物に興味はないけど……どこも稼ぐのは大変よね……」
日々会社で残業、無意味な会議、部長、不誠実な取引先と言ったストレスソースにさらされているミキちゃんは思わず共感のため息をついた。
「お姉さんは本当に優しいんですね……今までインキュバスとして色々な女性の家に行きましたけど、こんなに親身に話を聞いてくれた人はいませんでした。銃は初めてですが色々な物理攻撃を受けてきましたから……」
アランもカピカピに乾ききった笑いを出す。
しばしの沈黙の後、ミキちゃんはアランに尋ねた。
「アラン君……あなたこれから行くアテはあるの?」
「現状は……ないです。ただ、インキュバスのやり方でサンクスをもらえそうな女性をまた探します」
「……要するに通り魔ね。ねえ、もし貴方が望むならここ同居させてあげる
ただし、妙な真似をしたらお兄ちゃん直伝の護身術でぼこぼこにして叩きだすからね?」
ミキちゃんはちゃぶ台上のモデルガンを片付けながら言う。
「そんな、本当に……いいんですか?」
「いいのよ、私もいい加減人恋しかったし……まろまろんと一杯やるのも飽きたわ」
ミキちゃんのベッドには同僚のお土産で「まろまろん」と名付けられた鹿のぬいぐるみがある。
「それにね、私人事採用担当として色んなのを見て来たけど君が嘘をついていないのは分かるし……そんな角や羽、超能力を見せつけられて貴方が悪魔でないと否定する方が無理よ」
「なんというありがたいお言葉! ありがとうございます!」
アラン君はミキちゃんの寛大さに歓喜の涙を流しつつ跪く。
「うふふ、でも約束は守るのよ!」
「もちろんです!」
【完】
ここの508号室で一人暮らしの会社員女性(独身・三〇代)は隙あらばベランダに巣を作ろうと狙っている鳩のググッポーアラームに起こされてしまう。
「また来てるわ……」
守屋 美希、通称ミキちゃんは鳩をホウキで追い払うべくむっくりとベッドから起き出したものの……いつもなら冷たい床があるはずの足元に柔らかくて硬く、奇妙に暖かい物がある。
「ん?」
違和感と共に灯りを付けたミキちゃんの足元にあったモノ。それは繁華街で見かけるホストのような格好をした金髪の青年だった。
「ん……?」
ミキちゃんは眼をさすりながらもう一度その青年を足で踏んでみた。
「あ……う……痛い……です」
幻覚ではないその青年は寝言を言いながら寝返りを打つ。
「いやあぁぁぁぁ!ドロボー!」
「うわぁぁぁ!」
ミキちゃんの大声で不法侵入者が怯んだすきにミキちゃんはすぐにスマホを掴んで逃げつつ警察に通報しようとしたが、そのスマホは磁力で引き寄せられるかのように青年の手の中に飛んでいった。
「はぁ……はぁ……今のはケイサツですね?」
不法侵入者は息も荒く答える。
「な……なによ、あなた!」
ミキちゃんは兄が威嚇用として置いていったモデルガンをすぐに枕の下から取り出し突きつける。
「ひいっ!」
金髪の青年はスマホを握ったまま両手を上げた。
「どうか命だけはお助け下さい……ごめんなさい……ごめんなさい」
拳銃に怯えてポロポロ泣き出してしまった青年に銃口を向けたままミキちゃんは油断なく観察していたが相手は武器を持っている気配もなく、華奢で非力な普通の男のようだ。
そして奇妙なことにモデルガンを突きつけて脅している自分の方が悪者のように思えてきた。
「……あなたの名前は?」
ミキちゃんは優しく青年に聞く。
「ぼ……ぼくは淫魔族のアランです」
「インマ?」
「はい、あなたがた人間がインキュバスとかサキュバスとか呼ぶ悪魔の一種です」
アランが何か手を動かすと、頭にヤギのような巻角と背中にカラスのような黒い羽が出現する。
この予期せぬ展開にミキちゃんは間違いなく人非ざる存在であるこの変質者をどうすべきか一瞬迷ってしまった。
「……アラン君、とりあえず通報はしないからスマホを返して。私もこの拳銃を下ろすわ」
「はい……」
アランの手を離れたスマホは紙飛行機のようにゆっくりとした動きで空を飛んでミキちゃんの手元に帰って来た。
「さて、お茶でもいれましょうか。アラン君はコーヒー派? 紅茶派?」
モデルガンをパジャマのズボンに差したミキちゃんは二人分のコーヒーを淹れにキッチンに向かった。
十分後、二人はちゃぶ台で静かにコーヒーを飲んでいた。
「……そもそもにして貴方はどうやって入ったの?」
「ああ、その……僕たち淫魔族の基本能力に鍵開けや壁抜けがあります」
「どっちを使ったの?」
にっこりと笑ったミキちゃんは再びモデルガンをアランに突きつけている。
「あ、あの時は魔力的にどっちも使えなくて……空を漂っていたらお姉さんの部屋の窓が開いていたのでそこから入りました」
ミキちゃんは残業を終えて帰って来た後、ぶっ倒れるように寝てしまった事を一瞬後悔した。
「はぁ……で、何しに来たの?」
「はい……まず僕の仕事は人間の願いを叶えたり欲望を満たすことで得られる『サンクス』を集める事です」
「へぇ……」
「それで僕はインキュバスとして人間の女性に奉仕する事が仕事なんですが……僕、女性が苦手なんです」
「はい?」
この衝撃発言にミキちゃんは思わずモデルガンの引き金を引きそうになった。
「でも……そろそろ本当に成果を上げないと魔界の掟により殺処分か人体実験材料かにされてしまいますよ……」
「私はこういうファンタジー物に興味はないけど……どこも稼ぐのは大変よね……」
日々会社で残業、無意味な会議、部長、不誠実な取引先と言ったストレスソースにさらされているミキちゃんは思わず共感のため息をついた。
「お姉さんは本当に優しいんですね……今までインキュバスとして色々な女性の家に行きましたけど、こんなに親身に話を聞いてくれた人はいませんでした。銃は初めてですが色々な物理攻撃を受けてきましたから……」
アランもカピカピに乾ききった笑いを出す。
しばしの沈黙の後、ミキちゃんはアランに尋ねた。
「アラン君……あなたこれから行くアテはあるの?」
「現状は……ないです。ただ、インキュバスのやり方でサンクスをもらえそうな女性をまた探します」
「……要するに通り魔ね。ねえ、もし貴方が望むならここ同居させてあげる
ただし、妙な真似をしたらお兄ちゃん直伝の護身術でぼこぼこにして叩きだすからね?」
ミキちゃんはちゃぶ台上のモデルガンを片付けながら言う。
「そんな、本当に……いいんですか?」
「いいのよ、私もいい加減人恋しかったし……まろまろんと一杯やるのも飽きたわ」
ミキちゃんのベッドには同僚のお土産で「まろまろん」と名付けられた鹿のぬいぐるみがある。
「それにね、私人事採用担当として色んなのを見て来たけど君が嘘をついていないのは分かるし……そんな角や羽、超能力を見せつけられて貴方が悪魔でないと否定する方が無理よ」
「なんというありがたいお言葉! ありがとうございます!」
アラン君はミキちゃんの寛大さに歓喜の涙を流しつつ跪く。
「うふふ、でも約束は守るのよ!」
「もちろんです!」
【完】
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