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【ミキちゃんちのインキュバス2!(第72話)】「不思議の国のサキュバス!? キアラ・イン・ワンダーランド!!(1)」

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「あれっ、私……寝ちやってたみたい。今何時かしら?」
 午後の都内T区某所にあるタイガーメンマンション805号室。
 人間界文化調査活動資料として図書館で借りた絵本を読んでいたハ―フサキュバス、キアラ・アンジェラは爽やかな緑の匂いと風で目を覚ます。
「また3時なら大丈夫ね……今日のお夕飯は……あれっ?」
 805号室に置かれたニャンティ・ザ・ベリィのアニメキャラ置時計を手に取ったはずのキアラはそれがローマ数字の刻まれた鎖付きアンティーク懐中時計である事に気づいて慌てて身を起こす。
「えっ、ええっ!? なんで私、水色のエプロンドレスになっているの? そしてこの森はどこ!?」
 目が覚めたらマンションの1室ではなく見知らぬ森の中で金髪を赤いリボンで結び、ガーター付き白ニーソックスな青いエプロンドレス姿になっていると言う事実に驚き戸惑うキアラ。
「これじゃあ『不思議の国のアリス』そのものじゃないのよ、とりあえずどうしましょう……」
 うんちく番組で見た時計を用いたサバイバル技術を思いだそうとしつつ周囲を見回していたその時、何かがこちらに近づいて来る音が聞こえる。
「大変だ、遅刻しちゃう!! 遅刻しちゃう!!」
 チョッキに花眼鏡、脇に傘を抱えたアラン様が立派な兎耳を金髪の間から生やして懐中時計とにらめっこしながら森を走るそのまんまな光景と展開にズコーとなりかけたキアラ。
「アラン様!? アラン様!! 待ってください!!」
 昭和リアクションをどうにか堪えたキアラはスカートの裾をつまみ上げたまま太ももでびよびよ跳ねる邪魔なガーターベルトと慣れない革靴を我慢してアランを追いかける。
「ごめんよ、見知らぬお嬢さん!! ボクは女王様にこの伝令を届けないと首ちょんぱされちゃうんだ!!」
「女王様!? それってハートの女王様なの?」
「そうだよ、それ以外誰がいるんだい!!」
「私もご一緒させて!!」
「それはありがたいけど無理だ!! お先に失礼!!」
 うさみみアランは息も荒くそう言い捨てると風の如く加速して視界から消えてしまう。

「……はあ、はあ。アラン様、酷いですわ」
 うさみみアランを見失ってしまい、追っている間に森を抜けて数メートル級のキノコが乱立する場所に出ていたキアラは苔むした地面に座り込む。
「でもハートの女王様がいらっしゃるならちょうどいいかも。もしかしたら元の世界に帰る方法を……」
「教えてもらえるかのう?」
 キアラの独り言に割り込む低い声と頭上から漂う紫煙の匂い。
 キアラはすぐに立ち上がって後ずさる。
「どうやらこの世界は初めてのようじゃな、褐色のお嬢さん」
「今度はラビオさん!?」
 手足と顔だけを出したリアル芋虫の着ぐるみでキノコの傘上であぐらをかき、傍らの水タバコを無視して愛用の葉巻を楽しんでいる老魔界刑事。
「あの、私が言うのもなんですけど……アリスが出会ったイモムシさんは水タバコをお使いじゃありませんでしたっけ? せっかくあるんですからお使いになったらいかがですか?」
「うむ、ワシが言うのもなんじゃが……これは華やかなくるみ割り人形の世界にプロレス技やモデルガン、マッスルサンバを出すようなちいと変わった某千両なんとかと言う神なりのギャグじゃ。
 ワシが使い方がわからないとか味の好みが合わんからと言うわけではないぞ?」
「???」
「このネタがわからんならそれでよい、お嬢さん。さて、お主を元の世界に帰してくれるかもしれないハートの女王の居城の件であるが……地図と案内人をあげるからそれを頼りに行くがよい」
 吸いかけの葉巻をビニール携帯灰皿に裂き押し込んで傘上に置いた芋虫さんが手を叩くと足下の草藪から何かが飛び出して来る。
「ぶにやあああおおお?」
「ナベシマ姐さん!? あっ、どうも」
 演出の都合上、紫色のしましまビニール合羽を無理やり着せられていつにもまして不機嫌そうな灰色に茶色と白の毛房が入り混じった大猫がくわえて差し出していた地図をキアラは受けとる。
「そやつはナベシマではない、チシャ猫である……ここは何かと危険が多い世界であるからして女帝オーラをもつ者が共にいればボディーガードとして十分であろう」
「しゃああああ!! にやああああ!!」
「はいはい、この雨合羽がいやなんですね……今脱がせてあげますから足をはいっ!!」
 芋虫着ぐるみ刑事の前でチシャ猫コスプレ用しましま雨合羽を優しく脱がせていくキアラ。
「まずはその地図の真ん中あたりにあるイカレ帽子屋の茶会を目指すが良い。
 ヤツならば女王の城への入り方を……」
「まあ、この世界にはイカレ帽子屋さんもいらっしゃいますのね!! さっそく会いに行きませんと!!」
 絵本の素敵な挿絵で見た光景を体験できるとワクワクなキアラは雨合羽を脱いでご機嫌が良くなって喉を鳴らし始めたナベシマを抱きかかえつつ目を輝かせる。
「うむ、その通りである。上手くやるがよいぞ褐色のお嬢さん」
「はいっ!!」
 葉巻2本目に火をつけたラビオ刑事そっくりの芋虫に見送られたキアラはイカレ帽子屋のお茶会場を目指してナベシマチシャ猫と共に歩き出す。

【次話に続く】
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