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【ミキちゃんちのインキュバス2!(第一話)】「おかえり!アラン君」
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「はぁ……今日も疲れたあ……」
8月、9月の風物詩たるセミのデスメタルサマフェスが終わり、鈴虫のオーケストラコンサートが毎夜開催されるようになった10月の都内S区某所にある公園。
ホカホカのフライドチキンで冷たいコンビニ弁当を温めつつ帰宅中の株式会社サウザンド人事部採用担当者、守屋美希・通称ミキちやんは待つ者もいない自宅マンションに向けて重い足を引きずって歩く。
「……んっ?」
そんな彼女の目に入ったのはビラビラがたくさんついた皮製の袖なし上着をYシャツ上に羽織り、同じくビラビラ装飾付きのジーンズとブーツ姿でカウボーイハットを目深にかぶったマカロニウエスタンコスプレで夜の公園のベンチに座り、タバコではない葉巻の紫煙を楽しんでいるダンディなお爺さんだ。
(あの人……もしかして? でも気のせいかな?)
一本道しかない公園のルート上どこからどうみても不審者でしかないおじいちゃんの前を通らなくてはならないミキちゃんは何かを感じ取りつつもそれを行動に移すべきか戸惑う。
「守屋 美希さんですな?」
「はっ、はい! そうですけど…… ?」
ビニール製携帯灰皿を裂き壊しつつ太い葉巻を無理やり押し込み、そのまま胸ポケットに突っ込んだカウボーイおじいさんはミキちゃんに近づいてくると、丁寧に帽子をとって挨拶する。
「はじめまして、私は魔界刑事ラビオと申します。デーモン族の父とオニ族の母を持つ鬼神族です、以後よろしく」
捻じれた赤いドリル角2本を額に生やし、尖った牙を口からはみ出させた赤肌の魔界人はミキちゃんに名刺を差し出す。
「こちらこそはじめまして! ええと、私は守屋美希。人間の父と母を持ち、ボディビルダーの兄がいる株式会社サウザンド人事部社員の人間女性です……これで失礼無いでしょうか?」
ミキちゃんも社会人として相手の自己紹介フォーマットを踏襲しつつ自身の名刺を差し出す。
「いえいえ、わぎわざご丁寧にありがとうございます!」
ラビオ魔界刑事は両手でしっかりとミキちゃんの名刺を受けとりつつ丁寧に頭を下げる。
「お母さま、ミキさんはこちらですわ!」
「その声は……キアラちゃん? そうよね!?」
空から聞こえた声と共に夜の公園に降り立った二人。
背中に黒い翼を持ち、黒のタイトスカートスーツで髪の毛を後頭部でお団子にまとめた眼鏡の黒髪褐色肌女性と白いワンピースに紐サングル、背中に白い翼と頭に光輪を抱く金髪日焼けギャル。
「キアラちゃん! 会いたかったわぁ! 帰って来たのねぇ!!」
「むぐぅ! むぐぐぅ!(ミキさん! お会いしたかったですぅ! また大きくなってませんかぁ!?)」
ミキちゃんに抱きしめられたキアラはその胸で窒息しかけつつも喜びの声を上げる。
「キアラ、気持ちはわかるけど……話が進まないからいいかしら?」
「ぷはあ……ごめんなさい、お母さま」
「お母さま?」
キアラと共にやって来た背中が大きく開いたスーツ姿の同年代と思しき褐色肌女性にミキちゃんは目を向ける。
「はじめまして守屋 美希様。私は魔界外務省長官秘書長、ソフィア・アンジェラ。淫魔族の父母を持つ淫魔族です。このたびはアラン・インマの件でご相談したい事がありまして参ったのですが……」
「アラン君の事で!? 何でしょうか……あっ、今私の名刺も……」
ソフィアさんが名刺を差し出していた事に気が付いたミキちゃんは慌てて自身の名刺も取り出し、交換する。
それからしばらくして、S区にあるマンション508号室。
「粗茶ですが……どうぞ」
トリコロールマグカップ、ニャンティのデザインチェンジカップ、寿司湯飲み、大きめなそば猪口。どうにか揃えたバラバラのコップ4つに入れたティーバッグほうじ茶をミキちゃんはテーブルに置く。
「こちらこそ急に押しかけてすみません……いただきます」
トリコロールマグを手に取ったキアラ母は温かいほうじ茶を啜る。
「それで話と言うのは…… ?」
「ええ、まずはアラン・インマの事ですが……彼の事はどの程度知っていますか?」
「……インキュバスで料理が上手、変身できる。それぐらいですかね」
ミキちゃんの平和な返答に魔界の二人は安堵のため息をつく。
「魔界王主導で行われたサンクス経済の発展と近代工業化。それに多大な貢献を果たしたのが淫魔財閥であり、その総帥殿には第一子イザベラ・インマ様と第二子アラン・インマ様と合計お二人の嫡子がいらっしゃいます」
「……淫魔財閥ってまさか」
ミキちゃんはあの時イザベラにもらった名刺をバインダーから取り出して確かめる。
「はい、アラン様は財力・権力・社会的影響力、全ての面で我々のような下級魔族とは格が違う超上位魔族……本来ならば我々のような下賤の者が関わるべき案件ではないのです」
「えっ、ちょっと待って……そんなすごい人がどうして私の所に来たの?
東大卒フリーターではあるまいし、なんでアラン君はそんなフーテンみたいな人生を選んだの?」
「……その件については我々も詳細は知らされておらず、口外すべきではないのですが」
ほうじ茶を飲んでいたキアラ母はトリコロールマグカップを置く。
「アラン殿はどうもお姉さまに何らかの家庭内虐待されていたようなんです」
「虐待ですって!?」
「大事な事なので三度言いますがあくまでこれは噂にすぎない個人的推測ですからね、守屋殿……お忘れなく」
爆弾発言をしたキアラ母はミキちゃんに念押しする。
「イザベラ殿も幼い頃から邪悪なるアレの狂気にとり憑かれたとあってはなぁ……何度もそれに助けられたとは言え割に合わんよ。ああいうのはワシは嫌じゃなぁ……」
「ラビオ殿!!」
横で口を滑らせかけたラビオ刑事をキアラ母は睨み黙らせる。
「おほん、説明が長くなりましたが……本題に入りましょう。
先日、魔界警察長官により守屋様をサキュバス・クイーンに人魔転生させた人魔転生行為禁止法違反で逮捕されていたアラン・インマの釈放が決定されたのですが……本人が釈放を拒否しており、魔界警察関係者はものすごく困っているのです」
「本人が拒否? それってどういう事?」
「うむ、アラン殿はご家族による引き取りも天界のアンジェラ家による身元引受申し出も拒否。食事も拒否して牢の隅に引きこもり無理やり連れだそうとすると大暴れ……どうしようもないのですわ」
「アラン君、かわいそうに……私に何かできる事は無いんでしょうか?」
ミキちゃんは頬を伝う涙をティッシュで拭く。
「ええ、私達がここに来たのはそれでして。守屋様お願いです! どうか特例措置としてアランの身元引受人になっていただけないでしょうか!?」
「ミキさん、お願いです! アラン様を……この通りです!」
「わしからも頼む、守屋殿! この老いぼれの頭でよろしければお好きなだけ足蹴にしてくだされ! さあさあ!」
アンジェラ母娘とラビオ刑事はミキちゃんに平身低頭頼み込む。
「……もちろんです! 何かサインや印鑑が必要でしょうか?」
即決と共に立ち上がったミキちゃんは戸棚から印鑑を取り出し、ペンを用意する。
「今は大丈夫です! ひとまずは言質をいただければそれで充分かと……ラビオ刑事、アラン君の安全のために急いで戻りましょう! キアラも来るのよ!」
ベランダに出て翼を広げるや否や慌ただしく飛び立っていく2人の魔界人。その後を追って光の翼を広げたキアラは一瞬振り向く。
「ミキさん、本当にありがとうございます! お礼は後日!」
「キアラ、急ぎなさい!」
「はい、お母さま!」
魔界人達は月光に照らされながら夜闇に飛び去って行った。
3人が去って静まり返った部屋。
ミキちゃんは窓とカーテンを閉め、スーツ上着とYシャツ、スカートを脱いでハンガーにかける。
「あっ、お弁当をレンジで温め……せめてチキンは冷蔵庫に入れないと……」
疲れ切ったミキちゃんはベッドに倒れこみ、コンビニ弁当に手も付けずそのまま寝てしまう。
炊き立てご飯の熱気、みそ汁の香り、だし巻き卵の誘惑的な甘ぁい匂い……鼻腔をくすぐる心地よいノスタルジックさにミキちゃんは薄目を開ける。
「……?」「ミキさん、おはようございます!」
そんな彼女に爽やかな声で朝の挨拶をする金髪イケメンに幻覚ではない温かい朝ごはん。
「おはよう、アラン君!」
ミキちゃんはS区のマンション508号室に帰って来たアランに微笑み返すのであった。
【完】
8月、9月の風物詩たるセミのデスメタルサマフェスが終わり、鈴虫のオーケストラコンサートが毎夜開催されるようになった10月の都内S区某所にある公園。
ホカホカのフライドチキンで冷たいコンビニ弁当を温めつつ帰宅中の株式会社サウザンド人事部採用担当者、守屋美希・通称ミキちやんは待つ者もいない自宅マンションに向けて重い足を引きずって歩く。
「……んっ?」
そんな彼女の目に入ったのはビラビラがたくさんついた皮製の袖なし上着をYシャツ上に羽織り、同じくビラビラ装飾付きのジーンズとブーツ姿でカウボーイハットを目深にかぶったマカロニウエスタンコスプレで夜の公園のベンチに座り、タバコではない葉巻の紫煙を楽しんでいるダンディなお爺さんだ。
(あの人……もしかして? でも気のせいかな?)
一本道しかない公園のルート上どこからどうみても不審者でしかないおじいちゃんの前を通らなくてはならないミキちゃんは何かを感じ取りつつもそれを行動に移すべきか戸惑う。
「守屋 美希さんですな?」
「はっ、はい! そうですけど…… ?」
ビニール製携帯灰皿を裂き壊しつつ太い葉巻を無理やり押し込み、そのまま胸ポケットに突っ込んだカウボーイおじいさんはミキちゃんに近づいてくると、丁寧に帽子をとって挨拶する。
「はじめまして、私は魔界刑事ラビオと申します。デーモン族の父とオニ族の母を持つ鬼神族です、以後よろしく」
捻じれた赤いドリル角2本を額に生やし、尖った牙を口からはみ出させた赤肌の魔界人はミキちゃんに名刺を差し出す。
「こちらこそはじめまして! ええと、私は守屋美希。人間の父と母を持ち、ボディビルダーの兄がいる株式会社サウザンド人事部社員の人間女性です……これで失礼無いでしょうか?」
ミキちゃんも社会人として相手の自己紹介フォーマットを踏襲しつつ自身の名刺を差し出す。
「いえいえ、わぎわざご丁寧にありがとうございます!」
ラビオ魔界刑事は両手でしっかりとミキちゃんの名刺を受けとりつつ丁寧に頭を下げる。
「お母さま、ミキさんはこちらですわ!」
「その声は……キアラちゃん? そうよね!?」
空から聞こえた声と共に夜の公園に降り立った二人。
背中に黒い翼を持ち、黒のタイトスカートスーツで髪の毛を後頭部でお団子にまとめた眼鏡の黒髪褐色肌女性と白いワンピースに紐サングル、背中に白い翼と頭に光輪を抱く金髪日焼けギャル。
「キアラちゃん! 会いたかったわぁ! 帰って来たのねぇ!!」
「むぐぅ! むぐぐぅ!(ミキさん! お会いしたかったですぅ! また大きくなってませんかぁ!?)」
ミキちゃんに抱きしめられたキアラはその胸で窒息しかけつつも喜びの声を上げる。
「キアラ、気持ちはわかるけど……話が進まないからいいかしら?」
「ぷはあ……ごめんなさい、お母さま」
「お母さま?」
キアラと共にやって来た背中が大きく開いたスーツ姿の同年代と思しき褐色肌女性にミキちゃんは目を向ける。
「はじめまして守屋 美希様。私は魔界外務省長官秘書長、ソフィア・アンジェラ。淫魔族の父母を持つ淫魔族です。このたびはアラン・インマの件でご相談したい事がありまして参ったのですが……」
「アラン君の事で!? 何でしょうか……あっ、今私の名刺も……」
ソフィアさんが名刺を差し出していた事に気が付いたミキちゃんは慌てて自身の名刺も取り出し、交換する。
それからしばらくして、S区にあるマンション508号室。
「粗茶ですが……どうぞ」
トリコロールマグカップ、ニャンティのデザインチェンジカップ、寿司湯飲み、大きめなそば猪口。どうにか揃えたバラバラのコップ4つに入れたティーバッグほうじ茶をミキちゃんはテーブルに置く。
「こちらこそ急に押しかけてすみません……いただきます」
トリコロールマグを手に取ったキアラ母は温かいほうじ茶を啜る。
「それで話と言うのは…… ?」
「ええ、まずはアラン・インマの事ですが……彼の事はどの程度知っていますか?」
「……インキュバスで料理が上手、変身できる。それぐらいですかね」
ミキちゃんの平和な返答に魔界の二人は安堵のため息をつく。
「魔界王主導で行われたサンクス経済の発展と近代工業化。それに多大な貢献を果たしたのが淫魔財閥であり、その総帥殿には第一子イザベラ・インマ様と第二子アラン・インマ様と合計お二人の嫡子がいらっしゃいます」
「……淫魔財閥ってまさか」
ミキちゃんはあの時イザベラにもらった名刺をバインダーから取り出して確かめる。
「はい、アラン様は財力・権力・社会的影響力、全ての面で我々のような下級魔族とは格が違う超上位魔族……本来ならば我々のような下賤の者が関わるべき案件ではないのです」
「えっ、ちょっと待って……そんなすごい人がどうして私の所に来たの?
東大卒フリーターではあるまいし、なんでアラン君はそんなフーテンみたいな人生を選んだの?」
「……その件については我々も詳細は知らされておらず、口外すべきではないのですが」
ほうじ茶を飲んでいたキアラ母はトリコロールマグカップを置く。
「アラン殿はどうもお姉さまに何らかの家庭内虐待されていたようなんです」
「虐待ですって!?」
「大事な事なので三度言いますがあくまでこれは噂にすぎない個人的推測ですからね、守屋殿……お忘れなく」
爆弾発言をしたキアラ母はミキちゃんに念押しする。
「イザベラ殿も幼い頃から邪悪なるアレの狂気にとり憑かれたとあってはなぁ……何度もそれに助けられたとは言え割に合わんよ。ああいうのはワシは嫌じゃなぁ……」
「ラビオ殿!!」
横で口を滑らせかけたラビオ刑事をキアラ母は睨み黙らせる。
「おほん、説明が長くなりましたが……本題に入りましょう。
先日、魔界警察長官により守屋様をサキュバス・クイーンに人魔転生させた人魔転生行為禁止法違反で逮捕されていたアラン・インマの釈放が決定されたのですが……本人が釈放を拒否しており、魔界警察関係者はものすごく困っているのです」
「本人が拒否? それってどういう事?」
「うむ、アラン殿はご家族による引き取りも天界のアンジェラ家による身元引受申し出も拒否。食事も拒否して牢の隅に引きこもり無理やり連れだそうとすると大暴れ……どうしようもないのですわ」
「アラン君、かわいそうに……私に何かできる事は無いんでしょうか?」
ミキちゃんは頬を伝う涙をティッシュで拭く。
「ええ、私達がここに来たのはそれでして。守屋様お願いです! どうか特例措置としてアランの身元引受人になっていただけないでしょうか!?」
「ミキさん、お願いです! アラン様を……この通りです!」
「わしからも頼む、守屋殿! この老いぼれの頭でよろしければお好きなだけ足蹴にしてくだされ! さあさあ!」
アンジェラ母娘とラビオ刑事はミキちゃんに平身低頭頼み込む。
「……もちろんです! 何かサインや印鑑が必要でしょうか?」
即決と共に立ち上がったミキちゃんは戸棚から印鑑を取り出し、ペンを用意する。
「今は大丈夫です! ひとまずは言質をいただければそれで充分かと……ラビオ刑事、アラン君の安全のために急いで戻りましょう! キアラも来るのよ!」
ベランダに出て翼を広げるや否や慌ただしく飛び立っていく2人の魔界人。その後を追って光の翼を広げたキアラは一瞬振り向く。
「ミキさん、本当にありがとうございます! お礼は後日!」
「キアラ、急ぎなさい!」
「はい、お母さま!」
魔界人達は月光に照らされながら夜闇に飛び去って行った。
3人が去って静まり返った部屋。
ミキちゃんは窓とカーテンを閉め、スーツ上着とYシャツ、スカートを脱いでハンガーにかける。
「あっ、お弁当をレンジで温め……せめてチキンは冷蔵庫に入れないと……」
疲れ切ったミキちゃんはベッドに倒れこみ、コンビニ弁当に手も付けずそのまま寝てしまう。
炊き立てご飯の熱気、みそ汁の香り、だし巻き卵の誘惑的な甘ぁい匂い……鼻腔をくすぐる心地よいノスタルジックさにミキちゃんは薄目を開ける。
「……?」「ミキさん、おはようございます!」
そんな彼女に爽やかな声で朝の挨拶をする金髪イケメンに幻覚ではない温かい朝ごはん。
「おはよう、アラン君!」
ミキちゃんはS区のマンション508号室に帰って来たアランに微笑み返すのであった。
【完】
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