黒髪乙女とバンパイア

紗々

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第一章

#01 プロローグ

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 浮世では奇妙な生き物の存在が真しやかに噂されております。
 幽霊、妖怪、UMA、妖精、天使と悪魔に宇宙人……。例え文化や風習が異なる地域であっても、このように空想的な生き物の存在をほのめかす噂や言い伝えは世界各地にありますから不思議です。

 しかしこういったものは、遥か昔から語り継がれているにも関わらず、決してその存在を実証できないという非常に胡散臭いものでもあります。
 最も退屈をこじらせた人間の知的好奇心を刺激するには、多少のミステリーが残るくらいで丁度いいのかもしれません。
 だって実際、河童がスウェットを着て深夜のコンビニに立ち「あ、このお弁当温めてください。お箸は要らないんで」なんて言っていたら、嫌じゃないですか。
 いぶかしいものこそ永遠に人間の心をとらえて離さない、厄介な存在かもしれませんね。

 さて、このように神秘的なヴェールに包まれたもの達は、人々の好奇心を刺激する一方で一部の強欲な人間にとっては都合のいい客寄せパンダでもあります。

 例えば何処かの老舗宿に幽霊が出たとします。これをひた隠しにせず敢えて『怪奇!幽霊が出る老舗宿!恐怖におののく我々が見たものとは!?』なんて特集を組んだ日には、たちまちその宿は大盛況。テレビや雑誌の取材は殺到し、近隣住人はインタビューに答え、マルチグッズを取り扱う中小企業は幽霊にちなんだグッズを発売し、中国人がそのバッタもんを製作し、噂を聞き付けた全国のミーハーはこの宿の宿泊予約を確認する為、『じゃ●ん』をチェックするでしょう。

 このようなダシに使われて幽霊本人がどう思っているかは判りませんが、少なくとも愚かな守銭奴を嘲笑あざわらいつつ(ああ、こんな事なら出演料貰っときゃ良かった)なんて思っているに違いありません。
 兎も角、噂の陰には必ずそこに目を付けてビジネス展開する輩と、それに群がる好奇心旺盛なミーハーさんが居るというのは、世界共通ですね。

 海外を代表する伝説の生き物と言えば、バンパイアを思い浮かべる人が多いでしょう。
 バンパイア、すなわち吸血鬼。狼男、フランケンシュタインと並ぶ、三大怪物として知られています。お国や地域によって多少違いはあっても、バンパイアのイメージは殆どの人に共通しているでしょう。

 痩身で青白い肌をした美青年。不思議な魔力を持ち、糧となる血液を吸う為人々を魅了する。上品で高貴な振る舞い。大蒜や日光、十字架等が弱点である……。
 その他にも「どうせ襲うなら美女がいいね!」なんて下心丸出しの助平な一面もあるようですが、美形で高貴な人物と言うイケメン設定で、このような欠点(?)は許されているようです。

 心臓に杭をぶち込むと死亡するなんて話もありますが、急所に杭なんて打ち込まれた日にゃあ、バンパイアじゃなくても大概は死にます。
 こうやって特徴を並べ立てると案外弱点が多いようにも思われますが、やはり生粋のイケメン設定により、見事に三大怪物の中でも不動の人気を誇っています。
 だって狼男はちょっと野蛮な感じだし、フランケンシュタインはブサメンですもの。例え伝説上の生き物だろうが、イケメンに越した事はないのです。ただしイケメンに限る。こんなところまで、万国共通の認識ですね。

 バンパイアの聖地と言えば、ルーマニアが挙げられるようです。
 ブラム・ストーカーの著書『ドラキュラ』の舞台となっており、そのドラキュラのモデルとなったヴラド公が生まれた土地である事から、ルーマニアを訪れるバンパイアマニアは後を絶たないそうです。(あ、韻ふんじゃった)

 日本人の女子大生・ 白川小夜子しらかわさよこもその一人でした。
 彼女は幼少期からバンパイアの怪しげな魅力に憑りつかれ、十九歳となった今、憧れの地ルーマニアへ単身旅行に来たのです。

 小夜子は風変わりな少女でした。幼い頃から変わり者。友達なんて一人も居ません。うんと小さい時、周囲の女児が魔法少女に憧れて変身ステッキを振り回している時も、小夜子は一人、自作の鎌を持ち死神になったつもりで楽しんでいました。
 同年代の友人は皆泣きながら逃げて行きましたが、小夜子にとってはむしろそれが滑稽でした。
 小学校に上がってからは毎日図書室に閉じこもり、日本や海外の怪奇小説を読み漁るのが日課でした。奇妙で不気味で怪しげな文面が、小夜子の好奇心を刺激します。

 狼男、フランケンシュタイン、そしてバンパイア。常軌を逸した未知の生物が、ますます小夜子を虜にします。
 中でも妖艶な魅力を放つバンパイアには、すっかり心を奪われてしまいました。
 少しでも彼に近付けるように、日中は極力外に出なかったり、恐らくバンパイアが好んでいるであろう、黒い衣服を身に着けたり。更にはなるべく上品に、貴族のような振る舞いを気取ってみせるなど、彼女なりに努力を積み重ねていきました。
 一人称は漏れなく「私(わたくし)」を用いりますし、語尾には~ですわ、~ですのなどを付け、人一倍上品に振る舞っているつもりです。
 お蔭で小夜子は『根暗で本ばかり読んでいて、その上何を考えているかわからない、変にお嬢様気取りで人付き合いの悪いおかしな子』というレッテルを張られてしまいました。
    
 が、そんなもの、小夜子にとってはつまらぬ戯言ざれごとでしかありません。そんなくだらない連中とお喋りするより、不気味な伝説や小説の世界に陶酔した方が、余程素敵に愉快です。
 高校生になった小夜子は流石にその歳までバンパイアになれるなんて信じてはいませんでしたが、せめて物語のルーツに触れたいと思うようになりました。

 思い立ったら行動しないと気が済まないタチですから、すぐにルーマニア語の本を買って、語学のお勉強を始めました。
「どうせ覚えるなら英語にしろ、ルーマニア語なんてルーマニア以外じゃ通じないじゃないか」と、反対する両親の言葉など聞き入れず、毎日必死に勉強しました。
 苦労の甲斐あって、大学生となった今ではすっかりルーマニア語の達人です。(最もその情熱を学問に向けなかったばかりに、学校の成績はかなり危うかったようですが)

 そして遂に、憧れの地ルーマニアに足を運ぶ日となりました。バイトで必死に貯めた貯金と、子供の頃からのお小遣い。大学生には相当な大金をはたいて、幼少期からの夢と憧れを胸に抱き、この地へやって来たのです。
 憧れのルーマニアへ滞在するのですもの、それなりの召し物を身に着けなければなりません。小夜子はバンパイアにお熱な一方、あるファッションにも夢中でした。

 ゴシック&ロリータ

 ゴスロリという略称の方が、有名でしょうか。ロリータ・コンプレックスという言葉があるように、ロリータはすなわち幼児性。永遠の少女性を意味します。

 花も嵐も踏み越えたような、成熟した大人なんて面白くありません。それよりも辛い現実からは目を背け、甘い夢や空想に浸っている少女で居る方が、余程人生楽しく過ごせるでしょう。
 大人なんてつまらないものになるよりも、永遠に少女のまま気まぐれな人生を謳歌した方が、ずっと素敵に決まっています。
 少女のように可憐なロリータですが、これに一見すると対比的とも思えるゴシック要素を加えたものがゴスロリです。ただ甘いだけではない、危険なアングラ感が加わり、少女的だけどお耽美、お上品だけどちょっぴりアナーキーな、危うげな領域を生み出しているのです。
 面倒な屁理屈はともかく、あのひらひらとした華美なレースやフリル使い、ロマンティックなディテール、どこか怪しげで退廃的な雰囲気が、小夜子のセンスにドンピシャだったわけです。

 すっかりゴスロリ少女となった小夜子は、毎月のバイト代を語学勉強につぎ込むと同時に、お洋服代にもつぎ込まなければなりませんでした。朝から晩まで、夏でも冬でも、起きている時も寝る時だって、全身ゴスロリ、ゴスロリ尽くしです。
 大学で小夜子とすれ違う学友は、皆遠巻きに見詰めたりクスクスとこちらを指さして笑っていたりしますが、そんなものちっとも気になりません。
 だって、そういった意地悪な視線をよこす女の子に限って、髪は流行のゆるふわ、ファッションも雑誌モデルが着ていたものを、そのまま見よう見真似したようなつまらない恰好をしているんですもの。

 彼女らにアイデンティティはありません。ただ流行や周囲の目、男性ウケを気にするばかりで、自分の意志を身にまといやしないのでしょう。

 異性に媚びる者は美しくありません。彼女らは異性に褒められる事を目的としてお洋服を身に纏っているのです。男性から見て『イイ女』でさえあれば、自己表現や自己愛の精神などは皆無に等しいのです。
 だからあれはファッションでは御座いません。性的に男を引き寄せる為だけに布切れを身に着けている、娼婦のようなものです。
(マー酷い言い草!御不快に思われた方御免下さいまし)
 そんなツマラナイ女の子達の悪口なんて、「フン、五月蝿い虫が何か騒いでいるわ」程度にしか受け止めていません。頭の中までゆるふわな女の子なんて、こちらから願い下げです。

 小夜子は髪も染めません。日本人に似合うのは昔から黒髪だと決まっています。
 よく、いかにも安っぽいキャバクラ嬢に毛が生えたようなペラッペラの量産型モデルを広告塔としたファッション雑誌では、『モテ髪は茶髪が主流』などと謳っていますが、そんなもの美容業界に踊らされているだけです。
 どんなに西洋風の栗色やブロンドに染色したって、黄色い肌をしたのっぺり顔の日本人に似合う筈がありません。どんなに本人がお洒落でハイセンスなつもりでいても、欧米人にコンプレックスを抱いた哀れな黄色人種の猿真似に過ぎません。

 その証拠に、テレビに出ている美人の女優さんや流行の若手アイドルは、皆美しい黒髪をしているでしょう?
 美しさの本質を判っている者は、世間の馬鹿げた風潮に流されず、堂々と持ち前の美しさを売り出すものです。何の疑いも無く『流行だから』『お洒落だから』なんて理由で易々と髪を染める女性は、所詮美しさなど理解できず、目先の情報に流されているだけなのです。

 だから小夜子の髪は、一切の混じり気がない純粋な黒髪です。お手入れには気を使っているので、真っ直ぐな黒髪はいつも艶やかな光沢を放っています。
 自分の容姿に自信がある訳ではないけれど、風が吹けばサラリとなびく黒髪のロングヘアは、ちょっと自慢です。

 そんな訳で大学へ入学してからも相変わらず友人ゼロのぼっちライフを満喫している小夜子ですから、女子単身で海外旅行へ行くなどと突飛な事を言い出しても、引き止めるものは両親くらいしか居ませんでした。
 最も一度決めたらテコでも考えを曲げない頑固な一人娘の性質を一番知っている両親ですから、無理に引き止めはしませんでしたけれども。

 颯爽と旅立った小夜子がルーマニアに降り立った時、(嗚呼、私が求めていたのはこの場所だったのね!)なんて一昔前のドラマみたいなセリフを浮かべる程に感動したのは言うまでもありません。
 しかし、まさかこの夏休みを利用した二週間のルーマニア旅行が、こんなにも奇妙奇天烈な体験の始まりになるとは、誰も予想していなかったでしょう……。
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