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12巻
12-1
しおりを挟む第一章 船旅をしよう。
僕は茅野巧。元日本人。どうして〝元〟かと言うと、一度命を落としてしまったからだ。
その原因は、エーテルディアという世界の神様の一人、風神シルフィリールのうっかりのせいだったりする。そして、そのことに責任を感じたシルフィリール――シルは、僕を自分の眷属としてエーテルディアに転生させてくれたのだ。
しかも、最初に降り立った場所がガヤの森という危険な森で、さらにさらに! そこで双子の子供を保護することになる。
双子は身寄りがなかったのでアレンとエレナと名づけ、僕の弟妹として一緒に生活することになったのだけど、しばらくして水神様の子供と判明した。まあ、判明したところで、生活に変わりはないんだけどね~。
ただ、二人は意外と戦闘好きということもあって、最近では僕よりも子供達のほうがレベルが高くなっている。それでちょっと情けなく感じていたんだが、少し前に僕達が今いるところ、お世話になっているルーウェン伯爵家が治めるルイビアという街の近くでオークの巣が発見された。僕もその討伐に参加して大量のオークを倒したため、しっかりとレベルを上げることができたのだ。
何とか子供達のレベルを追い抜くことができたので、正直ほっとしている。
そんなオーク討伐から数日。
ここ数日は報告書や素材についてなど……主に後始末に追われていて、やっと手が空いたので、子供達との約束を果たすことにした。
僕がオーク討伐に出かける際、子供達にお留守番をする条件として、僕が戻ってきたら好きなところへ行こうと約束していたのだ。
「アレン、エレナ、どこに行くか決まった?」
「「あのね、あのね!」」
僕が尋ねると、子供達は満面の笑みになる。
「アレンね」
「エレナね」
「「おふね、のりたい!」」
行き先ではないが、二人はやりたいことをしっかりと決めていた。
「港で見たやつだね?」
「「うん!」」
「大きいほう? 小さいほう?」
「「おっきいの!」」
大きいのということは、漁船ではなく商船だな。
「じゃあ、まず乗れる船を探さないといけないな。今日は港に行って情報収集だな」
「「わかったー!」」
さすがに今日すぐに……というわけにはいかないので、まずは船の出港する日や行き先なんかを調べるために、港に行くことにした。
「「ふーね、おふねー♪」」
港に向かって歩きながら、アレンとエレナは機嫌よく歌う。
「さて、旅客船の管理は……あそこかな?」
「「おふねのかんばーん!」」
「そうだね。とりあえず、あそこで聞いてみよう」
「「うん!」」
まずは目についた、船の看板が掲げられているお店に向かう。
「こんにちはー」
「「こんにちはー」」
「いらっしゃいませ」
「すみません、こちらは商船の店で合っていますか?」
「はい、そうでございます」
目的の店だったようだ。
ホッとしていると、受付の女性が尋ねてきた。
「乗船をご希望ですか? それとも荷物の配送ですか?」
「乗船したいんですが、ここから出港する船はどこ行きになるんですか?」
まずは一番大切なことを確認する。
「セルディーク国のビルドという街に行くものが多いですね。あとは少数ですが、北上してアルゴ国とクレタ国行き、ガディア国内ですとヨランの街行きがあります」
へぇ~、三つの国に船が出ているのか。ヨランの街は、ガディア国の南東。ここルイビアと、以前滞在していたベイリーの街の、ちょうど真ん中あたりの街だな。
「アレン、エレナ、どこに行きたい?」
「「いったことないとこ!」」
「ははっ、どこも行ったことないよ~」
ヨランの街はもちろん、アルゴ国、クレタ国の海沿いの街も行ったことがない。セルディーク国に関しては、国自体にも行ったことがない。
「そうだな~、せっかくなら行ったことがないセルディーク国かな?」
「「うん、そこがいい!」」
というわけで、行き先はセルディーク国のビルドの街に決めた。
「ビルドの街行きでしたら、船の大きさはその都度違いますが、三日に一度出港していますね」
「へぇ~、結構出港しているんですね。そうだな~、なるべく大きな船がいいかな」
「それでしたら、五日後のものが良いかと。ただ、船足が少しゆっくりになりますので、午前に出港して翌々日のお昼着となります」
じゃあ、船で二泊ってことだな。そのくらいなら問題ない。
「じゃあ、五日後のビルドの街行きの船に、大人一人、子供二人で予約したいんですが、空きはありますか?」
「えっとですね……勧めておいて申し訳ないのですが……」
「あ、もしかして、いっぱいですか?」
「いいえ、まだ空きはございますが……空いているお部屋のランクが少々不向きかと思いまして」
受付の女性は、とても言い辛そうにしている。
部屋のランクか。そうだよな、一律の乗船料ではないよな~。
「えっと……まず部屋のランクについて教えていただいてもいいですか?」
「はい、部屋のランクは全部で四つ。上からご説明しますと、まずは特等室になります。特等室は広めの寝室にバスルーム、テラスがついている個室となります。次の一等室は寝室のみですが、個室となります。二等室は二段ベッドの四名相部屋。三等室は十名から十二名ほどの相部屋となります」
個室と相部屋か。まあ、理想は個室だよな。
「それで、空いている部屋というのは、どのランクなんですか?」
「特等室と三等室になります」
「なるほど」
きっと特等室は貴族や富豪向けで値段が高く、大人数の相部屋も子供連れの僕達には不向きということで、どちらも勧め辛かったのだろう。
でも――
「じゃあ、特等室でお願いします」
「……え?」
僕の言葉に、受付の女性は驚いた表情で固まってしまった。
「と、特等室はお値段が張りますがよろしいのですか?」
「はい、大丈夫です」
「本当によろしいのですか?」
僕が正確な料金を聞く前に乗船を決めてしまったからか受付の女性は再確認してくるが、僕達の稼ぎは貴族や富豪達に引けを取らないと思うので問題ないだろう。
「これでもAランクの冒険者をしていますから、稼ぎはあるんですよ」
「そ、そうなのですね。失礼しました。では、ご予約を承ります」
料金の半分は先払いで、残りの半分は乗船する時に支払うことになるようなので、さくっと前金を払ってしまう。
ちなみに料金は、僕達なら一回の薬草採取で充分に稼げるくらいの金額だった。僕としては意外と安い? と思ったのだが……一般家庭なら二、三カ月生活できる金額であるようだ。
それから渡航中の注意事項などを聞いて、お店を後にした。
「じゃあ、準備期間は今日も入れて五日だな」
無事に船の予約ができたので、旅の準備を始めることにする。
とはいっても、物資は《無限収納》にたっぷりあるので、改めて用意するものはほとんどない。
あ、でも、船旅に必要なものを調べる必要はあるな。持っていないものがあれば買わないと。
あとは主に挨拶だな。セルディーク国へ行った後は、時期的にここには戻ってこられないと思う。ルーウェン家次男、グランヴァルト・ルーウェン様の結婚式に出席するために直接王都に向かうことになるだろうからな。……いや、この街には戻って来るか? ただ、ほとんど素通りになる予定だけどな。
まあ、このルイビアの街は僕達の実家と言える場所なので、二度と来ないということはない。〝ちょっと出かけてきます〟くらいの挨拶で十分だ。
あ~、でも、孤児院に遊びに行ったり、パステルラビット仲間の冒険者のメレディスさんの娘さんと会ったり、食堂のオヤジさん――ミルトンさんと大量のフライ作りをしなくてはならないな。
「今日はこのまま街をぶらぶらしつつ買いものをして、最後に冒険者ギルドに顔を出すか」
「「わかったー」」
それから、親しくなった冒険者のエヴァンさん、スコットさんには挨拶をしたいので、夕方を目途にして冒険者ギルドに向かうことにした。依頼に出ていても帰って来る時間帯だからな。それでも会えなかったら、宿を訪ねればいい。
「で、あとは時間がある限りレベッカさんやルカリオくんと過ごそうか」
「「うん!」」
子供達が〝おばあさま〟と慕っているルーウェン伯爵夫人のレベッカさん、レベッカさんの長男、グランヴェリオさんの息子であるルカリオくんとしばらく会えなくなる。なので、今のうちにしっかりと遊んでおくように言えば、アレンとエレナは満面の笑みで返事をした。
王都からレベッカさんがいなくなる時は泣いていた二人だが、今回はそんなに寂しそうではないな。やはり、自分達が旅立つのと相手が旅立って行くので違うのかな? それとも、すぐに会う予定があるからかな?
「今回は、別れは寂しくないのかい?」
「「あのね、あのねー」」
子供達の心情が気になったので、聞いてみることにした。
「おみやげをね」
「いっぱいよういするの」
「「それでね」」
「いっぱいよろこんでもらって」
「いっぱいおどろいてもらうの」
「なるほど」
二人はたくさんのお土産やお土産話を用意して、喜んでもらったり驚いてもらったりすることを覚えたようだな。今から次に会う時のことが楽しみなんだろう。
「そうだな。いっぱいお土産を用意しような」
「「うん! おにぃちゃん、ドラゴンみつけようね!」」
しかも、お土産にドラゴンの肉を用意するという話をまだしっかりと覚えているようで、かなりやる気を見せていた。
◇ ◇ ◇
「じゃあ、行ってきます」
「「いってきます!」」
「タクミさん、アレンちゃん、エレナちゃん、気をつけてね」
「あ~ぅ」
「タクミくん、また王都で」
「いってらっしゃい」
僕達はレベッカさん、ルカリオくん、ヴェリオさん、ヴェリオさんの奥さんのアルメリアさんに見送られて、ルーウェン家の邸を出た。
五日前、ルーウェン家の皆さんに船旅に出かけることを伝えたのだが、そう驚かれることはなかった。
どうやら僕が留守の時、子供達に「ご褒美にどこに連れて行ってもらうの?」と聞いたところ、その時から「「ふねにのりたい!」」と言っていたらしい。なので、近々僕達が船旅に出るということを予想していたとのことだった。
「寂しい?」
「「……ちょっとだけ」」
邸を出た後、子供達がちらちら後ろを振り返っていたので二人の頭を撫でる。
「セルディーク国にいるのは長くても秋の間だけ。冬になる頃には王都に戻るから、またすぐに会えるよ」
「「うん、そうだね!」」
今はまだぎりぎり夏だが、そろそろ涼しくなる頃だ。なので、二、三カ月後にはまた会える。
もしくは、数日観光したら、さっさとルイビアの街に帰って来てもいいのだ。それなら、一カ月も経たないうちに会えるだろう。
寂しさちょっと、わくわく大半といった様子の子供達だったが、港に着いた途端、感嘆の声を上げた。
「「おっきい!」」
「本当に大きいね。って、僕達が乗るの、この船か!?」
「「おぉ~」」
泊まっている船の大きさに驚いたのだろう。まあ、かなりの大型船だったので、僕も驚いたけどね。
そして、船と陸地を繋ぐ桟橋には、僕達が予約したお店の看板が掲げられていた。
「おはようございます。お待ちしておりました」
船に近づいていくと、予約した時の受付の女性が立っていた。
「「この、ふね?」」
「ええ、そうですよ」
「「すごーい!」」
やはり、この船で間違いないようだ。
「ここまで大きいとは思いませんでした」
「我が商会が所有する一番の船でございます」
「へぇ~、それは楽しみだ」
「お客様の船旅が安全に進みますよう最大限配慮させていただきますので、どうぞお楽しみください」
「はい、お願いします」
早速、料金を支払った僕達は、船へと乗り込み、部屋へ案内してもらった。
「こちらになります」
「「おぉ~」」
「これは凄い」
ひと目で良いものだとわかる家具や調度品が置かれている部屋だ。
「お気に召していただけました?」
「ええ、良い部屋ですね」
落ち着くかどうかはわからないが、良い部屋であることは間違いない。
そう思っていると、受付の女性が扉の一部分を示した。
「お手数ですが、こちらに魔力を流していただけますか」
「えっと、これは?」
「部屋の使用者を魔力で登録いたします。部屋の施錠は自動でされますので、出入りの際はこちらに魔力を流して扉をお開けください」
「へぇ~、そんな魔道具があるんですね」
この部屋はオートロックであるようだ。
扉の表裏に設置されている魔道具によって、魔力を判別して扉を開ける仕組みになっている。なので、部屋に入る時だけではなく、部屋を出る時も魔道具を作動させる必要があるそうだ。
「ありがとうございます。お子様もよろしいでしょうか」
「アレン、エレナ、ここに魔力を流してだって」
「「はーい」」
僕達は言われるがままに、入り口の扉にあった魔道具に魔力を流した。
「これで僕達以外、この部屋に出入りできなくなるんですか?」
「いいえ、あと船長が。それ以外は、船員でも以前にこの部屋をご利用いただいたことのあるお客様でも、開けることはできません。有事のことを考えまして、船長の登録だけはご容赦願います」
「ああ、確かにその措置は必要ですね」
部屋の中で客に異変があった場合、部屋を開けられなかったら助けることもできないしな~。ちゃんと考えているようだ。
「「うごいたー」」
「本当だ、動き出したな」
部屋の中を確認していると、窓から見える景色が動き出していることに気がついた。
「アレン、エレナ、テラスに出てみよう」
「「うん、でるー」」
せっかくなので、出港する様子を見ようとテラスに出ることにした。
「「はなれちゃうね~」」
「そうだな」
「「あっ! おばあさま!」」
「えっ!? どこ?」
「「あそこ!」」
「うん? あ、本当だ!」
船は陸地に沿うように横向きに泊めてあり、僕達が借りた部屋のテラスは陸地側を向いていたので、ちょうど港から少しずつ離れていく様子が見られた。
少しだけ寂しい気持ちで離れていく陸地を見ていると、子供達が港にレベッカさんがいるのを発見した。見送りに来てくれたようだ。
「「おばあさまー!!」」
アレンとエレナが大きな声で叫びながら手を振ると、レベッカさんもこちらに気がついてくれたようで手を振り返してくれる。
さすがに淑女であるレベッカさんが声を上げることはなかったが、小さく口は動いていた。
僕は読唇術なんてものは使えないが、何となく「いってらっしゃい」と動いていたような気がした。
「見送りに来てくれるなんて言っていなかったのに……でも、来てもらえて嬉しかったね」
「「うん! あのね! おみやげ、がんばる!」」
「ははっ、そうだね」
船が進み、レベッカさんの姿が見えなくなるまでテラスから港を眺めた僕達は、次は甲板に行ってみることにした。
「そういえば、体調は大丈夫か? 気持ち悪くなったりしていないかい?」
「「だいじょうぶ!」」
「そうか。それならいいけど、気持ち悪くなったらすぐに言うんだぞ」
「「は~い」」
初めての船。船酔いはないかと心配したが、問題ないようだ。一応、酔い止めの薬は用意したんだが、今のところ僕にも子供達にも必要なさそうだな。
「「おぉー」」
甲板に出ると、子供達はすぐに船首に向かって走り出す。
「足下、濡れているかもしれないから気をつけるんだよ」
「「はーい」」
滑って海に落ちる……なんてことになれば大変だが、うちの子達なら注意さえしておけばそんなことにはならないと思うので、止めなくても大丈夫だろう。
「「おぉ~」」
船首に行くと、子供達は海を覗き込んで感嘆の声を上げた。
「どうした? 何が見える?」
「「うみがバシャーン、って!」」
「ん? ――ああ、これか」
何を言っているのかよくわからなかったので僕も覗き込んでみる。
すると、船が海を掻き分ける時にできる波が凄かった。きっと、このことを言っているのだろう。
「「ひゃっ! つめたい!」」
水飛沫がかかったようで、子供達は可愛い悲鳴を上げる。
悲鳴と言っても、「「きゃー、きゃー」」言っているので、楽しんでいるのだろう。
「落ちるなよ~」
「「だいじょーぶ。おちないよ~」」
かなり身を乗り出して水飛沫を浴びようとしているので、ここでもまた注意しておいた。
しばらくすると満足したのか、二人は船首から離れる。
「「おもしろかった~」」
「あーあ、びしゃびしゃだな~」
「「かわかして~」」
「はいはい、じゃあ、じっとして」
「「はーい」」
アレンとエレナは水飛沫でぐっしょり濡れていたので、すぐに魔法で乾かす。
「これでよし」
「「ありがとう」」
「どういたしまして。じゃあ、次はどうする?」
「おふねの」
「たんけーん!」
「了解。さすがに船の中では騒ぐんじゃないよ」
「「はーい」」
甲板を満喫した僕達は、次は船の中の探検に繰り出すことにした。
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