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11巻
11-1
しおりを挟む第一章 合同依頼を受けよう。
僕は茅野巧。エーテルディアという世界に転生した元日本人。
この世界の神様の一人である風神シルフィリール――シルがうっかり起こした不慮の事故が原因で命を落としてしまったんだけど、責任を感じた彼によって転生させてもらったのだ。
転生してから気がついたのだが、何故か僕はシルの眷属となっていて、しかもステータスに表示される種族は【人族?】と……人間まで辞めてしまったようだ。だがまあ、眷属としては仕事も役目もないとのことで、普通に冒険者となって気ままに生活している。
……いや、最初に降り立ったのがガヤの森というかなり危険な場所であったことと、そこで双子の子供を保護したことは、『普通』とは言い切れないか。
実は、その双子は水神様の子供で、シルの差し金によって保護することになったんだけど……アレンとエレナと名づけて、僕の弟妹として一緒に生活している。
いろんなことがあったが、この世界来てもう一年とちょっと、そろそろ二度目の夏がやってこようとしている。
今はどこにいるかというと、僕の後見をしてくれているルーウェン伯爵が領主として治める土地、ルイビアの街。
そこに伯爵夫人のレベッカさんや、その子息であるグランヴェリオさんと再会するためにやってきたのだ。
そして、僕達はその街で、のんびり過ごしたり依頼をこなしていたりと、いつものように楽しく過ごしている。
今日はひょんなことから知り合った、エヴァンさんとスコットさんという冒険者と一緒に依頼を受ける予定だ。
二人が組んでいる冒険者パーティ『鋼の鷹』はBランクらしいので、僕達Cランクパーティの『白き翼』より格上の存在である。なので、今日はいろいろ勉強させてもらおうと思っている。
「夜光茸なんてどうですか?」
「お、いいんじゃないか」
冒険者ギルドで『鋼の鷹』と待ち合わせした僕達は、まずは依頼ボードに貼られている依頼書を吟味する。
僕の言葉にエヴァンさんが頷いていると、スコットさんが別の依頼書を示す。
「そうですね。それと、これはどうです?」
「いいですね」
「「これはー?」」
話し込む僕達を見て、アレンとエレナも依頼書を差した。
「クラーケンの素材……アレン、エレナ、それはちょっと止めておこうか」
「「だめー? じゃあ、これー」」
「どれどれ……フレアトータスか? これならいいんじゃないか?」
「そうですね。それならいいと思いますよ」
「「やったー」」
エヴァンさんとスコットさんの許可も得て、最終的には魔物素材系の依頼を二つ、薬草系の依頼を一つ選んだ。
「よし、これで決まりだな」
「では、受付をして行きましょうか」
「そうですね」
「「もういくー?」」
「行くよ~。アレン、エレナ、準備はいいかい?」
「「うん」」
受付を済ませた僕達は、早速街を出た。
「山と海岸、どっちから行きますか?」
「そうだな~、まずは山のほうに行ってジャンボエルクを探しつつ、夜光茸を採取できる場所に向かうか。そっちが片づいたら海岸のほうに回ってフレアトータスだな」
「それがいいでしょう」
「「やま~、いこう、いこう!」」
僕とエヴァンさん、スコットさんの話し合いで行き先が決まると、アレンとエレナが今にも走り出しそうになる。
「こらこら! アレン、エレナ、勝手に行くんじゃないよ」
「「えぇ~」」
「ほら、手を繋ぐよ」
油断するとすぐにどこかに行ってしまいそうなので、久しぶりにアレンとエレナの手を繋ぐ。
「「えへへ~」」
やや不満そうな子供達だったが、一度繋いでしまえば、楽しそうに手を大きく振りながら歩く。
「仲が良いな~」
「そうですね。ほのぼのします」
「俺らの気も緩みそうな気がするが……まずいよな?」
「気をつけましょう」
エヴァンさんとスコットさんは僕達のことを微笑ましく見つつも、気を引き締めているようだ。
「「あっ」」
「ん? どうしたんだ?」
「やくそうあった~」
「とってくる~」
薬草を見つけた子供達が早速駆け出そうとするが、手を繋いでいたため阻止できた。
そんな僕達を見て、エヴァンスさん達が声を掛けてきた。
「タクミ、子供達を自由にしていいぞ。なあ、スコット」
「ええ、構いませんよ」
「いいんですか? この子達、本当に動き回りますよ?」
「どこかに行ったまま帰ってこない……ということはないのでしょう?」
「それは大丈夫ですね」
もしはぐれても位置がわかるようになっているからな。でも、子供達が迷子になること自体が想像できないかな?
「じゃあ、問題ないな」
「では、お言葉に甘えます。アレン、エレナ、目の届く範囲からいなくなるなよ」
「「は~い」」
エヴァンさんとスコットさんの許可が出たので子供達の手を離すと、二人は嬉々として薬草に向かって走り出す。
「リリエそうあった~」
「クレンそうもあったよ~」
子供達は採取した薬草を手に持って嬉しそうに戻ってきた。
それからも、少し進んでは薬草を見つけるという行動を繰り返す。
「「またあった~」」
「短時間でこんなに……」
「凄いですね。自分達で稼いでいるって聞いていましたが、ここまでとは思いませんでした」
薬草を採っては僕のところに持ってくる子供達を見て、エヴァンさんとスコットさんが呆気に取られている。
今のところは、普通に見つけられる薬草しか採取してきていないんだけどな~。
「「あっ!」」
「お、また何か見つけたのか? 今度は何を見つけたんだ?」
さすがに慣れてきたのか、子供達が突然走り出すのをエヴァンさんが視線だけで追う。
「ちょっと待ってください! エヴァン、あれ!!」
「ホーンラビットじゃないか!」
子供達の行く先に魔物がいたので、スコットさんとエヴァンさんが慌てる。
「エヴァン!」
「おうよ!」
「あ~……二人なら大丈夫ですよ?」
「いえ、タクミさん。ホーンラビットは弱いとはいえ魔物ですよ」
僕が止める間もなく、スコットさんの言葉に従い、エヴァンさんが武器を構えて子供達のところへ走っていく。
「「やぁー」」
「「……」」
だが、エヴァンさんが追いつく前に、子供達はあっさりとホーンラビットを倒してしまっていた。
僕の横で呆然とするスコットさんと、途中で走るのを止めるエヴァンさん。
「「たおしたー」」
「うん、おかえり」
アレンとエレナはホーンラビットの死骸を引っ張りながら帰ってきた。エヴァンさんも一緒に。
「アレン、エレナ、エヴァンさんとスコットさんが驚くから、魔物がいた時はまずは僕に言う。できるよね?」
「「んにゅ? わかったー?」」
とりあえず、魔物がいたらすぐに走り出さずに申告するように伝えると、二人は首を傾げながらも了承する。
そんな僕達の隣では、スコットさんとエヴァンさんが感心したように頷いていた。
「運動神経が良さ気なのは、剣を振っているのを見てわかっていましたが……ここまでとは思いませんでしたね。なかなか良い動きでした」
「鮮やかで見事な蹴りだったぞ」
「「えっへん!」」
二人に褒められ、アレンとエレナは嬉しそうに胸を張る。
と、僕はそこでとあることを思い出す。
「そういえば、戦闘スタイルを教えていませんでしたよね? 子供達は先ほどのように蹴り技が主体で、あとは水魔法。僕は基本的に魔法で、よく使うのが風魔法です」
「そうでしたね。私達のほうは見ての通り、エヴァンが背中に背負っている大剣、私はこの剣です。魔法はあまり得意ではないので補助程度ですが、エヴァンが火、私は水を使います」
「ずっと思っていましたが、エヴァンさんのその大剣は凄いですよね~」
アレンやエレナよりも大きな剣。あれを振り回すのには、かなりの筋力を使いそうだ。
まあ、僕も振り回すだけならできそうだが、操ることはできずにすっぽ抜けて、どこかに飛んでいくことだろう。
「「おにーちゃん、おにーちゃん」」
「ん? どうしたんだ?」
「オオカミきたー」
「いってくるね」
戦闘スタイルについて確認していると、アレンとエレナが魔物が来たことをしっかりと告げてから走り出した。
「グレイウルフが三匹ですね」
「俺達って、こんな風にのんびりしていていいのか?」
「あのくらいなら問題ないですね」
そんなことを話しているうちに、アレンとエレナはあっという間にグレイウルフのもとに辿り着き、あっさりと倒してしまう。
「俺達の出番がなくなるって、冗談や比喩じゃなくて本気で言っていたんだな」
「そうですね」
武器の講習中、一緒に依頼を受けようと話していた時に僕が言っていたことを思い出したのか、エヴァンさんが大きく溜め息を吐く。そんな彼を横目に、スコットさんが尋ねてきた。
「タクミさん、実際あの子達は、どの程度の敵なら問題なく戦えるのですか?」
「グレイウルフなら大型の群れでも大丈夫かな?」
「……Dランクの群れが大丈夫なのですか。では、冒険者ランクはあえて抑えてあるのですね?」
「ええ、子供ですからね」
アレンとエレナの冒険者ランクはDランクで、実力にしては低めだが、あの歳でDランクなのは非常に珍しい。これよりも上のランクになると、悪目立ちしてしまうこと間違いなしだ。
「身分証の代わりなのでFのままでも良かったのですが、それだとランクが高めの依頼をパーティで受けられないので、それでDランクです」
「ああ、なるほど」
子供達の実力やランクについて話をしていると、子供達が三匹のグレイウルフを引きずって戻ってきた。
「「おにーちゃん、これ、おいしい?」」
「ん? ん~、ウルフよりちょっとだけ良いお肉かな?」
「「じゃあ、ふつー?」」
「……まあ、そうだね。普通かな」
「「そっか~、ざんね~ん」」
普通と聞いて、アレンとエレナが少しだけしょんぼりする。
「じゃあ、食べないのか? それなら売ればいいさ」
「「おにくはだめ~」」
うちの子達は順調に食いしん坊に育っているため、食べもの……特に肉類は絶対に売ろうとしないんだよな~。
「良い肉なら取っておくのはわかるんだけど、普通の肉を消費できないほど持っていても仕方がないだろう。だから、少し売ろう?」
「「だめ~」」
頑なだ……今度、こっそり売ってみようかな?
「「あっ!」」
「アレン、エレナ、どうしたんだ?」
「ちょっとまって~」
「ちょっとだけ~」
山を進んでいると、アレンとエレナが突然、道の脇にある茂みに入って行った。
「何だ? どうしたんだ?」
先行していたエヴァンさんが振り返って、何があったのか尋ねてくる。
「すみません。何か見つけたみたいで……」
「ははっ、タクミ、そんな申し訳なさそうな顔をしなくてもいいぞ」
「そうですよ。あの子達にはいろいろと面白い経験をさせてもらっていますからね。自由に行動させてあげてください」
エヴァンさんとスコットさんが寛大で本当に助かる。
こう度々脱線していたら、普通なら怒ったり嫌な顔をしたりするだろうが、二人はそんな様子がない。本当に突拍子もない子供達の行動を楽しんでいるようだ。
「おにーちゃん!」
「いっぱいいたよ~」
そうこうしているうちに、アレンとエレナが戻って来た。まあ、まだ声だけで姿は見えないけどね~。それにしても……「いっぱいいた」とは何のことだろう?
「「「うわっ!」」」
戻ってきた子供達の姿を見て、僕だけではなくエヴァンさんとスコットさんも驚きの声を上げた。
何故なら、子供達はそれぞれ片腕に一匹ずつと頭の上に一匹、計六匹のパステルラビットを連れていたからだ。
「……またか」
「またぁ!?」
「タクミさん、ちょっと待ってください。『また』ということは、以前にもあったのですかぁ!?」
エヴァンさんとスコットさんは、思わず零した僕の言葉を聞き漏らさなかった。
「ええ、まあ……」
大量のパステルラビットとの遭遇は、一度……いや、二度経験があって、これが三度目になるのかな?
「アレン、エレナ、そのパステルラビット達はどうしたんだ?」
「「えっとね……あれ! ほごした!」」
「……保護」
どこから覚えてくるんだ、その言葉は……。
「じゃあ、あれか。ギルドでまた飼い主を見つけるのか?」
「「それ!」」
「でも、それだと飼い主がどんな人かわからないぞ?」
大事にしてくれる人のもとへ行けるのであれば〝保護〟になるかもしれないが、悪い飼い主に当たれば〝保護〟にはならない。
一度目の時はマティアスさんに頼んで知り合いのもとに行ったので、どの子も可愛がられていると思う。だが、二度目の時は裏返した依頼書からアレンとエレナが選んで、どの依頼主のもとに行くか決まったので、パステルラビット達がどうなっているかはわからない。
「だいじょーぶ!」
「ちゃんとえらぶ!」
アレンとエレナはといえば、何故か自信満々である。
裏返した依頼書にも勘が働いているのだろうか? うちの子達の勘は馬鹿にできないから、それなら大丈夫なのかな?
「まあ、パステルラビット達が納得しているのならいいか」
僕が《無限収納》から大きな籠を取り出すと、アレンとエレナが慣れた手つきでパステルラビット達をそこに入れていく。
「「いやいやいや!」」
「タクミ、本当に待て!」
「そうですよ。タクミさん、ちゃんと説明してください」
エヴァンさんとスコットさんが説明を求めてくる。
「パステルラビットは知っての通り、とても弱いです」
「ああ、そうだな」
「ええ。しかし、危険を察知する能力に長けていて、捕まえようとしてもなかなかできない魔物ですね」
二人の言う通り、それがパステルラビットの一般的な常識だな。だけど――
「どうやら、捕まえようとギラギラしていると、危険を感じて逃げるようなんです。そして、捕まえる気がないと、何故か寄ってきます」
「「まさか!」」
僕の説明を聞いて、エヴァンさんとスコットさんが目を見開く。
「実際にそうなんですよ。今だって籠に入れていますけど、閉じ込めているわけではないので逃げようと思えば逃げられる状態です。でも、逃げないでしょう?」
「……本当に逃げてないな」
「……ええ、嘘のようです」
僕の説明に信じられなさそうにする二人だが、籠に入れられているパステルラビットをまじまじと見てしばらく呆然としていた。
「はい、どうぞ」
僕は籠からパステルラビットを抱き上げ、エヴァンさんとスコットさんにそれぞれ一匹ずつ手渡す。すると、二人は恐る恐るパステルラビットを撫でていた。
「うわっ、懐っこいな~」
「ええ、飼っていれば懐いてくるとは聞きますけど……それでも初めのうちはなかなか懐かないはずなんですがね~」
「それ、捕まえられて怯えていたんじゃないですか?」
無理矢理捕まえられた後なら怯えているはずだ。そこから少しずつ、本当に少しずつ警戒を緩めて懐くのだろう。
僕の言葉に、二人は納得したようだった。
「それにしても、タクミ達と行動していると驚かされることばっかりだな~」
「本当にですね。まだ半日も経っていないんですけど、もう何度驚いたことか」
「今はまだ数えられる程度だが、絶対にまだまだ増えるだろうから、数えても無駄じゃないか?」
「それはそうですね」
今のところ驚かせているのは子供達であって、僕ではないと言いたいが……この先、僕がやらかさない保証はないしな~。うん、黙っておこう。
「「あっ!」」
アレンとエレナがまた何かを見つけて走り出した。
「お、今度は何を見つけたんだ?」
「薬草のようですね」
エヴァンさんとスコットさんは、子供達が次に何をやるのか、もはや楽しみなようだ。
「「また、いた~」」
そして戻ってきたアレンとエレナは、三匹のパステルラビットを連れていた。これで全部で九匹になったな。
「またかよ!」
「普通はそんなにほいほい見つかりませんよね!?」
エヴァンさんとスコットさんからすかさず突っ込みが入る。
「「あとね~」」
「キノコも」
「あったの~」
さらに、アレンとエレナが差し出したのは、今回の依頼の品である夜光茸だった。
「あ、これ、夜光茸だね」
「何っ!? おいおいおい! まだ日が暮れてないぞ!? 夜にならないと見つからないんじゃないのか?」
「いえ、エヴァン。日が暮れたほうが探しやすいだけで、見つからないわけではありません。ありませんが……そう簡単に見つかるものではありませんよ?」
エヴァンさんとスコットさんが今度は呆れたような声を出す。
夜光茸はその名の通り、夜になるとほんのり光るキノコだ。だが、生えている場所が木陰などの見つかりづらい場所であるため、ほんのり光っていてもはっきりとはわからない。
それなのに、アレンとエレナは光ってもいない夜光茸を見つけてきたのだ。
「よく見つけたな~」
「「このこたちいた~」」
「ああ、パステルラビットがいたところに、ちょうどキノコがあったのか?」
「「そう!」」
偶然だったらしい。それにしても、運がいいな。
「夜光茸だってわかって採ってきたのか?」
「「うん!」」
「よく特徴を覚えていたな~。偉い、偉い!」
「「えへへ~」」
光っていない夜光茸は、ほとんど特徴がなく、他のキノコと見分けがつきづらい。
なので、明るい時間帯に採取するには、しっかりと特徴を覚えていないといけない。
だが、子供達はキノコだからと採ってきたのではなく、ちゃんとわかっていて採ってきたようだ。
「この子達、ヤバいな」
「ええ、本当に。エヴァン、タクミさんの言った通り、私達の出番がなくなりそうですよ」
「それは本当にまずいな」
「ええ、ここからはいっそう気を引き締めて行きましょう」
「おう」
エヴァンさんとスコットさんがこそこそと二人で話し合い、気合を入れ直していた。
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