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10巻
10-3
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「エルフと会うのは初めてかい?」
「そうですね」
見た目がエルフに先祖返りしただけの人族であるアンディさんとハーフエルフのカーナさんになら会ったことはあるけれど、純粋なエルフは初めてだ。えっと……確か、人族の寿命が八十歳前後なのに対して、エルフの寿命は五百歳前後だったはずだ。
「それで、どうだろう? 招待は受けてくれるのかね? あ、もちろん、君の従魔達も一緒で構わないよ。ただ、赤い子は昼間みたいに小さくなってくれないと入れないけれどね」
オズワルドさんは常に落ち着いた様子で紳士的だし、アレンとエレナはもちろん、ジュール達も警戒する様子はない。
「みんな、どうする?」
「「んにゅ?」」
みんなにも意見を聞いてみたが、アレンとエレナはよくわからないのか首を傾げていた。
《いいんじゃないかな?》
《そうね。アレンちゃんとエレナちゃんを屋根の下で寝かせられるのなら、そのほうがいいと思うわ》
《そうですね。ぼくもいいと思います》
《えぇ~、オレ、一緒に寝たい~》
《ベクトルは小さくなって寝ればいいの! わたしもいいの!》
ジュール達は順番に意見を言っていく。
結果は、賛成が四。反対が一。まあ、ベクトルも完全な反対というわけではなさそうだ。
「じゃあ、お願いします。あ、僕は冒険者のタクミと言います」
多数決の結果、オズワルドさんの家にお邪魔することになったので、改めて僕も名乗り、子供達のことも順番に紹介した。
「そうか、招待を受けてくれてありがとう。じゃあ、タクミさん、こっちだ。おいでなさい」
「はい」
オズワルドさんの家に向かっている途中、アレンとエレナは歩きながらうとうとし始めていた。
「おいで」
「「……うにゅ」」
僕が抱き上げると、二人は本格的に眠り始める。
「おやおや、すっかりお眠のようだな。すまなかったね。もう少し早く迎えに行けば良かったのだが、君達がどんな人物なのか確認する必要はあったからな~」
「まあ、どんな人物かわからない人間をほいほい自宅に招き入れるわけにはいきませんから、必要なことだと思いますよ。場所も場所ですしね」
こんな人里離れた森の中で人と出会ったら、僕だって相手がどんな人物なのか確認する。無警戒でほいほいと声を掛けたりしない。
「さあ、こっちだ」
オズワルドさんの案内で森を歩くと、薄い膜のようなものをくぐった感覚があった。
「ベクトルが言っていた結界の場所かな?」
《そう! さっきは通れなかったとこだ!》
蒼海宮――人魚族の集落に行った時に似たような経験したことがあるのですぐにわかった。
「……そういえば、この森はオズワルドさんが管理していたりしますか?」
この森は〝自生している〟では済まされないくらいたくさんの果実で溢れていた。オズワルドさんに会う前はそういうこともあるんだな~と思っていたが、結界の中に入って絶対に違うと確信した。
だって、結界の中の木や茂みには、さっきまでいた所よりもさらに多くの果実が生っているじゃないか!
それで聞いてみたところ、オズワルドさんはあっさりと頷いた。
「私というよりは植物に強い同居人が、暇を持て余していろいろやっているな」
「大変申し訳ありません!」
僕はオズワルドさんの返答を聞いて、すぐに謝罪した。
「ん? 何に対しての謝罪かな?」
「僕達、森に生っていた果実を勝手に採ってしまいました」
「ああ、それなら気にしないでいい。ここは別に私の土地っていうわけじゃないし、私達だけでは食べきれないほど生っているからね。あとは自然に朽ちていくだけだから、それなら君達に美味しく食べてもらったほうが、うちの子も喜ぶさ」
オズワルドさんは少しも気を悪くした様子はなく、むしろもっと採れと言わんばかりだ。
《そうよ。遠慮せずにもっと食べてちょうだい》
「うわっ!」
そんな会話をしていると、背後に突然、緑色の髪の女性が現れ、僕は思わず驚きの声を上げてしまった。
《あら、驚かせちゃったかな? 私はドライアドのマーシェリー。オズワルドの相棒よ》
ドライアドって樹の精霊だったよな?
少し透けていること以外は普通に見えるその女性から【念話】っぽい声が聞こえる。
「こらこら、マーシェリー。子供達が寝ているんだから、驚かすのは止めなさい」
《あら、わざとではないわよ?》
「それはわかっているが、子供を相手にすることには慣れていないだろう? なら、注意は必要だろう」
《ふふっ、それもそうね》
クローディアもそうだったが、マーシェリーさんもオズワルドさんのことを慕っている様子がしっかりと窺えた。
《オズ、奥の部屋、使えるようにしておいたわよ》
「ありがとう、マーシェリー。――じゃあ、タクミさん、こっちの部屋を使ってくれ」
結界を通り抜けるとすぐにオズワルドさんの家が見え、そのまま中に入って部屋まで案内される。
「ありがとうございます。二人を寝かせたら、少しお話できますか?」
「私は構わないが、明日になってからでもいいのだよ?」
「オズワルドさんの聞きたいことというのも気になりますから」
「ああ、それもそうだね。じゃあ、お茶を用意して待っているから、子供達を寝かせたら居間に来てくれ」
「はい、ありがとうございます」
オズワルドさんが居間のほうに向かうのを見送ってから僕は部屋へ入り、アレンとエレナをベッドに寝かせる。
「じゃあ、ベクトルとジュールは二人についていてくれ」
《うん、わかった》
《まかせてー》
添い寝すると宣言していたベクトルは、小さい姿でいそいそと子供達の枕になっているし、ジュールも既に小さい姿でアレンとエレナの間に収まっている。そんなわけで、僕が離れている間のことは任せることにした。
《タクミ兄、わたしもここに残って二人が静かにしているように見張るの!》
《じゃあ、私とボルトは兄様のほうね》
《そうですね》
マイルも部屋に残ることになり、小さい姿のフィートとボルトが、僕と一緒にオズワルドさんが待つ居間に行くことになった。
「早かったね」
居間に入ると、とても良いハーブの匂いがした。
「ハーブティーを用意してもらったんだが、苦手だったら遠慮なく言ってくれ。違うものを用意するから」
「大丈夫です。ありがとうございます」
僕はひと口お茶を飲んでから、率直にオズワルドさんに用件を尋ねる。
「早速ですが、オズワルドさんの用件は何でしょうか? 結界を張って森に住んでいるぐらいですから、あまり人との接触がお好きではないのでしょう?」
あえて街や村から離れた森の中で従魔と住んでいるのだ、あまり人付き合いが好きでないことは容易に想像できる。
オズワルドさんは、そんな僕の質問にあっさりと頷いた。
「タクミさんの思っている通り、私は人との付き合いを煩わしく思ってここに住んでいる。最初は姿を現す気はなく、君達が立ち去るのを静かに待つつもりだったよ」
想像は合っていたようだ。
「だが、タクミさんがなかなか良い従魔を従えていたからね、まずそこに興味を持った」
《あら、私達?》
フィートが声を出すが、オズワルドさんとマーシェリーさんには聞こえないらしい。
じゃあ、マーシェリーさんは【念話】じゃなくて、喋っていたのかな? それとも【念話】スキルの熟練度が上がれば、不特定多数の人にも聞こえるようになるのかな?
とりあえず、腕の中のフィートを撫でておく。
「まあ、それだけでは会う気にはならなかったのだが、君が見たこともない料理を作っていて、さらに興味が湧いた」
「……料理ですか?」
「私の知らない調味料を使っているようだったからね」
《ショーユのことかしら》
「そうだね」
調味料ってことだから、ショーユで間違いないだろう。
人とあまり関わりたくないオズワルドさんを惹きつけるとは、ショーユは優秀だな~。
「僕が使っていたものはショーユというものですね」
「ショーユと言うのかい? それで、それは何からできているかわかるかい? 実は私は、肉や魚が一切食べられなくてな」
「迷宮に生えるコイクチって木の樹液です。それにしても菜食主義ですか。種族的なものですか?」
「いや、エルフだからというわけではないな。ただ、私自身が受け付けないだけだ」
「あ、そうなんですね」
へぇ~、エルフ全員が菜食主義ってわけではないんだな。
「野菜や果実だけなら森で年中何かしらは調達できるし、塩やパンは街に住む知り合いに頼んで調達しているから困りはしないのだが……少々飽きてしまっていてな」
「……そうですよね」
パンと野菜と果実だけ、それも塩味だけの生活か~。
食事は生きるために必要とはいえ、四百年以上あまり代わり映えのしない食生活をしているのだとしたら、さすがに飽きるな。
「ショーユは木の樹液なのでオズワルドさんでも大丈夫だと思いますよ。あと、ミソの実っていう調味料として使えるものがありますけど、それはご存知ですか?」
「ミソの実? 初めて聞くな! 名からして木の実だな?」
オズワルドさんが頬を紅潮させて喜んでいる。相当、食生活で疲弊していたんだな。
「あとはそうだな~。最近できた調味料ですけど、いろんな香りをつけた塩がありますね」
お手軽塩シリーズも数種類あるが、肉と魚を使っているものはないので大丈夫だろう。
「おぉ! 塩にも種類があるのか! それは素晴らしい情報だ、ありがとう! いやぁ、本当に君に声を掛けて良かった! しかし、良い情報が聞けても、あやつがそれを探して購入してくれるかが問題か……」
「お譲りしますよ?」
てっきり調味料が欲しくて声を掛けられたんだと思ったが、オズワルドさんは情報が欲しかっただけのようだ。
「本当かい? すぐにでも食べてみたいので、譲ってもらえるなら嬉しいな。それと、できることなら使い方も伝授してもらいたい。もちろん、報酬は弾むので頼まれてくれないかい?」
「伝授? オズワルドさんにですか?」
《いいえ、私にね》
僕の質問にマーシェリーさんが答える。
どうやら料理をするのはオズワルドさんではなくマーシェリーさんのようだ。精霊って料理ができるんだな~。
「簡単なものでいいなら教えられますので、とりあえず明日の朝ご飯を一緒に作ってみましょうか」
《ええ、お願い》
「けど、どの程度教えればいいですか?」
「タクミさんの作れるもの全て……と言いたいところだが、そういうわけにはいかないからな。そうだな、ショーユとミソの実を使ったものをそれぞれ数点ずつは頼みたいな。どうだろう?」
ん~、朝ご飯と昼ご飯を一緒に作れば、品数的には達成できるかな?
「それなら問題ないですね」
「本当かい!? タクミさん、ありがとう!」
「いいえ、その代わりと言ってはなんですが、もう少し森で果実を採ってもいいですか? 報酬は是非ともそれでお願いします」
《あら、それなら問題ないわよ。むしろ、熟しているものは全部収穫してちょうだいな》
手持ちの調味料をひと通り譲り、そしてなおかつ、その使い方を教えることと引き換えに、果実採り放題の権利をいただいたのだった。
翌朝、僕はオズワルドさん家の台所を借りてマーシェリーさんと一緒に朝食を作る。
アレンとエレナは朝一から、ジュール達と一緒に元気に森へ果実を採りに行った。
「えっと、肉と魚は一切駄目だけど、卵とミルクは大丈夫なんですよね?」
《ええ、それで合っているわ。あと、バターやチーズも大丈夫ね》
マーシェリーさんにオズワルドさんの食べられるものを確認しつつ、作るものを決める。
「じゃあ、まずはオズワルドさんリクエストの、割下で野菜を煮たものですね」
《そうね。昨日の夜、あなた達が食べているのを見てたけれど、とても美味しそうだとオズの目が釘付けだったわ》
「そ、そうだったんですね。じゃあ、シロ葱とシロ菜で同じものを作ればいいかな?」
《ええ、そうしてあげてちょうだい》
そんなに気になっていたんだったら、肉なしだが同じ料理にしたほうがいいかと思って聞けば、マーシェリーさんが頷く。
「あとはお手軽塩で野菜炒め、昆布出汁に野菜をたっぷりと入れたミソ汁、エナ草のお浸し、キノコのバターショーユ焼き、調味料は関係ないけれど卵焼きもつけましょう」
あとは、パンよりはご飯のほうが良さそうなので、米――白麦を炊くことにする。
「この塩は基本的に野菜炒めに使ってくれればいいと思います。今日はどの塩にしましょうか?」
《そうね~、この緑色にしようかしら》
どの料理もそれほど手間が掛かるものではないのでどんどん仕上がり、最後に野菜炒めを作る。
蓋の色で塩の種類が違うお手軽塩を説明すると、マーシェリーさんはハーブ塩を選んだ。
《あら、良い香り。これだけで味が変えられるなら簡単でいいわね。オズも喜ぶわ~》
「それなら良かった」
そうしてちょうどご飯ができ上がった時、いろんな果実で籠をいっぱいにした子供達が帰ってきた。
「「ただいまー!」」
《この森、本当に凄いね》
《旬なものも旬じゃないものもいっぱい実っていたわ~》
《たくさん採れました》
《いっぱい食べた!》
《ベクトルは食べてばっかりだったの!》
ジュール、フィート、ボルト、ベクトル、マイルがそう言う中、〝見てみて〟と言わんばかりに、子供達は果実の入った籠を差し出してくる。
「いっぱい採れたな~。これはこのまま食べたほうがいいかな?」
「「えぇ~」」
良い具合に熟して甘そうな果実ばかりなので、そう思ったのだが、アレンとエレナが不満そうな声を出す。
「何だ? 駄目か?」
「アイス~」
「ジャムも~」
《兄ちゃん、果実水もいいと思う!》
《フルーツミルクもいいわね》
《干し果実にしても美味しくなるんじゃないですか?》
《美味しければどれでもいい!》
《ただ凍らせても美味しそうなの!》
アレンとエレナだけじゃなく、ジュール達もそのまま食べる以外の食べ方を言ってくる。
「アイスにジャム、果実水にフルーツミルク、干し果実に冷凍果実か。ははは~、随分といろんな食べ方が出たな~」
マーシェリーさんにはジュール達の声は聞こえていないはずだからと、今提案された品々を復唱すると、マーシェリーさんは驚いて目を見開く。
《あら、果実にもいろんな食べ方があるのね~。そんなに種類があるなら、採ってきた量が足りないんじゃないかしら? 全部作れるようにもっと採るといいわ》
「「いいの?」」
《いいわよ~》
ニコニコするマーシェリーさんに、不安になって僕は尋ねる。
「本当にいいんですか?」
《ええ、だって、オズってば最近あまり食べないのよ~。フルーツミルクや冷凍果実なんかは作ったことがないから、もしかすると食べるかもしれないけれど、それを差し引いてもまだまだいっぱい生っているでしょう? だから、遠慮なくどうぞ》
美味しい果実でも食べ過ぎると飽きちゃうのかな?
昼ご飯……じゃなくて、おやつの時間にでも、フルーツミルクや冷凍果実を出してみよう。
《……さあ、これで完成ね。早速、ご飯にしましょうか。きっと、オズ、うずうずしながら待っているはずよ》
朝ご飯にしては少し豪勢な料理をテーブルに運ぶと、みんなで囲んで食事を始める。
「……美味しい」
まずはひと口、割下で煮た野菜を食べたオズワルドさんは、ぽつりと言葉を零す。
「……これも……これも……どれも美味しい」
順番に料理をひと口ずつ口に運び、噛みしめるように食べていく。
ちょっと涙目になってさえいた。
「これもおいしいよ」
「いっぱいたべてー」
涙目になっているオズワルドさんを見て、アレンとエレナが料理を勧める。
「ありがとう。でも、いっぱいあるから、二人もたくさん食べなさい」
「「うん」」
オズワルドさんはご飯も気に入ってくれたので、今後も白麦を調理できるように、僕が予備で持っていた炊飯器の魔道具を売ることにした。
仲良く朝ご飯を食べ終わり、少し休憩した後、また料理を作り始める。今度は昼ご飯とおやつだ。
まずは昨夜思いついたうどんを作ることにし、子供達に協力してもらっている。
「「ふみふみ~♪ ふみふみ~♪」」
小麦粉に少量の塩、水を入れて捏ねたものをビニール袋くらいの薄さの革袋に入れて、裸足になった子供達に踏んでもらっている。
ちなみにジュール達は、ここではあまり手伝えることがないからと、果実採りに行っていた。
「マーシェリーさん、これは必ずしも踏む必要はなくて、手で捏ねてもいいんですけど……多少の力は必要になりますね」
《そうね、でも量が少なければ大丈夫そうよ》
「それもそうですね」
今は大人数のご飯のために多めに作っているので、それなりに労力は必要だが、二人前ならマーシェリーさんの細腕でも大丈夫か~。
「「おいしくな~れ♪ おいしくな~れ♪」」
「良い感じ! もうちょっと頑張ってくれたらとっても美味しくなるよ!」
「「がんばる!」」
アレンとエレナが頑張ってくれている間に、食後のデザート作りをすることにした。
小麦粉に砂糖と卵、牛乳を入れて混ぜ、熱したフライパンで薄く焼く。
「……あ、穴が開いた」
最初の一枚目は残念ながら、生地をひっくり返す時に穴を開けてしまったが、二、三枚焼けば慣れてくる。
「「それなーに?」」
アレンとエレナはうどんを踏みながらも、僕の作業をちゃんと見ていたようで、何を作っているか聞いてくる。
「これはクレープの生地だよ」
「「クレープ?」」
「そう。この生地でクリームとかジャム、果実を包んで食べるんだよ。いろんなものを用意して選ばせてあげたいところだけど、今日はたっぷりのカスタードクリームにたっぷりベリー、それにチョコレートソースにしようか」
「「うん! たのしみ~♪」」
わくわくした目の双子に見守られながら生地をどんどん焼いて量産していき、焼けた生地が冷めたら今度はどんどん包んでいこうと思うのだが……その前に穴が開いた生地を切り分けてひと口サイズのクレープを作る。
マーシェリーさんに一つ渡して、口を大きく開けるアレンとエレナの口にも入れてあげた。
「「んん~~~」」
《あら、甘くて美味しいわ~》
「生の果実、煮た果実、ジャム……どれにでも合いますよ」
《いろいろ楽しめそうでいいわね~》
アレンとエレナはもちろん、マーシェリーさんも気に入ってくれたようだ。
あ、そういえば、最近シルにお裾分けをしていなかったな~。ちょうど量産するところなので、シルに送る分も作ることにしよう。
「そうですね」
見た目がエルフに先祖返りしただけの人族であるアンディさんとハーフエルフのカーナさんになら会ったことはあるけれど、純粋なエルフは初めてだ。えっと……確か、人族の寿命が八十歳前後なのに対して、エルフの寿命は五百歳前後だったはずだ。
「それで、どうだろう? 招待は受けてくれるのかね? あ、もちろん、君の従魔達も一緒で構わないよ。ただ、赤い子は昼間みたいに小さくなってくれないと入れないけれどね」
オズワルドさんは常に落ち着いた様子で紳士的だし、アレンとエレナはもちろん、ジュール達も警戒する様子はない。
「みんな、どうする?」
「「んにゅ?」」
みんなにも意見を聞いてみたが、アレンとエレナはよくわからないのか首を傾げていた。
《いいんじゃないかな?》
《そうね。アレンちゃんとエレナちゃんを屋根の下で寝かせられるのなら、そのほうがいいと思うわ》
《そうですね。ぼくもいいと思います》
《えぇ~、オレ、一緒に寝たい~》
《ベクトルは小さくなって寝ればいいの! わたしもいいの!》
ジュール達は順番に意見を言っていく。
結果は、賛成が四。反対が一。まあ、ベクトルも完全な反対というわけではなさそうだ。
「じゃあ、お願いします。あ、僕は冒険者のタクミと言います」
多数決の結果、オズワルドさんの家にお邪魔することになったので、改めて僕も名乗り、子供達のことも順番に紹介した。
「そうか、招待を受けてくれてありがとう。じゃあ、タクミさん、こっちだ。おいでなさい」
「はい」
オズワルドさんの家に向かっている途中、アレンとエレナは歩きながらうとうとし始めていた。
「おいで」
「「……うにゅ」」
僕が抱き上げると、二人は本格的に眠り始める。
「おやおや、すっかりお眠のようだな。すまなかったね。もう少し早く迎えに行けば良かったのだが、君達がどんな人物なのか確認する必要はあったからな~」
「まあ、どんな人物かわからない人間をほいほい自宅に招き入れるわけにはいきませんから、必要なことだと思いますよ。場所も場所ですしね」
こんな人里離れた森の中で人と出会ったら、僕だって相手がどんな人物なのか確認する。無警戒でほいほいと声を掛けたりしない。
「さあ、こっちだ」
オズワルドさんの案内で森を歩くと、薄い膜のようなものをくぐった感覚があった。
「ベクトルが言っていた結界の場所かな?」
《そう! さっきは通れなかったとこだ!》
蒼海宮――人魚族の集落に行った時に似たような経験したことがあるのですぐにわかった。
「……そういえば、この森はオズワルドさんが管理していたりしますか?」
この森は〝自生している〟では済まされないくらいたくさんの果実で溢れていた。オズワルドさんに会う前はそういうこともあるんだな~と思っていたが、結界の中に入って絶対に違うと確信した。
だって、結界の中の木や茂みには、さっきまでいた所よりもさらに多くの果実が生っているじゃないか!
それで聞いてみたところ、オズワルドさんはあっさりと頷いた。
「私というよりは植物に強い同居人が、暇を持て余していろいろやっているな」
「大変申し訳ありません!」
僕はオズワルドさんの返答を聞いて、すぐに謝罪した。
「ん? 何に対しての謝罪かな?」
「僕達、森に生っていた果実を勝手に採ってしまいました」
「ああ、それなら気にしないでいい。ここは別に私の土地っていうわけじゃないし、私達だけでは食べきれないほど生っているからね。あとは自然に朽ちていくだけだから、それなら君達に美味しく食べてもらったほうが、うちの子も喜ぶさ」
オズワルドさんは少しも気を悪くした様子はなく、むしろもっと採れと言わんばかりだ。
《そうよ。遠慮せずにもっと食べてちょうだい》
「うわっ!」
そんな会話をしていると、背後に突然、緑色の髪の女性が現れ、僕は思わず驚きの声を上げてしまった。
《あら、驚かせちゃったかな? 私はドライアドのマーシェリー。オズワルドの相棒よ》
ドライアドって樹の精霊だったよな?
少し透けていること以外は普通に見えるその女性から【念話】っぽい声が聞こえる。
「こらこら、マーシェリー。子供達が寝ているんだから、驚かすのは止めなさい」
《あら、わざとではないわよ?》
「それはわかっているが、子供を相手にすることには慣れていないだろう? なら、注意は必要だろう」
《ふふっ、それもそうね》
クローディアもそうだったが、マーシェリーさんもオズワルドさんのことを慕っている様子がしっかりと窺えた。
《オズ、奥の部屋、使えるようにしておいたわよ》
「ありがとう、マーシェリー。――じゃあ、タクミさん、こっちの部屋を使ってくれ」
結界を通り抜けるとすぐにオズワルドさんの家が見え、そのまま中に入って部屋まで案内される。
「ありがとうございます。二人を寝かせたら、少しお話できますか?」
「私は構わないが、明日になってからでもいいのだよ?」
「オズワルドさんの聞きたいことというのも気になりますから」
「ああ、それもそうだね。じゃあ、お茶を用意して待っているから、子供達を寝かせたら居間に来てくれ」
「はい、ありがとうございます」
オズワルドさんが居間のほうに向かうのを見送ってから僕は部屋へ入り、アレンとエレナをベッドに寝かせる。
「じゃあ、ベクトルとジュールは二人についていてくれ」
《うん、わかった》
《まかせてー》
添い寝すると宣言していたベクトルは、小さい姿でいそいそと子供達の枕になっているし、ジュールも既に小さい姿でアレンとエレナの間に収まっている。そんなわけで、僕が離れている間のことは任せることにした。
《タクミ兄、わたしもここに残って二人が静かにしているように見張るの!》
《じゃあ、私とボルトは兄様のほうね》
《そうですね》
マイルも部屋に残ることになり、小さい姿のフィートとボルトが、僕と一緒にオズワルドさんが待つ居間に行くことになった。
「早かったね」
居間に入ると、とても良いハーブの匂いがした。
「ハーブティーを用意してもらったんだが、苦手だったら遠慮なく言ってくれ。違うものを用意するから」
「大丈夫です。ありがとうございます」
僕はひと口お茶を飲んでから、率直にオズワルドさんに用件を尋ねる。
「早速ですが、オズワルドさんの用件は何でしょうか? 結界を張って森に住んでいるぐらいですから、あまり人との接触がお好きではないのでしょう?」
あえて街や村から離れた森の中で従魔と住んでいるのだ、あまり人付き合いが好きでないことは容易に想像できる。
オズワルドさんは、そんな僕の質問にあっさりと頷いた。
「タクミさんの思っている通り、私は人との付き合いを煩わしく思ってここに住んでいる。最初は姿を現す気はなく、君達が立ち去るのを静かに待つつもりだったよ」
想像は合っていたようだ。
「だが、タクミさんがなかなか良い従魔を従えていたからね、まずそこに興味を持った」
《あら、私達?》
フィートが声を出すが、オズワルドさんとマーシェリーさんには聞こえないらしい。
じゃあ、マーシェリーさんは【念話】じゃなくて、喋っていたのかな? それとも【念話】スキルの熟練度が上がれば、不特定多数の人にも聞こえるようになるのかな?
とりあえず、腕の中のフィートを撫でておく。
「まあ、それだけでは会う気にはならなかったのだが、君が見たこともない料理を作っていて、さらに興味が湧いた」
「……料理ですか?」
「私の知らない調味料を使っているようだったからね」
《ショーユのことかしら》
「そうだね」
調味料ってことだから、ショーユで間違いないだろう。
人とあまり関わりたくないオズワルドさんを惹きつけるとは、ショーユは優秀だな~。
「僕が使っていたものはショーユというものですね」
「ショーユと言うのかい? それで、それは何からできているかわかるかい? 実は私は、肉や魚が一切食べられなくてな」
「迷宮に生えるコイクチって木の樹液です。それにしても菜食主義ですか。種族的なものですか?」
「いや、エルフだからというわけではないな。ただ、私自身が受け付けないだけだ」
「あ、そうなんですね」
へぇ~、エルフ全員が菜食主義ってわけではないんだな。
「野菜や果実だけなら森で年中何かしらは調達できるし、塩やパンは街に住む知り合いに頼んで調達しているから困りはしないのだが……少々飽きてしまっていてな」
「……そうですよね」
パンと野菜と果実だけ、それも塩味だけの生活か~。
食事は生きるために必要とはいえ、四百年以上あまり代わり映えのしない食生活をしているのだとしたら、さすがに飽きるな。
「ショーユは木の樹液なのでオズワルドさんでも大丈夫だと思いますよ。あと、ミソの実っていう調味料として使えるものがありますけど、それはご存知ですか?」
「ミソの実? 初めて聞くな! 名からして木の実だな?」
オズワルドさんが頬を紅潮させて喜んでいる。相当、食生活で疲弊していたんだな。
「あとはそうだな~。最近できた調味料ですけど、いろんな香りをつけた塩がありますね」
お手軽塩シリーズも数種類あるが、肉と魚を使っているものはないので大丈夫だろう。
「おぉ! 塩にも種類があるのか! それは素晴らしい情報だ、ありがとう! いやぁ、本当に君に声を掛けて良かった! しかし、良い情報が聞けても、あやつがそれを探して購入してくれるかが問題か……」
「お譲りしますよ?」
てっきり調味料が欲しくて声を掛けられたんだと思ったが、オズワルドさんは情報が欲しかっただけのようだ。
「本当かい? すぐにでも食べてみたいので、譲ってもらえるなら嬉しいな。それと、できることなら使い方も伝授してもらいたい。もちろん、報酬は弾むので頼まれてくれないかい?」
「伝授? オズワルドさんにですか?」
《いいえ、私にね》
僕の質問にマーシェリーさんが答える。
どうやら料理をするのはオズワルドさんではなくマーシェリーさんのようだ。精霊って料理ができるんだな~。
「簡単なものでいいなら教えられますので、とりあえず明日の朝ご飯を一緒に作ってみましょうか」
《ええ、お願い》
「けど、どの程度教えればいいですか?」
「タクミさんの作れるもの全て……と言いたいところだが、そういうわけにはいかないからな。そうだな、ショーユとミソの実を使ったものをそれぞれ数点ずつは頼みたいな。どうだろう?」
ん~、朝ご飯と昼ご飯を一緒に作れば、品数的には達成できるかな?
「それなら問題ないですね」
「本当かい!? タクミさん、ありがとう!」
「いいえ、その代わりと言ってはなんですが、もう少し森で果実を採ってもいいですか? 報酬は是非ともそれでお願いします」
《あら、それなら問題ないわよ。むしろ、熟しているものは全部収穫してちょうだいな》
手持ちの調味料をひと通り譲り、そしてなおかつ、その使い方を教えることと引き換えに、果実採り放題の権利をいただいたのだった。
翌朝、僕はオズワルドさん家の台所を借りてマーシェリーさんと一緒に朝食を作る。
アレンとエレナは朝一から、ジュール達と一緒に元気に森へ果実を採りに行った。
「えっと、肉と魚は一切駄目だけど、卵とミルクは大丈夫なんですよね?」
《ええ、それで合っているわ。あと、バターやチーズも大丈夫ね》
マーシェリーさんにオズワルドさんの食べられるものを確認しつつ、作るものを決める。
「じゃあ、まずはオズワルドさんリクエストの、割下で野菜を煮たものですね」
《そうね。昨日の夜、あなた達が食べているのを見てたけれど、とても美味しそうだとオズの目が釘付けだったわ》
「そ、そうだったんですね。じゃあ、シロ葱とシロ菜で同じものを作ればいいかな?」
《ええ、そうしてあげてちょうだい》
そんなに気になっていたんだったら、肉なしだが同じ料理にしたほうがいいかと思って聞けば、マーシェリーさんが頷く。
「あとはお手軽塩で野菜炒め、昆布出汁に野菜をたっぷりと入れたミソ汁、エナ草のお浸し、キノコのバターショーユ焼き、調味料は関係ないけれど卵焼きもつけましょう」
あとは、パンよりはご飯のほうが良さそうなので、米――白麦を炊くことにする。
「この塩は基本的に野菜炒めに使ってくれればいいと思います。今日はどの塩にしましょうか?」
《そうね~、この緑色にしようかしら》
どの料理もそれほど手間が掛かるものではないのでどんどん仕上がり、最後に野菜炒めを作る。
蓋の色で塩の種類が違うお手軽塩を説明すると、マーシェリーさんはハーブ塩を選んだ。
《あら、良い香り。これだけで味が変えられるなら簡単でいいわね。オズも喜ぶわ~》
「それなら良かった」
そうしてちょうどご飯ができ上がった時、いろんな果実で籠をいっぱいにした子供達が帰ってきた。
「「ただいまー!」」
《この森、本当に凄いね》
《旬なものも旬じゃないものもいっぱい実っていたわ~》
《たくさん採れました》
《いっぱい食べた!》
《ベクトルは食べてばっかりだったの!》
ジュール、フィート、ボルト、ベクトル、マイルがそう言う中、〝見てみて〟と言わんばかりに、子供達は果実の入った籠を差し出してくる。
「いっぱい採れたな~。これはこのまま食べたほうがいいかな?」
「「えぇ~」」
良い具合に熟して甘そうな果実ばかりなので、そう思ったのだが、アレンとエレナが不満そうな声を出す。
「何だ? 駄目か?」
「アイス~」
「ジャムも~」
《兄ちゃん、果実水もいいと思う!》
《フルーツミルクもいいわね》
《干し果実にしても美味しくなるんじゃないですか?》
《美味しければどれでもいい!》
《ただ凍らせても美味しそうなの!》
アレンとエレナだけじゃなく、ジュール達もそのまま食べる以外の食べ方を言ってくる。
「アイスにジャム、果実水にフルーツミルク、干し果実に冷凍果実か。ははは~、随分といろんな食べ方が出たな~」
マーシェリーさんにはジュール達の声は聞こえていないはずだからと、今提案された品々を復唱すると、マーシェリーさんは驚いて目を見開く。
《あら、果実にもいろんな食べ方があるのね~。そんなに種類があるなら、採ってきた量が足りないんじゃないかしら? 全部作れるようにもっと採るといいわ》
「「いいの?」」
《いいわよ~》
ニコニコするマーシェリーさんに、不安になって僕は尋ねる。
「本当にいいんですか?」
《ええ、だって、オズってば最近あまり食べないのよ~。フルーツミルクや冷凍果実なんかは作ったことがないから、もしかすると食べるかもしれないけれど、それを差し引いてもまだまだいっぱい生っているでしょう? だから、遠慮なくどうぞ》
美味しい果実でも食べ過ぎると飽きちゃうのかな?
昼ご飯……じゃなくて、おやつの時間にでも、フルーツミルクや冷凍果実を出してみよう。
《……さあ、これで完成ね。早速、ご飯にしましょうか。きっと、オズ、うずうずしながら待っているはずよ》
朝ご飯にしては少し豪勢な料理をテーブルに運ぶと、みんなで囲んで食事を始める。
「……美味しい」
まずはひと口、割下で煮た野菜を食べたオズワルドさんは、ぽつりと言葉を零す。
「……これも……これも……どれも美味しい」
順番に料理をひと口ずつ口に運び、噛みしめるように食べていく。
ちょっと涙目になってさえいた。
「これもおいしいよ」
「いっぱいたべてー」
涙目になっているオズワルドさんを見て、アレンとエレナが料理を勧める。
「ありがとう。でも、いっぱいあるから、二人もたくさん食べなさい」
「「うん」」
オズワルドさんはご飯も気に入ってくれたので、今後も白麦を調理できるように、僕が予備で持っていた炊飯器の魔道具を売ることにした。
仲良く朝ご飯を食べ終わり、少し休憩した後、また料理を作り始める。今度は昼ご飯とおやつだ。
まずは昨夜思いついたうどんを作ることにし、子供達に協力してもらっている。
「「ふみふみ~♪ ふみふみ~♪」」
小麦粉に少量の塩、水を入れて捏ねたものをビニール袋くらいの薄さの革袋に入れて、裸足になった子供達に踏んでもらっている。
ちなみにジュール達は、ここではあまり手伝えることがないからと、果実採りに行っていた。
「マーシェリーさん、これは必ずしも踏む必要はなくて、手で捏ねてもいいんですけど……多少の力は必要になりますね」
《そうね、でも量が少なければ大丈夫そうよ》
「それもそうですね」
今は大人数のご飯のために多めに作っているので、それなりに労力は必要だが、二人前ならマーシェリーさんの細腕でも大丈夫か~。
「「おいしくな~れ♪ おいしくな~れ♪」」
「良い感じ! もうちょっと頑張ってくれたらとっても美味しくなるよ!」
「「がんばる!」」
アレンとエレナが頑張ってくれている間に、食後のデザート作りをすることにした。
小麦粉に砂糖と卵、牛乳を入れて混ぜ、熱したフライパンで薄く焼く。
「……あ、穴が開いた」
最初の一枚目は残念ながら、生地をひっくり返す時に穴を開けてしまったが、二、三枚焼けば慣れてくる。
「「それなーに?」」
アレンとエレナはうどんを踏みながらも、僕の作業をちゃんと見ていたようで、何を作っているか聞いてくる。
「これはクレープの生地だよ」
「「クレープ?」」
「そう。この生地でクリームとかジャム、果実を包んで食べるんだよ。いろんなものを用意して選ばせてあげたいところだけど、今日はたっぷりのカスタードクリームにたっぷりベリー、それにチョコレートソースにしようか」
「「うん! たのしみ~♪」」
わくわくした目の双子に見守られながら生地をどんどん焼いて量産していき、焼けた生地が冷めたら今度はどんどん包んでいこうと思うのだが……その前に穴が開いた生地を切り分けてひと口サイズのクレープを作る。
マーシェリーさんに一つ渡して、口を大きく開けるアレンとエレナの口にも入れてあげた。
「「んん~~~」」
《あら、甘くて美味しいわ~》
「生の果実、煮た果実、ジャム……どれにでも合いますよ」
《いろいろ楽しめそうでいいわね~》
アレンとエレナはもちろん、マーシェリーさんも気に入ってくれたようだ。
あ、そういえば、最近シルにお裾分けをしていなかったな~。ちょうど量産するところなので、シルに送る分も作ることにしよう。
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