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8巻
8-2
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魔道具屋を後にした僕達は、お爺さんに紹介された鍛冶屋へと向かった。
お爺さんが作ってくれる魔道具に使うもの以外に、僕も作ってもらいたいものがあったんだよね。
本当はマティアスさんに店を紹介してもらおうと思っていたのだが、思わぬところでつないでもらえたよ。
「こんにちはー」
「「こんにちは~」」
「いらっしゃいませ」
「えっと……違ったらすみません、ヴァンさんでしょうか?」
「ん? そうだが?」
出迎えてくれたのは、三十代くらいの男性。お爺さんはヴァンさんのことを〝坊主〟と言っていたので、少し自信はなかったが……合っていたようだ。
僕よりずっと年上なんだけれど、お爺さんからすれば坊主なのだな~。
「僕、魔道具屋のお爺さんから紹介されて来たんですが……」
「魔道具屋? ボロ屋敷のソル爺さんか?」
「あ~、そういえば名前を聞いていなかったです。店はその……ボロ屋敷風な店構えですね」
魔道具屋のお爺さんはソルさんという名前らしい。「お爺さん」とばかり呼んでいたから、すっかり名前を尋ねるのを忘れていたよ。
「じゃあ、ソル爺さんで間違いないな。しかし、ソル爺さんからの紹介なんて珍しい。注文は何だ?」
「まずはこれをお願いしたいのですが……」
「ん~、どれどれ……」
僕はまず、ソルお爺さんに書いてもらった炊飯器の釜、かき氷機用の刃、鉄板などの寸法が書かれた紙をヴァンさんに渡す。
「変わった大きさのものばかりだな」
「難しいですか?」
「いや、このくらいなら問題ないな」
「本当ですか? それじゃあ、お願いします。それで、どれも複数お願いしたいんですけれど、数は――」
炊飯器は複数作ってもらう予定なので多めに。かき氷機の刃も欠けてしまう可能性があるし、鉄板と一緒に予備用をお願いした。
鉄板はさらに深めのものと、タコ焼き用のものも作ってもらうことにした。タコ焼き用の鉄板は説明に苦労したが、絵を描きながら伝えたので何とか作ってもらえそうである。
「あとは……」
「まだあるのか?」
「ええ、急ぎではないですが、ぜひ作ってもらいたいんですよね」
蒸し器用の鍋に超特大鍋、あとはサイズ違いの泡立て器がいくつか欲しい。
全ての注文を終えた時、ヴァンさんの顔が少々引き攣っていた気がするが、僕は前金を支払ってからお店を後にした。
◇ ◇ ◇
「「いっぱいかったね~」」
「買っちゃったね~」
鍛冶屋を後にした僕達は、まだ明るかったので街をぶらぶらと散歩する。
すると――
「ご飯をください!」
唐突に現れたヴィヴィアンに、そんな要求をされた。
彼女は以前、ベイリーの街近くで出会ったヴァンパイアの女性なのだが、出会う度にこうして食事を強請ってくる。
「……おい、ヴィヴィアン。お前の第一声はそれしかないのか?」
「あっ! キキビを使った料理も完成しましたか~?」
「おい!」
前回、確かにキキビ料理については、できたものを食べさせると約束していた。していたが……そうじゃない!
「あ! タクミさん、これは赤麦という、ある地域に生える、白麦に似た扱いをされているものなんですけれど……気になりませんかぁ?」
ヴィヴィアンはそう言って、何かが入っている革袋を掲げて見せてくる。
赤麦? 白麦と似たような扱いということは、家畜の餌に使われているってことだよな?
ん~、何だろうな~?
「赤麦って言うくらいなんだから、赤いものなのか?」
「粒自体は白麦よりも白っぽいですかね。赤麦って呼ばれるのは、粒の周りについている皮? 殻? それが真っ赤だからですね~」
へぇ~、皮が赤色か。
……ん? そういえば、白麦の皮の部分が何色かも、どんな風に生えているかも知らないよな。自分が知っている稲のように、穂に米が入っていると勝手に思い込んでいたが……そうとは限らないか。
というか、絶対に違う気がしてきたよ! だって、普通に手に入る白麦が綺麗に精米されているんだから。家畜の餌なら、あんなに綺麗に籾殻を外したりしないだろう。
「ヴィヴィアン、僕は白麦が生えているのを見たことがないんだが、あの白い粒ってどの部分なのか知っているか?」
「はい、知っていますよ~。えっと……私の膝丈よりも少し高いくらいの植物で~、上部のほうに丸い袋状の殻がいくつか連なっていてぇ~。その殻の中にあの白い粒が入っているんですよ~」
……ん~、地球の稲と同じように聞こえるかな? いや、だが待てよ――
「一粒ずつ殻がついているのか? それで、赤麦も同じか?」
「もぉ~、質問が多いですね。私は早くご飯が欲しいんですけどぉ~……仕方がないので答えますから、ご飯を奮発してくださいよ~。それで答えですが、一つの殻は硬貨くらいの大きさで、一つに二十粒くらい入っていたはずですよぉ~。で、赤麦は本当に色違いなだけですね~」
あぁ~、やっぱりちょっと違った。ヴィヴィアンの説明だと、玄米はないのかな?
それにしても米に似たものか~。似たもの……って――まさかっ!
「ヴィヴィアン、その赤麦をちょっと見せてくれ」
「はいはい~。これですよ~」
ヴィヴィアンから渡された、そこそこ重みのある革袋の中身を見る。
確かにヴィヴィアンの言う通り、見た目はほとんど米だが、これはもしかして……モチ米かな?
「「なーに?」」
アレンとエレナも僕の両脇から袋の中を覗き込む。
「たぶんモチ米だと思うんだけどな~」
「「もちごめー?」」
「そう。ご飯よりもっとモチモチしたものが作れるはずなんだ」
これがモチ米なら、蒸したものを潰して……ショーユに海苔、大根おろし、餡子に……大豆――丸豆を炒って粉にしたらきな粉もいけるか? 結構いろいろ楽しめそうだな! あっ、砂糖ショーユでみたらし風もいいよな!
「それ食べたいです! タクミさん、早速作ってください!!」
「アレンもたべたーい!」
「エレナもー!」
すぐさまヴィヴィアンがモチを食べたいと要求してきて、アレンとエレナも便乗する。
「アレン、エレナ。お昼ご飯を食べたばかりだろう?」
「「おやつー!」」
ソルお爺さんのところで昼食にしてからあまり時間は経ってないけど……おやつなら食べられるってことかな?
「さて、じゃあ、どこで作ってもらいましょうかね~」
「……決定かよ」
「決定ですよ~。だって、子供達も食べたがっているんですよ? それをタクミさんが無視するなんてできないはずです!」
……確かに無視はできないが、ヴィヴィアンに言われると癪だな。
「「もちもちたべたーい……だめ~?」」
「……くっ」
アレンとエレナの上目遣いは、僕には効果抜群だ。
「……本当にモチが作れるか、僕も試してみたいしな。作ってみるか」
「「やったー!」」
「おお! タクミさんがあっさり陥落した!」
からかうようにこちらを見てくるヴィヴィアンに、ジト目を向ける。
「ヴィヴィアン、煩い! ヴィヴィアンは試食しないんだな?」
「あ、すみません。黙ります! なので、食べます!」
そうしてヴィヴィアンを黙らせ、僕達は前回クリームどら焼きを作った時と同様に、彼女が泊まっている宿へ移動した。
「とりあえず、これでいいな」
まずは炊飯器に、洗った赤麦と水を入れる。本当はしばらく水に浸しておいたほうがいいはずだが、それは《エイジング》で解決。蒸すのも炊飯器で普通に炊けばいいだろう。
炊飯器を稼働させたところで、モチに合わせる具材かタレを用意することにする。
「しょっぱいのと甘いのなら、どっちがいい?」
できる味付けを全部、というわけにはいかないので聞いてみると――
「「あまいのー!」」
「両方で!」
「「あっ! りょうほう!」」
一旦、甘いものを選んだアレンとエレナだが、ヴィヴィアンの発言を聞いて意見を翻す。
ん~、これは子供達にとって悪影響になるだろうか? それとも、このくらいだったら問題ないかな? 微妙なところだ。
「……とりあえず、間をとって甘じょっぱいのにするか」
水に砂糖とショーユを同量溶かし、軽く沸かしてトロミをつける。
そうこうしているうちに、あっという間に赤麦が炊き上がった。
「「たけたー」」
「じゃあ、潰すか~」
僕の言葉に、アレンとエレナが不思議そうにした。
「「つぶすー?」」
「そうだよ。潰してモチモチにするんだ」
僕はそう言って、炊き上がった赤麦を、熱々のうちに潰していく。
「「ぺったん♪ ぺったん♪」」
アレンとエレナの声に合わせてすりこぎ棒で潰していけば、あっという間に粘りが出てきた。
モチつきみたいに力や時間を要さずに、簡単に僕の想像するモチ状態になった。
「ここまではモチだな」
「炊き上がりの見た目は白麦みたいでしたけど、全然違う状態になるんですね~。それで? もう完成ですか?」
僕は興味津々に覗いてきたヴィヴィアンに答える。
「あとはひと口サイズに丸めて、タレに絡めればでき上がりだな」
「丸めるのなら私でもできます。さ、さ! 早く作って食べましょう!」
四人でモチを丸めたら、あっという間に終わってしまったが……ヴィヴィアンの丸めたモチがかなり大きかった。
まあ、それはヴィヴィアンが食べればいいか。もともとこの赤麦はヴィヴィアンが持ってきたものだしな~。
「「かんせい~」」
「完成~」
「よし! じゃあ、食べてみるか」
「「「わ~い」」」
……ヴィヴィアンが子供達と同じレベルになっている気がするが、早速モチを口に運んでみる。
「お~」
想像通りの食感に、僕は安堵した。
モチだ。まごうことなきモチだ。やはり赤麦はモチ米で間違いなかった。
「「「ん~~~」」」
みたらしモチを食べた三人が歓喜の声を上げる。あの様子だと、口に合ったのだろう。
「タクミさん、美味しいです!」
「そりゃあ、良かった。で、ヴィヴィアン。この赤麦はどこに行ったら手に入るんだ?」
「内緒です」
「おい?」
是非ともこの赤麦を手に入れたかったのだが、ヴィヴィアンは答えようとしなかった。
「いや~、これは本当に教えられないんです。でもでも! こんなこともあろうかと、たっぷりと確保してきましたので、それで許してください!」
「……」
場所は秘密ということには引っ掛かるが、赤麦が手に入るのならいいか。
「わかった。じゃあ、場所を聞かない代わりに、持っている赤麦を売ってくれるんだな? いくらだ?」
「嫌です。売りません」
「おい!」
「私は物々交換しか受け付けません! なので、対価は料理でお願いします!」
僕はヴィヴィアンらしい返答にがっくりと項垂れるが、キキビのスープなど適当に対価を用意して、大量の赤麦を手に入れたのだった。
たくさんの赤麦を譲ってもらい、再び街をぶらぶらしていたところで、僕はふと思った。
「モチと言えば、やっぱり臼と杵かな~?」
今回炊いたモチ米は少量だったので、すりこぎ棒で潰すのは問題なかったが、もう少し量が多くなるとちょっと辛い。
いつもなら、お爺さんに魔道具を作ってもらわないと! と思うところだが……先ほどたっぷりと仕事をお願いしてきたばかりなので頼みづらいんだよね。
「うすー?」
「きねー?」
「モチを作る、木でできた道具だよ」
僕が答えると、子供達は目を輝かせた。
「「かうー!」」
「ん~、売っていないと思うぞ?」
「「えぇー!」」
不満そうな声を出した二人は、いいことを思いついたとばかりに口を開く。
「「じゃあ、つくる!」」
そして、すぐに違う案を出してきた。とても的確な案である。
魔道具も便利だと思うが、臼と杵を使った従来のモチつきというものも子供達にやらせてみたいので、作るのは賛成だ!
「そうだな。作ってもらうか!」
「「うん!」」
「じゃあ、木を扱う工房だな。行くか?」
「「いくー!」」
というわけで、木工を専門とする店を探すことにした。
意外とすぐに見つかった店の前で、アレンとエレナが首を傾げる。
「「ここー?」」
「うん、どうやら家具を作る工房らしいけど、お願いしてみようか」
「「おねがいする~」」
そうしてアレンとエレナは我先にと店に入っていく。
「「こんにちはー」」
「おやおや、可愛らしいお客様だね~」
「こんにちは」
「はい、いらっしゃい」
店に入ると、恰幅の良い中年の女性がにこやかに出迎えてくれた。
「「おねがいあるの~」」
「おやおや、注文があるのかい?」
「「うん、ちゅうもーん!」」
人の好さそうな女性だからなのか、アレンとエレナは躊躇いなく話し掛けている。
「すみません。こちらでは個人の注文は受けてくれますか?」
工房によっては特注を受け付けていないと聞いたことがあったので、最初に確認する。
「もちろんだよ。家具かい?」
「道具になるのかな? 形状は、すり鉢の大きいものと木槌ですね」
「おや、それなら問題ないさね。大きいと言っても、せいぜい私くらいの太さの木を使ったものだろう?」
「……」
特注が問題ないのは良かったが……女性から返答しづらいたとえが飛び出してきた。
「こらこら、お客人が返答に困っているぞ」
困っていたら、店の奥から中年の男性が出てくる。
「あら、あなた、ちょうど良かったわ。特注のお客様だから、呼びに行こうと思っていたところよ」
「……オレの言葉は無視か?」
「ん? じゃあ、任せたわ~」
旦那さんのようだが、女性は彼の窘める言葉を完全にスルーする。
旦那さんは、なかなか苦労していそうだ。今もぐったりと項垂れているよ。
「……お客人、待たせてすまないな。注文を聞こう」
「……お願いします」
後は任せた、とばかりに女性が店の奥へ戻っていくと、旦那さんが改めて注文を聞いてきたので、僕はもう一度、臼と杵について説明する。
すると、旦那さんからも問題なく作れるという言葉をもらったので、お願いすることにした。
「問題は、素材に何を使うかだな」
「堅くて丈夫なものがいいですね」
アレンとエレナが思いっきりモチをついても壊れない素材がいいんだが……うん、普通の木だと駄目な気がしてきた。絶対に壊れる。
本当に頑丈な木じゃないと駄目だ!
「これはどうですか?」
というわけで、僕は《無限収納》からガヤの木を取り出した。ちょうど良さそうな太さで、短めに切られたものがあったからな。
すると、アレンとエレナはそれが何の木かいち早く気がつく。
「「がやのきー?」」
「お、アレン、エレナ、よくわかったな~」
「「わかったー!」」
「おい、ちょっと待て!? ガ、ガヤの木だってぇ!!」
子供達の言葉に旦那さんはぎょっとして目を見開き、慌てて木を検分し始める。
「うぉ! 本物だ!」
「あ、でも、質の良い木だからって、堅いとは限らないか?」
勝手にガヤの木は堅いと思い込んでいたが、どうなんだろう?
そう思って呟くと、旦那さんが慌てて首を振った。
「素材としては充分だ。充分すぎる!」
「本当ですか? 良かったです」
うん、大丈夫なようだ。
ガヤの木=頑丈、というのは間違いなかったみたいだな。
「いやいやいや、ガヤの木はもっと他に使い道があるだろう!?」
「他にですか?」
「ああ、建物の支柱や家具なんかに使ったほうがいい素材だぞ!」
そういえば、ガヤの木で作った家具も頼みたいと思っていたんだったな~。
「ガヤの木で家具を作る場合、どのくらいの期間が掛かるんでしたっけ?」
「ん? そうだな、簡単なものでも一カ月。細工の細かいものなら、五、六カ月は必要だな」
「そんなに掛かるんですか?」
やはりガヤの木の加工には時間が掛かるのだな。
半年くらいとなると、ちょっと頼むのを躊躇ってしまう期間だ。
「じゃあ、先ほど僕が頼んだものならどのくらい掛かりますか?」
「あれは作りが簡単だからな。多少、削り込みに時間が掛かるが……そうだな~、だいたい十日ほどかな?」
作りは簡単でも十日掛かるのか。ガヤの木はそれほど堅いということなのだろう。
しかし、臼と杵を作らないという選択肢はないよな。
「じゃあ、とりあえず、そちらをお願いしますね」
「家具じゃなくて、すり鉢のほうをか!?」
「はい、そっちです」
設置する予定のない家具よりは、臼と杵のほうが優先だよ。
「うす、おねが~い」
「きね、おねが~い」
「……うすときねというのは何だが知らんが……任せておけ」
駄目押しとばかりに、アレンとエレナがお願いすると、旦那さんはがくりと項垂れる。
しかし、しっかりと引き受けてくれたので、安心してお願いしたのだった。
お爺さんが作ってくれる魔道具に使うもの以外に、僕も作ってもらいたいものがあったんだよね。
本当はマティアスさんに店を紹介してもらおうと思っていたのだが、思わぬところでつないでもらえたよ。
「こんにちはー」
「「こんにちは~」」
「いらっしゃいませ」
「えっと……違ったらすみません、ヴァンさんでしょうか?」
「ん? そうだが?」
出迎えてくれたのは、三十代くらいの男性。お爺さんはヴァンさんのことを〝坊主〟と言っていたので、少し自信はなかったが……合っていたようだ。
僕よりずっと年上なんだけれど、お爺さんからすれば坊主なのだな~。
「僕、魔道具屋のお爺さんから紹介されて来たんですが……」
「魔道具屋? ボロ屋敷のソル爺さんか?」
「あ~、そういえば名前を聞いていなかったです。店はその……ボロ屋敷風な店構えですね」
魔道具屋のお爺さんはソルさんという名前らしい。「お爺さん」とばかり呼んでいたから、すっかり名前を尋ねるのを忘れていたよ。
「じゃあ、ソル爺さんで間違いないな。しかし、ソル爺さんからの紹介なんて珍しい。注文は何だ?」
「まずはこれをお願いしたいのですが……」
「ん~、どれどれ……」
僕はまず、ソルお爺さんに書いてもらった炊飯器の釜、かき氷機用の刃、鉄板などの寸法が書かれた紙をヴァンさんに渡す。
「変わった大きさのものばかりだな」
「難しいですか?」
「いや、このくらいなら問題ないな」
「本当ですか? それじゃあ、お願いします。それで、どれも複数お願いしたいんですけれど、数は――」
炊飯器は複数作ってもらう予定なので多めに。かき氷機の刃も欠けてしまう可能性があるし、鉄板と一緒に予備用をお願いした。
鉄板はさらに深めのものと、タコ焼き用のものも作ってもらうことにした。タコ焼き用の鉄板は説明に苦労したが、絵を描きながら伝えたので何とか作ってもらえそうである。
「あとは……」
「まだあるのか?」
「ええ、急ぎではないですが、ぜひ作ってもらいたいんですよね」
蒸し器用の鍋に超特大鍋、あとはサイズ違いの泡立て器がいくつか欲しい。
全ての注文を終えた時、ヴァンさんの顔が少々引き攣っていた気がするが、僕は前金を支払ってからお店を後にした。
◇ ◇ ◇
「「いっぱいかったね~」」
「買っちゃったね~」
鍛冶屋を後にした僕達は、まだ明るかったので街をぶらぶらと散歩する。
すると――
「ご飯をください!」
唐突に現れたヴィヴィアンに、そんな要求をされた。
彼女は以前、ベイリーの街近くで出会ったヴァンパイアの女性なのだが、出会う度にこうして食事を強請ってくる。
「……おい、ヴィヴィアン。お前の第一声はそれしかないのか?」
「あっ! キキビを使った料理も完成しましたか~?」
「おい!」
前回、確かにキキビ料理については、できたものを食べさせると約束していた。していたが……そうじゃない!
「あ! タクミさん、これは赤麦という、ある地域に生える、白麦に似た扱いをされているものなんですけれど……気になりませんかぁ?」
ヴィヴィアンはそう言って、何かが入っている革袋を掲げて見せてくる。
赤麦? 白麦と似たような扱いということは、家畜の餌に使われているってことだよな?
ん~、何だろうな~?
「赤麦って言うくらいなんだから、赤いものなのか?」
「粒自体は白麦よりも白っぽいですかね。赤麦って呼ばれるのは、粒の周りについている皮? 殻? それが真っ赤だからですね~」
へぇ~、皮が赤色か。
……ん? そういえば、白麦の皮の部分が何色かも、どんな風に生えているかも知らないよな。自分が知っている稲のように、穂に米が入っていると勝手に思い込んでいたが……そうとは限らないか。
というか、絶対に違う気がしてきたよ! だって、普通に手に入る白麦が綺麗に精米されているんだから。家畜の餌なら、あんなに綺麗に籾殻を外したりしないだろう。
「ヴィヴィアン、僕は白麦が生えているのを見たことがないんだが、あの白い粒ってどの部分なのか知っているか?」
「はい、知っていますよ~。えっと……私の膝丈よりも少し高いくらいの植物で~、上部のほうに丸い袋状の殻がいくつか連なっていてぇ~。その殻の中にあの白い粒が入っているんですよ~」
……ん~、地球の稲と同じように聞こえるかな? いや、だが待てよ――
「一粒ずつ殻がついているのか? それで、赤麦も同じか?」
「もぉ~、質問が多いですね。私は早くご飯が欲しいんですけどぉ~……仕方がないので答えますから、ご飯を奮発してくださいよ~。それで答えですが、一つの殻は硬貨くらいの大きさで、一つに二十粒くらい入っていたはずですよぉ~。で、赤麦は本当に色違いなだけですね~」
あぁ~、やっぱりちょっと違った。ヴィヴィアンの説明だと、玄米はないのかな?
それにしても米に似たものか~。似たもの……って――まさかっ!
「ヴィヴィアン、その赤麦をちょっと見せてくれ」
「はいはい~。これですよ~」
ヴィヴィアンから渡された、そこそこ重みのある革袋の中身を見る。
確かにヴィヴィアンの言う通り、見た目はほとんど米だが、これはもしかして……モチ米かな?
「「なーに?」」
アレンとエレナも僕の両脇から袋の中を覗き込む。
「たぶんモチ米だと思うんだけどな~」
「「もちごめー?」」
「そう。ご飯よりもっとモチモチしたものが作れるはずなんだ」
これがモチ米なら、蒸したものを潰して……ショーユに海苔、大根おろし、餡子に……大豆――丸豆を炒って粉にしたらきな粉もいけるか? 結構いろいろ楽しめそうだな! あっ、砂糖ショーユでみたらし風もいいよな!
「それ食べたいです! タクミさん、早速作ってください!!」
「アレンもたべたーい!」
「エレナもー!」
すぐさまヴィヴィアンがモチを食べたいと要求してきて、アレンとエレナも便乗する。
「アレン、エレナ。お昼ご飯を食べたばかりだろう?」
「「おやつー!」」
ソルお爺さんのところで昼食にしてからあまり時間は経ってないけど……おやつなら食べられるってことかな?
「さて、じゃあ、どこで作ってもらいましょうかね~」
「……決定かよ」
「決定ですよ~。だって、子供達も食べたがっているんですよ? それをタクミさんが無視するなんてできないはずです!」
……確かに無視はできないが、ヴィヴィアンに言われると癪だな。
「「もちもちたべたーい……だめ~?」」
「……くっ」
アレンとエレナの上目遣いは、僕には効果抜群だ。
「……本当にモチが作れるか、僕も試してみたいしな。作ってみるか」
「「やったー!」」
「おお! タクミさんがあっさり陥落した!」
からかうようにこちらを見てくるヴィヴィアンに、ジト目を向ける。
「ヴィヴィアン、煩い! ヴィヴィアンは試食しないんだな?」
「あ、すみません。黙ります! なので、食べます!」
そうしてヴィヴィアンを黙らせ、僕達は前回クリームどら焼きを作った時と同様に、彼女が泊まっている宿へ移動した。
「とりあえず、これでいいな」
まずは炊飯器に、洗った赤麦と水を入れる。本当はしばらく水に浸しておいたほうがいいはずだが、それは《エイジング》で解決。蒸すのも炊飯器で普通に炊けばいいだろう。
炊飯器を稼働させたところで、モチに合わせる具材かタレを用意することにする。
「しょっぱいのと甘いのなら、どっちがいい?」
できる味付けを全部、というわけにはいかないので聞いてみると――
「「あまいのー!」」
「両方で!」
「「あっ! りょうほう!」」
一旦、甘いものを選んだアレンとエレナだが、ヴィヴィアンの発言を聞いて意見を翻す。
ん~、これは子供達にとって悪影響になるだろうか? それとも、このくらいだったら問題ないかな? 微妙なところだ。
「……とりあえず、間をとって甘じょっぱいのにするか」
水に砂糖とショーユを同量溶かし、軽く沸かしてトロミをつける。
そうこうしているうちに、あっという間に赤麦が炊き上がった。
「「たけたー」」
「じゃあ、潰すか~」
僕の言葉に、アレンとエレナが不思議そうにした。
「「つぶすー?」」
「そうだよ。潰してモチモチにするんだ」
僕はそう言って、炊き上がった赤麦を、熱々のうちに潰していく。
「「ぺったん♪ ぺったん♪」」
アレンとエレナの声に合わせてすりこぎ棒で潰していけば、あっという間に粘りが出てきた。
モチつきみたいに力や時間を要さずに、簡単に僕の想像するモチ状態になった。
「ここまではモチだな」
「炊き上がりの見た目は白麦みたいでしたけど、全然違う状態になるんですね~。それで? もう完成ですか?」
僕は興味津々に覗いてきたヴィヴィアンに答える。
「あとはひと口サイズに丸めて、タレに絡めればでき上がりだな」
「丸めるのなら私でもできます。さ、さ! 早く作って食べましょう!」
四人でモチを丸めたら、あっという間に終わってしまったが……ヴィヴィアンの丸めたモチがかなり大きかった。
まあ、それはヴィヴィアンが食べればいいか。もともとこの赤麦はヴィヴィアンが持ってきたものだしな~。
「「かんせい~」」
「完成~」
「よし! じゃあ、食べてみるか」
「「「わ~い」」」
……ヴィヴィアンが子供達と同じレベルになっている気がするが、早速モチを口に運んでみる。
「お~」
想像通りの食感に、僕は安堵した。
モチだ。まごうことなきモチだ。やはり赤麦はモチ米で間違いなかった。
「「「ん~~~」」」
みたらしモチを食べた三人が歓喜の声を上げる。あの様子だと、口に合ったのだろう。
「タクミさん、美味しいです!」
「そりゃあ、良かった。で、ヴィヴィアン。この赤麦はどこに行ったら手に入るんだ?」
「内緒です」
「おい?」
是非ともこの赤麦を手に入れたかったのだが、ヴィヴィアンは答えようとしなかった。
「いや~、これは本当に教えられないんです。でもでも! こんなこともあろうかと、たっぷりと確保してきましたので、それで許してください!」
「……」
場所は秘密ということには引っ掛かるが、赤麦が手に入るのならいいか。
「わかった。じゃあ、場所を聞かない代わりに、持っている赤麦を売ってくれるんだな? いくらだ?」
「嫌です。売りません」
「おい!」
「私は物々交換しか受け付けません! なので、対価は料理でお願いします!」
僕はヴィヴィアンらしい返答にがっくりと項垂れるが、キキビのスープなど適当に対価を用意して、大量の赤麦を手に入れたのだった。
たくさんの赤麦を譲ってもらい、再び街をぶらぶらしていたところで、僕はふと思った。
「モチと言えば、やっぱり臼と杵かな~?」
今回炊いたモチ米は少量だったので、すりこぎ棒で潰すのは問題なかったが、もう少し量が多くなるとちょっと辛い。
いつもなら、お爺さんに魔道具を作ってもらわないと! と思うところだが……先ほどたっぷりと仕事をお願いしてきたばかりなので頼みづらいんだよね。
「うすー?」
「きねー?」
「モチを作る、木でできた道具だよ」
僕が答えると、子供達は目を輝かせた。
「「かうー!」」
「ん~、売っていないと思うぞ?」
「「えぇー!」」
不満そうな声を出した二人は、いいことを思いついたとばかりに口を開く。
「「じゃあ、つくる!」」
そして、すぐに違う案を出してきた。とても的確な案である。
魔道具も便利だと思うが、臼と杵を使った従来のモチつきというものも子供達にやらせてみたいので、作るのは賛成だ!
「そうだな。作ってもらうか!」
「「うん!」」
「じゃあ、木を扱う工房だな。行くか?」
「「いくー!」」
というわけで、木工を専門とする店を探すことにした。
意外とすぐに見つかった店の前で、アレンとエレナが首を傾げる。
「「ここー?」」
「うん、どうやら家具を作る工房らしいけど、お願いしてみようか」
「「おねがいする~」」
そうしてアレンとエレナは我先にと店に入っていく。
「「こんにちはー」」
「おやおや、可愛らしいお客様だね~」
「こんにちは」
「はい、いらっしゃい」
店に入ると、恰幅の良い中年の女性がにこやかに出迎えてくれた。
「「おねがいあるの~」」
「おやおや、注文があるのかい?」
「「うん、ちゅうもーん!」」
人の好さそうな女性だからなのか、アレンとエレナは躊躇いなく話し掛けている。
「すみません。こちらでは個人の注文は受けてくれますか?」
工房によっては特注を受け付けていないと聞いたことがあったので、最初に確認する。
「もちろんだよ。家具かい?」
「道具になるのかな? 形状は、すり鉢の大きいものと木槌ですね」
「おや、それなら問題ないさね。大きいと言っても、せいぜい私くらいの太さの木を使ったものだろう?」
「……」
特注が問題ないのは良かったが……女性から返答しづらいたとえが飛び出してきた。
「こらこら、お客人が返答に困っているぞ」
困っていたら、店の奥から中年の男性が出てくる。
「あら、あなた、ちょうど良かったわ。特注のお客様だから、呼びに行こうと思っていたところよ」
「……オレの言葉は無視か?」
「ん? じゃあ、任せたわ~」
旦那さんのようだが、女性は彼の窘める言葉を完全にスルーする。
旦那さんは、なかなか苦労していそうだ。今もぐったりと項垂れているよ。
「……お客人、待たせてすまないな。注文を聞こう」
「……お願いします」
後は任せた、とばかりに女性が店の奥へ戻っていくと、旦那さんが改めて注文を聞いてきたので、僕はもう一度、臼と杵について説明する。
すると、旦那さんからも問題なく作れるという言葉をもらったので、お願いすることにした。
「問題は、素材に何を使うかだな」
「堅くて丈夫なものがいいですね」
アレンとエレナが思いっきりモチをついても壊れない素材がいいんだが……うん、普通の木だと駄目な気がしてきた。絶対に壊れる。
本当に頑丈な木じゃないと駄目だ!
「これはどうですか?」
というわけで、僕は《無限収納》からガヤの木を取り出した。ちょうど良さそうな太さで、短めに切られたものがあったからな。
すると、アレンとエレナはそれが何の木かいち早く気がつく。
「「がやのきー?」」
「お、アレン、エレナ、よくわかったな~」
「「わかったー!」」
「おい、ちょっと待て!? ガ、ガヤの木だってぇ!!」
子供達の言葉に旦那さんはぎょっとして目を見開き、慌てて木を検分し始める。
「うぉ! 本物だ!」
「あ、でも、質の良い木だからって、堅いとは限らないか?」
勝手にガヤの木は堅いと思い込んでいたが、どうなんだろう?
そう思って呟くと、旦那さんが慌てて首を振った。
「素材としては充分だ。充分すぎる!」
「本当ですか? 良かったです」
うん、大丈夫なようだ。
ガヤの木=頑丈、というのは間違いなかったみたいだな。
「いやいやいや、ガヤの木はもっと他に使い道があるだろう!?」
「他にですか?」
「ああ、建物の支柱や家具なんかに使ったほうがいい素材だぞ!」
そういえば、ガヤの木で作った家具も頼みたいと思っていたんだったな~。
「ガヤの木で家具を作る場合、どのくらいの期間が掛かるんでしたっけ?」
「ん? そうだな、簡単なものでも一カ月。細工の細かいものなら、五、六カ月は必要だな」
「そんなに掛かるんですか?」
やはりガヤの木の加工には時間が掛かるのだな。
半年くらいとなると、ちょっと頼むのを躊躇ってしまう期間だ。
「じゃあ、先ほど僕が頼んだものならどのくらい掛かりますか?」
「あれは作りが簡単だからな。多少、削り込みに時間が掛かるが……そうだな~、だいたい十日ほどかな?」
作りは簡単でも十日掛かるのか。ガヤの木はそれほど堅いということなのだろう。
しかし、臼と杵を作らないという選択肢はないよな。
「じゃあ、とりあえず、そちらをお願いしますね」
「家具じゃなくて、すり鉢のほうをか!?」
「はい、そっちです」
設置する予定のない家具よりは、臼と杵のほうが優先だよ。
「うす、おねが~い」
「きね、おねが~い」
「……うすときねというのは何だが知らんが……任せておけ」
駄目押しとばかりに、アレンとエレナがお願いすると、旦那さんはがくりと項垂れる。
しかし、しっかりと引き受けてくれたので、安心してお願いしたのだった。
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