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8巻
8-1
しおりを挟む第一章 いろいろ作ろう。
僕は茅野巧。元日本人。
何故〝元〟がつくかと言うと……今僕がいる世界、エーテルディアの神様の一人である風神シルフィリール――シルが時空の裂け目を直そうとした際に、力加減を間違えた影響で死んでしまったからだ。まあ、不慮の事故だな。
責任を感じたシルによって、眷属としてエーテルディアに転生した僕だが、飛ばされた先はガヤの森という危険な場所だった。
そこで出会った幼い二人の子供達の面倒を見ることにした僕は、自由気ままな冒険者としての生活を始める。
その過程で子供達――アレンとエレナが水神様の子供だということがわかり、今では本当の弟妹のように可愛がって一緒に生活している。
そんなアレンとエレナは先日、誕生日を迎えて六歳になった。
誕生日パーティでたくさんの人にお祝いしてもらった二人は、一晩明ければ迷宮に行こうと催促してくるほどに行動的だ。
まあ、元々約束していたことだったので、僕と子供達は契約獣達も連れて、『巨獣迷宮』に向かった。
前に一度行った時は、僕達が滞在するガディア国の第三王子であるアルフィード様達も同行していたから、六日ほどかけて十階層に辿り着いた。だけど今回は、子供達が大変張り切ったこともあって、大量の肉を手に入れつつ、五日であっさりと攻略してしまったのだった。
そんな迷宮攻略を終え、新しい年になり、寒さが薄れつつある今日この頃。
「あっ! しまった!」
王都にあるルーウェン伯爵家の邸、その一室でゆっくりと休んでいた僕は、シルにお願いされていたアイスクリームをまだ送っていなかったことを唐突に思い出した。
「「なーに?」」
「アイスクリームをあげるって約束していたのを忘れていたんだよ」
「アレンもあいすたべるー」
「エレナもあいすたべるー」
あげるのであって、食べるわけじゃないんだけど……まあ、いいか。
「アイスの在庫はまだあるけど、時間もあるし……作るか!」
「「つくるー!」」
《無限収納》に入っているストックは、外出先で食べたい時のためのものだから、なるべく切らしたくない。
一の月――春になったとはいえまだ寒いので、アイスクリームを外で食べることはないけど……暖かい部屋で食べるアイスクリームって、わりと好きなんだよな~。
「シルに送る分と補充分、あとは新しいアイスにも挑戦するか」
「「あたらしいの!!」」
新作と聞いて、アレンとエレナの目が輝く。
「手伝ってくれるかい?」
「「うん!」」
二人は元気よく手を挙げた。
「アレン、つくるー」
「エレナ、たべるー」
「……おや?」
「んにゅ?」
「あれ~?」
アレンとエレナは何かがおかしい、とばかりに左右対称に首を傾げる。
これはあれだよな? エレナの「食べる」は、きっと言い間違いだよな~。
「エレナは手伝ってくれないのかな?」
「「あっ!」」
僕がそのことを指摘すると、二人は同時に声を上げた。
「えへへ~、まちがえちゃった~」
「あはは~、エレナ、まちがえた~」
そしてエレナは少し恥ずかしそうにペロッと舌を出し、アレンはそんなエレナを見て笑う。
「エレナもつくるの!」
「ははっ、じゃあ、お願いするよ」
「うん!」
可愛い間違いはあったものの、僕達は早速、厨房に移動してアイスクリーム作りを始める。
「さて、アレンとエレナは何の味のアイスが食べたいんだ?」
「んとねー……アレン、ちょこれーと!」
「んとねー……エレナはみるくー!」
「了解、チョコレートとミルクな」
うーん、シルに送る分は何の味にするかな~。
チョコレート味は前に送ったので、それ以外の味がいいよな。
じゃあ、王道のミルクとイーチと……それから新しく作ろうと思っているミルクティーあたりにするかな。
「アレンとエレナには混ぜ混ぜをお願いしてもいいか?」
「うん、まぜまぜする~」
「あとねー、たまごわる~」
「お、じゃあ、お願いするかな」
まずは二人のリクエストであるミルクアイスとチョコレートアイスを作ろうと思うんだけど……刻んだチョコを入れて、チョコチップ系のアイスにするのもいいな!
「アレン、エレナ、刻んだチョコレートも入れて、カリカリの食感のアイスにするか?」
「「おぉ~、いいねぇ~」」
僕の提案に、二人は目をキラキラさせる。
あ、あとはイーチ味で作ってもいいかな? チョコチップ系のアイスといえば、僕はチョコミントも好きなんだけど。
でも、ミントアイスってどうやって作るんだろう? ミントエキス的なものを混ぜるということはわかっているんだけど、そのミントエキスがな~。
ミントをレイ酒に漬け込めばいいのかな? いや、それではあくまでもお酒であって、アイスには使えないか?
あ、蜜液――ガムシロップみたいな樹液で煮出してみるか? うん、やってみよう。
お酒と言えば、ラムレーズンアイスっぽいものを、ブランデーとレーズンに似ている乾燥させたククルの実で作れるかな? 子供達には食べさせられない大人用だけど、やってみるか。
いや~、困った。挑戦してみたいものがいっぱいだ。
そうそう、氷菓子といえば、かき氷もまだ作っていなかった。
まあ、まず最初に、氷を削る機械を作ってもらわないといけないんだけどな! あの魔道具屋のお爺さんなら作ってくれるだろうか?
ホットプレートを作ってもらいたいと思っていたことだし、明日にでも訪ねてみよう。
そんなことを考えている僕をよそに、アレンとエレナはどんどん作業を進めてくれていた。
「「おにーちゃん、たまごわれた~」」
「二人とも上手!」
「「えへへ~」」
いや~、本当に上達したな~。少し前まで卵を潰していたのが懐かしいよ。
「じゃあ、僕は他の材料を用意するから、次は混ぜるのをお願いな」
「「うん!」」
結局、チョコチップ入りのミルク味とチョコ味、シルに送る用に普通のミルク味、イーチ味に、紅茶の茶葉入りじゃなく、ミルクティーを使ったアイスを作った。それから、ペースト状になるまですり潰した黒ゴマで作ったアイス、粒餡を混ぜ込んだアイス、ブランデーに漬けた干しククルの実を入れたアイス、蜜液で作ったエキスを使ったミントアイスも。
早速、アレンとエレナと一緒に味見していく。
「あ~、これは駄目だったか~」
ほとんどのアイスが良い出来であったが、ミントアイスだけがちょっと失敗だったかな?
ミントエキスが薄かったせいか、ミントの香りがほとんど感じられなかったのだ。それこそ、ほんのりミント風味っていう感じだ。
ミントが入っていることを知らなければ、ただのミルクアイスだと思うだろう。
「「おいしいよー?」」
「ミルクアイスとしてならな」
「「みんと? においするの~」」
「そうか? アレンとエレナはミント味も大丈夫なのか?」
「アレン、これすき~。すっきり?」
「エレナもすき~。さっぱり?」
ミントアイスって好き嫌いが出る味だと思うのだが、アレンとエレナは好きらしい。
とはいっても、今食べているミントアイスはそこまで味に出ているわけではないからな~。
「でも、もっと濃い味にしたものはどうだろうな? 今日はもう試さないけれど、また作ってみようか」
「「たのしみ~♪」」
ミントアイスは時間ができたらまた作ることにしよう。
……おっと、忘れないうちにシルにアイスを送っておかないとな~。
「よし、これでいいな。――じゃあ、チョコチップのミルクとチョコアイスを器に盛って、マティアスさんとレベッカさんのところに突撃するか?」
「「とつげき?」」
今日は僕達の後見をしてくれているルーウェン伯爵家の当主、マティアスさんと伯爵夫人のレベッカさんがお邸にいるそうだ。
なのでそう提案してみると、アレンもエレナも目をキラキラとさせた。
「「する♪」」
器に盛ったアイスを《無限収納》に入れて、マティアスさんとレベッカさんのいる部屋に向かうと、アレンとエレナは文字通り、二人に突撃していく。
「「とつげき~」」
「おやおや、可愛い攻撃が来たぞ」
「あらあら、本当ね。二人ともいらっしゃい。どうしたのかしら?」
ちょうどお茶を楽しんでいたマティアスさんとレベッカさんは、子供達を大歓迎してくれた。
「あいす、つくったの~」
「いっしょにたべよ~」
「まあ、嬉しいわ~」
それから僕達は、みんなでアイスを食べながらおしゃべりを楽しんだのだった。
あまりに楽しかったので気づかなかったんだけど、シルから大量のモウのミルクとコッコの卵が送られてきていた。
……これはまたアイスを作って送ってくれという意味だろうか?
◇ ◇ ◇
「お爺さん、こんにちはー」
「「こんにちはー」」
「おお、おまえさん達か。よく来たのぉ~」
翌日、僕達は街の魔道具屋にやって来た。
ここはフィジー商会のステファンさんに紹介してもらったお店なんだけど、見た目をあえてボロボロのお化け屋敷風に偽装している、ちょっと変わった魔道具屋なのだ。
「作っていただいた道具、とても便利に使わせていただいています」
以前訪れた際にミキサーとジューサーを買い、さらには店主のお爺さんに、ハンドミキサーとミンサーまで作ってもらったので、そのお礼を言う。
「それは良かった。で、また何か作って欲しい道具ができたかい?」
「実はそうなんです。無理なら無理と言ってくれて構わないので、話を聞いてもらえませんか?」
「ふぉ、ふぉ、ふぉ。いいぞ。この老いぼれに作れそうなものならよいのだがな~」
「ありがとうございます!」
お爺さんが快く僕の話を聞いてくれることになったので、まずはかき氷を作るための氷を削る魔道具と、ホットプレートのような魔道具を説明する。
「氷を薄く削るものと、大きめの鉄板に合う魔道コンロだな。うむ、その二つなら問題なく作れるだろう」
「本当ですか!」
これで、かき氷機とホットプレートが手に入るな~。
「かきごおりー?」
「こんろー?」
「かき氷は氷を削って作るおやつだな。コンロはお肉をいっぱい焼くものだよ」
「「おぉ~!」」
アレンとエレナが、僕が頼んだ魔道具はどんなものか気になったようなので簡単に説明する。
すると二人は、目をキラキラさせた。
「お願いしてもいいですか?」
「「おじーちゃん、おねがい!」」
「ふぉ、ふぉ、ふぉ。構わんぞ。ただ、以前に作った回転刃を使う魔道具のように、削る刃や鉄板は鍛冶屋に特注になるな」
「構いません。あっ、鉄板は交換用というか、予備も一緒に注文してもらってもいいですか?」
「ん? わかった、頼んでおこう」
あ、交換用の鉄板といえば、平らなタイプの他に、深さのある鍋タイプも欲しいよな~。
ああ、あと、タコ焼き用のものとかも作ってもらえるかな? でも、これは直接鍛冶屋にお願いしたほうがいいかもしれない。
「お爺さん、特注の鉄板の他に、鍋とかもお願いしたいんですけれど、お爺さんが頼む鍛冶屋さんはそういうもの……というか、僕の注文でも受けてくれますかね?」
「ああ、大丈夫だぞ。ヴァンの坊主のところは包丁や鍋を専門にしておるからのぉ。ふぉ、ふぉ、ふぉ、鍛冶屋でも何かいろいろ頼みたいものがありそうだのぉ」
「ええ、そうなんです」
「それなら店を教えるから、儂の代わりに注文に行ってもらうとするかのぉ」
「はい、任せてください」
紹介してもらえてよかった~。僕じゃあ、武器を作る店と鍋とかを作る店の見分けがつかないからな。
「あと、お爺さん、もう一つお願いしたいものがあるんですが、いいですか?」
「ん? なんじゃい?」
「これなんですが……」
僕は炊飯器を《無限収納》から取り出し、お爺さんに見せる。
「これと同じものは作れますか?」
「どれ、中をちぃーと見せてもらうぞ」
「はい、どうぞ」
ルーウェン家、リスナー家、城の人達、さらに以前カレーライスの昼食会を開いた際の他参加者から、ご飯を作る方法を聞かれていた。
しかし、僕が使っている炊飯器はシルから貰ったもので、買ったわけではない。
だから炊飯器を手に入れられるお店は知らないし、かといって鍋でご飯を炊く方法を正確に教えることもできない。
なので、炊飯器の複製ができないかな~と思ったのだ。
お爺さんは炊飯器を調べながら、感心したように呟く。
「ふむ……加熱が主軸のようだが、加熱温度や時間が細かく設定されているのぉ」
へ~、そうなんだ。でも確かに、鍋でご飯を炊く時って、火加減を強くしたり弱くしたりした気がする。
「これは料理に使うものか?」
「はい、白麦を加熱するためのものなんです」
「白麦? 白麦ってあの白麦か? 食べるのかい?」
『白麦』というのはお米のことなんだけど、この世界では家畜の餌として扱われている。そのせいか、お爺さんは不思議そうにしていた。
「はい、その白麦です。食べてもらったほうが早いかな?」
僕は作り置きしていたホカホカのご飯を《無限収納》から取り出してお爺さんに手渡す。
「パンの代わりにしたりするんです。昼食には少し早いですけれど、おかずも用意しますので食べてみませんか?」
「ふむ、ご馳走になるかのぅ。だが、どうせならこの魔道具を実際に使うところを見たいんじゃが……構わんか?」
「大丈夫です。すぐに用意しますね」
お爺さんのリクエストに応えて、ご飯は一旦しまい、新たに出した白麦と水をセットした炊飯器を起動させる。
お爺さんが炊飯器をまじまじと観察し始めたので、僕は場所を借りて早めのお昼ご飯を用意することにした。
「何がいいかな~」
「しょーゆ!」
「みそ!」
「そうだな。ご飯にはショーユとミソの味付けがいいよな!」
「「うん!」」
おかずを何にしようか悩んでいると、アレンとエレナがリクエストを言ってくる。
お爺さんにもご飯の魅力をわかってもらいたいので、やはりここは和食っぽい、というか定食っぽい感じにするかな~。
「じゃあ……魚の塩焼きに……肉じゃが、浅漬け、味噌汁でどうだ?」
「「いい~」」
よし、メニューは決まりだな。
ご飯は十分で炊き上がるから、さくさく作ってしまわないとな!
「おっ、止まったかのぅ?」
「できたみたいですね」
レインボーサーモンという魚の切り身の塩焼きがもう少しで焼ける……と思ったところで、ご飯が炊き上がった。
マロ芋、タシ葱、ニンジンにオーク肉をいっぱい使った肉じゃがは《エイジング》の魔法を使ったのでもうでき上がる。
キャベツとミズウリに昆布の細切りを入れた浅漬けは、アレンとエレナが一生懸命揉みこんでくれたので、これも大丈夫。
ダイコンとシィ茸の味噌汁は、ミソの実を溶かせば大丈夫だから……――
「アレン、エレナ、ご飯を混ぜてからお茶碗によそえるかい?」
「「できるー」」
「じゃあ、お願いな」
「「うん!」」
ご飯をよそうのはアレンとエレナにお願いし、僕はおかずを仕上げてお皿に盛っていく。
「お爺さん、温かいうちに食べませんか?」
「おお、すまんのぅ」
せっかくだから炊き立てのご飯を食べてもらわないとね。
出来上がったお昼ご飯を出すと、お爺さんは嬉々として食べ始めた。
「おぉ、これは美味い」
「「おいしい~」」
「白麦がこれほど柔らかくなるのか~。うん、おかずとの相性も良いのぉ~」
お爺さんはとても気に入ったらしく、ぺろりと完食した。
もちろん、アレンとエレナも残さず食べる。そういえば、二人は魚や野菜なんかの好き嫌いはないな~。
「――それで、どうですか?」
「ふむ……結論から言うと、儂では同じものは作れなそうだ」
食事を終え、いよいよ炊飯器が作れるかどうか聞くが、お爺さんからはそんな答えが返ってきた。
「……そうですか、残念です」
「これこれ、話は最後まで聞きなさい」
「え?」
落ち込む僕に、お爺さんが呆れたように注意してくる。
「同じものは無理だが、下位――劣化版なら作れそうだ」
「え? 作れるんですか?」
お爺さんの言葉で、落ち込んでいた気持ちが浮上する。
「これには時空魔法を使って時間を短縮する仕組みが組み込まれておる」
「あ、そういえば……」
確かに、この炊飯器はかなり短い時間でご飯が炊き上がる。そういうものだと思っていたから何も考えていなかったが……時空魔法が組み込まれていたのか。
「時空魔法を組み込むのは儂には無理じゃ。だが、それ以外ならば可能だ」
「おぉ~」
じゃあ、結果的には炊飯器は作れるんだな! それは朗報だ!
時間短縮ができないといっても、普通に炊けば三十分から一時間くらいで炊き上がる。だったら、全然問題なんてないもんな~。
「ぜひ作ってください!」
「うむ。儂も白麦が気に入ったのでな、喜んで作らせてもらおう」
「ありがとうございます!」
炊飯器については、複数作ってもらうようにお願いしておいた。
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