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4巻
4-3
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ベクトルが足元から離れると、ヴァルト様は、葦毛の馬を引いた男性――馬丁かな? ――を呼び寄せて手綱を受け取った。
「練習にはこの馬を使う」
「牝馬ですね? ヴァルト様、この子の名前は?」
「カテリーナと言うらしい。この邸で一番大人しい馬だそうだ」
僕はカテリーナの目をじっと見つめた。すると、カテリーナは軽く頭を下げる。
何だか〝撫でろ〟と言われている気がしたので、僕はカテリーナに近づき、そっと額部分を撫でてみた。カテリーナは気持ち良さそうにそのままの姿勢でいたので、どうやら僕の直感は合っていたらしい。
《むぅ~。ずるい~。ボクも撫でてもらいた~い》
《いいな~》
カテリーナを撫で続けていると、ジュールとフィートから羨ましそうな声で【念話】が届いた。
《後でいっぱい撫でてあげるから、今は我慢してな》
《本当っ!? 約束だよ!》
《わーい。兄様、絶対ね!》
訓練に割って入られては困るので、みんなに〝後で〟と伝えると、嬉しそうな声が返ってくる。
こんなに喜ばれるとは思わなかった。これは気合いを入れて撫でてやらないとな~。
「大人しい馬だと言ったが、こうもあっさりと気を許すとは……。これなら乗りこなすのもすぐかもな」
「本当ですか? それならいいんですけどね」
僕はヴァルト様から差し出された手綱を受け取って、カテリーナの横に回る。
「ふふっ。気持ち良かったかい?」
カテリーナは本当に人懐っこい馬で、横に並んだ僕にもっと撫でろとばかりに首筋を押しつけてきた。
「おし! じゃあ、タクミ、まずは乗ってみろ」
「……」
いや、乗ってみろって言われても……その乗り方を知らないんだけどね……。
「隊長……普通はここで乗り方を説明するものですよ」
ジュール達を観察していたアイザックさんは、僕達のやりとりを聞いていたらしく、呆れたようにヴァルト様を見ながら突っ込んでくれた。
だよね。〝さあ、乗ってみろ〟で説明が終わりなはずがないよね。
「おお、そうだな。まあ、あれだ。鐙に片足を掛けてぐわっと乗る感じだ!」
「「……」」
僕とアイザックさんが黙って待つも、ヴァルト様から続きの言葉は出てこない。
ええ? 以上? 今ので説明は終わり? それで乗れって無理じゃないか? 僕の理解力が足りないってわけじゃないよね?
確認のつもりでアイザックさんに視線を向けると、アイザックさんは眉間に皺を寄せて額に手を当て、がっくりと項垂れていた。やっぱり、ヴァルト様の説明は全然駄目っぽいね。
うん、これはヴァルト様に教わるということ自体、失敗だったのかもしれないな。
「タクミさん、ここからは私が指導します」
「アイザックさん、お願いします」
気を取り直したアイザックさんがそう申し出てくれたので、僕はありがたくお願いする。
「何っ!? 何でだ!?」
「みんなー、ヴァルト様が遊んでくれるって言うから、思いっきり相手してもらいなー」
「「はーい」」
『きゃん』
『んなぁ』
『ピィ』
『がるん♪』
異議を唱えるヴァルト様を無視し、僕は少し離れた位置にいた子供達にそう言うと、みんな一斉にヴァルト様に突撃していった。
「うわっ! ちょ、ちょっと待てー!」
僕の乗馬の練習を見ているだけじゃ子供達は暇だろうからね。
「これで子供達も時間を持て余さずに済みますね。ここで練習すると子供達の遊びの邪魔になりますから、少し移動しましょうか」
「そうですね」
アイザックさんも〝良い判断です〟とばかりに頷いてくれたので、僕はカテリーナを促して少しだけ場所を変えた。
それからはアイザックさんに指導してもらったんだが、とてもわかりやすかった。
馬に乗る時は鞍のここを掴めばいいとか、手綱を引っ張らないように注意するとか、的確に指導してくれるのだ。お蔭で僕は無事に【騎乗】スキルを習得できた。
自分の前に子供を乗せて走らせてみることもしたが、一人なら問題なく相乗り成功。
その様子を見たアイザックさんからは、もう何度か練習すれば、王都まで移動するくらいなら問題ないとお墨付きをいただいたので一安心だ。
ということで、王都までは馬車ではなく馬に乗って移動することに決定したのだが、やはりアレンとエレナの二人を僕の馬に乗せるのは無理がある。何か対策を考えないといけないのだが……アイザックさんとなら一緒に乗ってくれるかな~?
まあ、そのへんはおいおい考えることにして、乗馬の練習は午前中だけでひとまず終わった。
長時間の練習で一度に詰め込むより、十数分ずつでも毎日やったほうがいいとアイザックさんに言われたのでね。
そういえば、乗馬をすると内股やお尻が擦れて痛くなる、というのを耳にしたことがあるが、それは問題なかった。……もしかして【物理攻撃耐性】のお蔭だったりするのかな? 攻撃というほどではないが、擦れるって現象は物理的なものに間違いないしね。
まあ何にせよ、身体的に異常がないのは助かった。
午後からは街に出て、まずは注文していた家具を受け取りに行った。
調理台にも食事にも使えるようなテーブルと椅子、アレンとエレナが作業するときに使う踏み台、ベッドなどなど。思いつく限りの必要そうな家具を注文しておいたのだが、その全てがちゃんと仕上がっていた。どれもが満足のいく良い出来だったので代金を支払って、品物を受け取る。
その後はフィジー商会に向かうことにした。
「これはこれは、タクミ様。ようこそいらっしゃいました」
店に入ると、すぐさま支店長さんが奥から飛び出してきた。
僕が店の扉を開けた直後、店員の一人が慌てて奥に駆けていったのが見えたので、あれはきっと支店長さんを呼びに行ったのだろう。
「こんにちは。支店長さんがわざわざご対応くださるなんて、ありがとうございます」
「いえいえ、タクミ様は当店にとって大事なお方です。私がお相手させていただくのは当然でございます。それで、本日はどのようなご用件ですか? もしかして、例のスパイスの件で何か不都合でもありましたでしょうか?」
「いいえ、スパイスに関してはセドリックさんにお任せしているので、僕のほうから特には……」
自分が食べたいばかりに僕が調合したカレースパイスは、フィジー商会によって量産され、この世界で流通することになった。本当は商談や諸々の手続きを僕がしなければならないのだけど、セドリックさんが一手に引き受けてくれているのだ。
そんなわけで、スパイスについて僕から言うことは何もない。
今日は、別のお願いをしに来た。
「実は、また倉庫の品を見せてもらうことはできないかと思いまして。急にすみません」
カヒィ豆のように、セルディークや他の国から輸入されたものがあれば、できるだけ手に入れたい。王都に同じ品があるとも限らないし、いつまたベイリーに来られるかもわからないからな。
前にこの商会に来た時は他の用事がメインで、倉庫の一部しか見られなかったのだ。
「おお! もちろん構いませんよ」
良かった。前はセドリックさんと一緒だったから、僕達だけだと駄目って言われる可能性もあるかなと思ったけど、案内してもらえるみたいだ。
「もしかしてタクミ様は、カヒィ豆のように輸入した品にご興味があるのではないですか?」
「ええ、その通りです。そういう品があれば見せていただけませんか?」
「わかりました。あとはそうですね……迷宮品の中でも、数が少なくあまり出回っていないものですかね?」
支店長さんは、僕が欲しているものをしっかりと理解しているようだ。
だけど、それにプラスして見せてもらいたいものがある。
「ええ、お願いします。それと、言葉は悪いですが……今のところ需要があまりないものも見せていただきたいです」
「需要がないもの、ですか?」
支店長さんは不思議そうな表情をした。
そんなものを見てどうするんだ、と言わんばかりだ。だけどさ――
「はい、少し前までのショーユみたいなものです」
今はショーユを買い求める人が増えたようだが、以前はほとんど知られていない商品だった。
つまり、この世界では人気がなくても、僕が欲しいと思う品があるかもしれないのだ。
「おお! そういえば、ショーユの使い道を示してくださったのはタクミ様でしたね! なるほど、なるほど。かしこまりました。私、カシムが責任をもってご紹介いたしましょう!」
支店長さん――カシムさんは、ホタテのバター醤油焼きから発生したショーユブームの発信源が、僕だということを突き止めていたのか。
しかもこれは、人気のない品の活用法が見つかるのではないかと期待している表情だな。
「まずはこちらです」
早速、カシムさんは倉庫に案内してくれた。
最初に見せてもらったのは、セルディークから運ばれてきた『ナナの実』という果実だ。緩やかに曲がった細長い実が数本、房になっている。
ナナの実は黄色い未熟のうちに収穫し、皮が赤くなった頃を目安として、中の白い部分を食べるらしい。
ここに置いてあるもののほとんどが、その中間のオレンジ色ばかりだが、カシムさんは赤く完熟したものを一本剥いて、僕達三人に試食させてくれた。
「これは……」
「「おいしー」」
皮の色は違うが、形も味も、匂いまでもが僕の知っているバナナに間違いなかった。
それも青臭さなんて全くなく、かなり糖度が高くて美味しい。
「甘く、食べやすいのでそこそこ人気があるのですが、なかなか取り扱いの難しい品なんですよね。気をつけていても、熟成期間を見誤ってしまうことがしばしばあって……」
カシムさんの説明を聞く限り、特徴も僕の知っているバナナと似ている。
アレンとエレナもナナの実を気に入ったっぽいし、これはぜひ購入しておきたい。
「カシムさん、ここに置いてあるナナの実はまだ完熟していませんが、さっきいただいたような熟している実はまだありますか?」
「え、ええ……熟したものは別の保管場所に置いてありますので、いくつかはございますよ?」
なるほど、別の場所にあるんだ。それじゃあ――
「もしよかったら、その熟している実をあるだけ売ってもらえませんか?」
すると、カシムさんは少し困ったような表情で言う。
「タクミ様、ここにある成熟途中のものでも五日から七日ほどで傷んでしまいます。完熟しているものは二、三日も保ちません。お買い求めいただけるのは大変喜ばしいのですが、あまり大量に購入なさるのはおすすめでき……――っ!!」
カシムさんは、突然ハッとした表情で言葉を切り、僕の顔を凝視してきた。
「――《無限収納》!」
カシムさんは、僕が《無限収納》を使えることを知っている。だから、完熟しているナナの実を購入しても、《無限収納》に入れれば時間が止まり、腐る心配がないことに気がついたのだ。
「はい。ですので、どちらかといえば完熟しているもののほうがいいんです」
「あるだけ、と仰いましたよね?」
カシムさんが期待するようにこちらを見る。
「腐っているものは困りますけどね」
「もちろん、タクミ様にそのようなものをお渡しするつもりはありません。ですが……今まさに食べ頃、というものも購入していただけると?」
「はい」
「あ、ありがとうございます! もちろん、お安くさせていただきます!」
お、それは嬉しいな。
まあ、売れなかったら、自分達で食べるか、廃棄するしかないもんな。少しでも売上になるのなら、値引きくらいどうってことはないのかもしれない。
完熟したナナの実をすべて購入し、カシムさんに次の品を見せてもらう。
「次はこの木の実です。こちらは――」
紹介されたのは、サッカーボールほどの大きさの、茶色くて固い『ココの実』という木の実だ。実の中には、ミルクのような白い液体が入っているらしい。
だから僕は、これは前の世界で言うヤシの実で、中身はココナッツミルクだろうと判断した。
でも、僕の記憶ではヤシの実に入っている液体は透明なココナッツジュースで、ココナッツミルクは実の一部を加工したものだったと思うが……まあ、いいか。
ココの実はこういうものだと納得し、子供達が好きそうな食材なので購入することにした。
他にも輸入品や迷宮産の品をいくつか手に入れ、なかなかの収穫。大満足だ。
「そういえば、タクミ様は商人ギルドに登録されていますか?」
「いいえ、していません」
「そうですか。それでは近いうちに登録をお願いできますか? カレースパイスの販売開始まではもう少し時間がかかりますが、開始されればタクミ様に支払う代金が出ます。そのお金は商人ギルドを通してお渡しすることになりますので」
そういえば、セドリックさんにも商人ギルドで登録しておいてくださいと言われたな。
登録しておけば、商人ギルドを通してどの国にいてもお金を受け取れるとか。あれだ、冒険者ギルドにもあった銀行みたいなやつだ。
まあ、僕の場合は冒険者の登録に商人が追加登録される形になるので、口座は一つを共有するらしいけどね。
「わかりました。この後にでも登録しておきます」
「お願いいたします」
登録だけならすぐに終わるだろうから、邸に帰る前に済ませちゃおうか~。
商人ギルドで無事に登録を終わらせてリスナー邸に戻ると、僕達は厨房に向かった。
昨日、迷宮土産としてワニ肉を提供したんだけど……調理もお願いしたいと、料理長のリヤンさんに頼まれたからだ。
リヤンさんはワニ肉を扱ったことがないのでお手本を……と言っていたけど、僕も迷宮で二度調理しただけだから、経験値としては大して変わらない。
あの時のリヤンさんの様子からすると、ワニ肉を扱う経験云々よりも、僕がどんな調理をするのか興味津々って感じだった。何せ、彼は僕に弟子入りを志願したほどだしね。
まあ、食材だけを押しつけて〝後はよろしく〟というのも悪い気はする。だから、作るのはリスナー一家の分とヴァルト様と僕達の分だけ、という条件で了承した。リヤンさんや使用人達の分まで作るとなると、かなりの量になるからな。
既に何回か使わせてもらったことのある厨房で、僕は早速調理を開始することにした。
「アレン、エレナ。じゃあ、作ろうか」
「「つくるー」」
作業台の前に立つ僕の左側にはアレンとエレナがいて、今日、受け取ってきたばかりの新しい踏み台に乗って手伝う気満々で張り切っている。
「ではタクミ殿、よろしくお願いします」
「……あ、はい」
「「……」」
ただ、子供達の背後から、僕達の作業を覗き見しようとするリヤンさんと、もう一人の料理人のトールさんがいるので、それがちょっと気になっているようだ。
アレンとエレナは無言で振り返って、リヤンさん達をじっと見つめている。
まあ、普通の人でも背後に人がいれば気になるのだから、気配に敏感なアレンとエレナならなおさらだろう。
しかし、気にしていたのは最初だけだった。子供達も後ろにいる二人は害がない人物、と理解しているので、お手伝いに集中することにしたらしい。
「さいしょはー?」
「なーに?」
「そうだな~」
さてと、何を作ろうかな?
ん~、ワニ肉を使ったカレーなんてどうだろう? ヴァルト様とアイザックさんは、まだカレーを食べていないし。あ~、でも、それじゃあワニ肉がメインって感じじゃなくなるか……。
そうだなぁ~……あっ! ワニ肉に粉をまぶして焼いて、それに甘酢ダレを絡めて。あとはマヨネーズに刻んだゆで卵とピクルスを混ぜたタルタルソースを作れば、チキン南蛮っぽくなるかな。
「よし。まずはタルタルソースを作ろう」
「「たるたるー?」」
「タ、タクミ様、ど、どんな料理を作るのですかー!?」
子供達より、リヤンさん達のほうが落ち着きがないな……。
「ソースですよ。アレン、エレナ、マヨネーズを作るよー」
「アレン、まぜるー」
「エレナもまぜるー」
最近、泡立て器で混ぜるものに関しては手慣れてきている二人に、マヨネーズ作りを手伝ってもらう。器に卵黄と調味料を少し入れ、まずはそれを混ぜて欲しいとお願いした。
その間に、僕は別の食材の準備だ。
「タクミ様、それはミズウリですか?」
「ええ、ミズウリを酢漬けにしたものです」
「ミズウリ」とは、きゅうりに似た野菜。僕が取り出したのは、それを塩揉みして水分を出してから、酢や砂糖を合わせた汁に漬け込んでおいたものだ。
「「ま~ぜ~、ま~ぜ~」」
アレンとエレナが混ぜているボウルに油を少しずつ入れた後、具材を刻んでいく。
ゆで卵にミズウリのピクルス、あとは……タシ葱にパセリでいいかな?
「おにーちゃん」
「できたー」
「うん、上出来!」
「「やったー」」
アレンとエレナは分離させることなく、マヨネーズを完成させた。
二人の力作のマヨネーズに刻んだ具材を入れてよく混ぜ合わせ、塩コショウで味を整えればタルタルソースのでき上がり!
「おっし、完成!」
「「おぉー」」
「なるほど、マヨネーズに具材を加えて……」
アレンとエレナの後ろでリヤンさんがぶつぶつ呟いていたが、僕はそれを放置してタルタルソースを一旦《無限収納》にしまう。
次はせっかくだからデザートでも作ろうかな。……何にしよう。どうせなら、まだ作ったことがないものがいいよな~。
アイスクリーム! あ~、でも、アイスは今作ると騒ぎになりそうだな。……止めておこう。
そうだ! 小さなパンケーキを焼いて、それに餡子を挟んでどら焼きを作ろうと思っていたんだったな。粒餡ならリスナー邸の人達にも広まっているし、そこまで驚かれないだろう。
和菓子だったら、羊羹もいいな。そっちのほうがデザートっぽいか?
でも、羊羹には寒天が必要か……。寒天を作るのは、さすがに無理だ。やはりここはスライムゼリーをゼラチン代わりにして固めるのがいいだろう。そうすると、羊羹というより水羊羹……いや、厳密にいえば赤豆ゼリーになるのかな?
時間にはまだ余裕があるし、デザート用の赤豆ゼリーとおやつ用のどら焼き、両方作ろうか。
「「つぎはー?」」
「次はおやつを作ろう。アレンとエレナは、前に作ったパンケーキの作り方を覚えている?」
「「おぼえてるー」」
「よし! じゃあ、また混ぜるの頑張れる?」
「「やるー」」
ということで、早速パンケーキを作ることにする。
アレンとエレナはばっちりパンケーキの作り方を覚えていたようで、生地作りは難なく終わった。
そして――
「「じゅ~」」
僕が熱したフライパンでパンケーキの生地を焼き始めると、アレンとエレナは隣で焼き音の真似をし、ぴょこぴょこ跳ねながら眺めていた。
「ぷつぷつしたらー♪」
「くるっとしてー♪」
「……くくっ」
アレンとエレナは、ひっくり返すタイミングもしっかりと覚えていた。
ご機嫌な二人の可愛らしい様子に思わず頬が緩む。
以前に焼いた時は、生地の表面のぷつぷつとした穴を指で突こうとしたが、今回は最初から手を背中に隠して、ちゃんと我慢している。そんなちょっとした頑張りも微笑ましい。
僕が子供達の声に合わせてひっくり返すと、綺麗なキツネ色の面が現れた。いい具合の焼き色だ。
そのまま、もう片面も焼いて――
「ほら、焼き上がったぞー」
「「できた、できたー」」
喜ぶアレンとエレナだが、今回はもう少し作業が続く。
「まだだぞー」
「「まだー?」」
「そうだよ。次はこれに餡を挟むんだ」
二枚のパンケーキの間に作り置きしてあった粒餡を挟んで、どら焼きのでき上がり、っと。
うんうん、ちゃんとそれっぽいものができたな!
「今度こそでき上がりだよ」
「「わーい」」
「タ、タクミ様ー、これは、これはー?」
目を見開いて、リヤンさんが僕に尋ねる。
「どら焼きと言うものです」
「「たべていいー?」」
「わ、私もよろしいでしょうかー?」
「お、俺も食べたいです」
子供達に続き、リヤンさんにトールさんまでおやつを強請ってきた。
「……仕方がないな~。ご飯前だから、アレンとエレナは半分ずつだよ。リヤンさんもトールさんも、せっかくなので食べてみてください」
「「うん!」」
「「ありがとうございます!」」
みんながどら焼きを食べている間に、僕は赤豆ゼリーを作り、それからいよいよワニ肉を調理。リヤンさんとトールさんの視線をビシバシと感じる中、ワニ南蛮を作り上げた。
「練習にはこの馬を使う」
「牝馬ですね? ヴァルト様、この子の名前は?」
「カテリーナと言うらしい。この邸で一番大人しい馬だそうだ」
僕はカテリーナの目をじっと見つめた。すると、カテリーナは軽く頭を下げる。
何だか〝撫でろ〟と言われている気がしたので、僕はカテリーナに近づき、そっと額部分を撫でてみた。カテリーナは気持ち良さそうにそのままの姿勢でいたので、どうやら僕の直感は合っていたらしい。
《むぅ~。ずるい~。ボクも撫でてもらいた~い》
《いいな~》
カテリーナを撫で続けていると、ジュールとフィートから羨ましそうな声で【念話】が届いた。
《後でいっぱい撫でてあげるから、今は我慢してな》
《本当っ!? 約束だよ!》
《わーい。兄様、絶対ね!》
訓練に割って入られては困るので、みんなに〝後で〟と伝えると、嬉しそうな声が返ってくる。
こんなに喜ばれるとは思わなかった。これは気合いを入れて撫でてやらないとな~。
「大人しい馬だと言ったが、こうもあっさりと気を許すとは……。これなら乗りこなすのもすぐかもな」
「本当ですか? それならいいんですけどね」
僕はヴァルト様から差し出された手綱を受け取って、カテリーナの横に回る。
「ふふっ。気持ち良かったかい?」
カテリーナは本当に人懐っこい馬で、横に並んだ僕にもっと撫でろとばかりに首筋を押しつけてきた。
「おし! じゃあ、タクミ、まずは乗ってみろ」
「……」
いや、乗ってみろって言われても……その乗り方を知らないんだけどね……。
「隊長……普通はここで乗り方を説明するものですよ」
ジュール達を観察していたアイザックさんは、僕達のやりとりを聞いていたらしく、呆れたようにヴァルト様を見ながら突っ込んでくれた。
だよね。〝さあ、乗ってみろ〟で説明が終わりなはずがないよね。
「おお、そうだな。まあ、あれだ。鐙に片足を掛けてぐわっと乗る感じだ!」
「「……」」
僕とアイザックさんが黙って待つも、ヴァルト様から続きの言葉は出てこない。
ええ? 以上? 今ので説明は終わり? それで乗れって無理じゃないか? 僕の理解力が足りないってわけじゃないよね?
確認のつもりでアイザックさんに視線を向けると、アイザックさんは眉間に皺を寄せて額に手を当て、がっくりと項垂れていた。やっぱり、ヴァルト様の説明は全然駄目っぽいね。
うん、これはヴァルト様に教わるということ自体、失敗だったのかもしれないな。
「タクミさん、ここからは私が指導します」
「アイザックさん、お願いします」
気を取り直したアイザックさんがそう申し出てくれたので、僕はありがたくお願いする。
「何っ!? 何でだ!?」
「みんなー、ヴァルト様が遊んでくれるって言うから、思いっきり相手してもらいなー」
「「はーい」」
『きゃん』
『んなぁ』
『ピィ』
『がるん♪』
異議を唱えるヴァルト様を無視し、僕は少し離れた位置にいた子供達にそう言うと、みんな一斉にヴァルト様に突撃していった。
「うわっ! ちょ、ちょっと待てー!」
僕の乗馬の練習を見ているだけじゃ子供達は暇だろうからね。
「これで子供達も時間を持て余さずに済みますね。ここで練習すると子供達の遊びの邪魔になりますから、少し移動しましょうか」
「そうですね」
アイザックさんも〝良い判断です〟とばかりに頷いてくれたので、僕はカテリーナを促して少しだけ場所を変えた。
それからはアイザックさんに指導してもらったんだが、とてもわかりやすかった。
馬に乗る時は鞍のここを掴めばいいとか、手綱を引っ張らないように注意するとか、的確に指導してくれるのだ。お蔭で僕は無事に【騎乗】スキルを習得できた。
自分の前に子供を乗せて走らせてみることもしたが、一人なら問題なく相乗り成功。
その様子を見たアイザックさんからは、もう何度か練習すれば、王都まで移動するくらいなら問題ないとお墨付きをいただいたので一安心だ。
ということで、王都までは馬車ではなく馬に乗って移動することに決定したのだが、やはりアレンとエレナの二人を僕の馬に乗せるのは無理がある。何か対策を考えないといけないのだが……アイザックさんとなら一緒に乗ってくれるかな~?
まあ、そのへんはおいおい考えることにして、乗馬の練習は午前中だけでひとまず終わった。
長時間の練習で一度に詰め込むより、十数分ずつでも毎日やったほうがいいとアイザックさんに言われたのでね。
そういえば、乗馬をすると内股やお尻が擦れて痛くなる、というのを耳にしたことがあるが、それは問題なかった。……もしかして【物理攻撃耐性】のお蔭だったりするのかな? 攻撃というほどではないが、擦れるって現象は物理的なものに間違いないしね。
まあ何にせよ、身体的に異常がないのは助かった。
午後からは街に出て、まずは注文していた家具を受け取りに行った。
調理台にも食事にも使えるようなテーブルと椅子、アレンとエレナが作業するときに使う踏み台、ベッドなどなど。思いつく限りの必要そうな家具を注文しておいたのだが、その全てがちゃんと仕上がっていた。どれもが満足のいく良い出来だったので代金を支払って、品物を受け取る。
その後はフィジー商会に向かうことにした。
「これはこれは、タクミ様。ようこそいらっしゃいました」
店に入ると、すぐさま支店長さんが奥から飛び出してきた。
僕が店の扉を開けた直後、店員の一人が慌てて奥に駆けていったのが見えたので、あれはきっと支店長さんを呼びに行ったのだろう。
「こんにちは。支店長さんがわざわざご対応くださるなんて、ありがとうございます」
「いえいえ、タクミ様は当店にとって大事なお方です。私がお相手させていただくのは当然でございます。それで、本日はどのようなご用件ですか? もしかして、例のスパイスの件で何か不都合でもありましたでしょうか?」
「いいえ、スパイスに関してはセドリックさんにお任せしているので、僕のほうから特には……」
自分が食べたいばかりに僕が調合したカレースパイスは、フィジー商会によって量産され、この世界で流通することになった。本当は商談や諸々の手続きを僕がしなければならないのだけど、セドリックさんが一手に引き受けてくれているのだ。
そんなわけで、スパイスについて僕から言うことは何もない。
今日は、別のお願いをしに来た。
「実は、また倉庫の品を見せてもらうことはできないかと思いまして。急にすみません」
カヒィ豆のように、セルディークや他の国から輸入されたものがあれば、できるだけ手に入れたい。王都に同じ品があるとも限らないし、いつまたベイリーに来られるかもわからないからな。
前にこの商会に来た時は他の用事がメインで、倉庫の一部しか見られなかったのだ。
「おお! もちろん構いませんよ」
良かった。前はセドリックさんと一緒だったから、僕達だけだと駄目って言われる可能性もあるかなと思ったけど、案内してもらえるみたいだ。
「もしかしてタクミ様は、カヒィ豆のように輸入した品にご興味があるのではないですか?」
「ええ、その通りです。そういう品があれば見せていただけませんか?」
「わかりました。あとはそうですね……迷宮品の中でも、数が少なくあまり出回っていないものですかね?」
支店長さんは、僕が欲しているものをしっかりと理解しているようだ。
だけど、それにプラスして見せてもらいたいものがある。
「ええ、お願いします。それと、言葉は悪いですが……今のところ需要があまりないものも見せていただきたいです」
「需要がないもの、ですか?」
支店長さんは不思議そうな表情をした。
そんなものを見てどうするんだ、と言わんばかりだ。だけどさ――
「はい、少し前までのショーユみたいなものです」
今はショーユを買い求める人が増えたようだが、以前はほとんど知られていない商品だった。
つまり、この世界では人気がなくても、僕が欲しいと思う品があるかもしれないのだ。
「おお! そういえば、ショーユの使い道を示してくださったのはタクミ様でしたね! なるほど、なるほど。かしこまりました。私、カシムが責任をもってご紹介いたしましょう!」
支店長さん――カシムさんは、ホタテのバター醤油焼きから発生したショーユブームの発信源が、僕だということを突き止めていたのか。
しかもこれは、人気のない品の活用法が見つかるのではないかと期待している表情だな。
「まずはこちらです」
早速、カシムさんは倉庫に案内してくれた。
最初に見せてもらったのは、セルディークから運ばれてきた『ナナの実』という果実だ。緩やかに曲がった細長い実が数本、房になっている。
ナナの実は黄色い未熟のうちに収穫し、皮が赤くなった頃を目安として、中の白い部分を食べるらしい。
ここに置いてあるもののほとんどが、その中間のオレンジ色ばかりだが、カシムさんは赤く完熟したものを一本剥いて、僕達三人に試食させてくれた。
「これは……」
「「おいしー」」
皮の色は違うが、形も味も、匂いまでもが僕の知っているバナナに間違いなかった。
それも青臭さなんて全くなく、かなり糖度が高くて美味しい。
「甘く、食べやすいのでそこそこ人気があるのですが、なかなか取り扱いの難しい品なんですよね。気をつけていても、熟成期間を見誤ってしまうことがしばしばあって……」
カシムさんの説明を聞く限り、特徴も僕の知っているバナナと似ている。
アレンとエレナもナナの実を気に入ったっぽいし、これはぜひ購入しておきたい。
「カシムさん、ここに置いてあるナナの実はまだ完熟していませんが、さっきいただいたような熟している実はまだありますか?」
「え、ええ……熟したものは別の保管場所に置いてありますので、いくつかはございますよ?」
なるほど、別の場所にあるんだ。それじゃあ――
「もしよかったら、その熟している実をあるだけ売ってもらえませんか?」
すると、カシムさんは少し困ったような表情で言う。
「タクミ様、ここにある成熟途中のものでも五日から七日ほどで傷んでしまいます。完熟しているものは二、三日も保ちません。お買い求めいただけるのは大変喜ばしいのですが、あまり大量に購入なさるのはおすすめでき……――っ!!」
カシムさんは、突然ハッとした表情で言葉を切り、僕の顔を凝視してきた。
「――《無限収納》!」
カシムさんは、僕が《無限収納》を使えることを知っている。だから、完熟しているナナの実を購入しても、《無限収納》に入れれば時間が止まり、腐る心配がないことに気がついたのだ。
「はい。ですので、どちらかといえば完熟しているもののほうがいいんです」
「あるだけ、と仰いましたよね?」
カシムさんが期待するようにこちらを見る。
「腐っているものは困りますけどね」
「もちろん、タクミ様にそのようなものをお渡しするつもりはありません。ですが……今まさに食べ頃、というものも購入していただけると?」
「はい」
「あ、ありがとうございます! もちろん、お安くさせていただきます!」
お、それは嬉しいな。
まあ、売れなかったら、自分達で食べるか、廃棄するしかないもんな。少しでも売上になるのなら、値引きくらいどうってことはないのかもしれない。
完熟したナナの実をすべて購入し、カシムさんに次の品を見せてもらう。
「次はこの木の実です。こちらは――」
紹介されたのは、サッカーボールほどの大きさの、茶色くて固い『ココの実』という木の実だ。実の中には、ミルクのような白い液体が入っているらしい。
だから僕は、これは前の世界で言うヤシの実で、中身はココナッツミルクだろうと判断した。
でも、僕の記憶ではヤシの実に入っている液体は透明なココナッツジュースで、ココナッツミルクは実の一部を加工したものだったと思うが……まあ、いいか。
ココの実はこういうものだと納得し、子供達が好きそうな食材なので購入することにした。
他にも輸入品や迷宮産の品をいくつか手に入れ、なかなかの収穫。大満足だ。
「そういえば、タクミ様は商人ギルドに登録されていますか?」
「いいえ、していません」
「そうですか。それでは近いうちに登録をお願いできますか? カレースパイスの販売開始まではもう少し時間がかかりますが、開始されればタクミ様に支払う代金が出ます。そのお金は商人ギルドを通してお渡しすることになりますので」
そういえば、セドリックさんにも商人ギルドで登録しておいてくださいと言われたな。
登録しておけば、商人ギルドを通してどの国にいてもお金を受け取れるとか。あれだ、冒険者ギルドにもあった銀行みたいなやつだ。
まあ、僕の場合は冒険者の登録に商人が追加登録される形になるので、口座は一つを共有するらしいけどね。
「わかりました。この後にでも登録しておきます」
「お願いいたします」
登録だけならすぐに終わるだろうから、邸に帰る前に済ませちゃおうか~。
商人ギルドで無事に登録を終わらせてリスナー邸に戻ると、僕達は厨房に向かった。
昨日、迷宮土産としてワニ肉を提供したんだけど……調理もお願いしたいと、料理長のリヤンさんに頼まれたからだ。
リヤンさんはワニ肉を扱ったことがないのでお手本を……と言っていたけど、僕も迷宮で二度調理しただけだから、経験値としては大して変わらない。
あの時のリヤンさんの様子からすると、ワニ肉を扱う経験云々よりも、僕がどんな調理をするのか興味津々って感じだった。何せ、彼は僕に弟子入りを志願したほどだしね。
まあ、食材だけを押しつけて〝後はよろしく〟というのも悪い気はする。だから、作るのはリスナー一家の分とヴァルト様と僕達の分だけ、という条件で了承した。リヤンさんや使用人達の分まで作るとなると、かなりの量になるからな。
既に何回か使わせてもらったことのある厨房で、僕は早速調理を開始することにした。
「アレン、エレナ。じゃあ、作ろうか」
「「つくるー」」
作業台の前に立つ僕の左側にはアレンとエレナがいて、今日、受け取ってきたばかりの新しい踏み台に乗って手伝う気満々で張り切っている。
「ではタクミ殿、よろしくお願いします」
「……あ、はい」
「「……」」
ただ、子供達の背後から、僕達の作業を覗き見しようとするリヤンさんと、もう一人の料理人のトールさんがいるので、それがちょっと気になっているようだ。
アレンとエレナは無言で振り返って、リヤンさん達をじっと見つめている。
まあ、普通の人でも背後に人がいれば気になるのだから、気配に敏感なアレンとエレナならなおさらだろう。
しかし、気にしていたのは最初だけだった。子供達も後ろにいる二人は害がない人物、と理解しているので、お手伝いに集中することにしたらしい。
「さいしょはー?」
「なーに?」
「そうだな~」
さてと、何を作ろうかな?
ん~、ワニ肉を使ったカレーなんてどうだろう? ヴァルト様とアイザックさんは、まだカレーを食べていないし。あ~、でも、それじゃあワニ肉がメインって感じじゃなくなるか……。
そうだなぁ~……あっ! ワニ肉に粉をまぶして焼いて、それに甘酢ダレを絡めて。あとはマヨネーズに刻んだゆで卵とピクルスを混ぜたタルタルソースを作れば、チキン南蛮っぽくなるかな。
「よし。まずはタルタルソースを作ろう」
「「たるたるー?」」
「タ、タクミ様、ど、どんな料理を作るのですかー!?」
子供達より、リヤンさん達のほうが落ち着きがないな……。
「ソースですよ。アレン、エレナ、マヨネーズを作るよー」
「アレン、まぜるー」
「エレナもまぜるー」
最近、泡立て器で混ぜるものに関しては手慣れてきている二人に、マヨネーズ作りを手伝ってもらう。器に卵黄と調味料を少し入れ、まずはそれを混ぜて欲しいとお願いした。
その間に、僕は別の食材の準備だ。
「タクミ様、それはミズウリですか?」
「ええ、ミズウリを酢漬けにしたものです」
「ミズウリ」とは、きゅうりに似た野菜。僕が取り出したのは、それを塩揉みして水分を出してから、酢や砂糖を合わせた汁に漬け込んでおいたものだ。
「「ま~ぜ~、ま~ぜ~」」
アレンとエレナが混ぜているボウルに油を少しずつ入れた後、具材を刻んでいく。
ゆで卵にミズウリのピクルス、あとは……タシ葱にパセリでいいかな?
「おにーちゃん」
「できたー」
「うん、上出来!」
「「やったー」」
アレンとエレナは分離させることなく、マヨネーズを完成させた。
二人の力作のマヨネーズに刻んだ具材を入れてよく混ぜ合わせ、塩コショウで味を整えればタルタルソースのでき上がり!
「おっし、完成!」
「「おぉー」」
「なるほど、マヨネーズに具材を加えて……」
アレンとエレナの後ろでリヤンさんがぶつぶつ呟いていたが、僕はそれを放置してタルタルソースを一旦《無限収納》にしまう。
次はせっかくだからデザートでも作ろうかな。……何にしよう。どうせなら、まだ作ったことがないものがいいよな~。
アイスクリーム! あ~、でも、アイスは今作ると騒ぎになりそうだな。……止めておこう。
そうだ! 小さなパンケーキを焼いて、それに餡子を挟んでどら焼きを作ろうと思っていたんだったな。粒餡ならリスナー邸の人達にも広まっているし、そこまで驚かれないだろう。
和菓子だったら、羊羹もいいな。そっちのほうがデザートっぽいか?
でも、羊羹には寒天が必要か……。寒天を作るのは、さすがに無理だ。やはりここはスライムゼリーをゼラチン代わりにして固めるのがいいだろう。そうすると、羊羹というより水羊羹……いや、厳密にいえば赤豆ゼリーになるのかな?
時間にはまだ余裕があるし、デザート用の赤豆ゼリーとおやつ用のどら焼き、両方作ろうか。
「「つぎはー?」」
「次はおやつを作ろう。アレンとエレナは、前に作ったパンケーキの作り方を覚えている?」
「「おぼえてるー」」
「よし! じゃあ、また混ぜるの頑張れる?」
「「やるー」」
ということで、早速パンケーキを作ることにする。
アレンとエレナはばっちりパンケーキの作り方を覚えていたようで、生地作りは難なく終わった。
そして――
「「じゅ~」」
僕が熱したフライパンでパンケーキの生地を焼き始めると、アレンとエレナは隣で焼き音の真似をし、ぴょこぴょこ跳ねながら眺めていた。
「ぷつぷつしたらー♪」
「くるっとしてー♪」
「……くくっ」
アレンとエレナは、ひっくり返すタイミングもしっかりと覚えていた。
ご機嫌な二人の可愛らしい様子に思わず頬が緩む。
以前に焼いた時は、生地の表面のぷつぷつとした穴を指で突こうとしたが、今回は最初から手を背中に隠して、ちゃんと我慢している。そんなちょっとした頑張りも微笑ましい。
僕が子供達の声に合わせてひっくり返すと、綺麗なキツネ色の面が現れた。いい具合の焼き色だ。
そのまま、もう片面も焼いて――
「ほら、焼き上がったぞー」
「「できた、できたー」」
喜ぶアレンとエレナだが、今回はもう少し作業が続く。
「まだだぞー」
「「まだー?」」
「そうだよ。次はこれに餡を挟むんだ」
二枚のパンケーキの間に作り置きしてあった粒餡を挟んで、どら焼きのでき上がり、っと。
うんうん、ちゃんとそれっぽいものができたな!
「今度こそでき上がりだよ」
「「わーい」」
「タ、タクミ様ー、これは、これはー?」
目を見開いて、リヤンさんが僕に尋ねる。
「どら焼きと言うものです」
「「たべていいー?」」
「わ、私もよろしいでしょうかー?」
「お、俺も食べたいです」
子供達に続き、リヤンさんにトールさんまでおやつを強請ってきた。
「……仕方がないな~。ご飯前だから、アレンとエレナは半分ずつだよ。リヤンさんもトールさんも、せっかくなので食べてみてください」
「「うん!」」
「「ありがとうございます!」」
みんながどら焼きを食べている間に、僕は赤豆ゼリーを作り、それからいよいよワニ肉を調理。リヤンさんとトールさんの視線をビシバシと感じる中、ワニ南蛮を作り上げた。
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