2 / 15
2
しおりを挟む
◇◆◇◆
セドリックと出会ったのは、職場である王宮だ。
お人好しなセドリックが引き受けた雑用で、アメリーの担当場所にやってきた。
アメリーはハリス男爵家の長女で、王宮で侍女として勤めている。
黒髪引っ詰め髪に眼鏡、背も少し高めで影ではカタブツと呼ばれていることを本人も知っていた。
セドリックはロバーツ子爵家の三男。腕と人柄を買われて王宮付き騎士として仕えている。
クリーム色の髪に、緑の瞳の優しげな騎士と、王宮で働く女達にとって有力な婿候補だった。
実力は周知の事実なのに、何度も下っ端かのような遣いでやってきたのには内心思うところがあった。
(お人好し過ぎない?)と。
『いつもカタブツの時に当たっちゃってかわいそう!セドリック様!』
というのが部下の総意だったので、「確かにな」と令嬢らしからぬ見識を持っていたアメリーは、セドリックが遣われて取りに来るものを分かりやすく纏めた後、部下に預けることにした。
ここで働く女達にとっての目標は、結婚相手を見つけること、が大半を占めていた。
アメリーはその多数派に含まれず、貧しい実家に仕送りし、弟の学費を賄うことを目的としていたが。
出会いを阻むこともないと、自分の管轄の備品管理に倉庫に篭るようになって数回、
―――バァン!
倉庫のドアが少し乱暴に開いた。
たまに備品を取りに来る侍従達は絶対にそんな扱いはしないので、何事かと驚いて振り向いた。
「――俺のこと、避けてますか!?」
叫ぶように問い、倉庫に入ってきたのは、セドリックだった。
「え…?いえ、…?」
思いもよらぬ言葉に、らしくもなくポカンとした顔を向けてしまう。
戸惑ったアメリーの様子に、セドリックも気づいて慌てる。
「いえ、いつもアメリー嬢のいる時間を狙って行ってたのに、最近はいないから…、あっいえ、ハリス男爵令嬢とお呼びすべきですね…」
セドリックの口から伝えられる言葉は分かるのに、内容が頭にうまく落とし込めず、引き続きポカンとしてしまう。
(呼び方の問題…?じゃないわよね、絶対)
「え、…えぇと、あの?部下達に、とてもロバーツ子爵令息様が人気なので、邪魔もよくないとこちらに来ておりましたが…」
セドリックに中てられて、つい自分も本当のことをツラっと言ってしまった。
「俺のことはセドリックと…、あ!ほらッ!やっぱり避けていらっしゃったんじゃないですか!」
目の前でころころと表情を変えて、まっすぐに話しかけてくるセドリックがおかしくて、アメリーは我慢できずに口に手をやり笑ってしまう。
「あははっ」
「アメリー嬢…」
王宮付きの騎士に対して思い切り笑ってしまって、はっとしてアメリーは顔を見上げる。
青くなって見上げた先に、まさかの溶けそうな顔がこちらを向いていた。
まるで殿方が閨で見せるような顔で、流石にアメリーも気づく。
カタブツ侍女だけあって、騎士に口説かれるなんて初めてのことだが、あまりここに長居されるのも良くないと思い至る。
(変な噂も面倒だし、…万が一…だけど、もう恋人は作りたくはない…)
「ロバーツ様…あの…」
「セドリックと」
「セドリック様、あのですね…」
アメリーは22歳だ。
周囲はもう結婚しているのが当然、それどころか皆母親になっているような年齢だった。
アメリーの実家は支度金など到底用意できず、それどころかアメリーの仕送り無くしては弟が学ぶ機会を持てない様な状態だ。
結婚など夢のまた夢だと分かっていて恋人となったのに、当時は周りと同じように結婚できない自分が悲しくもなった。
適齢期に付き合っていた恋人との間にあった、あの難しい空気をもう味わいたくない。
(あ、…でも、むしろこんな年齢の私に声をかけてくるのだから、遊び目的という線も大いにあるわよね…?)
実のところアメリーは、部下たちが噂する程には”カタブツ”ではなかった。
セドリックと出会ったのは、職場である王宮だ。
お人好しなセドリックが引き受けた雑用で、アメリーの担当場所にやってきた。
アメリーはハリス男爵家の長女で、王宮で侍女として勤めている。
黒髪引っ詰め髪に眼鏡、背も少し高めで影ではカタブツと呼ばれていることを本人も知っていた。
セドリックはロバーツ子爵家の三男。腕と人柄を買われて王宮付き騎士として仕えている。
クリーム色の髪に、緑の瞳の優しげな騎士と、王宮で働く女達にとって有力な婿候補だった。
実力は周知の事実なのに、何度も下っ端かのような遣いでやってきたのには内心思うところがあった。
(お人好し過ぎない?)と。
『いつもカタブツの時に当たっちゃってかわいそう!セドリック様!』
というのが部下の総意だったので、「確かにな」と令嬢らしからぬ見識を持っていたアメリーは、セドリックが遣われて取りに来るものを分かりやすく纏めた後、部下に預けることにした。
ここで働く女達にとっての目標は、結婚相手を見つけること、が大半を占めていた。
アメリーはその多数派に含まれず、貧しい実家に仕送りし、弟の学費を賄うことを目的としていたが。
出会いを阻むこともないと、自分の管轄の備品管理に倉庫に篭るようになって数回、
―――バァン!
倉庫のドアが少し乱暴に開いた。
たまに備品を取りに来る侍従達は絶対にそんな扱いはしないので、何事かと驚いて振り向いた。
「――俺のこと、避けてますか!?」
叫ぶように問い、倉庫に入ってきたのは、セドリックだった。
「え…?いえ、…?」
思いもよらぬ言葉に、らしくもなくポカンとした顔を向けてしまう。
戸惑ったアメリーの様子に、セドリックも気づいて慌てる。
「いえ、いつもアメリー嬢のいる時間を狙って行ってたのに、最近はいないから…、あっいえ、ハリス男爵令嬢とお呼びすべきですね…」
セドリックの口から伝えられる言葉は分かるのに、内容が頭にうまく落とし込めず、引き続きポカンとしてしまう。
(呼び方の問題…?じゃないわよね、絶対)
「え、…えぇと、あの?部下達に、とてもロバーツ子爵令息様が人気なので、邪魔もよくないとこちらに来ておりましたが…」
セドリックに中てられて、つい自分も本当のことをツラっと言ってしまった。
「俺のことはセドリックと…、あ!ほらッ!やっぱり避けていらっしゃったんじゃないですか!」
目の前でころころと表情を変えて、まっすぐに話しかけてくるセドリックがおかしくて、アメリーは我慢できずに口に手をやり笑ってしまう。
「あははっ」
「アメリー嬢…」
王宮付きの騎士に対して思い切り笑ってしまって、はっとしてアメリーは顔を見上げる。
青くなって見上げた先に、まさかの溶けそうな顔がこちらを向いていた。
まるで殿方が閨で見せるような顔で、流石にアメリーも気づく。
カタブツ侍女だけあって、騎士に口説かれるなんて初めてのことだが、あまりここに長居されるのも良くないと思い至る。
(変な噂も面倒だし、…万が一…だけど、もう恋人は作りたくはない…)
「ロバーツ様…あの…」
「セドリックと」
「セドリック様、あのですね…」
アメリーは22歳だ。
周囲はもう結婚しているのが当然、それどころか皆母親になっているような年齢だった。
アメリーの実家は支度金など到底用意できず、それどころかアメリーの仕送り無くしては弟が学ぶ機会を持てない様な状態だ。
結婚など夢のまた夢だと分かっていて恋人となったのに、当時は周りと同じように結婚できない自分が悲しくもなった。
適齢期に付き合っていた恋人との間にあった、あの難しい空気をもう味わいたくない。
(あ、…でも、むしろこんな年齢の私に声をかけてくるのだから、遊び目的という線も大いにあるわよね…?)
実のところアメリーは、部下たちが噂する程には”カタブツ”ではなかった。
0
お気に入りに追加
358
あなたにおすすめの小説
女嫌いな伯爵令息と下着屋の甘やかな初恋
春浦ディスコ
恋愛
オートクチュールの女性下着専門店で働くサラ・ベルクナーは、日々仕事に精を出していた。
ある日、お得意先のサントロ伯爵家のご令嬢に下着を届けると、弟であるフィリップ・サントロに出会う。聞いていた通りの金髪碧眼の麗しい容姿。女嫌いという話通りに、そっけない態度を取られるが……。
最低な出会いから必死に挽回しようとするフィリップと若い時から働き詰めのサラが少しずつ距離を縮める純愛物語。
フィリップに誘われて、庶民のサラは上流階級の世界に足を踏み入れるーーーー。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
外では氷の騎士なんて呼ばれてる旦那様に今日も溺愛されてます
刻芦葉
恋愛
王国に仕える近衛騎士ユリウスは一切笑顔を見せないことから氷の騎士と呼ばれていた。ただそんな氷の騎士様だけど私の前だけは優しい笑顔を見せてくれる。今日も私は不器用だけど格好いい旦那様に溺愛されています。
【完結】王太子と宰相の一人息子は、とある令嬢に恋をする
冬馬亮
恋愛
出会いは、ブライトン公爵邸で行われたガーデンパーティ。それまで婚約者候補の顔合わせのパーティに、一度も顔を出さなかったエレアーナが出席したのが始まりで。
彼女のあまりの美しさに、王太子レオンハルトと宰相の一人息子ケインバッハが声をかけるも、恋愛に興味がないエレアーナの対応はとてもあっさりしていて。
優しくて清廉潔白でちょっと意地悪なところもあるレオンハルトと、真面目で正義感に溢れるロマンチストのケインバッハは、彼女の心を射止めるべく、正々堂々と頑張っていくのだが・・・。
王太子妃の座を狙う政敵が、エレアーナを狙って罠を仕掛ける。
忍びよる魔の手から、エレアーナを無事、守ることは出来るのか?
彼女の心を射止めるのは、レオンハルトか、それともケインバッハか?
お話は、のんびりゆったりペースで進みます。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
伯爵は年下の妻に振り回される 記憶喪失の奥様は今日も元気に旦那様の心を抉る
新高
恋愛
※第15回恋愛小説大賞で奨励賞をいただきました!ありがとうございます!
※※2023/10/16書籍化しますーー!!!!!応援してくださったみなさま、ありがとうございます!!
契約結婚三年目の若き伯爵夫人であるフェリシアはある日記憶喪失となってしまう。失った記憶はちょうどこの三年分。記憶は失ったものの、性格は逆に明るく快活ーーぶっちゃけ大雑把になり、軽率に契約結婚相手の伯爵の心を抉りつつ、流石に申し訳ないとお詫びの品を探し出せばそれがとんだ騒ぎとなり、結果的に契約が取れて仲睦まじい夫婦となるまでの、そんな二人のドタバタ劇。
※本編完結しました。コネタを随時更新していきます。
※R要素の話には「※」マークを付けています。
※勢いとテンション高めのコメディーなのでふわっとした感じで読んでいただけたら嬉しいです。
※他サイト様でも公開しています
平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜
本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」
王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。
偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。
……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。
それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。
いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。
チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。
……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。
3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!
女嫌いな騎士団長が味わう、苦くて甘い恋の上書き
待鳥園子
恋愛
「では、言い出したお前が犠牲になれ」
「嫌ですぅ!」
惚れ薬の効果上書きで、女嫌いな騎士団長が一時的に好きになる対象になる事になったローラ。
薬の効果が切れるまで一ヶ月だし、すぐだろうと思っていたけれど、久しぶりに会ったルドルフ団長の様子がどうやらおかしいようで!?
※来栖もよりーぬ先生に「30ぐらいの女性苦手なヒーロー」と誕生日プレゼントリクエストされたので書きました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる