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エピローグ
エピローグ
しおりを挟む―――ああもう、聞きたいことがある日に限って、連絡がつかないんだ。
父は伯爵位を私に譲ってから、母とよく出かけるようになった。
少し苛々としながら、執務室を出て、廊下を歩いていると、鼻歌が聞こえてきた。
メロディーは適当だが、幼い子特有の天使の様な響きに癒されて子ども部屋の扉を開ける。
私にそっくりだと言われる下の息子が、何やら絵を描いているようだった。
その隣には、古い本が置かれていた。
「…ああ、また物置に入ったのか?」
「ちちうえー!このえ、かいてる」
上の子は物置に近寄ろうともしないが、下の子はよく物置に潜り込んでは侍女達を真っ青にさせている。
最近では侵入されても埃などがつくことのないように、物置は綺麗に掃除されていた。
「どれどれ…」
私は物置に入るのは苦手だが、古い書物などは好きなので、真似て描いているという頁を見やる。
「…?」
『汝、願イ真実 人ノ為ナラバ 汝ノ命差シ出ス時 其ノ願イ 叶ワントス』
古くて俄かには分からないが、思わず背筋が寒くなるような言葉が書かれているという事だけはわかった。
パッと息子からその本を取り上げてしまう。
「あー!」
文句を言っているが、愛しい我が子にこんな本を近づけたい訳がない。
「…なんだこの物騒な…」
本は出版されたものではなかった。となれば、ターナー家に代々伝わってきた書物だということだ。
慌てて侍従にこの本を物置の子どもの届かぬところに仕舞う様に言付けた。
「ちちうえ!だめ!」
ものすごく怒っている息子の気をそらせようと、あれこれ考えている間に妻が私を呼ぶ声が聞こえた。
「ルイス様~!お義父様とお義母様いらっしゃいましたよ」
「あ!ははうえ~!」
もう本のことを忘れて、飛び出して行った息子にため息をつきながら、自分も愛しい妻の呼ぶ声に暗雲立ち込める気分を晴らしてもらっていた。
ふ、とテーブルの上の息子の絵が目に留まった。
そこには二つの丸。一つの丸は横たわっていて、もう一つの丸は目から青いしずくが出ていた。
「ルイス様~!」
貴族らしからぬ大きな声で元気に呼ぶ妻の声に意識が戻ってきて、私は部屋を後にした。
END
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