【完結】死に戻り伯爵の妻への懺悔

日比木 陽

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過去編

独占欲②

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「それでは、行ってまいります。旦那様、良い夜を」


そう言って、僕の返事を待たずに足早に去っていった。
やめておけと思うのに、彼女を追う目を止められない。


セレスが集合住宅の一番手前の玄関をノックすると、中からやはりあの日の元侍従が顔を出した。


かなり驚いた顔をしていたので、セレスは事前に使いも出さなかったのだと分かった。
そのまま拒まれ、ここに戻って来ることを望んでしまう…。


だが、セレスの説得が功を奏し、諦めたような様子で部屋へと招き入れられた。


「旦那様?先日の会場へ向かいます。窓をお閉めに…」
「いや、私は会場へは向かわない。そこの陰に停めておいてくれ。そこに宿がある何刻か休んでくるといい。」
「いえ…それは」
「ここは貴族が群がるあの会場の近くだ。警備もしっかりしていて、治安もいい。気にせず休んでいてくれ。また帰りに頼む。」


僕の言葉に御者は怪訝な顔をしながらも、僕から渡した宿代を手にし、宿へと向かって行った。


妻の逢引きを手伝う夫など、酷く滑稽だ。
貴族ならば、もしくは平民でも家同士の政略結婚ならば、これは普通のことなのかもしれない。


お互いに何の感情も抱いていない夫婦ならば、むしろ楽しむのだろうか。


(セレス、僕があの会場に参加して君以外を抱くことを、何とも思わないのか。)
…自分が、会場に誘った様なものなのに、勝手な思いが湧き上がる。
こんなこと、あまりにも女々しくて口が裂けても言えない。


(僕はあんなに気持ちの悪いところに行くつもりはないし、君以外を抱きたいと思わない、そう言えば良かったのか?…君をがっかりさせてでも。君の笑顔を奪ってでも…?)
君へ不格好なところを見せる勇気も、君に落胆した顔を向けられることを耐える気力も、なくて。


思考の沼に陥りかけた時、開けている窓から音が漏れ聞こえ始めた。
女性の艶やかな声、あの会場でも扉の中から漏れていた、それだ。


あの日会場で聞いた声は耳障りで堪らなかった。
だが、今は違う。
その理由など、ひとつしかない。

――セレスの声だ。

その、美しい声が。


夫である自分も聞いた事がない程、艶を纏った甘い声音が。


他の男に与えられていると思うと…耐えられない。



今すぐにその窓を破って君を取り返す想像をして、腰が座っている事を拒む。
立ち上がりかけて、ハッと思い出す。


…君のあの嬉しそうな顔を。



少女のように裾を翻して、期待に満ちた瞳で。

勿論取り返す事は可能だろう。
今すぐあの男を引きはがして、無理やりに連れ戻そう。

…――そうすれば完璧に、…君に愛想をつかされるんだ。


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