【完結】死に戻り伯爵の妻への懺悔

過去編

最低と最高と①

馬車に並んで揺られている。


セレスティアに相談した秘密の会合の日は、瞬く間にやって来た。


友人に「夫婦で参加が望ましい」と乞われ、セレスも共にいく。



（君とふたりきりの馬車はいつも楽しみだったのに、今日は全く気分が晴れない。）



隣にいるセレスはあの日から、同じ表情で僕と会話する様になった。
そう、友人の妻たちがしているかの様な顔だ。
あの日も本当は、夜を共にしたいと思っていたが…。それ以降、招いても妻が僕の寝室まで来ることはなかった。


女神の彫刻かのような無表情の妻と、それでももう少しふたりだけで居たい。
何かを話したいのに、それが何なのか自分でも分からない。




…無情にも馬車は停車し、御者が声をかけてくる。
会場へと到着したようだ。



〈……くな〉



表立って顔を晒さないということで、二人は事前に用意した仮面をつける。
仮面などつけても、セレスの美貌は隠せず、一瞬で気づかれてしまう気がしたが、冷ややかなほどの目をするセレスに言葉もかけられず、そのまま進む。
目立たない様にか薄暗い雰囲気で、共に参加するであろう貴族達の色めきだった様子に少し気圧される。
僕の腕でエスコートされる彼女は、気圧されるでもなく真っすぐに進んでいる。


（どうして、セレスは参加しようと言ったのだろう）



〈…この期に及んで…！〉



もしも妻の腕が震えていたら、すぐに引き返そうと提案しただろう。
だが、そんなことはなく、足取りもしっかりしている。



〈その手を離すな〉



先を行く夫婦に着いていくと、受付の令嬢から案内があった。



『はじめてのご参加ですね、こちらは男女で別れて控え室へと入場します。ご安心ください、無理強いされることはございません。万が一の場合はスタッフがすぐに対応致します。それでは旦那様はこちら、奥様はこちらの扉へとお進みください』



機械仕掛けのような女性の台詞に現実感が失われる様な不思議な心地がした。
漂っている香も、甘さを含んで非現実的だ。


それでも、妻に最終確認をしたくて、引き留める。



「…君は、大丈夫かい？」


それに仮面越しに瞳を合わせて、セレスティアが口を開いた。


「えぇ大丈夫ですわ。」


迷いのない声音に、胸がざわりと騒ぐ。


〈…とんでもない――だ〉


「分かった」


エスコートの腕を解くと、ふたり別々の扉へと入った。