精霊の森には

ginsui

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「あなたとは、もう二度と会わないつもりでしたが」
 人間の姿のローは悲しげに微笑んだ。
「でも、しかたがない」
 ローはソーンに歩み寄り、彼の腕をつかんだ。
「この愚か者を連れていきます」
「どうするつもりなの?」 
「シャアクの所に行くんですよ」
 ソーンはローの手を振り払おうとしたが、ローの力の方が強いようだった。ソーンは引きずられるように立ち上がった。
「待って」
 アウルは、あわてて追いかけた。
「わたしも行くわ」
 ローはちょっと眉をひそめ、うなずいた。
「いいでしょう」
 
 ローはソーンの腕をつかんだまま、火の手の及ばない森の奥へずんずん進んで行った。シャアクが精霊の子供たちを連れて入った場所だ。
 豊かに生い茂る木々は空気までも浄化してくれているようで、きな臭さはもう感じられなかった。このあたりに雨は降らなかったのか、地面は乾いたままだ。ついさっきまで見てきた光景を忘れてしまいそうになる。
 精霊の棲む場所はまだ残っている。
 アウルは安心した。
 森をすっかり滅ぼしてしまおうなんて、できもしないことを考えていたソーンが哀れになった。人間が増え、いずれ森は失われるとローは言ったが、それは気の遠くなるほどの未来の話に違いない。
 灌木の茂みから、精霊の子供がひょっこり顔をつきだした。ローを見て、早く来いとでも言うように手招きする。
 ローは何も言わず、子供の後を追いかけた。
 一本の大樹のまわりに、たくさんの精霊たちの姿があった。
 ローがソーンを連れて近づくと、みな静かに脇へよけた。はりだした大樹の根にもたれかかって、シャアクが座っていた。
 シャアクは顔を上げ、ローとソーンを認めた。
「ウインドリン、おまえはまたよけいなことを」
「あなたの望みをかなえただけですよ」
 ローは、むっつりと言った。
「最後にもう一度この馬鹿息子に会いたかったんでしょう」
「最後?」
 アウルは思わず聞き返した。 ローは眉を寄せてうなずいた。
「いかにシャアクでも、あんなに大量の雨を降らせるなんて無茶すぎたんです。彼は、ほとんど霊気を使い果たしてしまった」
 ローが手を放すと、ソーンはその場に膝をついてうずくまった。
 シャアクはぐったりとすわったまま、ソーンを見てちらと笑った。彼は、息子のすべてを許しているのだ。
 アウルは、はっと息をのんだ。
 シャアクの身体は木の輪郭をかすかに透かしていた。投げ出された両足は、すでに草地に緑に溶け込んでいる。
 伝書鳩から王への手紙を奪うために森を離れた時のローと同じだ。
「だめよ」
 アウルは、叫ぶように言った。
「消えないで、シャアク」
 アウルはシャアクの前に座り込み、その手を取った。
 空気のように軽い感触。
「まあ、いい」
 シャアクはつぶやいた。
「言ったはずだ。私は長く生きすぎたと」
「いいえ」 
 アウルはソーンを見た。
 ソーンは顔をふせたまま肩を震わせていた。後悔している。どうしようもないほど。
 シャアクを憎み、復讐しようと来たくせに、自分がどんなに父親を求めていたかを思い知ったのだ。
 シャアクが消えてしまえば、ソーンはこれから先のはるかに長い時間を、自分を責め続けて生きなければならないだろう。
 ソーンが哀れになった。
 アウルはシャアクの手を握った。ローがアウルの霊気を取り入れて蘇ったように、シャアクにも霊気を与えることができるなら。
 どうすればいいのかわからない。しかし、無我夢中だった。両手でシャアクの腕を抱え込み、思いをこめた。水が乾いた土に染みこむように、うなだれた草木が生気を取り戻し、陽の光に向かって伸びていくように。
 シャアクは、はっと顔を上げた。
「やめろ」
「黙って」
 シャアクはアウルの手をふりほどこうとした。アウルは負けじと彼に覆いかぶさった。
 ただただ、シャアクを蘇らせるだけを考えた。自分の内にあるものを、シャアクに与え続けるのだ。
 気が遠くなってくる。霊気が確かにシャアクに流れているせいだろうか。
「アウル!」
 ローが、駆け寄り、意識が途切れた。
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