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しおりを挟む狼は、不機嫌な人間の声で、はっきりと言った。
アウルはひるまず部屋の中を見まわした。
アレンの姿はない。
「アレンはどこ?」
シャアクは部屋をしきっているついたてを尾でしめした。
「奥で眠っている。人間の子供はまだ寝ている時間だからな」
アウルはついたてに駆け寄ろうとした。
シャアクは起き上がり、アウルの行く手をふさいだ。
「わが館で勝手なことはやめてもらおうか」
「わたしの館に勝手に入って、アレンを連れ出したのはあなたじゃない」
アウルはシャアクを見下ろした。
シャアクは、ぐいと頭を上げた。歯をむき出し、今にも飛びかかって来そうな勢いだ。
「アレンを返して」
アウルは負けじとシャアクをにらんだ。シャアクは長い鼻に皺をよせた。
「これ以上森に手を出すな」
「森が、あなたたちにとってどんなに大切かはわかったつもりよ。アレンを返してくれるなら、悪いようにはしない」
「人間は嘘つきだ。まずは行動で示してもらおう」
「どうすればいいのよ」
「神官どもを、追いかえせ」
「その前にアレンを返して」
「どうどうめぐりをさせるつもりか」
シャアクは笑ったようだった。
「それほど弟が大切ならば、ともにここにいるのだな。領主が消えては何もできまい」
「ダイが混乱すれば、困るのはあなたたちよ」
アウルはきっぱりと言った。
「王に好き勝手されるでしょう。そんなこともわからないの」
「誰に向かって言っているのだ、小娘」
「あなたに向かってよ、シャアク。だいたい、子供をさらうなんて、卑怯者のすることだわ」
「なんだと」
シャアクはアウルにつめよった。
その姿が、大きく伸び上がった。みるみる人の姿を形作る。
アウルはのけぞるようにしてシャアクを見上げた。黒い豊かな髪を両肩に垂らした、黒衣の男がそこにいた。
アウルは、はっとした。若く美しい、傲岸そうなその顔。
思わずたずねる。
「あなたは、なぜソーンと似ているの?」
シャアクは鼻をならした。
「私が似ているのではない。あれが似ているのだ」
「どうして」
「ソーンはシャアクの息子なんですよ。アウル」
ローが言った。
「母親は人間ですけどね」
アウルは目を見開いた。
シャアクはいまいましそうに、
「だまっていろ、ウインドリン」
「ソーンははじめから森を滅ぼしに来たんです。アウルに責任はありませんよ」
シャアクはクッションに腰を下ろし、両足を投げ出した。ふてくされたように天井を見上げ、
「すべて、わたしが悪いというわけか」
「そこまでは言っていません」
「あなたは、なぜ自分の息子に恨まれているの?」
シャアクは、くしゃくしゃと自分の髪をかき上げた。
「おまえは、私を質問攻めに来たのか、ダイのアウル」
「知りたいだけよ。あなたたちのいざこざに巻き込まれたくないわ」
アウルは、まじまじとシャアクを見つめた。
ソーンと比べると、シャアクの方が表情豊かで生き生きとしている。似た顔なのに、彼らはまるで違っていた。ソーンはすべての感情をのみ込み、シャアクはすべてをさらけだす。
「私は、ソーンの母親を愛していた」
シャアクはため息をついた。
「ダイの血を引く美しい女だった。ところがソーンが生まれ、しばらくすると彼女は言った。もう私とは会わないと。精霊と違って、人間は年ごとに変化する。年老いていく自分を見せたくないというのだ。彼女はソーンを連れ、ダイから姿を消した」
「シャアクは、それからずっとふて眠していたんです。百年ほど」
ローがつけたした。
見かけは青年でありながら、ソーンは百年以上も生きているのだ。
アウルはぼんやりと考えた。おそらく母親が亡くなった後は、人間でも精霊でもない中途半端な存在として。
父親を恨んでいるのはそのためなのだろうか。大陸に渡り、神とやらに何かをみだしたのか。それとも、神はシャアクを追いつめるための方便か。
「ソーンに会わないの」
「会ってどうする」
「あやまるとか、話し合うとか」
シャアクは鼻で笑った。
「なぜあやまる。わたしは悪いことなどしていない」
「百年ほったらかしにしていたじゃない」
「探しはした。だが、私の力は森から離れた場所には及ばないのだ。ソーンの母親は遠くに去った。恨みたいのはこちらの方だ」
「でも、このままじゃいけないわ」
シャアクは肩をすくめた。
「私はダイを豊かにしたい。そのためには、森に神殿を建てるのもしかたがないと思っていた。あなたたちをこんなに困らせるとは思わなかったのよ」
「この世で最悪なものは、人間の欲望だ」
「かもしれない」
アウルはうなずいた。
「でもね、過ちを認めることはできるの。神殿の話は断ります。あなたに脅されたからではなく、私自身の考えでね。ダイのために、別の方法をさがすわ。あなたも、あなたにできることをやって」
「向こうが私を拒んでいる」
「精霊の王は、そんなに弱気なの」
「生意気すぎるぞ、ダイのアウル」
シャアクは声を荒らげた。
その時、ついたての奥から音がして、アレンが飛び出してきた。
「姉さま!」
アウルは両手を広げ、アレンをしっかりと抱きしめた。
「目が覚めたら姉さまの声がした。ここは、どこ?」
「大丈夫。迎えに来たのよ。館に帰りましょう」
シャアクは何か言いかけた。アウルは顔を上げてシャアクを見返した。
「帰してくれるでしょ」
「森に手を出さないと誓うのだな」
「そのためにも早くしないと。ジャビの報告が都に届いて王が命令書を出したら、もうどうにもできなくなる。王命に従わなくては反逆罪だわ。領地を取り上げられて、森を好きなようにされてしまう。王国を敵にまわす気はあるの?」
シャアクは気むずかしく腕組みしてアウルを見つめた。
アウルはたじろがず、彼を見返した。
目をそらしたのは、シャアクの方だった。
シャアクは額に手を当ててつぶやいた。
「おまえのような娘ははじめてだ」
ローに向き直り、
「館まで、送ってやれ。ウインドリン」
「わかりました」
アレンは首をかしげてローを見た。
「あなたと会うの、はじめてじゃないよね」
「そう、ぼくはずっと君の側にいた」
ローはにっこりと笑ってアレンと手をつないだ。
「はやく帰ろう。夜が明けてしまうよ」
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