7 / 13
7
しおりを挟む
「どうして?」
レムは言った。
「リューは、どんどん大人になっていく」
「ああ」
フォーヴァは答えた。
「リューの成長の速度は、われわれと違う。彼女の一族がそうなのか、彼女の世界とこの世界の時の流れが違うのか」
「クウはそのままだよ」
「クウはすでに成獣なのだと思う」
レムは寝返りをうって、寝台の下のフォーヴァを見た。夜だったが、窓からもれる月明かりで部屋の中はほんのり明るい。
二三日前から、フォーヴァは書斎の寝台の下に毛布を敷いて眠るようになっていた。レムが場所を代わろうと言っても頑として受け付けない。一緒に寝ようと言っても、もちろん首を振った。
フォーヴァは、一人になることも、リューと二人きりになることも避けていた。リューのフォーヴァに向ける一途なまなざしを見れば、なぜなのかレムにもなんとなく解る。リューが可愛そうでもある。
「リューは、フォーヴァさんが好きなんだね」
レムはそっと言った。フォーヴァはしばらく黙り込んでいた。
ややあって、
「それは違う」
「違う?」
「彼女の種族は成長が早い。だから、早く子供を得ようとする。いま近くにいる相手は、わたしだけだから」
「それだけじゃ……」
「それだけだ」
フォーヴァはきっぱりと言った。
「同じ人間の姿をしているが、彼女らはわれわれとまったく違う生態を持っているらしい」
「でも、どうするの?」
「もうわたしの手にはおえない。アイン・オソに連絡する」
フォーヴァはめずらしくため息をついた。
「すまない、レム。きみの家族のことは何もわからなかった」
レムは、はっとした。フォーヴァは、まずレムの家族のことを知ろうとしてくれていたのだ。
嬉しかった。
「リューは、どうなるんだろう」
「教授たちが決めるだろう。アイン・オソに連れて行くことになるかもしれない」
「魔法使いの力を集めて、リューを元の世界に帰してあげることはできないの?」
「わからない。誰も試みたことのないことだから」
「トルグさんから聞いたことがある」
レムは少し身を起こしてフォーヴァをのぞき込んだ。
「魔法使いが力を合わせることをしないって、ほんとう?」
「ほんとうだ」
天井を見上げたまま、フォーヴァは言った。
「力を合わせようとすれば、他の者に劣らぬよう、持つ力をいっそう引き出しかねない。いいことではない」
魔法使いたちの使うべき力には制限があるらしい。
「アイン・オソは、いかに魔法を使わないかを学ぶところなんだ」
そうトルグは言っていたっけ。
「自分の力を制御できてこそ、ほんものの魔法使いといえる」
アンシュとの世界を滅ぼしたかもしれない戦いが、彼らを臆病にした。力への欲望は抑えなければならないのだ。
魔法使いが〈アンシュの呪い〉を怖れるのは、呪いに囚われ、彼ら自身の力を解き放ってしまうかもしれないから。
「フォーヴァさんは〈穴〉を覗いたよね」
レムは言った。
「それも、やってはいけないことだったんじゃないの」
「ああ」
フォーヴァはあっさり認めた。
「禁じられている」
「それなのに、なんで?」
「わたしは考えなしだ」
フォーヴァはつぶやいた。
「トルグに、よく言われた」
「そうは見えないのに」
「だから始末に負えないのだそうだ」
レムは思わず笑ってしまった。
「トルグさんを困らせた?」
「たぶん」
フォーヴァはうなずいた。
「いろいろ」
昔のトルグとフォーヴァを見てみたかった。
フォーヴァはトルグが大好きだったのだ。今さらながらにレムは思った。
それだから彼は、トルグの最後の地であったチュスクに来たのでは。
フォーヴァは目を閉じていた。
レムも胸に温かいものを感じたまま、眠りについた。
レムは言った。
「リューは、どんどん大人になっていく」
「ああ」
フォーヴァは答えた。
「リューの成長の速度は、われわれと違う。彼女の一族がそうなのか、彼女の世界とこの世界の時の流れが違うのか」
「クウはそのままだよ」
「クウはすでに成獣なのだと思う」
レムは寝返りをうって、寝台の下のフォーヴァを見た。夜だったが、窓からもれる月明かりで部屋の中はほんのり明るい。
二三日前から、フォーヴァは書斎の寝台の下に毛布を敷いて眠るようになっていた。レムが場所を代わろうと言っても頑として受け付けない。一緒に寝ようと言っても、もちろん首を振った。
フォーヴァは、一人になることも、リューと二人きりになることも避けていた。リューのフォーヴァに向ける一途なまなざしを見れば、なぜなのかレムにもなんとなく解る。リューが可愛そうでもある。
「リューは、フォーヴァさんが好きなんだね」
レムはそっと言った。フォーヴァはしばらく黙り込んでいた。
ややあって、
「それは違う」
「違う?」
「彼女の種族は成長が早い。だから、早く子供を得ようとする。いま近くにいる相手は、わたしだけだから」
「それだけじゃ……」
「それだけだ」
フォーヴァはきっぱりと言った。
「同じ人間の姿をしているが、彼女らはわれわれとまったく違う生態を持っているらしい」
「でも、どうするの?」
「もうわたしの手にはおえない。アイン・オソに連絡する」
フォーヴァはめずらしくため息をついた。
「すまない、レム。きみの家族のことは何もわからなかった」
レムは、はっとした。フォーヴァは、まずレムの家族のことを知ろうとしてくれていたのだ。
嬉しかった。
「リューは、どうなるんだろう」
「教授たちが決めるだろう。アイン・オソに連れて行くことになるかもしれない」
「魔法使いの力を集めて、リューを元の世界に帰してあげることはできないの?」
「わからない。誰も試みたことのないことだから」
「トルグさんから聞いたことがある」
レムは少し身を起こしてフォーヴァをのぞき込んだ。
「魔法使いが力を合わせることをしないって、ほんとう?」
「ほんとうだ」
天井を見上げたまま、フォーヴァは言った。
「力を合わせようとすれば、他の者に劣らぬよう、持つ力をいっそう引き出しかねない。いいことではない」
魔法使いたちの使うべき力には制限があるらしい。
「アイン・オソは、いかに魔法を使わないかを学ぶところなんだ」
そうトルグは言っていたっけ。
「自分の力を制御できてこそ、ほんものの魔法使いといえる」
アンシュとの世界を滅ぼしたかもしれない戦いが、彼らを臆病にした。力への欲望は抑えなければならないのだ。
魔法使いが〈アンシュの呪い〉を怖れるのは、呪いに囚われ、彼ら自身の力を解き放ってしまうかもしれないから。
「フォーヴァさんは〈穴〉を覗いたよね」
レムは言った。
「それも、やってはいけないことだったんじゃないの」
「ああ」
フォーヴァはあっさり認めた。
「禁じられている」
「それなのに、なんで?」
「わたしは考えなしだ」
フォーヴァはつぶやいた。
「トルグに、よく言われた」
「そうは見えないのに」
「だから始末に負えないのだそうだ」
レムは思わず笑ってしまった。
「トルグさんを困らせた?」
「たぶん」
フォーヴァはうなずいた。
「いろいろ」
昔のトルグとフォーヴァを見てみたかった。
フォーヴァはトルグが大好きだったのだ。今さらながらにレムは思った。
それだから彼は、トルグの最後の地であったチュスクに来たのでは。
フォーヴァは目を閉じていた。
レムも胸に温かいものを感じたまま、眠りについた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
幼馴染みの2人は魔王と勇者〜2人に挟まれて寝た俺は2人の守護者となる〜
海月 結城
ファンタジー
ストーカーが幼馴染みをナイフで殺そうとした所を庇って死んだ俺は、気が付くと異世界に転生していた。だが、目の前に見えるのは生い茂った木々、そして、赤ん坊の鳴き声が3つ。
そんな俺たちが捨てられていたのが孤児院だった。子供は俺たち3人だけ。そんな俺たちが5歳になった時、2人の片目の中に変な紋章が浮かび上がった。1人は悪の化身魔王。もう1人はそれを打ち倒す勇者だった。だけど、2人はそんなことに興味ない。
しかし、世界は2人のことを放って置かない。勇者と魔王が復活した。まだ生まれたばかりと言う事でそれぞれの組織の思惑で2人を手駒にしようと2人に襲いかかる。
けれども俺は知っている。2人の力は強力だ。一度2人が喧嘩した事があったのだが、約半径3kmのクレーターが幾つも出来た事を。俺は、2人が戦わない様に2人を守護するのだ。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
魔甲闘士レジリエンス
紀之
ファンタジー
UMA(未確認生物)は実在した。
彼らは悪化の一途をたどる現代で生き抜く為に人間を含めた生物が進化した姿だった。
彼らの目的はただ一つ。人類の抹殺である。
人智を超えた彼らと戦えるのは同じく人智を超えた力のみ。
地球の力エレメンタル・エナジーを魔法に変えて戦う魔甲闘士だけである。
秘密組織に育てられた青年・芹沢達人は異世界で魔法の鎧を纏い魔甲闘士レジリエンスとしてUMAと戦う。
世界は人間とUMA双方の思惑が絡み合い混迷を極めていく。
果たして地球の覇者は人類か、UMAか?
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる