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「どうして?」
 レムは言った。
「リューは、どんどん大人になっていく」
「ああ」
 フォーヴァは答えた。
「リューの成長の速度は、われわれと違う。彼女の一族がそうなのか、彼女の世界とこの世界の時の流れが違うのか」
「クウはそのままだよ」
「クウはすでに成獣なのだと思う」
 レムは寝返りをうって、寝台の下のフォーヴァを見た。夜だったが、窓からもれる月明かりで部屋の中はほんのり明るい。
 二三日前から、フォーヴァは書斎の寝台の下に毛布を敷いて眠るようになっていた。レムが場所を代わろうと言っても頑として受け付けない。一緒に寝ようと言っても、もちろん首を振った。
 フォーヴァは、一人になることも、リューと二人きりになることも避けていた。リューのフォーヴァに向ける一途なまなざしを見れば、なぜなのかレムにもなんとなく解る。リューが可愛そうでもある。
「リューは、フォーヴァさんが好きなんだね」
 レムはそっと言った。フォーヴァはしばらく黙り込んでいた。
 ややあって、
「それは違う」
「違う?」
「彼女の種族は成長が早い。だから、早く子供を得ようとする。いま近くにいる相手は、わたしだけだから」
「それだけじゃ……」
「それだけだ」
 フォーヴァはきっぱりと言った。
「同じ人間の姿をしているが、彼女らはわれわれとまったく違う生態を持っているらしい」
「でも、どうするの?」
「もうわたしの手にはおえない。アイン・オソに連絡する」
 フォーヴァはめずらしくため息をついた。
「すまない、レム。きみの家族のことは何もわからなかった」
 レムは、はっとした。フォーヴァは、まずレムの家族のことを知ろうとしてくれていたのだ。
 嬉しかった。
「リューは、どうなるんだろう」
「教授たちが決めるだろう。アイン・オソに連れて行くことになるかもしれない」
「魔法使いの力を集めて、リューを元の世界に帰してあげることはできないの?」
「わからない。誰も試みたことのないことだから」
「トルグさんから聞いたことがある」
 レムは少し身を起こしてフォーヴァをのぞき込んだ。
「魔法使いが力を合わせることをしないって、ほんとう?」
「ほんとうだ」
 天井を見上げたまま、フォーヴァは言った。
「力を合わせようとすれば、他の者に劣らぬよう、持つ力をいっそう引き出しかねない。いいことではない」
 魔法使いたちの使うべき力には制限があるらしい。
「アイン・オソは、いかに魔法を使わないかを学ぶところなんだ」
 そうトルグは言っていたっけ。
「自分の力を制御できてこそ、ほんものの魔法使いといえる」
 アンシュとの世界を滅ぼしたかもしれない戦いが、彼らを臆病にした。力への欲望は抑えなければならないのだ。
 魔法使いが〈アンシュの呪い〉を怖れるのは、呪いに囚われ、彼ら自身の力を解き放ってしまうかもしれないから。
「フォーヴァさんは〈穴〉を覗いたよね」
 レムは言った。
「それも、やってはいけないことだったんじゃないの」
「ああ」
 フォーヴァはあっさり認めた。
「禁じられている」
「それなのに、なんで?」
「わたしは考えなしだ」
 フォーヴァはつぶやいた。
「トルグに、よく言われた」
「そうは見えないのに」
「だから始末に負えないのだそうだ」
 レムは思わず笑ってしまった。
「トルグさんを困らせた?」
「たぶん」
 フォーヴァはうなずいた。
「いろいろ」
 昔のトルグとフォーヴァを見てみたかった。
 フォーヴァはトルグが大好きだったのだ。今さらながらにレムは思った。
 それだから彼は、トルグの最後の地であったチュスクに来たのでは。
 フォーヴァは目を閉じていた。
 レムも胸に温かいものを感じたまま、眠りについた。
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